817:エレベーター顛末
「おぉ、すっぱ抜かれましたか……というか、記事に出来たんですねえこの話」
芽生さんが感心している。何処から漏れたのかは解らないが、俺達は年末の時点で聞かされていたし、もう気がついてる探索者は既に使用してる状態とも言っていたし、後は発表として形を作る時間だったのだろうから週刊誌に情報を先取りされて裏付けを取られて……というのはやはり政府機関よりもこういった専門誌の記者のほうがよほど早く動けるのだろう。
「これ、全国紙なんですか? 」
「一応そういう事になってる。で、君らはこの情報いつの時点で知ってた? というか私が知らなかっただけなのかな? 」
ギルマスでも回ってこない情報は回ってこないらしい。情報収集せずにのほほんとしてたんだろうな。
「年末に魔結晶発電施設について完成記念パーティーがあったのは御存じで? 」
「君らも呼ばれてたんだったね。そこで知った、ということでいいかな」
「そうなります。なのでいつ発表するのかなーって待ってるところでしたが、ギルマス間でも共有されてはいなかったわけですか」
「確かに小西ダンジョンには関係ない話だろうけど、なんだか仲間外れにされたみたいで少し寂しかったよ」
ギルマスが拗ねている。オッサンなのでかわいくは無いが余計な苦労を背負ったであろうことは解る。
「週刊誌に抜かれたって事は数日中に正式発表を前倒しするってことになるんでしょうかね」
「おそらくはね。君らの反応を見る限り知ってる人はもう知ってる、という感じのようだし正式に発表するってことはこっちでもやったようにマニュアルやらルールやら相談しているであろうことについても急いでまとめてる最中だろうね。それに比べてここの場合は……まあ平和とも言い難かったが幸運の内であったということをまざまざと実感してるさ」
「マニュアル作り、エレベーターまでの道順動画作成、ルールの徹底。人数が元々少な目だったからこそいいものの、清州ダンジョンみたいな流れが起きることは目に見えてますね。やっぱり一ヶ月ぐらい盛り上がって人が多すぎて離れて、ある程度進んだところで元に戻るって感じでしょうかね」
「今頃清州ダンジョンに問い合わせとか行ってるんでしょうかねえ。ここに連絡がこないあたり、想定している騒ぎは清州ダンジョンでの騒ぎを参考にしているんでしょう」
芽生さんがちょいちょいとつつくのでペットボトルのお茶を取り出して渡す。芽生さんは完全に他人事状態で話をのんびりと聞いている。
「いつも通りよそはよそ、うちはうちでいいんじゃないですかねえ。今のところ引き合いも来てないみたいですし、来たら来たでこっちで渡せる書面や動画は限られてますし、エレベーターの使用方法は清州ダンジョンにもデータの蓄積はあるんですし」
「そうだね。聞かれたら答えるでいいか。ただ、東日本西日本東海それぞれの地方の大手のダンジョンにエレベーターが付いたことで、ダンジョン庁としてはダンジョンマスターの存在についてそろそろ隠せなくなるだろうね。どうすることやら」
「ダンジョンマスターについて公開するって事は、世界的にも開示せざるを得ないって意味ですよね。そっちの方は大丈夫なんでしょうかねえ」
「大丈夫じゃないかもしれんなあ。せっかくB+ランクって階級を作ったのにその意味が無くなってしまう。全ての探索者にダンジョンマスターの存在が伝わったら、君らみたいに餌付けして自分の得になるように持っていこうとする探索者も多いだろう。それに今まで黙っていたことについて、ダンジョン庁外部からの苦情も飛んでくるだろうし、忙しくなるね」
真中長官も忙しくなるだろうな。関係各所への話し合いやら資料のまとめ、解ってる範囲の情報共有、それとそもそも彼らは外敵なのか未知なる味方なのか、環境破壊についてや魔素の存在、魔力の現実化、それに伴う法律の制定や権限の拡大、俺が思いつく範囲だけでこれだけあるのだから、今年いっぱいはそれらへの調整で仕事がパンクしそうだな。
