835:二十層で牛肉を ~田中を添えて~
昨日ぐらいからなろうのコメント欄がより柔らかい表現のコメントが出来るように変更したそうです。
特に何も無かったら「(´・ω・`)」とだけコメントしておいてください。
二十層を大回りに階段への道を見失わない範囲で進む。モンスターはザクザクと出てくるので暇そうに歩いている余裕はない。一グループ倒してバッグに荷物を拾って次へ行こうとすると新しいモンスターが湧く……と言った具合だ。そこそこ戦ってきたつもりではあるが、歩いていくという意味での進捗はあまりよろしくない。
ただ、モンスターはしっかり湧いてくれているので収入という面では……いや、それでも少なく感じてしまうのは少々下層探索者の傲慢さが混じっている気がする。これでも充分世間から見れば大きい稼ぎなんだ。それに俺と違ってまだステータスブーストやスキルが育ってない探索者からするとこのイベントは迂闊に動き回って階段から離れて活動をするには少々厳しいのかもしれない。
それを証明するかのように、俺よりも更に階段から離れて活動している探索者はそう多くない。イベント中はあえて自分たちの適正からランクを落としてここで探索をしている可能性もあるが、基本的にこの小西ダンジョンでは階層が深いほど儲けも多く出る。Cランクである以上はここが最深層なのでBランクへの納税額か、ヒールポーションのランク3の納品個数という二つの基準を満たすまでは二十層で探索を続けるのが目標というか到達点みたいなものにはなる。
Cランクになってホイホイと順調にゴブリンキングを倒して、すでに出来上がっている地図に沿って二十一層まで来た場合、二十層でどん詰まりになってギルド納税額が足りなくてBランクになれない、という状況が発生しているらしく、それまで二十層でうろうろするのと十六層をグルグル回ったりしてスキルオーブを狙うのとどっちが早いのか? みたいな質問はよく出るらしい。
回答のほとんどは、質問してる暇が有ったら空いてるほうでひたすら働け、というものがほとんどだったりする。二十層に潜るのはヒールポーションの納品量を確認する段階になってからでも遅くはない、とのこと。
どうやら二十層で滞留する探索者はそう多くなく、ほとんどは二十四層あたりまで潜りこんでダンジョンスパイダーやゴキと戦い続けて己の正気度を鍛えていくか、一縷の望みにかけて【索敵】を狙う探索者に分かれるようだ。
ヒールポーションのランク3って何本納品すればBランクに上がれるようになるのか? という話については人によって違うようだが、三十本から五十本の間だという話が聞こえてくる。それだけ安定して探索が出来るなら次にも行けるだろう、とのことだ。中間をとって四十本ということにすると、確率的に考えて千匹ダンジョンハイエナを倒せたら、という計算になる。基準としてはよくできていると思う。
その気になれば四人パーティーで二週間程も合宿すれば達成できる量ではあるが、その間二十層に存在し続けるだけの持久力と戦闘力、生活力のテストにもなるな。もう一度言うがよくできている。
このイベントの湧きの量を利用して一気にBランクに上がろうとする探索者も居るんだろうな。俺ももうだれがどのランクかということすら把握できていないんだ。知り合いがそうそういるわけ……居たわ。遠目に七層の管理者の姿が見える。
モンスターを早めに雷撃で焼き殺しながらそっちへ近づいていく。向こうも俺が近づいてきたのに気づいたのか、徐々にこちらへ向かってくる。どうやら四人パーティーを組んでいるようだ。
「やあ田中君。この忙しい時に探索? 」
「どうも安村さん。せっかくたくさん湧いてくれてるんですから、僕もBランク目指して頑張るなら今が稼ぎ時だと思いまして」
Bランクになる気があったんだ、という気持ちが先に浮かんできたが言わないでおく。田中君も七層の管理人を卒業する時期に来ているんだな。口に出すのはやめておこう、本人のやる気を削ぐ可能性がある。
他のパーティーメンバーは顔を見たことぐらいはあるが知り合っている、という訳でもない。ただ七層行きのエレベーターで見かけた事が有るかな? ぐらいのものである。ただ、向こうはこっちの名前を知っているらしく、この人が安村さんか、などと漏れ聞こえてきている。
