824:価格改定と裏話
side:ダンジョン庁
「アポイントメントは全部断ってますが、厄介な発言をされたものですね。もうちょっと落としどころのある言い方もあったと思うのですが」
真中長官の秘書である多田野が長官をたしなめつつ、次の仕事の予定を伝える。
「あの言い方で良かったんだよ。どうやら海外の探索者ニュースでも取り上げられたらしいし、国際ダンジョン機構がエレベーターについて細かい仕様やどういう情報を秘匿しているか、そっちのほうへある程度方向を向けられたのは我ながら妙案だと思ったんだけどね」
真中が発言した内容である国際ダンジョン機構と調整中、とメディアの前でハッキリ言い切ってしまったことで国際ダンジョン機構のほうにも大小色んなメディアが問い合わせを送っていて、通常業務に多少の負荷をかけていることもあり、日本め余計な事を言いやがって、という空気が出来上がりつつあるのも確かだ。
しかし真中がああいってしまった以上、責任を日本に押し付けて公開してしまうのも有りではないか、という流れも出来つつあるのも確かであり、日本がやらかしたという話はそのまま受け入れるからもうぶっちゃけてしまわないか? という方向性で参加団体、参加国に対して働きかけを進めようという流れも作り始めている。
主に折衝や仲介、相談をするのは副長官の仕事だが、その動きに対しておおよその各国各団体の動向を確認しながらの慎重な打ち合わせが行われつつあった。
机の上の相変わらず山積みになった書類を一つずつ処理しつつ、真中はつぶやく。
「日本の形が決して正しいとは限らないが、探索者に自由に潜ってもらう事でダンジョン側にも恩に近いものは売れる。その為に誼を通じているのも確実。安村さん達のおかげでどうやら順調に進んでいるらしい。今は四十九層で体を慣らすための実力を蓄えている最中だったかな? ともかく、日本が率先してダンジョンを攻略していっているという形には持っていけているんだ。あと一つ、国内で何処かのダンジョンが攻略されればダンジョンを攻略できた現場としての意見をもう一つ上積みできる。みんなをテーブルに着かせるための手札がもう一枚欲しいね。他のダンジョンでの進捗状況はどうなのかな?」
多田野が手持ちの手帳をペラペラとめくりながら報告があった各ダンジョンについての最新情報を確認する。
「高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンが四十二層、大梅田ダンジョンも同じく四十二層までは到達しています。清州ダンジョンはD部隊が四十二層まで到着していますが、民間探索者についてはまだですね。後は熊本第二ダンジョンで三十五層まで潜ったことがギルドのドロップ品取り扱い記録から判明していますが、熊本第二ダンジョンでエレベーターが発見されたという報告は受けていませんので、エレベーターを使わず自力で潜っているというよりもエレベーターについて情報を止めている可能性があります。おそらく、国内で初踏破をしたという箔をつけるために一部の探索者にだけ特権的にエレベーター情報とその使用権限を与えているのでしょう」
「熊本第二ダンジョンのギルドマスターは他のギルドマスターに比べて年も上だし次の昇進も間近という立場だからね。ここで一つ手土産を持たされて南九州全体を統括する立場になりたいところなんだろうな」
「注意をしておきますか? 重要情報の意図的隠蔽は訓告に相当する罰則処分に該当しますが」
「いやあ、構わないだろう。どうせ攻略されてしまったらポストが一つ空くことになるんだ。それより上のポストを新たに作っておいてそのままスライドさせるのと同じだし、踏破、つまり消滅させる予定のダンジョンにエレベーターが有ったか無かったか、なんてものは関係なくなってしまうだろうからね」
真中がペンを回しつつ、もう片方の手で器用にコーヒーを飲みながら多田野に自分の考えを述べていく。普段なら長官語録として筆記による記録をしていくものだが、あくまで雑談であるし公にする話でもない。ただ真中の言い分に耳を傾けるだけで済ませていく。
