840:イベント最終日 2/2
二人の食事を終えて、コーヒーを飲んで少しくつろぐ。カレーは完全にミルコの胃袋に収まってしまった。やはり夕飯はコンビニ飯だな。
「いやー、すっかりご馳走になったね。カレーの日はまたお邪魔する事にしようかな」
ミルコは我が家のカレーの味をいたくお気に入りのようだ。
「こんな感じで、ベースの味はほとんど用意されているんだ。野菜を下ごしらえしてこれを入れたら後は煮込むだけのお手軽調理が出来るようになっている」
保管庫に入れっぱなしだったカレーのルゥをミルコに見せる。
「クンクン……なるほどね。料理一つにしてもかなり便利になっているね」
ミルコはカレーの匂いを嗅いだ後納得しながらルゥをこちらへ返す。
「食後のスープは要るか? これも一回作ったやつを粉末状に加工して、お湯を注ぐだけで出来るようになっている」
「せっかくだし頂くことにするよ。まだ僕の胃袋には若干の余裕があるんだ」
サクッと湯を沸かすと、カップスープの素を溶かしてミルコに渡す。ミルコはアチチ……と言いながらポタージュスープを口にする。
「これも美味しいね。いくらぐらいするんだい? 結構な値段しそうだけど」
「ドウラクの身を一つ手に入れれば毎食で百日分ぐらいは買える値段かな。かなり安い部類に入るし何処の誰でも購入する事が出来る」
「どうやら食生活についても君らの文化レベルはかなり高いね。こういう手間のかかったものを大量生産大量販売できるってことはそれだけの流通網とシステムが出来上がっているということだ」
「そういうことになる。使ってる本人たちは至って当たり前になってしまっていてそういうことは考えないけどな。社会基盤とはそういうものだと思っている。誰かが気楽に使えるその設備はそれ以外の誰かが必死に維持してくれているものだ。俺達はそれにあぐらをかいて利用させてもらってるってことさ」
ミルコはなるほどね……とつぶやいた後一気にスープを飲み切り、その後こうつぶやいた。
「これを独占せず皆で平等に扱おうとすることができていれば、あの文明も滅ばなかったかもしれないね」
「インフラの独占が原因となる紛争か。そういうものも今でも争いとまでは発展しなくてもちょこちょこと発生しているな」
田んぼの引き込み水路の水争いとか。あれも規模は小さいがインフラが原因の紛争だと言えるだろう。現代でもしばしば発生している。大体は悪態のつき合いか殴り合いぐらいで済んでいるが、生き死にがかかった問題に違いはないので笑って済ませられる話ではあるまい。
もっと水質資源の管理で国家間の競争が激しい地域なら住民同士の喧嘩や紛争になっている。国連の活動で井戸を作ったら作った村ごと襲われた、なんて話もあったはずだ。
「大戦争とはいかなくても諍いはやはりあるんだね。この国はそこまでの大事にはなっていないということは、それだけ平和な地域とみていいのかな? 」
「おそらく。この星の上では治安はかなり良いほうだと自負できるよ」
「ダンジョンの周りの戦争が激しければダンジョンに潜る探索者も減るからね。世界秩序が落ち着いているかどうかは魔素の運び出しが出来るかどうかにもかかわってくる。出来れば平和な地域にダンジョンも多く作りたいと思うのが、ダンジョン管理者の本音さ」
「だとしたら良い場所に作ったと自分を褒めていいと思うぞ」
ミルコはカップをこちらへ渡してきて立ち上がるとぐっと伸びをする。ダンジョンマスターも体は凝り固まるらしい。腰痛とか膝痛とは無縁に見えるが、人間らしい動作はするようだ。
「さて、ダンジョン絡みでしばらく僕の出番はないかな? あったら何かまた呼んでくれると嬉しいね」
「そうだな……いつの話になるか解らないが、エレベーターの位置を変えてもらいたいと呼びかける可能性はある。それだけ頭に入れておいてくれればありがたいかな」
「それはつまり、一層を歩いて奥まで行くのが面倒になってきた、ということでいいかな? 」
おそらくミルコも何でこんなに無駄な時間歩いているんだろう? というのは薄々考えていたんだろう。俺のほうもエレベーターが発表される前に移動をお願いできればよかったんだが、そんなことを考える余裕はなかった。
