820:二月初旬、寒さは山場を迎え
今日も気持ちのいい目覚めを覚える。そしていつものありがとう。半年以上経つがこの布団の威力はまだまだ体感できる。思ったよりも長持ちしてくれている。これなら国民全部にこの布団をいきわたらせることも不可能ではないだろう。布団万歳。
二月に入り、寒さも厳しくなってくるかと思ったが、朝は氷点下になるかどうかギリギリのライン、と言った所を維持している。庭に出来ている水たまりが凍っているのを確認できた。一月の温かさが嘘のように寒い。
寒いからと毎日寝床に入ったまま……いや、これだけ稼いでいればそれでも問題ないんだろうというようにもを感じるが、それでは確実にまた太る。冬は温かい鍋を食べたくなるし、腹から温まるために空腹を感じないようなにかしら胃袋に入れたくなるというのが冬場というもの。とりあえず起きるか。
いつもの朝食を作って食べ、昼食の用意。今日は仕事に出かけないので一日ゆっくりする時間だ。と言っても午前中は布団の山本に行き納品、午後からは予定を完全に空けている。どうやら自分は意識的に休日を取ると考えないと休みを取らずに午後からでもダンジョンへ……と行きそうになるので、とにかく今日は休みだと自分に暗示をかけていく。
今日の昼食はシンプルにタンドリーチキン。今日はダンジョン素材ではなくチキンだ。たまには普通の食材も食べたい時がある。ワイバーンが鶏肉っぽさがあるのはさておき、鳥皮のあのカリカリ具合と裏側の脂の食感を存分に楽しむには、ダンジョン肉では物足りないのが正直な感想だ。やはりタンドリーチキンはチキンであることにそれなりに理由がある。
ざっくりと昼食を用意したところで保管庫に放り込む。これで昼まで保温は問題ないな。さて空き時間できたしニュースでも見るか。
二月に入ったことで、もうすぐ価格改定が迫る。年末に真中長官が言っていた通り、緑色の魔結晶については値下げの予定があるということはひそやかに通達されているらしい。どのぐらいの割合かは解らないが、いきなり半減する、となるとB+探索者達のやる気を削ぐことになるだろう。前例に倣えば最大で二割、というのが許容範囲だろうな。
それぞれのダンジョンに子飼いのB+探索者がいる場合、表面上はともかくとして各ギルドマスターから内密と称した上で密かに値下がりの相談はされているはずだろう。また、全国統一で価格改定されるため、ここのダンジョンだけ特別に高いとかそういう可能性も無い。
それなりの高額で買い取られている緑の魔結晶であり、はっきり発電という使い道も決まった今、その中で市場に流す金額がちゃんと民間企業に儲けを出すことが出来る状態で流通させなければならない。今日までに溜まった在庫を吐き出させる必要もあることだし、これから数年かけて商用炉の建造、運用、そしてサイクルコスト。それらを考えながら価格設定をしなければいけない、ということだ。商売はいろんなしがらみがあって難しいな。
今は下がっても後日効率がより良いものが作られたり、需要よりも消費が上回るようになるなら価格設定も高くなるはずだ。それまではじっと我慢だな。だが現状、緑魔結晶を落とすモンスターまで倒せるパーティーはB+ランクのみであり、ここまでの稼ぎとしては充分に儲けているはずだ。儲けているところから少しずつ頂いていく、という形なら確かに納得がいくだろうな。
探索者を育てる意味でも、今黒魔結晶と赤魔結晶の査定価格を下げるのは探索者離れを加速しかねない。緑魔結晶だけの価格改定なら納得できるところだ。
他の品物で価格変動が見込まれるものは、相変わらずのダーククロウの羽根とそしてトレントの実、樹液、ケルピーの肉だ。
トレントの実は上昇、樹液は下降。馬肉は上昇という可能性が挙げられている。トレントの実とケルピーの肉はそれぞれ疲労回復や魔力回復に効果があるとされているので、その需要が見込まれているし、トレントの実そのものがBランク探索者によって市場に流されてきた結果、商品も誕生し始めているらしい。
まずはトレントの実の丸ごとシロップ漬けやドライフルーツなどがラインナップに並び始めるという予想が為されている。ドライフルーツについては熱式乾燥機を使うとトレントの実そのものが消滅してしまう現象が企業と個人研究の探索者の両方から報告されているため、自然乾燥に任せる必要があることまでは認識の一致がされていた。