「安村さんは何故二十層へ? 普段もっと奥ですし、どうやらダンジョンのどこでも同じ現象が発生しているらしいですからいつもより稼げるのでは? 」
「今日はカウ肉集めだね。手持ちが心細くなってきたんで自分で狩りに来た。これもこの現象中じゃないとそうそう集められないからね」
「なるほど。ライバルじゃなくてよかったですよ。といっても、ライバルが居ても困らないこの有様ですが」
確かにな。田中君を目撃してから近づくまでに十分かかった。その間の戦闘回数六回。目で追える距離にもかかわらず、だ。たとえ自分たち以外に探索者が居なかったとしても、これだけのモンスターの湧き具合を体験する事は無かっただろう。多分十層レベルの湧き具合だ。だとすると今の十層はどれほどの難関になっているのだろう。ちょっと気になってきたが、俺一人で突破できるほど甘い所ではないことは実感してきている。
四パーティー合同で潜ってくる、ぐらいの気合が無いととてもじゃないか抜けてくることは難しいだろう。そういう意味では、ゴブリンキングを倒していないパーティーについてはちょっとご愁傷様である。
「じゃ、お互い今の内に精々稼ぐことにしようか」
すると、田中君は俺にだけ聞こえる声でこっそり耳打ちをしてくる。
「今の内に……ってことはこれ、落ち着く予定があるって考えていいんですよね? 小西ダンジョンが永遠にこのままになるということはないと」
おっと、ちょっと口が滑ったか。これがイベントであるということを知るのはここでは三パーティーだけだ。知ってしまえばダンジョンマスターの存在についてそのままするするっとつながる一本の糸になる。上手く文言を整えないとな。えーっと、この場合どう返答すれば正解なのかな……
「だって異常事態だろ? ってことはいずれは終息して元に戻るじゃないか。それまでは精々稼がせてもらおうってことだよ。昨日も奥のほうで同じく探索してたけど、モンスター数こそ増えてたものの移動していくような様子はなかったから、これは単純にモンスターリポップ数だけの異常だ。もしかしたらダンジョンあふれの前段階かもしれないけど、深い階層でその予兆は無かったからね。なら、後は上の層だけ動くかもしれないとは思ってるけど、そこまで異常に増えている様子も無いしちゃんとモンスターは対処されてる。この調子なら何日かすれば収まるんじゃないか、というのが俺の今の見立てだ」
「なるほど……ちゃんと考えてるんですね。もしかして、その調査も含めて二十層に来たと? 」
「それもある。上の層だけモンスターが移動してたら下の層に居る必要はないしね」
嘘です。その予定がない事まで織り込み済みです。本当に肉だけ取りに来ました。表向きは中層調査って理由にしておくか。
「じゃあ頑張ってモンスター数減らしていかないとですね。Bランクになったらその内二十八層まで連れて行ってください。ケルピーの落とす肉、安さから会社内でも需要が高まってるんですよ」
なるほど、安さと手軽さのほうで人気があるのか。次回は間に合わなくても次次回ぐらいで価格が上がるかもしれんな。頭に入れておこう。こういうところでちょいちょい知識を仕入れていくのも大事な仕事だ。
せっかくのモンスターリポップの中で立ち話に興じているのはもったいない、とここで話を切り上げて別れた。さて、こっちも頑張ってお肉を仕入れに行かないとな。どんどん狩りに行こう。
レッドカウ、バトルゴート、ダンジョンハイエナ、ダンジョンハイエナ、レッドカウ、レッドカウ。狩った先からリポップするので移動する必要があんまりない。これはこれで楽しいな。流石に人が多い所で保管庫を使う訳にもいかないのでバッグ経由にする必要があり一手間かかるが、その手間の間に次がリポップしてくれているのでちょうどいい感じに緩衝材になってくれている。というか、アイテムを拾いに行く時間がそのまま休憩時間になっているほどだ。よし、しっかり稼いで肉持って帰るぞ。
◇◆◇◆◇◆◇