「大体あってる。十五層のエレベーターも十四層に変更してもらう可能性があるが、その前には……多分君らの存在を全世界に向けて公開する話になってからだと思う。そうしないと他の探索者にエレベーター位置が移動される説明が出来ないからな」
「政治的な話ってことだね。とりあえず移動場所の予定だけ聞いておこうかな」
一層と十四層の地図を出して、おそらくこの辺になると思う、という話だけは通しておく。事前に伝えておけばいざ変更といった時に移し替えもしやすいだろう。
「これで僕らもただ一層を眺めている時間が短くなるし、誰も損はしないね」
「そういう事で頼む。タイミングはまたこちらから話す……と言うかいつの話になるか解らないというのが本音だけれど、伝えるだけ伝えたという事で一つ頼むよ」
「頼まれたよ。じゃあまたお菓子よろしくね。ご飯御馳走様、じゃあ」
そう言ってミルコは転移していった。正直なところ、もうちょっとカレー食べたかったな。でもまぁ美味しいと言ってもらえたしその分こちらの腹は満たされたということにしておこう。
さて、話し込んでいた事もあって胃袋のほうは落ち着いている。さぁ、好評らしいカニうま島ダッシュ大会、午後も気張っていくとするか。この間ほどは稼げないにしても今日もそれなりに稼ぐだけの時間はあるぞ。
◇◆◇◆◇◆◇
午後からも全力で巡った。今日で最後のイベントという事だが、普段でも一時間も待てばモンスターは湧き直すのでイベントが直接俺に何らかの報酬をくれる、ということはない。だが、他の階層に行くのも危険ではあるし、カニをもっと広めたいという気持ちに嘘はないので、四時間ほどかけてしっかりと走り抜けてドウラクの身をかき集めた。おかげでステータスブーストも一段階上がった。
イベント中だからとモンスターの動きが変わるわけでは無かったのでいつも通りの流れでいつもより素早く動き素早く移動。それを繰り返した。
今日も大漁に手に入れたドウラクの身だが、もし値段に相応しくなく高いとなれば値下げされていくだろう。が、その時はその時だ。大事なのは価格の判断に足る分の供給。もし値段以上に美味しいと感じる人が多ければ需要が高まり値段も上がる。値段が上がれば持ち帰るだけの労力に見合う収入になる。悪くない流れだな。そういえばBランクに三十層まで開放されたことによってトレント素材も市場に流れ始めているはずだ。あの使い道の解らなかった樹液にもそろそろスポットライトが当たっても良いだろう。
さて、帰るか。今日も帰りにダーククロウを狩って帰ろう。今日はイベント最終日だし、見てても湧く状態なんだからギリギリまで粘って出来るだけ大量に取って帰ることを目指すかな。
早速七層へ戻っていつものテントにリヤカーを隠すと、六層で茂君を一度倒した後、少し離れて湧き待ち待機。オンラインゲームでボス待ちをしていた事を思い出す。雑談しながらボスが湧く時間を待ち、偶にプレイヤーキラーが出現して台無しにされたりと色々と思い出深い。こうやってコーヒー片手に優雅に溜まるのを待つのも悪くない。
帰る時間と査定時間を逆算してこれ以上は怒られるかもしれないというラインを定めてその時間までダーククロウを狩り続け、七層に戻りリヤカーを装着し一層へ戻る。一層に上がった後、自覚した設計ミスのエレベーターから一層を歩き抜けて出入口へ。そのまま退ダン手続き。
査定カウンターで査定を受ける。ギリギリまで粘ったからか、そこそこ並んでいる。やはり素直に一回だけ茂君を狩って素直に帰ってきたほうが時間短縮になって効率が良かったかと反省するところはあった。まあ同じケースはもうないだろうから反省しても仕方がない部分ではあるな。
二十分ほど待ち、査定のタイミングになった。いつも通り仕分けられているので査定はスムーズに進み、いつも通り早めに結果が出てきた。今日の収入、七千五百七十七万五千五百円。やはりダッシュ大会は儲かるな。イベントに関わらず今後もちょくちょくやっていこう。