それに、真中がこうして独り言をつぶやくのは自分の頭を整理するために必要な作業でもある。実際、言いたいだけ言わせておいたほうがその後の作業が捗るのは多田野自身が実感している。今は手が止まっているものの、その後が三割増しで仕事が進むならこれは大事な休憩であろう。
「ダンジョンが増えないとダンジョン庁としてのポストも増えないからね。むしろ逆にダンジョンが攻略されて行って数が減るなら、ダンジョンが減った分のポストを考えて新設する必要が出てくる。今回は南九州ブロックという形で納得しては貰えるだろうが、これが同じ地域で同時に……なんて話になるとまた面倒くさいことになるな。これは早めに次のポストに当たる部署を新設しておいて担当を決めずに作業だけを委託するような内容のものが出来れば私の仕事も少なくて済んだりするのかな」
「そうかもしれませんね。とりあえず今は目の前の価格改定の最終案、こいつを片付けてくださいな。この公開時期だけはずらせませんので最優先でお願いします」
「解ってますよーっと……うーん、この半年でいくつかのドロップ品についてはとりあえずこのぐらいかなーって価格で当て決めしたものがあるけど、やはり全体的に値段を下げていかないと効力が発揮しないものもあるか。まずは手に入れやすく、研究しやすく、というところかな? 」
ワイバーンの素材やスノーオウルの羽毛の項目をツンツンと叩きつつ、少し唸る。ここで値下げをしたら探索者が楽しんで奥へ行こうという気持ちを下げてしまうのではないかと危惧しているのだ。それに新しいモンスターの名づけもある。日本独自の名前というだけでなく、そのモンスターの形状や攻撃方法などから相応しい名前を付けていくのが本来である。
「一応海外の相場とも突き付けて決めてはいるんですけどね。スノーオウルの羽根については布団業界を中心にした研究名目での流れが見受けられます。多分羽根を横流ししているのは」
「安村さんだろうね。彼、ダーククロウの羽根を個人的に布団屋へ流しているらしいから、そのつながりから研究なんかも行うことにしたんだろう。いくら儲けたかは解らないが、ちゃんと収入として計上してくれている事を祈っているよ」
「ダーククロウの羽根を使った枕、よく眠れるらしいですよ」
「それは欲しいなあ。出来れば短時間でよく眠れて気持ちよく起きられるものがあれば尚いいな。そういう研究してくれていると考えれば是非こっちにも一品横流ししてほしいもんだよね。ちょっと聞いてみようかな」
個人用のスマホをいじりだす真中。横目で見つつ、まぁこのぐらいは良いかと思っている多田野。しばらくレインをつつき回し、返答がない事を確認すると真中はデスクに向きなおした。
「……よし。これで一つ二つ荷物が増えることになるかもしれないが、届いたら仮眠室に一つ枕が増えることになる。届いて使ってみて、気持ちよかったら多田野君も使ってみると良いよ」
「そうですね、その際はぜひ試させてもらいましょうかね。さ、そろそろ仕事しますよ」
秘書に促されてまた書類の山に埋もれていく。大まかな商品の値動きは無し。食肉は需要と供給が良い感じにせめぎ合っているため、価格改定は無し。ダーククロウの羽根はまだまだ市場の潜在需要が見込めるため、潜在需要を確認するためにあえて保留。まだ使用方法が見えてこないトレントの樹液は値下がり。
それ以外の三十一層以降のドロップ品については、食品は据え置き、各種素材は幅最大まで値下げ。この辺りをもっと細かく微調整するためにはもっと多くの探索者の深層突入、つまりB+ランクとBランクの壁を取っ払うために国際ダンジョン機構からの発表としてのダンジョンマスターの存在の情報開示の有無がカギになってくるだろうと考えている。また、これらの階層における探索の収入のメインがポーションであることから、多少の値下げを行っても大幅に収入を削られるという可能性は低いと判断しての値下げだ。
「またカニ食べたいなあ」
書類をスパパパっと三例ほど処理し終わった真中がぼやく。
「では、価格改定が終わって四月発表の人事作業が落ち着いたら食べに行きますか、ダンジョンのものを」
