823:生活魔法とカニうま祭り
俺は【生活魔法】を覚えた。早速自分を実験台に、あえて口に出してその詠唱を唱える。
「洗濯」
すると全身を暖かい水みたいなものが湧きだし、やがて温風が流れ出し、まるで全身を湯で洗浄されたような感覚がつま先から頭の先まで通り抜けていく。以前中橋さんにかけてもらったのと同じだけの効果が発揮されているらしい。
うん、きもちいいなこれ。もう一回やっとこ。洗濯。……これで垢や汚れの洗浄が終わっているらしい。試しにスーツの匂いを嗅いでみると、服のほうも綺麗にしてくれているらしく、昨日の昼食の残り香などが無くなっている気がする。人間だけでなく服ごと効果があるらしい。これはスーツの手入れが楽になったな。
これをかければ下手にクリーニングや自分で洗濯をするよりも長持ちしてくれるかもしれない。そう考えると色んなコストが浮いてくる気がする。家に帰ったら自分の着替えでも試してみるか。
この【生活魔法】で色々試してみるか。まずは火……指先に火をともすイメージを作ると、指先からろうそくの火のようなものが生み出せた。次は水。同じく指先に気持ちを集中させるとちょろちょろと水が出る。後は風だな。土は……いまいちイメージが湧かないので後回しだ。風を送るイメージを作る。足元から風が巻き起こり頭の先まで抜けていくような感じで魔力を操作すると、その通りに風のイメージは出来上がった。ただ、実戦で使えるような威力ではない事も同時に確認できた。
火を起こして風を送って火力を強くする、程度の複合性は持っているらしい。保管庫にたまたま入れっぱなしだった紙袋とノートの切れ端を利用して燃えるかどうか確認してみたが、うまく行ったらしい。紙袋とノートの切れ端は風にあおられ燃えるスピードが速くなり、やがて灰になった。足元の砂をちょいちょいとかけて完全消火と証拠の隠滅が出来たところで、今思いつく限りの【生活魔法】の利用法は終わりとしておく。
後日芽生さんと相談する事で何か浮かぶかもしれない。その時にまた実験をやろう。少し時間を食ったが、ようやくいつもの狩りに戻る。
さあ、今日もカニ食いに行きますか。洗濯のおかげで全身清々しくなった身体をくりくりと動かし、四十三層方面へ。そのまま四十三層へ下りて砂浜をひたすら歩き、ドウラクだけを相手にしていく。今日もカニ、昨日はカニ、多分明日もカニ。カニカニだらけで飽きないかとも思うが、割りと飽きないんだな、これが。
各御家庭にまでたどり着くかどうかは解らないが、今の自分に出来る最大限の効率を出せて危険が無く、ドロップ品に社会性を持つもの……つまりカニだ。金額としてはポーションのほうが大きいが、満足度ではカニのほうに軍配が上がる。が、そこまでカニを食いたいかと言われれば難しい。
カニは、剥くのが、面倒くさい。ただその一点において、他の追随を許さず便利なのがこのドウラクの身である。パッキングされている間にもう既に殻が剥かれているというその事実だけでもう充分嬉しい。生で食べるならそのまま、茹でるならそのままでも良いし、しゃぶりたいならしゃぶればいい。ただ、茹でる際はやはり塩を若干加えるほうがより身が美味しく感じるのも明らかにカニ。
そんなテンションで毎回ドウラクを倒しているため、ドウラクの身が落ちる度に保管庫に入れて軽く小躍りしながらおかしいテンションと自分でも感じつつカニうま島マップを周回する。一周してきたところで今日の昼食と称して四十二層に上がった。
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今日の昼食は回鍋肉の醤抜きトロミ有り中華だしとお高いご飯。このままパックライスは卒業か? という流れだが、こっちはこっちで追加の米が欲しくなった時に手軽に食えるため手放さずにいる。まだまだ箱で買ってあるので君の出番は確実にあるぞ。