バスは出てしまったので今日は久しぶりに自転車で帰ることにしよう。たまにはこっちで夕食を見繕うか。ダンジョン前のコンビニで夕食のカレーライスを見繕い……そこ、またカレーかよとか言うんじゃないよ。良いじゃないか好きなんだから。家に帰って温めなおすときにまたバターとチーズを足してまろやかにしてから食べよう。
自転車を漕いで駅までたどり着くと、駅の不法駐輪がまとめられているあたりで自転車を保管庫に回収。電車で家までたどり着くと、ちょうどレインに反応。結衣さんからだ。
「イベントっていつまでですか? 」
イベントがいつまで続くのかが気になっていたらしい。ちゃんと伝えておかないとな。
「今日までだってさ、日付跨いだら通常営業になるらしい」
素直に伝えておく。正確にはもうちょっとだけ時間があるが、その数時間のために一泊させてしまう可能性もあるから今日までと伝えておこう。
残念……というスタンプが返ってきた。きっと結衣さん的には今の内に密度の高いモンスター狩りをしたかったんだろう。でもこのイベント期間中何もしなかったわけでは無さそうなので、それなりに実りのある時間だったんじゃないだろうか。そうであると考えたい。
さて、夕食だ。お高いバターとちょっとお高い蕩けるチーズをカレーにかけてレンチン。ふつふつと表面が沸騰し始めたところで取り出していただきます。
バターを入れたことでよりまろやかになったカレーが口の中で咀嚼されていく。チーズのトロミと味わいが奥歯のさらに奥を喜ばせる。うむ、カレーはやはりこうじゃなくちゃな。
カレーを食べ終わり、まだもう少し胃袋に入るな……となったので歩いてコンビニまで買い物。コンビニでホットスナックとサラダを買い足し、ついでに次回用のお菓子を買い込む。なんだかんだでミルコのお菓子代は結構かかっているな。趣味の範囲だからまだいいが……と、そういえばバレンタインデーが来ていることに気づく。イベント用のショーケースにはお高いチョコレートがいろいろ並んでいる。
芽生さんも結衣さんもバレンタインとか特殊なイベントはあまり気にしない性格か……そのほうが俺は気楽でいい。くれたらくれたでお返しはしないといけないな。頭には叩き込んでおこう。しかし、俺からミルコにお高いチョコレートを贈るというのもなんだか違う気がするな。しばらく悩んだ後、別にいいかと放置。会計を済ませて家に帰る。
風呂を沸かしている間にスレの様子を見るが、探索する階層を決めて探索をしている人たちには好評な模様。ただ、奥へ向かったり新しい階層に向かうには難易度が上がって厳しいという意見もあった。やはり今から新しい階層に向かおうとする探索者にはこのイベントは不評だったらしい。が、CランクからBランクに上がろうとしている人たちにはとても好評だったようで、おかげでBランクへの道が開けたという人も居た。
他のダンジョンで似たようなイベントが開催されるかどうかはおいといて、魔素の持ち出しとしては割と大成功の部類に入っていたんじゃないかと思われる。後、いろんな素材の持ち出しについても同様だった。おかげでいつもより豊作で帰る人がほとんどであり、全体的に見ればこれで良かったんじゃないかな、と思われる。毎年この時期にイベントを開く、みたいな形にすればこの時期だけはこのダンジョンはモンスターリポップが異様に増える、という謎の現象として覚えられるだろう。
ただ、その場合去年は何故行われなかったのか? という疑問が残ることになるが、この小西ダンジョンで去年の段階で深い階層まで潜っている探索者はほぼいなかったことから、そもそも観測されなかったという結論に至るのではないだろうか。そういう細かい所から漏れる情報というのもあるからな、大手ダンジョンのダンジョンマスターにとってはその点をよく考えてからイベントを実装したほうが良いんだろうな。一夜明けて、ダンジョンの中で宿泊した探索者の反応が気になる所ではある。
さて、風呂入って寝るか。明日は布団の山本に納品しに行くか。この間スノーオウルも使ったことだし、そろそろ在庫が怪しくなっていても良い頃だ。ダーククロウ十キログラムとスノーオウルを二キログラムから三キログラムを予定しておこう。
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