そして、トレントの実を燃やすことで消滅し、トレントの実そのものにはカロリーが存在しないことに気づいた研究機関によって魔素についての知識の蓄積や研究が進んだ結果、乾燥機の中に魔結晶を一緒に放り込んで乾燥させることでトレントの実を消滅させることなくドライフルーツの加工に成功した、とニュースには記されていた。
やはり保管庫でドライフルーツを作るという事が可能であったのは、保管庫内が魔力で満たされている、という理由から来ているのだろう。やはりまだまだ保管庫について自分で知らざる何かがあるらしい。もしかしたら魔力で原子構成を固定させることによって時間を百分の一にしたりしているのかな。百倍にもできるということは逆に促進できるということにもなる、か。
まだまだ自分のスキルも分析する事が多いな。保管庫については知った気でいたが細かい所をつつきだすと色々ぼろが出てきてもおかしくはない。もっとしっかり自分を知ることが必要だな。
トレントの樹液については未だに使用用途が見つからないという理由で値下がりするんじゃないかという予想が出ている。確かに樹液って何に使うんだろうな。甘い樹液という訳でも無さそうだったし、シャボン玉に混ぜ込むことで割れにくくなる、みたいなものでもないだろう。しかし、ドロップするという事は何かしらの使用法があるのだろうから是非死に在庫とならずに何かの役に立ってもらいたいところである。
今回の価格改定は二十一層までではなく、全てのドロップ品が対象になるので前回よりもそれぞれの探索事情や各ダンジョンの進行度なんかにも影響される。
そうだ、進行度と言えば、年末以来定期的に東西ダンジョンのリーダー同士でレインで相談する機会が増えてきた。俺のほうには戦い方のコツなんかを聞いてくる回数が増えた。どうやら東西共に四十二層までは到達したらしく、カニの美味しい茹で方なんかも問い合わせの内容に入ってきた。流石にまだ量産こそ出来ないものの、カニの供給源が小西ダンジョンだけではなくなったのは素直に喜んで良い所だろうな。
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高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンと大梅田ダンジョンでエレベーターに関する話が公表されてからの様子を毎日観察していたが、どっちのダンジョンも最大二時間ほどの待ち行列が構成されるほど好評の様子だ。
一定時間待つだけで深い階層まで一気に移動できるのは待つだけの価値があるとどの探索者からも言われており、燃料誰が出す問題や変に分解しようとする奴が出ないように当初はダンジョン付きの探索者を日雇い方式でエレベーターボーイにするなどの対処が取られた。
今では待っている間にどのくらいの人数が一気に移動できるかを目算で各自が判断し合い、燃料に関してのいざこざや問題は起きていない。やはり、みんなが得する場ではむしろ俺が出すという方向で競い合うように率先して燃料費を出すようになったらしい。それだけみんな稼いで帰っているという事だろう。
そのあたりの混乱や探索者密度が高すぎて探索が出来ないなどの話はあまり聞こえてこない。それだけ両ダンジョンが広いという意味でもあるが、清州ダンジョンの時の反省が活かされていると言ってもよいだろう。
清州ダンジョンの時のように全国から探索者が集まるようなことはそれほどなかったのは、東西同時に出来たことで移動する探索者が分散されていることと、清州ダンジョンという大きめのダンジョンで既にエレベーターが出現しているということ、そしてまた同じ目に遭うのではないか、という疑いの目から来るものかもしれない。
南城さんや竜也君からも同じように問題なく使えているし、今までの苦労を考えたら楽になった。こんな楽してたなんてずるいと言われたが、そこはまあ先に思いついてしまった分得をさせてもらったので、と返しておいた。
