836:営業時間変更のお知らせのお知らせ
みんなノリいいな……
今日もいい朝を迎える。今年はそれほど心の底から寒いと感じる朝は無い。これも地球温暖化だろうか。ありがとうダーククロウ、それとスノーオウル。今日も気持ちいい目覚めだった。
昨日の疲れはほぼなくなり、心身共に快調。内臓の不快感も無し。一日元気に過ごせそう……と送信。そろそろ日報代わりの枕の感想も語彙が無くなってきた。語彙力を増やすために何かしらの本を読んだりしてみるか。応用が利くものがあるかもしれない。
さあいつものゴキゲンな朝食を作って、ローテーション通りの飯を作って、さっくりと出かけるか。
今日のローテーションは贅沢にもレッドカウ肉のカツサンドだ。価格だけ見ればワイバーンの次に高級。なんだかんだで久しぶりのレッドカウ肉だ。先日仕入れたばかりなので新鮮さもある。本来なら分厚くガプリといきたいところだがそれだと火の通りが悪い。多少薄く伸ばすようにしてから下味をつけて小麦粉と卵をくぐらせてパン粉をつけて豪快に……揚げる!
揚げている間にコッペパンに挟むキャベツを千切りにするとに軽く塩を振って、味付けの代わりにする。揚がったところで挟んで完成。一人分でコッペパン三つになったが、これ一つで原価五千円する牛カツサンドの出来上がり。今日も贅沢に金を使った気がするが、実際はキャベツとコッペパン代がほとんどなのでお財布にも優しくなってしまった。今日も気合入れて探索に向かうとしよう。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
出かける前にスレをもう一度見たが、イベントは絶賛継続中らしい。今日もしっかり稼いで今日もカニを世間に広める会の活動をしよう。会員俺しかいないけど。
◇◆◇◆◇◆◇
「安村さん、ギルマスから用事があるそうですのでいつも通り二階のほうにお願いします」
今日も元気にダンジョンだ、とばかりにスムーズにダンジョンに入ろうと思ったら受付でストップがかかった。今日もカニうま漁の予定だったんだが、用事と言われればしょうがない。解りましたよ、と返事をして入ダンを諦めてギルマスルームのほうへ行く。
いつも通り扉を叩き中に入り、ギルマスに挨拶。ギルマスはデスクで何やら報告書をまとめていたらしく、パソコンとにらめっこしていた。こちらに気づくとデスクから離れ、ソファーのほうに誘導してくる。
「おはようございます。用事と聞きましたが」
「おはよう安村さん、用事ってほど重大なことでは無いんだけど一応確認というか、話を通しておいたほうが良いと思った事が有ってね」
ギルマスはいつものコーヒー片手にソファーに座る。これはちょっと長くなる奴だな。保管庫から保温ポットを取り出すと俺もコーヒーを自分で出して飲むことにする。
「便利だねえ保管庫。それの時間経過を遅くしておけばアツアツってことかい」
「えぇ、限度はありますがいつでも淹れたてを飲めますよ。インスタントですが」
俺に筋を通すような話……なんだろう? 個人リヤカーの廃止とかだろうか。便利に使わせてもらってるから有り難いんだが、やはり俺だけ特別扱いというのは問題だったんだろうか。
「さて話のほうだが、小西ダンジョンの開場閉場時間が延びることになった」
「つまり、営業時間の変更ですか」
「そう、四月からね。さすがに二十四時間という訳にはいかないが、開場している時間を延長しようという話だ。私の勤務時間は今まで通りだけど、他の職員を二交代にして十四時間ほど稼働させようという試みなんだ。君ら含めてB+ランクの探索者にはあらかじめ伝えておこうと思ってね」
なるほど。でも結構急な話だな。こういうのはもうちょっと時間を空けてからの変更になるもんだと思っていたんだが。
「場所の都合と融通の利かなさで今まで九時から午後七時の十時間営業をしてたのは人が来ないからその間開けておいても無駄だという理由だったんだけどね。後これは表向きになってない君らが持ち帰ってくれた情報だったが、ダンジョンあふれは起きないという事が確定している以上二十四時間開けておく必要も無い。ただ、利用者のほうからもっと長い間ダンジョンを開放させておけないのか、という意見が少なくなくてね。それにこたえる形になったわけだが……しかし、二十四時間開けておいて始発のバスの待合室になるのも困るし、ダンジョン前のコンビニは開いてない。地元のバスの運行時間との兼ね合いと、職員の労働時間を軽減させて定時という形で上手く上がれるようにという配慮の結果そういうことになった」
