831:イベント中四十八層 4/4
午後の探索も順調に進み、午後五時前。本日の探索の時間が終了した。稼ぎは……ざっくり計算して一億二千万円。税金取られて半分こして五千万ぐらいか。もうちょっと粘ることもできるが、今日は芽生さんが飯を食いに、そして俺が芽生さんを食べる日になるので少し早めに撤収しても良いだろうというのと、ちょうど階段付近まで来ていたという二つの出来事が重なったためここで切り上げることにした。
芽生さんは「きょうのおちんぎん~」と小歌を歌っている。何とも暢気なものだ。これが数か月前には奨学金を返す名目で一人ダンジョンを彷徨っていたか弱き女子大生だったというように見えるだろうか。どことなしか、貫禄すら出始めている。やはり財布の余裕は心の余裕、そして器の広さになるのだろうか。
エレベーターで一層に戻る間にいつもの荷物処理。魔結晶が大きさそれぞれ六百個ほど。それとキュアポーションのランク4が十五本。後は保管庫の中に放り込みっぱなし……さすがに勝手に発芽とかはしないよな? とにかく謎の種が今までの合計で四百ほど入っている。
謎の種は査定開始待ち。あんまり高い値段にはならないとは思っているがゴブリンソードと同じくドロップ品としての価値以外にも何かあるかもしれないから保管庫内で保留にしておく。
ホウセンカの種も九十ほど入っているが、こいつは爆発物であり危険物だ。その内持ち歩いたり保管するには資格が必要になったりするかもしれない。保管庫の中に放置しておくことで問題は無いが、これも何処かで使う機会があればいいんだがこれといって思いつかないからな。日常的に爆発物を扱う仕事の人がこんな深い階層まで探索に来る、という可能性がまず少ない。
キュアポーションのランク4は予備こそとってある物の、キュアポーションの使用を強いられるモンスターに出会っていないので今のところ間に合っている。しいて言うなら、もう少しランクの低いポーションにもう少し余裕があっても良いかなとは思う。今度気分が乗った時にキュアポーションのランク2あたりを拾いに行くのも悪くないな。イベント中ならほかのCランク探索者に混じってレッドカウ肉の補給がてら十九層あたりに潜り込むのも悪くないな。次はそうするか。
そうなると昼食は軽めのものが良いな。コッペパンサンドイッチあたりで妥協しておくか。気も手間も使わない食事もたまにはいいだろう。焼いたウルフ肉とレタスを挟んでマヨッただけのお手軽昼食。よし、それにしよう。早速メモっておく。
「なんですか、お夕食のメモですか」
「夕食はアヒージョの予定だが、リクエスト具材はあるか? ないなら帰った後ちょっと買い物に行くけど」
「そうですね、やっぱりキノコ類は外せませんね。後はニンニクは多めのほうが好みです。お肉も欲しいですね。ボア肉あたりが良いと思います」
思ったよりもリクエスト内容が多いが、このぐらいなら問題ないな。元々作る予定だった分の材料は既に保管庫に放り込んである。余興で他の材料を放り込んでも良い程度には余裕がある。
「そろってるな。ニンニクは好みの量にもよるが、ある程度は」
「キノコは一種類だけですか? 」
「エノキ、エリンギ、椎茸、シメジ、マッシュルームあたりはある。後スモークチーズもあるな」
「じゃあ完璧ですね。後は出来上がるのを待つことにします」
「たまには手伝ってくれてもええんよ? 」
「はーい。手ごろなサイズに切り分ける役はわたしやりまーす」
やると言った以上手伝ってもらおう。家の冷凍庫にシーフードミックスがあるので解凍してから放り込むので、他の食材はブロッコリーぐらいでいいかな。今日は昼食にそれなりに野菜も摂ったし夕食が多少油方面に偏ってもまあいいだろう。
一層に着いてリヤカーを引く。流石にイベント中なのでスライムの数も多い。見たスライムを片っ端から吹き飛ばしていく。三十分で百匹ほど処理したところで出入口にたどり着いた。
「潮干狩り、最近してませんよね」
「充実してるからかな。悩み事が無いのもあるかもしれない。今ある悩み事と言えば貯金どうするか、ぐらいだからな」
「贅沢な悩みしてますね。投資信託にでも預ければさらに高額になって戻ってくると思いますよ」
