826:イベント 2/3
「と、いう事が有って、あれ以来どうやら限定イベントというものに興味を持ったらしいです」
「なるほど、道理でやたらモンスターが湧きまくってる訳だね。外に出てくる心配は無いから、単純にダンジョン内イベントとして用意してくれたものになる訳か」
ミルコが限定イベントというものに興味を持った二日後、早速全階層でモンスターが目の前でポップし続けるという現象が発生。朝一で通勤してきた俺に受付嬢からギルマスが呼んでますよ、ということでホイホイと二階にやってきてしまったわけだ。
朝一からすまないねと言われつつも、ダンジョン内で発生した不思議現象について、何か知らないか? とのこと。事情は知っているか、ダンジョンマスターが変わったとかダンジョンの仕組みが変わったとか、質問をされたので知っている範囲で正直に答えた。
「ふむ……しかし、ダンジョンマスターの気まぐれイベントだなんて説明しようがないしどうしようかね。他のダンジョンでは同じ現象が発生しているという情報が無い、というか私が調べた限りでは発生してないから、またダンジョンに誰かが悪戯して先のスライム増殖騒ぎみたいなことになっているんじゃないかと、何件か報告をくれた探索者も居るんだ。彼らにどう説明したものか」
「何が起こっているかは解らないがモンスターはたくさん湧いてるし、稼ぎ時って事で良いんじゃないですかね。こっちもまだ非公開機密情報の範囲に入ってますが、ダンジョンあふれ……つまりダンジョンからモンスターがあふれてくるという機能は少なくとも現時点までに出現したダンジョンには備わっていませんし、ダンジョン入口を注視しておくので、もしもダンジョンからモンスターがはい出してくるような場合に対応はしておく……そのあたりが落としどころじゃないですか? 」
これも俺の発言のせいで発生してしまったので、俺としてもちょっと少々居心地が悪い。
「モンスターの取り合いが時々問題になることもありますし、それだけモンスターの回転率が良ければあまり収入を得られずに帰っていく探索者も少なくて済むんですし、受付で注意喚起をしておく、ぐらいの対応しか今のところ出来る事は無いんじゃないですかね」
「あまり穿った見方をされないように、ダンジョンについてはまだまだ知らない情報が多いから詳細までは把握できていない。ただ、モンスターが多めなので怪我をしないように注意してください。そんなところかな? 」
うーん……気の利いた冗談を挟んで真に受けた探索者が怪我をする、なんて事態はだれも望んでないだろうしな。そのあたりが落としどころかもしれない。
「それで、いつまでこの限定イベントは続くのかな? 」
「それを聞いてハッキリ日時が解ったとしても、公開できる情報にはならないでしょうから聞いても無駄かもしれませんよ。どうしてダンジョンのモンスターのリポップが落ち着く時期が解っていたのか、というところをつつかれると返答に困るんじゃないですかね」
「それもそうだね……とにかく、限定イベントであることは確かだし、ダンジョンからモンスターがあふれてくる可能性もないし、やはりモンスターが何故か視界内でもリポップする現象が起きてるから怪我をしないように慎重に潜ってくださいと言づけるのが精一杯かな」
「正直対処法がどれも情報機密に引っかかるので悩みどころではあるし、中途半端に両方の情報を知ってしまっているおかげでかえって対応に困っているのが現状じゃないでしょうかね」
「それもそうかなあ。ま、原因は解ったし、今回はそれでいいでしょ。二週間ぐらいたったらそろそろ限定イベントとしては潮時だと安村さんからミルコ君に声をかけてもらっても良いかな? 」
二週間か。イベント期間としては妥当な長さだろうな。それ以上続くとまた探索者の移動が増えて人口過密になって……という可能性だってある。
「その程度でよければ安請け合いさせてもらいますよ。これもダンジョンマスターの件が公開されていれば、気まぐれで……そうですね。ダンジョンマスター主催のダンジョン探索イベントとか面白いかもしれませんね。迷宮マップで宝箱探しさせたりとか、こっちで上手に誘導させられるようにすればより面白いダンジョンとして受け入れられるかもしれません」