午後五時。上手く時間とリポップを調整して階段まで戻ってこれた。今日の収入は普段の一時間分ぐらいだ。肉とキュアポーションのランク2を省いて残りを全て査定にかける。キュアポーションのランク2を手持ちに残しておくのは、そろそろまた毒モンスターが出てきそうだなという予感がするためである。
まだ五十層のことは何もわからないが、二十一層で毒持ちが出てきたのだからそろそろもうちょっと強い毒をもつモンスターが出てきてもおかしくはない。その為にあらかじめ本数を溜めておこうという算段だ。とりあえず今の手持ちはランク2が十四本。よほどのことが無い限りは使い切らないだろうし、そもそもダメージらしいものを受けなければその心配は無いが、念には念を入れて更に一念を込めるぐらいのつもりの、いつもの心配性から来る在庫量だ。とりあえずこれだけあれば充分じゃないか、と思う量。
エレベーター前でリヤカーを組み立てて、バッグからドロップ品をランダムに取り出してリヤカーに積んでいく。他の人の目があるが、適当にバッグから出している様を見ればちゃんと荷物を仕分けして査定を楽にさせている様をみせつけることもできる。そしてちゃんとリヤカーを利用しているんだという実態も見せることが出来る。
久しぶりの二十一層だったが中々悪くない狩りだった。普段ほど力を入れずにふわふわと狩りをしていたが、ちゃんと復習的な部分もあって考え直す個所がいくつかあった。たまにはこういう所を巡るのも悪くないな。
エレベーターで前の人が行くのを少し待って、リヤカーと共に一層へ戻り、一層でリヤカーの邪魔になりそうなスライムを焼きながら進む。最近相手してやってないな、たまにはゆっくりと相手を……と行きたいところだが、現状そういうわけにもいかないだろうな。
出入口に戻っていつも通り退ダン手続き。
「ただいま。目的は大体達してきましたよ」
「おかえりなさい。他の探索者はどうでしたか? 怪我してたりとかは見かけませんでしたか? 」
珍しく質問をされる。モンスターが多いからか、それともだれか怪我して帰ってきたのか。ちょっとピリピリしているという形かな。
「どこかで問題でも発生しましたか? 」
「いえ、問題が発生していた場合大きくならないように、とのギルドマスターからの指示です。ちなみにどこに潜っていらっしゃいましたか? 」
「二十層ですね。特に騒ぎも聞こえなかったので私の知る範囲では問題は無かったかと」
「そうですか、ならよいのですが。お疲れ様でした」
査定カウンターに並び、査定。今日の収入、三百九十四万二千五百四十円。いつもの十分の一程度の金額だが、肉は三十五個ほど手に入れたので今日の目的としては達成できたし、今後の探索の役に立つであろうキュアポーションも手元に寄せることに成功した。
さーて夕食なににするかな。ローテーションは……揚げ物か。今日はそれほど運動強度の高い探索をしたわけではないので揚げ物は少し胃に重い。しかし、早目の昼食だったおかげで腹は減っている。家近くのコンビニで大盛系の何かを見繕って帰るとするか。それまでに胃袋を持たせるため、カロリーバーを一本食べておく。これで家までは持つだろう。
自宅近くのコンビニに寄り、大盛パスタを選択。量はそのままだが値段がこっそり上がっていた。底上げやサイレント値上げしないだけまだいい。個人的には量が減って値段がそのままよりも、量そのままで値上げか、量も値段も値上げのほうが俺の好みである。
ギルドを出るとき、揚げ物は止めておくといったな。あれは嘘だ。しっかりと揚げ物のスナックを購入して帰る。まぁ、摘まむ程度ならね、ほら、ちょっとだし。手間もかからないしね。
結局大盛たらこパスタを完食した上でおやつに骨なしチキンを食べ、しっかりと胃を満足させたところでダンジョンの経過を確認するために小西ダンジョンスレを見る。田中君みたいに今の内にCランクでの貢献値を稼ごうとするパーティーはやはりいくつかあったようで、いつもよりきつめのダンジョン探索に手ごたえを感じつつもそれ以上の実りを収穫して帰ってきた探索者が多かった。イベントとしては成功しているのではないか? と思った一日であった。
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