「高額になって戻ってきて、その後どうするか考えないといけないから結局悩むんだよ。根本的な解決になってないから何か……こう……何かないかな」
「洋一さんの財布の中身に口出すつもりは無いですからね。まあ精々悩んで、スライムでも潰していてください、一人で」
退ダン手続きを取っていつもの流れで査定カウンターへ。最近はギリギリまで潜ることが少なくなったので査定の流れもスムーズだ。
「多いですかー? 」
どうやら査定のほうも限定イベントのおかげで忙しいらしい。いつもより顔色に疲れが見える。
「種類は少ないですよ。重さはそれなりにありますが」
「そうですかー……がんばりますねー」
頑張れ、多分この後はもっと忙しくなるぞ。査定をお手伝う訳にもいかないので応援だけしておく。種類が少ないおかげか査定時間は短かった。今日のお値段、五千三百七十三万六百七十五円。千円以下の端数はスライムから出た。
振り込みをして早速二人で帰り道に就く。と、スマホに着信履歴が有ったので早速確認。布団の山本からだった。どうやら最速で枕を作ってくれた模様。明日早速取りに行こう。
芽生さんがスマホを確認してるのを見て何? という顔をしているが、そういえば説明してなかったのを思い出し、真中長官から注文を受けたので中継ぎをしていることを伝えておく。
「なるほど。確かにそういうことなら洋一さんを通した方が早く枕が出来上がるかもしれませんね」
納得されたところで家路につく。バスまでの時間が少し空いたのでコンビニで適当にお菓子と飲み物を見繕い、コンビニで買ったココアで温まりつつ時間を待つ。
「洋一さんの家に行くのも久しぶり。布団持ってくればよかったですね」
「一緒に寝たら一枚で済むだろ。張り付いて寝てくれればいいよ」
「えへへ、じゃあそうします」
バスが来たので乗車、軽く仮眠。起こされて駅から最寄り駅へ。自宅に着く。
「はー、久しぶりですねえここに来るのも」
「早速夕食にするから、手伝ってくれ」
まず米を炊く。三合あればいいだろう。余ったら翌日に回せばいい。ササっと準備するとこっちは炊けるまで待つだけだ。ニンニクと鷹の爪をオリーブオイルで炒めながら、食材の切り方や大きさを指示、それとレンジで水分を取りながら冷凍シーフードを解凍。ニンニクの香りが漂ってきたら食材をポイポイと入れていく。細切れにしたボア肉も入れてリクエストはクリアした。
十五分ほど弱火で加熱するだけで後はよし。米が炊けるまでの時間差があるのが仕方ない所だが、出来上がったところで鍋ごと保管庫に放り込んでおけば保温はバッチリ。待つ間にもう一品生野菜サラダを追加し、マッシュポテトを真ん中に乗せて野菜サラダの完成だ。野菜サラダと言ってもマッシュポテトが結構なカロリーなので、こいつをサラダと呼んでいいかどうかは時々疑問に思うところではある。
米が炊けるまで適当に時間を過ごし、炊けたところで食事とする。今日はいつもよりもちょっとだけ豪華である。やはりお客さんが居ると食事も少し贅沢したくなるものだ。
「いただきまーす。楽しみ~」
「いただきます」
ニンニクと鷹の爪の香りと味をしっかりと吸い込んだマッシュルームがとても食をそそる。そしてそれぞれのキノコの香りが油に移ってとても芳醇な香りをしている。ボア肉の特徴的な香りもしっかりと残っているし、油で炒めたからか、ただ焼いたものとはまた違う食感を見せる。
冷凍シーフードも臭みがちゃんと抜けていて、ちゃんとエビはエビの味と香りをさせつつも油から移ったキノコの香りを吸い取っていて、口の中に色々な風味が混ざり合う。さすがにイカには風味が移り切るほどでは無いが、このアヒージョの中では一番食感が固く、コリッとしているのがいい。アサリも多少ダシが出ているのか、海産物特有の旨味を感じる。
油分がそこそこ多めの夕食だが、この後しっかりとした運動をする予定のため途中で息切れしないようにしっかりと食べていく。芽生さんの食べるペースが速めだが、負けないように追いついていく。ご飯はあっという間になくなっていき、三合炊いて正解だった。
「ふー、結構食べましたね」
綺麗に完食した芽生さんを余所目に食事の後片付け。芽生さんはほぼ自宅モードで寝そべってテレビを見ている。