「そうだね。じゃあ早速受付には言付けておくよ。朝早くからゴメンね。今日は後はいつも通り稼いでくれちゃっていいから。多分ダンジョンマスター的には……そうだな、私がダンジョンマスターなら戦闘中に後ろにもリポップして前後を挟まれてあたふたしている探索者なんかを眺めて楽しむ所だろうけど、今のところは探索者密度が少し高めで視界が切れるスペースが少なくて予定していたよりも収入が少ない、という話もちらほら聞くし、ちょうどいい還元イベントになってるんじゃないかな」
「俺としては最深層に潜ってかなり際どい戦闘をさせられそうなのがちょっと難点ですかね。まあ何とか潜り抜けて見せますよ。それに戦うチャンスが多ければ多いほど自分も強くなれますしね。じゃ、知ってることは話したので後は流れでお願いします」
朝一から相談を受けたのでちょっと時計がずれたが、今日は今日の稼ぎをしていこう。いつも通り茂君して四十二層に潜ってカニうま祭りの続きを行おう。今日も昨日と同じぐらいのドロップが見込めるなら、昨日のミルコとの話し合いや今のギルマスの話し合いで浪費してしまった時間分だけ湧きの速さでカバーされ、いつも通りの収入を見込めるだろう。
「あぁ、そうだ。安村さんこれ、支払いカウンターで支払いを受けといてくれるかな」
そういえば、といった感じでギルマスが支払いレシートを手渡してくれる。金額百五万三千円。
「何のお金です? これ」
「君が去年ダンジョン庁に卸してくれたドウラクの身とドウラクミソの代金。真中長官に話を付けておいた。これだけ貢献してくれたんだから、ちゃんと納品した分の報酬はこちらから支払うべきだと進言しておいた結果の金額だよ。もうギルド税は差っ引いてあるので、いつもの査定の支払いと同じように振り込みなり持ち歩きなりで受け取っておいて。受け取らない場合はちょっと困る」
お、これは嬉しい収入だな。奪われるだけ奪われて返ってこないものだと考えていたが、そこはちゃんと収支を合わせておかないといけないらしい。
「解りました。素直に受け取っておきます。どうもお手数おかけしました」
「できるだけこの手の話は綺麗な話にしておきたいからね。君から受け取ってあるあの謎の種五十粒も、金額が定まり次第ちゃんと支払う予定だから。分析と育成、収穫、収穫物の効果や使用用途なんかが決まるまでは結構長い時間がかかるかもしれないが、確実に支払わせてもらうことを約束するよ」
ちゃんとあの種の分も支払ってくれるらしい。ひとつこれで安心だな。ギルドでギルド税も処理してくれるなら今年みたいにややこしい支払いだの雑収入だの別収入だので心配をすることも無いだろう。
一階に戻り、支払いレシートの金額を振り込んでおく。さて、気を取り直してダンジョン探索に向かおう。今日も変わらずカニ漁だが、この季節の凍るベーリング海へ行かなくてもカニが捕れることと漁場まで一時間で到着できることを考えたら何とも気楽な漁ではある。海辺に釣りに行く感覚でカニを手に入れることが出来るのは何よりの強みだ。
入ダン手続きに行き、受付嬢に念のため相談をしておく。
「後でギルマスから言われるとは思うんですが、ダンジョンのモンスターが昨日から増加傾向にあるので怪我しないように注意喚起のほうお願いします、とのことです」
「解りました、本日もご安全に」
「ご安全に」
リヤカーを引っ張って……行こうと思ったら目前に見慣れたパーティーの列。結衣さん達だ。
「おはよう、みんな」
「おはよう安村さん」
「おはようさんです」
「新浜パーティーはここの所はダンジョンに潜ってたのかな? 」
念のため確認しておく。知らなかったらかなり厳しい探索になるかもしれないからな。身内……とまではいわないものの、知っているパーティーには注意喚起をしておきたい。
「ここ二日は休みでしたけど、なんぞあったんです? 」
「とりあえずエレベーターまで行きますか。それから説明します」