「いいねえ。それを楽しみにして今日も仕事を楽しく気軽にやっていこう」
「では、頑張ってくださいね。私はその間に人事のリストをチェックしておきます。この春の人事異動で書類仕事を任せられる人間を何人か仕入れておかないとその山が崩れるさまを見ることが出来そうにないので」
「あっはっは……まぁ、後半年ぐらいは書類に埋もれることになりそうかな。後は国際ダンジョン会議に召集されて今回の発言の件についてどう言い詰められるかの予行演習でもしておく事にするよ」
とりあえずまだ就業時間内の真中と多田野の二人。書類は処理し終わったものから各省庁や各ギルドに報告として積みあがっていくのだが、細かい所はさておき、今日のところは順調に仕事が進んでいるのは間違いないだろう。
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side:安村洋一
ダンジョンから出るとレインに早速の連絡が来ていた。潜っていた間に送信されていたようだ。なんだろう? とみてみると真中長官からだった。あの人から率先して話が飛んでくるのは珍しいな。どれどれ……
「安村さんが贔屓にしている布団屋に枕を二つほど注文したいんだけどいいかな? 出来れば短時間で睡眠がとれて疲れも取れる奴が良いな♪」
かなりお疲れの様子だ。オッサンからオッサンに向けて♪をつけてよこすぐらいには精神的にもちょっとキているのだろう。俺に注文を直接よこすという事は俺が布団屋を贔屓にしているのがバレてるわけで、そこのところをちょっと横入りして早めに作ってくれないかな? ぐらいの意味を含んでいると考えていいだろう。
枕の配合の割合は五対五ぐらいのほうがいいかな? 山本店長と相談が必要だが、善は急げだし俺より忙しい人からの注文だ。こっちで素早く動いてあげるほうが探索者としても商売人としても、そしてギルドに対しても好循環を生みやすいだろう。じゃあ早速発注をかけるか。
ここは金より時間を大事にすることにしよう。俺は布団の山本に今すぐ向かう事を伝えると、駅前から贅沢にもタクシーを使って布団の山本へ急いだ。自宅に戻ってから車で出かけるよりも今すぐここからタクシーで向かった方が早くたどり着ける。
電話口ではあらかじめこういう注文があった、という内容を伝えておいた。到着するころにはプランと枕に使う羽根の割合、そこからおよそ考えられる効能と短く出来る時間などがある程度まとまったものが出来上がってくれているはずだ。あちらも商売人。俺からの頼みとあれば動いてくれるのは間違いないだろうし、もし羽根が足りないなら電話で伝えた時点でそのことを教えてくれるはずだからな。なので今回はさすがに手ぶらだ。布団の山本としても注文が入るのは良い事のはずなので基本断らないだろう。
布団の山本に到着すると早速商談。決断。即注文。ダンジョン庁からの依頼であることを伝えると、最優先で作ってもらえることになった。もしかしたらダンジョン庁御用達のお墨付きをもらえることになるかもしれないと、若干興奮気味だった山本店長は二日で仕上げる、という話になった。俺の口利きで優先的に作ってもらえることになったらしい。毎回有り難い事である。
出来上がり次第連絡をくれるらしいので受け取りをこちらですることになり、その後こちらからダンジョン庁へ発送、振り込みのほうはこちらの口座を教えておくことでどこから振り込まれるか解らないが仲介料をとらないということになった。
帰りはさすがにタクシーとまでは行かなかったのでバスを経由して帰る。今日の仕事はここまで。今日も三千万ほどの収入とダーククロウの羽根二キログラムを確保する事は出来た。次回取りに行く際に連絡してダーククロウの羽根の納品が必要かどうか問い合わせをしておくのが必要だろうな。
二日後までにはダーククロウの羽根をまた十キログラム分用意する事も可能だ。在庫はあればあるほど安心だろうし、いっちょ頑張ってみるか。
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