829:イベント中四十八層 2/4
「と、いうわけです」
「なるほど、いわゆるダンジョンあふれ現象やダンジョンあふれの可能性は無いという事でいいんですね? 」
「そもそも現存のダンジョンにそういう機能は無いので、安心して良いと思いますよ。ただ、モンスターリポップタイミングが早いのは間違いないので、十分気を付けて探索する必要はあると思いますが」
「それを聞いて安心しました。このまま何もない四十九層でくすぶってる必要はないという事ですから。身動きできずに待機って結構精神的にクるんですよ。これで四十八層で思う存分自己鍛錬できますね」
高橋さん達はダンジョンの異変が終了するまで四十九層待機を命じられていたらしい。
「でもいいんですか? 動き回るのは一応命令違反になりますが 」
「見てるのは……ミルコ君だけだから良いんじゃないかな。後はお二人が目をつぶってくれれば……ですが」
そういいつつ、スーツの袖ポケットに何かを入れられる。確認すると、緑の魔結晶の大きいほう、多分ハエトリグサの奴だな。買収しようという事らしい。
「……なるほど。我々は今日は出会わなかった。そういうことで」
「助かります。よしみんな、体を動かせるぞ」
高橋さんがそう声をかけると、四人とも喜んでその場で腕立てしたりスクワットしたり、暖機運転を始める。
「やっぱりその場待機って結構なストレスなんですね……」
「これも仕事の内とは解ってはいるんですが、このままだとずっとこの場に居る必要が出てくるところでしたからね。待機よりはちょっときつめの探索に向かうほうがマシというものです」
あ、話し合いついでに聞いておこう。もしかしたら何か情報を持ってるかもしれない。
「そういえばスキルオーブなのですが、小西ダンジョンへ来てどの階層でどんなスキルをドロップしたか聞いておいても良いですか? 直近二ヶ月で構いません」
「あぁ、スキルオーブ狙いですか。ええと……山本二曹、どうだったっけ」
どうやらその辺の情報は山本さんに一任しているらしい。山本さんはバッグからノートを取り出すと、ぺらぺらとページをめくり日付とその時にドロップしたスキルオーブについてデータ化されているらしい。
「どうぞ、これがリストです」
「ありがとうございます」
三十一層以降の情報については俺達と結衣さん達、そして高橋さん達しかお互いにデータが無い。ここで一度共有しておくのが良いだろう。
「ちょっと書き足させてもらいますね」
こちらから信頼されるために、こちらのドロップ情報を記しておく。これで高橋さん達にも旨味が生じる。
「これは私の独り言を記録した……ということにしておいてください」
「……なるほど、助かります」
これで、持ってないスキルのドロップ情報が蓄積されても他の探索者が手に入れたのを見せびらかしていた、という話で納得させることが出来るはずだ。
「三十九層スノーベアで【物理耐性】ですか。確かに持ってそうな雰囲気はありますね。後は四十一層で【水魔法】と。【水魔法】はいろんなところから出ますね。こっちも三十一層か三十二層あたりで拾いましたよ。結構前なのでここに新しく書くことはためらわれますが」
「ということはこの【生活魔法】はここ数日で拾ったってことですか」
「そうなります。試してみますか? 」
正直、実験体は何人あっても困らない。彼らは泊まりでここに居るはずだ、垢や汗やなんかが気にならないと言えば嘘になるだろう。
「じゃあ、ちょっと実験体になってみますかね」
山本さんが覚悟を決めてこちらに向き合ってきたため、ウォッシュをかける。全身を震わせながら山本さんの顔色や肌ツヤが綺麗になっていく。念のため服のほうにもかけておこう。せっかくなら両方綺麗にしたほうが気分が良いはずだからな。
「なるほど、こういう感じですか……これは中々良いものですね。無くても困らないがあると捗る、というところですか」
「水も火も風も出せるんでそこそこ便利にはなると思います。それ以上は今のところはあまり思いついてない所ですが」