「あ、ダンジョン特集してますよ。清州ダンジョンの。なんか新しい発見でもあったんですかねえ」
「さあな。深層探索者の追っかけでもやってるんじゃないか? 」
「そうみたいですねえ。流石にダンジョンの中まではカメラは入らないんで……パーティーの誰かが撮影した映像使ってますね。階層は……二十八層あたりですかね」
「ってことはBランクか。ギリギリ表に出てても良い範囲だな」
「強さの秘密とか聞いてますね……あっ」
芽生さんの喋りが止まる。芽生さんの声が止み、こっちの仕事が終わりテレビの音声がはっきり聞こえてきた。
『我々がここまでたどり着けたのもステータスブーストっていうテクニックのおかげなんですよ』
あっ。これマズイ流れの奴だ。
『我々も教えてもらった側なので誰が最初に生み出した……編み出した……違うな、気づいたのかまでは解らないんですが、そのおかげですね。このテクニックに気づかなければ今頃九層あたりであたふたしていたかもしれません。いまでは全国的に知られているらしいのですが、去年になるまで広まらなかったという事は、よほど一部の人だけが知っていたのか、もしくは秘匿されていたのかもしれません。最初に気づいたのはどこの誰なんでしょうね』
ドコノダレナンデショウネ。芽生さんの視線が痛い。番組では、ステータスブーストを使った時と使わなかった時のそれぞれの身体能力に関しての比較映像が映し出されていた。七層で同じ人がON/OFFをしながら二回同じテストに参加して、それぞれの速さや回数などを計測し、明らかに違うという様を見せている。別にフレームレートをいじっている訳ではありませんという注意書きもされている。
『清州ダンジョンで生み出されたとされるこのステータスブーストという身体強化現象ですが、今後も当番組では調査を続けていきたいと思います。果たして、創始者は何処の誰なのか。今後の取材に期待してください』
芽生さんがじーっとこちらを見つめてくる。俺は目を逸らすぞ。
「今後取材が広まればこっちにもメディアの手が伸びてくるかもしれませんね」
「聞くだけ無駄だから聞いておくけど、メディアデビューして楽しむご趣味は? 」
「ございません。そんなデビューしても多分今より儲かりませんから」
期待通りの答えをもらった。ならば我々がやる事は一つだ。
「よし解った、見なかったことにしよう。今我々はテレビをつけなかった。いいね」
「そういうことにしましょう。運よく、清州ダンジョンに広めた本人たちも小西ダンジョンに居ますし、こちらへ取材が来ない限りは足取りを追われる事は無いはずです」
時間の問題のような気もするが、清州ダンジョンで取材を続けられる限りこちらに飛び火してきて最終的に俺達にたどり着く可能性は……無いでは無いな。ここまでたどりつかれたらどうしようかな。今の内に取材を受ける準備とかしておいたほうが良いのかな。それともシラを切りとおすか。流石に潜っている間に直撃される事は無いだろう。危ないのはギルド内か。
流石に査定待ちしている間に突撃インタビューなんてことをされると
「で、もしもたどり着かれたらどうするんですか? 」
「その時はまた架空の師匠に活躍してもらうさ。さ、さ、この話題はほっといて風呂入ろう風呂。背中洗ってあげるよ」
「そうですね、私は前も洗ってあげますよ。自分で洗うより気持ちいいはずです」
誤魔化すように風呂へという流れを作り出す。芽生さんはしょうがないですねえという表情をしつつも、二人でお風呂というほうに頭をシフトさせたようだ。
「じゃあ俺も前洗う。綺麗にしてあげる」
「そうしましょう、イチャイチャしましょう。こっちには結衣さんに負けない武器がありますからね」
「お、それは楽しみにして良いって事か? 」
「いいですよ、たっぷりこの若い体を楽しんでください。こっちもその分楽しませてもらいますから」
お風呂でスッキリした後ベッドでもスッキリした。やはり寝る前の運動はちょうどいいようで、朝まで……とはいかず、お互い程よく満足するまで動いた後、もう一回お風呂に入って眠った。
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