朝一のエレベーター内、七層まで行く間結衣さん達と一緒に乗り込むことになった俺が、最近の小西ダンジョンのモンスター増えすぎ現象について原因と内容についておおよそ解っている事を伝える。
「ということはいつもより危険である可能性があるって事ですね。なら、三十六層じゃなくて三十四層あたりをゆっくり回っても充分な収入とパワーアップができそうですね」
「そうね。しばらくはお金稼ぎに専念しても良い感じかも。モンスターが早く湧き直す現象、という受け止め方で問題ないのよね」
「おそらくはそれであってると思う。視界が切れなかったり人の周りではリポップしない現象についてもダンジョンマスターである程度操作できる、ということは解った」
「気まぐれでそういう面白い事もできるのね。後は……宝箱でも出してくれないかしら」
「今度イベントについて何か聞かれたら宝箱が出せるか聞いてみることにするよ。というか今聞いてるんじゃないかな。仮眠でもしてない限りはこっちを見てるだろうし、もしかしたらもっとあたふたして見どころのある探索者が居たらそっちに注目してる可能性はあるかもしれないけどね」
頭の上を見上げてみてるよな? とカメラがどこにあるかは解らないがそちら目線で確認をしておく。やはり隠しカメラの類は見当たらないので例によって見えないカメラと見えないマイクで放送しているんだろう。
「じゃ、俺は茂君回収してから下りていくのでこれで」
「お互い気を付けてねー」
七層で別れ、いつもの茂君を回収する。と、ここで目の前でも後ろでもリポップする、という現象のおかげで、後ろからワイルドボアが突進してきた。ふと考える。もしかして、ここにずっといたらダーククロウもリポップするんじゃないか?
雷を纏って椅子を出すとその場に座り込む。一応ダーククロウの警戒範囲から出たところで、じっと待つ。すると、頭上にダーククロウが文字通り目の前でリポップする。そしてダーククロウは俺を警戒せずにそのまま茂君の茂る予定の木へ止まる。
そうか、茂君はこうやってできていくんだな。背中に当たるワイルドボアの感覚を無視し、時々振り向いてはワイルドボアのドロップを拾いながら、適度な量ダーククロウが湧くまで待つと、またサンダーウェブ。ドロップを拾うと再び椅子に座り、雑誌でも読みながら時間を潰す。今日は……ここで良いかもな。
茂君が早く茂ってくれるならこちらは動かなくてもある程度の収入は確保されてしまう訳だ。この間枕を二つ注文した分以上の羽根を確保するためにも、ここでしばらく立ち止まって茂君を狩り続けるのも有りではないか。それに、モンスターのリポップは今までゆっくりと目にすることも無かった。
ここでしっかり茂君がどのように茂っていくのか、眺めて確認して、そして日々の眠りをありがとうとお礼のサンダーウェブを仕掛けて……そうだ、【生活魔法】のお礼もしなきゃいけないな。よし、午前中はしばらくここに居よう。流石に昼食の時間になったら七層へ戻るが、その間はここで立ち止まってワイルドボアのドロップとダーククロウが茂っていき、俺によって散らされていく様子をゆっくり眺めながらコーヒーを片手に優雅な時間を過ごす。たまにはこういう日があっても良い。
眺めた結果、ダーククロウはどうやら最初から木にリポップするわけではなく、周辺の空中からリポップしていくという事が解った。そして、リポップしたダーククロウは羽を休めるために茂君に止まる。それがたまたまこの木に集中している、というのが茂君発生のプロセスらしい。
それが分かっただけでも個人的満足だな。もしかしたらスノーオウルも同じ理屈でリポップしているかもしれない。あっちも空中でリポップしてその後で木に着地してその中でじっと獲物が来るのを待っている。流石に昨日今日の状態で三十七層に潜るのはちょっと厳しい。それなら三十六層でワイバーンの湧き方について知ってみるのも面白いな。やっぱり三十五層へ向かおうかな。三十五層から三十六層へ行きワイバーンのリスポーンを観察してから三十七層へ。三十七層でスノーオウルの湧き方を確認する。その流れで行こう。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。