「まあ、どうなるにせよ我々のやる事は一つですからね。深く潜って、ドロップ品を持ち帰って、魔素を地上へ運ぶ……そうだ、別に全ての情報を公開する必要はないんですよね。段階的に情報を公開していくことで、ここまで知ることが出来ましたー、後は調査しつつダンジョンマスターとの交流を深めるべく調査中ですーみたいな感じで段階を踏んでいけばいいんじゃないですか? 」
「なるほど、一斉にすべての情報を公開する必要はない、ということかね。それも手だな」
「そうですねえ。ダンジョンマスターという存在が居て、ダンジョンマスターに接触した経験のあるものにB+ランクを所持させています。それ以上のことはまだ調査中です、あたりが情報公開する場合の最低限の落としどころじゃないですかねえ」
「なるほどね……今度議題になった時に参考にさせてもらうよ。ともかく、そこまで突っ込まれた場合の質疑応答のテストみたいなものだからね。そもそもエレベーター設置について詳細に情報公開を求められなければその心配は無いから、出来れば軟着陸できるようにはしたいよね。ダンジョン庁内ではダンジョンマスター関連の知識は機密として扱われてるわけだし、情報漏洩が無い限りは大丈夫だと思いたいね」
最初にエレベーターが付いた小西ダンジョンとしてはその辺の対応が求められる可能性もある、という考えなのだろう。何故こんな辺鄙な所にあるダンジョンに最初にエレベーターが設置されたのか、何故もっと広くて利用人数の多いダンジョンが後手後手に回っていたのか。確かに疑問を投げかける余地は充分にあるし、突然聞かれて喋っちゃいましたという事態になったらそれこそえらい騒ぎになる。
「知らない事は知らない、長官に直接聞いてくれってぶん投げるのも最悪ありですよ。近い将来誰かが嗅ぎつけて質問をしに来る事態はもう予想がついてますし」
「そのあたりを長官と話し合っておくか。最終的なダンジョンマスターとの窓口である君らにも負荷をかけることになってしまうかもしれないが、その時は勘弁してもらっていいかな」
「その時は俺が壁になりますよ。機密事項につき答えられないし、仮に許可が下りて答えたところでどうにかできる話でも無いですからね。実働する部分は我々が掌握していると言っても良いわけですしそれ以上波及する可能性は低いと見ています。それに、わざわざここで聞かなくてもそれぞれのダンジョンには看板となる立派なパーティー集団が居るわけですし、そちらに注目が向くのが普通じゃないですかね」
「そんなに心配する話は無い、ってことかな。じゃあ気楽に構えていようかな」
「心配ばかり背負っても疲れるだけですから気楽に行きましょう気楽に」
その言葉で話が一時的に止まる。芽生さんはゴミ箱にペットボトルを捨てにいった。話はこれで終わりかな?
「とりあえず話はこのぐらいですかね。やるべきことはやりましたし、報告するべきことは報告しました。後は周りがどうするか、じゃないですかね」
「そうだね。ゆっくり休んでおくれよ。安村さんのおかげで去年の小西ダンジョンは漆黒の黒字を叩きだすことが出来た。今年もその調子で、と調子のいいことは言わないが無理をしない範囲でやり遂げてくれると嬉しい」
「肝に銘じておきます、では」
一階に下りて芽生さんと合流。さて帰るかという空気を醸し出し、無言で先をいく芽生さんの後ろへ続く。
バスの時間はちょうどいい具合。今日は色々とテンポが良いな。きっと頑張って探索をしたご褒美だったに違いない……と言いつつ時計を見る。ギルマスと話し込まなかったにしてもどっちにしろ同じ時間のバスに乗る予定だったらしい。本当に今日はテンポがいい。
「なんかうれしそうですねえ」
「帰りたいと思った時にバスがある。待ち時間なしでバスに乗れるタイミングはそうそうないからな。今日頑張ったご褒美だと思うと何となくうれしさを感じる」
「些細な事ですがそういうのは大事ですね、モチベーションにつながりますから」
「さて、明日は休み、今日は帰って掲示板を見たり明日も掲示板を見たりゆっくり過ごすか。明後日は……さすがに仕事に出よう。三日続けて休むと体が鈍りそうでどうも性に合わない」
「一日半も休めば洋一さんなら充分すぎる休みじゃないんですか。体をいたわる時間としては充分だと思います。しっかり寝てくださいね」