高橋さん含め残りの三人にもウォッシュ二連発。四人の体を綺麗にして気分も多少リフレッシュした事だろう。
「ありがとうございます。おかげでなんだか気持ちが良いです」
「お粗末様です。こちらもいくつか情報をもらえましたし、ここはお互い様、という事で一つ」
高橋さん達は準備運動をしながらもう少し体を温めてから四十八層に来るらしい。その間にこちらは先に出かけておこう。リポップが早まってるとはいえあまり距離が無いような状態ならすぐに湧かないかもしれない。
「ウォッシュってそんなに気持ちいいんですかね? 」
「気持ちいいよ。全身洗濯されてそのまま乾燥機にかけられる気分。以前芽生さんにやられた人間洗濯機に比べたらもう天地の差よ」
「お昼ご飯の時にでも私もやってもらいましょう。それまで精一杯汗をかいて頑張ることにします」
「今日はいつもより忙しいはずだからな。きっと気持ちよく運動できるぞ」
四十八層は早速モンスター、マリモ六匹のお出まし。流石にモンスターリポップ速度が速まっているとはいえ、モンスターで階層が詰まる、という事は無いらしい。壁越しや通路越しで索敵レーダーからいつもと同じぐらいのモンスターのリポップ量であることが伺える。
いつも通りの手数と手段で無事に倒せることを確認するため、真っ向から奥に居るマリモを狙いに駆け出す。手前のマリモが蔓を伸ばしてくるが、【隠蔽】のおかげでほんの二、三秒分だけこちらがより奥へ進むことが出来た。奥のマリモを真っ二つにした後、後ろから伸びてきた蔓を引っ張りこちら側へポーンとい引っ張り込んで空中に放り出されるマリモ。そのマリモをぷっつりと同じく真っ二つにしてしまう。
「スマートな戦闘が出来るようになりましたね」
「【隠蔽】のおかげかな。蔓が伸びてくるタイミングがこっちの戦法とマッチしてくれてるみたいだ、さあ次へ行こう。いつリポップしてくるかも解らないからモンスターが居た場所にいつまでも居るのはちょっと危ない。キッチリ何分おきに湧くか、までは解らないからな」
階段のある小部屋をさっさと抜け出し、すぐに折れ曲がった道へ。ここは階段を中心にしてある程度の間隔を持ちつつもぐるりと一周回れるような構造になっている。ここを周回するのが多分効率として一番良い。
「湧き待ちを心配する事は無さそうだから、ペースを早めすぎて疲れるのだけ注意しておけばいいかな。強くなるのが今の目的とは言え、無理は禁物だ。大人しく限定イベントが収まるのを待ちつつ実力を溜めていくことに注力しよう」
その後もマリモだけ、マリモとホウセンカ、マリモとハエトリグサ……といつものパーティーとの戦闘を繰り返す。手慣れた戦闘に加えて上がった身体能力で苦戦することも無くスパスパと植物たちを切り倒して、時には焼き切っていく。ハエトリグサの魔法吸収も葉以外には効果があるから、葉に当てないようにスキルを行使していくのも慣れた。
正直に言えば、もっと苦戦すると思っていた。戦っている間に後ろから新しいのが湧いては一息つく暇もなく常に戦闘状態に置かれる……そんな状況を想定していた。
だが、実際にはいつもと同じペースでの戦闘が無限に続くという形で、湧き待ちや普段湧いてない所へのリポップがある程度で、かなり楽な戦闘を続けられている、と言ったところ。
ついでに、俺も芽生さんもステータスブーストが一段階上がり、ハエトリグサの葉に接近されて困る、という状況がほぼなくなってきている。葉の噛みついてくる方向をゆっくりと目で追ってから体を動かして葉の裏側を切断して相手の戦闘能力を奪っていく、という形に持っていけるようになった。四十八層でレベルアップするのはこれで合計三回目。そろそろ四十八層よりも下へ行く準備が出来たと言える。言えるんだが……
「うーん、悩み処だな。もうちょっとこの階層に固執してみるか」
「何でですか? そろそろ次の階層に行こうとか考えだす頃合いかと思いましたけど」
「まだまだここでレベルアップは出来そうな気がする。それにこのマップでスキルオーブドロップが確認されていない。さっき山本さんに見せてもらったリストにも、この近辺でのスキルオーブについて書かれている情報は無かった。つまりまだこのマップは未知の部分が多い」