つまり、今までは守ってなかったと白状している。やはり過剰労働だったか。どうりで毎日通っても同じ顔だったはずだ。
「じゃあ、今まで相当無理させてたって事を公に認めるという訳ですか」
「ま、まあそういうことになるかな。小西ダンジョンも儲かってるし、今まで頑張ってくれていた分の還元はボーナス支給に上乗せする形で支払う形で行っていたけど、今後はできるだけキッチリと労働環境を守っていく方針にして職員の負担を減らしていこうと思ってね。朝勤務夕勤務で引継ぎがあるからそこで多少の行き違いや情報の受け渡し忘れが最初のほうは出るかもしれないが、そういうものも出来るだけなくしていく、という努力目標で運営していく形になるよ。むしろ今後はある程度勤務人数に余裕が出ることになるから査定カウンターも一つ増設するし、駐車場も少しだけ広くなる。地主との交渉が多少まとまってね。ある程度の広さを買い取れる算段になった。そこに従業員用駐車場をまとめて移す形になるかな」
「じゃあ、外部に借りてる駐車場部分がギルドの敷地内に移動してくるって事ですかね」
「そうなるね。だから新浜さん達も車を直接こちらへつけてもらう形になるかな。この調子でどんどん広げて行けると駐車場問題も解決するんだろうけど、限度はあるからね。それにリヤカー貸し出しも好調だから台数増やしても置けるスペースが取れるようにしておくつもりだよ。こう順調だとなんかうれしいよね。今年はまだまだ良い事ありそうかな? 」
かなりウキウキでまくしたてるギルマス。育てたダンジョンが黒字になって問題になっている土地の狭さも少しずつ解消していき、ダンジョン周りの地価も上がってバスの本数は増えてコンビニもスーパーも出来て、これらが探索者とギルドのおかげ、となれば多少腰が真っ直ぐになって鼻が高くなっても許される気はする。
「そうですねえ。たとえば今年中にダンジョン踏破して消滅したらギルマスはどうなるんでしょうね」
「そうなると、私は仕事を無くしてるか、ダンジョンとは関係ない仕事をしているか、それとも東海地方の統括になっているかのどれかかもしれないね。なにせダンジョン庁、予算と規模の割りにポストが少ないから、誰をどう異動させるかとか昇進するにもまず納得させられるだけの椅子を作り始める所から始めないといけないからね。あくまで今のポジションも便宜的に各ダンジョンに一人ずつ、という形で決まっているからね。で、そんな相談をするって事は踏破にめどがついたってことかい? 」
坂野ギルマスは、ん? どうなんだい? という顔をしている。実際のところはミルコの気分次第、というのが正直な感想だろうか。ミルコがダンジョンづくりに飽きたとか、こっちが完全に追いついてしまった場合、ダンジョンの底であるところのダンジョンコアのある部屋を目にすることになるだろう。
そうなる前にミルコがどんどん掘り進むか、こちらが進んでいくかは勝負どころというところだが、今回のイベントのおかげで追いつくペースがまた一段遅くなった、というところだろう。
「いえ、そういうわけでは。ただ海外では現在最深層である四十九層よりも浅い範囲でのダンジョン攻略が報告されていますからね。狭い小西ダンジョンですし、もっと早く底が見えても不思議ではないのを無理やり掘り進めているというところはあります。それにこれは大声では言えないのでギルマスだけに伝えておきますが、ミルコは今頑張ってダンジョンを作ってる最中だそうです。なので意外と深く潜れるんじゃないかなと思ってはいますが」
「他所のダンジョンの内情は会議のたびに報告は上がってるけど、今のところ踏破のめどが立ってるダンジョンは無いみたいだ。もしかしたら次の報告会ぐらいでダンジョンの底までたどり着きました! あたりの報告は上がってきても不思議はないんだけど、今のところ四十九層までたどり着いてるのはこの小西ダンジョンだけだね。これも安村さんのおかげだ、いつもありがとう」
