819:情報公開の前置き
真中長官との話が終わった次の日、ダンジョン庁は高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンと大梅田ダンジョンにエレベーターが設置されたことを認める声明を発表した。
それと同時に記者会見で質疑応答が行われ、エレベーターとはそもそもどうやって作り上げたのか、だれが作っていたのか。建設風景も目撃されてないのにどうやって設置したか、等の質問や、他のダンジョンに付けない理由は何処にあるのか? など様々な質問に追われることとなった。
だが、真中長官はこれらの質問をすべて聞き取った上でまとめて回答を行う形を取った。一つの解りやすく、そして解る人にしか解らない回答でこれを返すことにしたのである。
「今後国連の国際ダンジョン機構との打ち合わせや議会においてそれらを説明できる一つの答えを示せるように目下調整中です。それらに区切りがついて承認がおりたとき、説明を始めることが出来るでしょう。それまではどうか、各自で妄想を膨らませておいてください。きっと、その妄想に見合うだけのお話と新しい世界が開けると思います」
B+ランク探索者にとっては、ついにダンジョンマスターについて公開してしまうぞ、というメッセージ、そして国際ダンジョン機構に対しても、これ以上隠しきれないから公開しちゃうけどしょうがないよね? という日本国としてのメッセージが込められた中々の一言だったと思う。
大梅田ダンジョンと高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンのエレベーター設置については確かに認めるが、正式に運用を認めて安全に運行をするまでには数日待ってほしい、その間にマニュアルの整備や各地の人員整備、査定カウンターの拡充などを行っている最中なのでこれだけ報告が遅れた。エレベーターが運用を開始した時にパニックを起こし、人口過密状態に陥って混乱を巻き起こした後落ち着いて今まで通りになった清州ダンジョンの前例を挙げて、そうならないように需要に対して供給を行えるように調節した、という事である。
また、清州ダンジョンとは違いエレベーターは二基ずつ配置されていることも明らかにした。清州ダンジョンや他のダンジョンと違い二基配置したことについても、そもそもの利用人口の違いと人の流動性や出入口の混み方を察するに、二基無いと延々とエレベーター待ちの行列が並ぶことを危惧しての措置であるということも伝えていた。
その会見の内容のほとんどをあらかじめ耳にしていた俺にとっては真新しい情報と言うのは一つ、エレベーター二基という部分だけであった。なるほど、二基あれば乗り降りが同時に出来るし、同時に降りる事も同時に乗ることもできる。別に一基にこだわる理由も無いんだな、と思った次第である。
結衣さんは今日休みで朝その話を聞いたらしく、昼には我が家に遊びに来ていた。今日はお休みの日だったらしい。
「どう? 他所のダンジョンにもエレベーターが付いちゃった感想は」
「俺個人としては何も。ただ探索者の足が遠くまで歩きやすくなった、それだけかな」
「他のダンジョンのほうが先に深くまで潜っちゃうことになるかもしれないけどそれでもいいの? 」
「ここまで充分すぎるぐらいダンジョンの恩恵は受けてるからなあ。元々俺より先に潜り始めて長い間探索を続けてきた経験と実力はあるんだ。そこにちゃんとしたものが備わっていれば自然に追いつかれるさ。なにせうちのパーティーは二人しかいないんだ。しかも片方は副業探索者。多人数パーティーで進むのと比べたら本来そっちのほうが先に行ってて当然なんだよ」
芽生さんからもレインだけは送られてきていた。大学でもちょっとした騒ぎになっており、探索者サークルが他の大学の探索者サークルに負けないように活を入れ始めたらしいとのこと。所属してない芽生さんでもそれだけの情報が流れてきているのだ、一般社会にもダンジョンにエレベーターが付いたことによる副次効果がその内あらわれてくるだろう。
もしかしたら移動が楽になったのを機にして探索者になってみようという人が増えるかもしれない。その気になれば日帰りでそこそこ儲けて帰れるんだとそこに鉱脈を見つけることもできるだろう。
今夜あたりのニュースでは、清州ダンジョンあたりへ取材に行ってその辺の探索者を捕まえて何かしら聞き取って来ようとする動きもあるだろうし、実際の現場である東西両ダンジョンの空気の違いや利用によるメリットなども報道されるかもしれない。今日は一日休みなので結衣さんとイチャイチャしながら掲示板の流れや様子、そしてダンジョンマスターに関するスレッドを見てのほほんと休むつもりである。
「にしても、二日続けて休み取るのは珍しい。何かあった? 」