「そこまで考えてスキルオーブの情報交換してたんですか。出ると良いですねえ」
「出るまで粘るか。その間にまたあのポーションも落ちるだろうし、ここまでにドロップする予定だった【生活魔法】も出たことだし、芽生さんと相談して手に入れようと思っていたスキルは大体手に入った。この先もっと他のスキルが増えたり、未知のスキルがあるかもしれないがもうしばらく足踏みをしていても問題ないだろう。そういう条件で潜ってるってのもあるしな」
それぞれの戦闘力の強化に加えてスキルオーブが出るまで粘るという課題をもう一つ増やした。もうしばらくこの花壁のマップに自分を縛り付ける理由は作った。後はひたすら巡るだけだな。
と、アラームが鳴る。昼食の時間だ。今日は戦闘づくめになりそうだからとあらかじめ時間設定をしておいたのが功を奏した形だ。
「戻ってご飯にするか。今日は汁気が少なめのごった煮とサラダだ。ご飯が進む感じに煮詰めたんで多分美味しい。味付けは麺つゆ」
「めんつゆ好きですねえ」
「麺つゆは万能調味料なんだぞ。ちょっと小腹が空いたけどダイエットしたいときなんか、めんつゆをほんのキャップ一杯ぐらい飲むだけで落ち着いたりもするぐらいには効果ある」
「それは良い事を聞きましたね。今後参考にしておきましょう」
◇◆◇◆◇◆◇
四十九層に戻り昼食。来た道を引き返すだけだったが、流石リポップ速度増加イベント中だけあり、さっき通ったばかりの所にもキッチリ湧き直していた。おかげで収入のほうもしっかりしたものを手に入れることが出来たので誰も損はしていない。帰り道の分もきっちり稼いで美味しい思いはさせていただいた。
「さあご飯だ。今日もお高いお米だから満足して食べると良いぞよ」
「パックライスの出番は今後無いんですかねえ」
「無い事も無い。持って来たご飯で足りなかったらパックライスを温めることになるからその時かな。ただ、味が落ちるのは仕方がない事かな」
椅子と机を出してタッパー容器に移した米をそれぞれに分けて、器に盛った生野菜サラダをドン、そして鍋ごとごった煮をドン。食器にごった煮を盛って今日のお昼ご飯の始まりだ。
まずは人参から。星形に切ったりとそういう細かい細工はしていない。味がしみやすいように小さめには切ったが、保管庫で二分寝かせた分味がよく染み込んでいる。今回はいつもの人参と違って、甘みが強い事を売り文句にしている人参を使ってみた。一本二百円ほどするが、めんつゆが味を引き立てて更に甘みを感じる。
鶏肉も胸肉だけを放り込んでおいたので多少パサつくところがあるが、その分味はしっかり沁み込んでいる。ゴボウは少々苦いが、めんつゆが苦みを抑えてくれているので中々に美味しい。大根は完全に味を吸い込んでいて、今日の集大成みたいな形で出迎えてくれる。
ごった煮というより和風煮付けみたいになってしまった。まあいろんなものを入れて煮物にするのがごった煮なんだ。和風だろうが洋風だろうがごった煮と言い張ればごった煮なんだ。そういうことにしておこう。
「人参が甘くて美味しいですね。とてもご飯が進みます」
「今回は人参にこだわってみたんだ。次回は美味しいらしいブランド鶏肉で挑んでみようと思う」
「それは次回の鶏肉を楽しみにしつつ、今の味を楽しみましょう。大根もしっかり味が付いてて美味しいです。これは食べ過ぎてダメになる奴です。ご飯も美味しくていいです」
ご飯が美味しいと二度言っているが、米に合う食事であることに違いはないな。三人前ほど作ったが芽生さんが結構食べた。ご飯も当然空っぽになった。夕食は作るなり買って帰るなりしないといけないな。芽生さん来るって言ってたし、どうするか。保管庫を覗きながら食材の在庫を確認する。二人分ならなんとかなるか。また米を炊きなおすことになるだろうが、ローテーションを一つ進めて何かしらのアヒージョを作ろう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。