深々と頭を下げてお礼を言われる。真正面から言われるとちょっと恥ずかしいな。
「こっちはやれることをやれる分だけやってるだけですよ。まだお礼を言われるほどのことは出来てないと考えています。それはダンジョンの底が見えた時にしてください。それに、ダンジョンの底が仮に見えたとしてもそこで探索が終わりとは限りませんからね」
「それはあえて踏破しない、ダンジョンコアを破壊しないという手もある、ということかな? 」
「そうです。せっかく栄えたこの地域、ダンジョンの踏破ですべてが元に戻って寂れてしまうくらいなら、安全なダンジョンはそのままで放置しておいて、魔結晶というエネルギー資源の効率的な採掘場として後の世のために残していくというのも取りうる選択肢だと思っています。というか俺の場合そうするかと。今更他のダンジョンに一から潜りだすのも面倒ですし、このままのほほんと探索者続けていければいいなぁと思ってます」
「つまり私の昇進も降格もしばらくは無いと考えて良いって事だね。それは良い事を聞いたな。もうしばらく私ものほほんとしていられるよ」
ギルマスは言うほど昇進に興味はないようだ。今のそこそこの忙しさと暇さを楽しんでいるようにも見える。俺自身はギルドの人間ではないので昇級も降級もあまり大きく関わり合いが無い。
しかし、これだけ気さくにやり取りできるギルマスはこれはこれで貴重であるし、上下関係あまり隔たり無く接しているというイメージのあるギルマスを取り換えられるというのは少し勿体ない気がするので、是非ギルマスにはこのまま小西に駐留していて欲しいと思う所だ。
「そろそろ話を戻しますか。十四時間営業って事は前後に二時間延びる、という形になるんでしょうかね」
「そうなるね。後ろに四時間延ばすと、バスの最終に間に合わないからね。そこはちゃんと向こうのバスのダイヤを参考にしておいたよ」
「でしたら、すぐそこのコンビニとバス会社に連絡を一本入れておいたほうが良いですね。もしかしたらこちらに合わせて増発やダイヤ改正、営業時間変更を考えてくれるかもしれません」
「連絡、入れたほうが良いかな? 」
どうやらこっちで延ばすだけで充分じゃないかな、と考えているらしい。ダンジョンが中心に発展したなら、ダンジョンの時間を基準にして動いている施設はいくつかある。その施設に連絡をあらかじめ入れておくことで周りもよりスムーズに動くようになるのではないか?
「入れないよりは入れたほうが、筋を通す事にはなるかと。どちらもダンジョンを基準に営業時間やダイヤを変更してくれたという実績がありますし、今度はこちら側から堂々と耳打ちしておいたほうが良いかと。特にバスのほうは大事ですね。ギリギリまで粘って探索しても帰る足が無い、では困りますしここから歩いて駅までたどり着くことは不可能ではありませんが相当時間がかかります。全員を乗せきれるかどうかは別にして、この時間あたりまでは探索者が残ってる可能性がありますよ、と耳打ちしておけばバス会社もじゃあ増便しようかな、という形になるかもしれませんし、もしかしたら運が良い事にタクシーが通りがかるようにもなるかもしれません」
「……なるほど、参考にしておくよ」
コーヒーカップの横をカリカリしているギルマス。これはギルマスが真面目に考えているときの癖だな。しばし無言の時間が訪れるが、その後でギルマスはメモを取る。どうやらこっちから動くことにしたようだ。ちゃんとギルマスとして仕事をしている貴重な場面を見た気がする。
「とりあえずこの件、文月くんにも君から説明しておいてちょうだいね。他のメンバー、新浜さんや高橋さんには改めてこちらから伝えるという事にしておくので。コンビニやバスのダイヤについては……後日かな。良い意見をもらえて助かったよ。またよろしくね」
「解りました。じゃあ俺はイベントを楽しんできます。と言ってもやる事はいつもと変わらないんですけどね」
ギルマスルームを去る。さて、改めて今日も仕事するぞ。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。