ついでに南城さんには例のマリモの種について何か鑑定の依頼なんかは届いていないか確認したが、ちゃんと鑑定の連絡は来ているらしい。ただ、詳細については教えてもらえなかった。流石にクライアントと情報源の機密は守るらしい。まぁ、その内ダンジョン庁経由で連絡は来るだろう。もしかしたら増産してほしいと言われるだろうし、しばらくすれば両パーティーの進捗にもよるが俺以外からも供給できるようにはなるはずだからな。
我らがパーティーに関わりがあるとすればドロップ品である所の謎の種が無事に生育し、その収穫物が人類のためになるものであってほしいと願うところだ。あのマリモがなにで出来ているかも気になるが、種から育てて収穫するという過程を経るのであろうことから、種そのものの価格はそれほど高いものにはならないのではないかと考えている。ただ、ドウラクの身に比べたら重さに対する価格の密度というものは確実に上だろうとは考えている。たとえ千円の価値しかなかったとしても、種十五個で一キログラムもあるような大きさではない。
ドロップと言えば例のハエトリグサが落とすポーションだが、こちらもまだ結果は返ってきていない。もしかしたら報告が遅れているだけかもしれないし、本数が足りなくてより多い本数をまとめて納品し、それぞれの負傷や病気の度合いに関して患者に治験と称して使用して行くことでポーションの能力が決まって、その後でポーションの価格が決まるのだろう。
順番から言えばヒールポーションの上位に当たる可能性は非常に高い。値段も順調に上がっていくならば一本で千九百万円ほどになる。もしかしたら出にくさと性能を評価されて、三倍ではなく四倍価格になるかもしれない。四倍なら二千五百万円。小瓶一本二千五百万円。これ以上に高いものはよほど貴重な医薬品かプリンタのインクぐらいだろう。充分すぎる美味しさを感じるな。
問題は一日に一本出るかどうか、というハエトリグサの出現数の低さに由来する。その中でもレアドロップなのだから、より出にくいものであることは間違いないだろう。その分の美味しさを計算してみたが、価格の美味しさとしては四十四層から四十八層のモンスターはまだ値段の解らないポーションを純粋に三倍額だと仮定して計算した場合、どのモンスターも一匹当たり二十五万円から二十八万円ほどの期待値であるという事が解った。
百匹倒せば二千五百万。四十八層で一時間仕事をする密度から計算すると時給もこのぐらいになる。九時から十九時まで働いたとして、一時間ほど休憩を取るとして、移動に往復二時間。余裕を持って六時間半で帰ってくるとしても四十八層でひたすら仕事をすると日帰りでも一億五千万円ほどを稼いで帰って来られる計算になる。
因みに俺がソロで潜る時はダーククロウに寄っていく前提だと三千万、ダーククロウを無しにするとしても五千万ほどの稼ぎになる。布団の布教に二千万円も使うのか、と稼ぎをメインにする人なら言うだろうが、やはり何をするにしても気分転換は大事であるし、精神をギリギリまで研ぎ澄ませて疲れながら五千万円を稼ぐなら、心穏やかなまま余裕を持って三千万円を稼ぐ方が次の日も働くか、という気分になれるのでそのほうが良いと思っている。
布団のほうも仕入れは好調で、どうやら俺が朝夕決まった時間にダーククロウの羽根を取りに来ていることがかなり知れ渡っているらしく、俺が居ない時間に狩りに来ては査定なり布団屋なりに卸す探索者が増えてきたという話だ。そろそろ俺が頑張らなくても他の人の頑張りでも充分な羽根の補充が出来ているようになると、俺の手を離れて商売がうまく行ってくれるんだろうが、そういう言質を取れるまでは変わらず月に三回ずつ程納品するようにはしている。
四十九層にたどりついてから三週間ほど経ち、それから二人では四十八層、ソロではひたすら四十三層を巡ることで懐はドンドン温まっていき、嫌味にならない範囲で何かしら金を使う手段を考えているところではあるが、思いつかない辺りが何とも俺らしいな。完全委託で資金運用が出来るような話があればそれに乗っかろうと思う。その前に銀行から投資信託のお知らせでも届いてくれれば楽なんだけどな。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。