駅で芽生さんと別れ、さて、考えるのは昼食の事。シーズニングパウダーを久々に使ったので、今日の昼食もシーズニングを使って何か一品作るか。どれにしようかな。電車の中で虚空を見ながら保管庫を使う事は出来ないので、スマホをもってスマホをシュッシュッとやってるふりをしながら保管庫の中のシーズニングパウダーの種類を確認しておく。
帰り道にコンビニで白米を買って、ついでにいつものダンジョン雑誌の新しいのを買った。今日すっぱ抜かれたらしいダンジョンのエレベーター情報について何か載っているかもしれないし、載ってなくてもエレベーターで移動中の暇つぶしの読み物にはなる。
家に着き洗濯と保管庫の中身の掃除をして、まずコーヒーを一服。明日も休みなんだしコーヒーは今日中に飲み終わって保温ポットを洗浄するつもりでとにかく飲む。トイレが近くなっても今日はもう家から出ないつもりなので問題ない。出たとしても夕食を買いに行くぐらいだろう。
昼食はボア肉のレモンペッパー風味にした。ワイルドボアからは普段感じ取ることが出来ない爽やかさが加味されてこれもまたいい味わいに仕上がった。これもローテーションの候補に一つ入れておくか。いっその事まとめて手持ちのシーズニングで何か一品、と言うぐらいゆるゆるのほうが良いだろう。
帰って掲示板を確認。やはり雑誌記事で出回る前から知っている人はそこそこ居たのか、それほど騒ぎにはなっていない。むしろやっと設置されたか、という意見が大半なのと、なぜ今まで設置されなかったか疑問が残るという意見、やはりダンジョンマスターがいてダンジョンマスターの試練をクリアしないとエレベーターはもらえないんじゃないか? という問いに対して、じゃあなんで小西ダンジョンや有壁ダンジョンはあんなに早くから設置されたんだよと言う話がそれを遮る。
全体の仕掛けを知っている側としては大いに騒いでもらって楽しい、という感想だろうか。今は基本的に受け身の姿勢として物事を見て、今自分が探索者としてやっている状況や知っている事柄について、社会的に公開された場合どういう受け止め方をされるのかが気になる所だ。
一部の人だけ知っていてズルイと受け止められるのか、それともそんな重たい話を黙っていてくれたのかと言われるのか、それとももっと別な何かか。たしかに機密情報に縛られることによって、懐を大いに潤わせているのは間違いない。今のBランク探索者にしても早く三十一層の奥に行きたいと思っている人は大勢いるだろうし、それを止める実質的な権限は探索者制度という国による縛りでしかない。
何故縛っているのか? という点が非公開な理由は何かあるんだろうか? とそこに推察を見ている探索者もいる。これは……俺が保管庫について漏らしたことと同じように潮時って奴かもしれない。
緊急として作られたB+ランクだが、もはや必要が無くなってくるのかもしれん。探索者全員にダンジョンマスターの存在について公開される日は近い。まだ年初だというのにダンジョンは話題が尽きないな。それが面白い所でもあるんだが、この先どうなっていくかはまだ俺にも当面解らないし、いくら長官と仲が良いと言ってもそこまで踏み込んで良い話ではないだろう。
この後どうなっていくかは真中長官のかじ取りにかかっていると考えても良い。おそらく結論が出されるなら、次のギルドマスター級会議でダンジョンマスターの存在について公表するかどうか、そこで何かしらのアクションがあると見ていいだろうな。
そう考えながらネットの海を泳ぎ回っていると、俺のスマホが鳴る。真中長官からのレインだ、珍しい。
「話しちゃおうかなと思うんだけどいいかな? そっちに不都合はない? 」
俺に確認を取るのか、という疑問が湧くが、おそらく今俺が考えていることそのものに対する質問であることは間違いないだろう。
レイン通話でそのまま真中長官に話をつけることにした。俺の言える範囲で現場の意見と言うものを通そう。それが一番軟着陸できる方法なら、それに越した事は無いはずだ。
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