中華だしで味のついたトロミがキャベツとピーマンと肉を絡めとり、口の中で一体化してシャキモニュ感を演出してくれている。今日も中々の出来だな、次回はネギも放り込もう。食事のローテーションは来月になったらこっちも改定して、新しい料理を追加するなりあまり俺の中で評判の良くなかった料理はしばらくおいとましてもらうという形で毎日の食事が偏ったり味付けの濃いものだけになるような事態を防いで行こう。
ともかく今日の昼食はこの二品だ。時間が有ったらもう一品生野菜サラダでも用意するのが良いのだろうが、今日は一人のお気楽カニうま祭りだ、食べたければ夕食でその分を確保しよう。
結局一合半ほど炊いた米はすべてなくなり、回鍋肉も完食する。もう少し何か胃に入れたい気分だったので、最近保管庫に入れ始めたバランス栄養食に近いカロリーバーを一本かじっておく。たんぱく質多めでこれもまた美味しい。若干歯にくっつくのが難点だが、それを除けば栄養バランスも良いし、更にミネラルが足りないなと感じた時はパックの野菜ジュースで水分と共に栄養素を取る。
ダンジョンの中でこれだけ栄養について考えられるなら毎日ダンジョンでも良いぐらいだが、週一は必ず休むというルールを設けているのでこれ以上のペースの探索はしないことにしている。
汗かいたり服を汚したりしても【生活魔法】で身綺麗にできるようになったことだし、ソロで一泊二日というのもたまには悪くないかもしれんな。その場合は仮眠も含めてちょうど二十四時間ひたすら探索することが出来る。
せっかく【生活魔法】を覚えたのだ、回鍋肉や米を入れてきた容器なんかも簡単に洗ってから持ち帰ろう。水をある程度自由に出せるようになったのは中々に便利だ。芽生さんみたいに豪快に使えるわけではないが、ちょこちょことした品物を洗うには問題ない。
そしてもう一度自分に洗濯。昼食で多少移ったであろう匂いや付着していたかもしれない汚れがこれで落ちたはずだ。ちょこちょこ使って性能を上げていこう。後芽生さんにも一報を打っておこう。
「せいかつまほうひろったのでつかいました せんたくとてもきもちいいです」
これでよし。さぁ、昼からもカニうま祭りだ。思う存分ドウラクを狩ろう。
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午後四時半。引き上げ時だ。今日もたくさんドウラクを狩った。七十個のドウラクの身、そして二十二個のドウラクミソ。大体割合通りだな。キュアポーションも五本。今日の稼ぎはざっくりと三千五百万ちょいぐらいになるだろうか。充分な稼ぎを得たな。
リヤカーをエレベーターに戻し、エレベーターの中で荷物整理。終わったら七層までまた雑誌を読み込む。
二十九層以降のモンスター情報とドロップ品、おおよそ割り出されるドロップ割合やドロップ品の用途などについて言及されていた。トレントに捨てるところ無しと言いたいところだが、樹液についてはまだ用途が決まっていない事は何処の記事でも同じらしい。果たしてこの樹液に使い道があるのか。
検証スレではとりあえずクワガタに食わせてみたが美味しそうに食べている、という話があるそうな。帰ったら覗いてみるかな。樹液の揮発したものがヤニ、ヤニになった樹液は塗料などに応用されるらしい。塗料と言われてもこれと言って思いつかないが、きっと第三者が色々調べて効果のほどを確認してくれるだろう。
塗料か……材木に塗ったら白アリがよりつかなくなるとか、そういう忌避効果が出るかもしれないって事だろう。だったとしたら中々の発見になりそうだ。家を白アリに食われて建て直しになるような事態は現代でも時々聞く話だ。樹液の利用方法にもっと幅広い物が出てくれることを祈る。例えば混ぜ込む溶剤によって内容が変わるとか。
食べるのはちょっと勇気がいるが、メープルシロップだって樹液なんだから……とこれ前に考えたな。食用として扱えるなら流通してるだろうし誰かが試しているだろうし、少なくとも食えるものではないんだろう。そういう意味では残念だな。
しかし、樹液が昆虫の餌になるとして、かなり高級な餌という事になる。大手の育成業者ならともかく、個人単位でここまでするお値段のものを使う機会は無さそうだ。やはり樹液も査定価格のダウンは避けられないだろうな。