「んー? 四十九層までたどり着いた。ほぼ五十層だ。百層まであると仮定したらやっと半分まで来たなあって考えたらたまには休みが長くても良いかと思った。それだけだよ」
「でも、実際にはもっと浅い部分で終わってるダンジョンもあるってことでしょ? そっちには興味ない感じ? 」
「興味がないと言えば嘘になるし、ダンジョンコアを割っていいなら一回ぐらい割る機会が巡ってきても良いなあとは思ってる。ただ、他所からフラッとやってきてフラッと階層潜って、せっかく育てたダンジョンが消されて無くなっていくのを良しとしない探索者は居るだろうからね。その人らの生活を破壊する権利は俺にあるんだろうかと考えると手を引っ込めざるを得ないよ」
俺だって小西ダンジョンに張り付いている探索者の一人なのだ。もし明日小西ダンジョンが無くなるからこれからは清州ダンジョンに通ってね、と言われても納得できない所は大いにあるし、小西ダンジョン近くにわざわざ引っ越してきた探索者やそこで商売を始めた店舗はあがったりだろう。そう考えると小西ダンジョンに関してはこの場にいてくれたほうが良いダンジョンであるということになる。
「いつかは小西ダンジョンでも、いやその前に他のダンジョンで、かな。攻略されるダンジョンが出てくるのを待つってのも手だ。その間に更に奥へ潜れるように鍛錬することになっている」
「じゃあしばらくは四十八層でひたすら戦う感じなのね。いつまで? 」
「うーん……特に制限をかけるつもりはないから金稼ぎだけする作業に飽きたらかな。芽生さんは永遠に飽きそうにないけど」
「違いないわね。あの子ならずっとやってそうなイメージがあるわ」
前に【物理耐性】をひたすら集めていた時のことを思い出す。結局途中で飽きて一旦次へ行ったわけだが、似たような形で結局また深くに潜りたくなるだろうとは思っている。それまではしばらく休憩だ。もしかしたら高橋さん達が先に潜ってしまうかもしれない。いや先に潜るだろうな。その時はまた地図をもらったり代わりにドライフルーツを渡したりして、うまくやっていきたいと思う。
「で、ダンジョン庁の話としては納得できるところなの? 」
「実は前日にギルマスと長官とそれぞれで相談あったんだよね。開示するかしないか。開示するならどこまで開示するか。それでせっかくならその判断を外部にぶん投げてしまって、後は調整するだけにしてみたらどうですって言ってみたんだよ。知りたければ世界に聞け、と」
「それで、国際ダンジョン機構の名前を出したわけですか。確かにそういう流れであればダンジョン庁への当たりは弱くなるわね。当機関ではそこまでの権限がありませんから圧力はそっちへどうぞ、と? 」
真中長官から聞いたところによると、国際ダンジョン機構としてはダンジョンマスターの情報については握っておいたまますべてのダンジョンを攻略してしまって、別次元からの干渉を無かったことにしたいというのが主流意見らしい。それは流石に無理があるんじゃないかとは俺は思っているが、今まで問題になってないのだからこれからも行けるであろう、と言う算段をしているという。
「で、不確かな情報を流してもらう事にしたんだ。ダンジョンマスターが新しいダンジョンを作ろうとしているって」
「この前言ってたあれね。実際のところどうなの? そのへん」
「多分ミルコに新しいダンジョンを欲しがっている、とこちらから望んでいる形で情報を渡せば進んで作り始めるとは思うんだよね。既存の法則が通用しない新しいダンジョン。だからそれを言い含めておいて、日本はまだダンジョンについて隠している話があってそれを根拠にダンジョンマスター情報の開示に踏み切らせるようなほうに流れをもっていければいいんじゃないかなー、ぐらいのことは言った」
「じゃあ、この真中長官の情報には安村さんの情報誘導もあるってこと? 」
「最終的にはそうなってしまったって感想かな。もうちょっと詳しく言うことは出来るだろうけど今までの法則が通用しないダンジョンが現れたら、それが新しいダンジョンが出来たって合図だろうし、出来たなら出来たでミルコがルンルン気分で教えに来るだろうからどっしり構えて待ってようかと」
「なるほど、それで今日はゆっくりしてるのね。じゃあせっかくの休みだし構ってもらおうかな」
「そうだなあ。今からどこか出かけるというのもなんだし、掲示板の加速具合と書き込みを見ながら、色々と知ってる側として一緒にニヤニヤしながらみようか」
「趣味悪っ」
昨日は休み、今日は休み。明日は久しぶりに潮干狩りにいこうかな。探索者として期待された分の仕事はしたはずだ。しばらくゆっくりしながらたまに稼いで、そして強くなる。このサイクルで回していこう。ついでにろくろも。
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