もっとこう、画期的な商品が開発されて需要が向上するようなものが現れるまでタイムラグがある。その間に高く売りつけるか安く買いたたくか、ギルドの流通と商社とのやり取りでどうなっているかが気になる。場合によっては供給過多で赤字放出をしているかもしれない。ダンジョン庁の収入支出、各ダンジョンの収支などは期を跨ぐあたりで公開されるだろうからチェックしておかないといけないな。
七層に到着するとテントで目隠しをしてダッシュで茂君。閉店ギリギリになりそうなので急いで茂君することにした。ここで後れを取って一晩帰れない、なんてことにはならないようにしないとな。
一層に着いて歩き回って退ダン手続き。この一層を奥まで歩きとおすという作業も短時間化したいところだ。もしダンジョンマスターについて公表される可能性が出てきた場合、エレベーターの出現位置を移動させてもらえるようダンジョンマスターに交渉しよう。貸しはまだ一つあることだし、それを利用させてもらうのが良いだろう。貸し一つはその為に取っておく。
査定カウンターにたどり着いていつも通りの査定。今日の稼ぎは三千六百四十三万三千八百円。まぁいつも通りという所。不満は無いが大きく満足をするわけでもない。茂君すればまぁこんなもん。しなかったらもう千二百万ぐらいは多く稼げるかな? という程度だ。
振り込みを済ませてギルドを出ると、ちょうど小寺さん達がダンジョンから出てきた。手をかざすと向こうも気づいたのか手を振って挨拶してくれた。
「やあ安村さん。今日の調子はどうですか」
「いつも通りですよ。……と、そうだ。洗濯」
早速小寺さんに洗濯をかけてみる。しばらくは新しいおもちゃを手に入れて喜ぶ子供のように、知り合いに会うたびに洗濯するかもしれないな。
「お、【生活魔法】を手に入れましたか。おめでとうございます。しかし、同意無しにいきなりやるのはスキルによるセクハラですな。ほどほどにしておきませんと」
笑顔でそう訂正してくれている。言われてみればそうだな。最初にいたずら仕掛けたのが小寺さんで良かった。
「以後は注意します」
「よろしい。で、それでスキル何個目なんですか? 結構覚えてますよね? 」
「えーと……六つ目ですかね。かなり多いとは自覚してるんですが」
ダブルにしている【雷魔法】の一回分と【保管庫】を除くと【雷魔法】【魔法耐性】【物理耐性】【索敵】【生活魔法】【隠蔽】だ。我ながら中々のラインナップだな。【生活魔法】を覚えたおかげで田中君みたいにダンジョン潜りっぱなしでも良いような形になりつつある。俺も四十二層の住人になろうかな。
「さすが、三十一層以降も自由に動けるとなるとスキルを取る機会も増えてますます離れて行ってしまいますね。一緒にスライムの山から抜け出していたころが懐かしい」
確かに。小寺さんともダンジョン歴からすればかなり長い付き合いにはなっている。彼らも相当ステータスが上がっているだろうから、今の三十層までの制限を考えると物足りなさを感じているかもしれないな。
「待っててくださいね、そのうちきっとB+ランクになって追いついて見せますから」
小寺さんが鼻息荒く今年の抱負を述べる。今年中にそれだけのイベントが起きるとは考えにく……いや、あり得ない事でもないのか。あの長官のエレベーター開通報告会見の一言の行く末によっては世界的にダンジョンマスターの存在を知られるようになれば、階層を封鎖しておく理由にもならない。どんどん人が深く潜っていくことはダンジョンの利益にかなうのだから、三十層で足踏みをさせられている探索者にとっては次の階層へ行きたい、という欲は常に持ち続けているだろう。
「期待して待ってます。では、私は帰りますので」
「また今度、ダンジョンで」
別れて帰りのバスに乗る。帰ったらまずは買い出し、醤の補充も含めていくつかメモに書き込んだものを買い足して、それから夕食だ。今日の夕食は買い物に行くんだし出来合い品でお茶を濁していこう。さて、明日のローテーションは何だったかな。
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