816:仮眠、報告
カロリーバーとコーラを補給して十分ほど休憩、その後更に三時間四十八層を彷徨う。合計で九時間ほど歩き回ったことになる。そろそろ今日の分の狩りとしては限界だと考える。流石に二本目のポーションのドロップはしなかったものの、かなりの数の敵を倒したため収入的には過去一のものになっているだろう。
四十九層に戻り、久しぶりにスキルの撃ちっぱなしを眩暈がするまでやり、眩暈がしたらドライフルーツで回復。これを都合三十回繰り返した。
「やっぱり久々にやるとキますね」
「その分強くなってるような実感があるからな。筋肉痛みたいなものだ」
思う存分眩暈を堪能した後、倒れるように三時間仮眠。そしていつもの朝食を食べてからの帰還となった。
「さて、今日はいくら稼ぎましたかねえ? 」
「このぐらい」
一本指を立てておく。
「二人でですか? 」
「一人でだな。やはり密度が濃い分四十八層は美味しい。文字通り必死になって戦った分の戦果は上々だ」
少なくとも魔結晶だけで千個を超える数のドロップがあった。最小三万円が全部だったとしても三千万。そこに加えて三十本のキュアポーションと、何かのポーション。キュアポーションだけで一億九千万円ほど。ギルド税を引かれても一億に手が届くか届かないかギリギリのライン。
一日でこれだけ稼ぎだせばもう今年はダンジョンに潜らなくてもいいんじゃないかな、とでも言いたくなるような収入だ。明らかに体感の収入と実収入がかけ離れてきた。一日に一億稼げるパーティーは多分俺達だけだろう。関東関西のトップパーティーが今まさにダンジョンを攻略しようと追いかけてきているとしても、これ以上の効率はちょっと想像できない。
「よし、帰るぞ。断然楽しみになってきた」
「新年早々、と言っても既に潜ってはいますが、ここまで稼ぐパーティーは居ないでしょう」
「だろうな。先行者利益先行者利益。ポーションの価格が下落する前に売り払って金に換えてしまうのが一番だ」
四十九層をある程度片付けをしてエレベーターの横に机とペンが置かれているのを確認し、まだ何も書かれていない事を見ると、今日の日付と四十九層へたどり着いた時間を書きこんでおく。これであとから来た高橋さん達がどのくらいの時間差で来るかを確かめることが出来るだろう。
エレベーターの中でリヤカーを展開していつものエコバッグに分けて魔結晶とポーションと他のドロップ品を区分けしていく。何か事故的な物が起きてもポーションだけは確実に守らないとな。これだけで一億九千万円。一体この本数とこの価格でどれだけの人の病気や症状を救ってさらに社会的に稼がせることが出来るのだろうと考えると、ポーションも自然と重たく感じる。
「さて……暇になったな」
「休憩しましょう。仮眠を取ったとはいえ芯に疲れはまだあるはずですからゆっくりしていてもいいんじゃないですかね」
「それはそうなんだが、こう何もやる事が無いと探索でもしていたくなる気分だ」
「それ、本当に病気だと思いますよ。一度心療内科か何かにかかるか、健康診断を受けるべきです」
芽生さんが心配してくれているが、自覚がある分かえって厄介なのかもしれないな。仕事をしていないと落ち着かない。完全にワーカーホリックである。前の自分からは想像もつかない。
「家に帰ったら明日は休んで……そうだな、今年からは自分で健康管理もしなきゃいけないんだな。健康診断の予約とそれから、たまには他の探索者がどういう探索をしているか動画を見て観察したりしてみるのも骨休めになるだろ。布団屋へ納品する分はまだ溜まってないから行く必要はないし明日こそ本当に休みにしようかな」
「そうしてください。もしかしたらですが、ダーククロウの布団のおかげで今の生活が維持できているのかもしれません。たまには前の布団に戻してみるとか試してみるのも良いかもしれませんね」
「不便を享受するのも訓練の内という事だな、心得ておこう」
やる事が無いと言いながらも、こうして会話をしていると時間というものはすぐに過ぎていき、一層に到着した。さすがに四十九層までは次元を跨いでも距離がある。往復二時間以上かかるとなるとその分探索する時間も減るからな。まあその分密度の濃い狩りが出来ている訳だがこれ以上の贅沢は言いっこなしだな。
リヤカーを引く手も今日は重い。確かな実りと盛大な量、そしてきっちり仕分けられたドロップ品により山積みされているが、かなりの重量を支えられるカートを選んだだけあって、まだ重さ的な意味で載せる余裕はあるらしい。
一層から出入口まで一気に引っ張りぬけて退ダン手続き。受付嬢も一日とはいえ本当に山になっているドロップ品を見て少し驚いている。
「しっかり稼いでくるとは言ってましたが、本当に山盛りで帰ってきましたね」
「いい報告も出来るので、その点もご心配なく。今日もお疲れ様です」
「ゆっくり休んでくださいね。安村さんただでさえ通う回数多いんですからたまにはゆっくりも必要ですよ」
日ごろから近くにいる芽生さんだけでなく朝夕と顔を合わせて会話するだけの受付嬢にすら心配されるという事は、もしかして顔に出てたりするんだろうか。後でトイレの鏡で確認してみるか。
朝一の時間帯を外して戻ってきたため査定カウンターはちょうど暇な時間。山盛りのドロップ品に多少たじろいてはいるものの、きちんと査定は行ってくれた。その間にトイレに行って鏡で自分の顔を確認するが、普段見慣れないので今日もいい男だという事しかわからない。疲れみたいなものは出ていないようだ。
戻ってくると、ポーションとドウラクの身の確認は終わった、と言う所だろう。魔結晶をよっこいせと持ち上げては量りにかけて重量を計測、総重量を確認している最中だった。という事はこれが終わればお楽しみの金額発表タイムだな。
「えー、終わりましたがおめでとうございますー、記録更新ですねー」
査定嬢から二分割されたレシートを渡される。昨夜の成果、一億百四十七万三千八百円。ついに一億を突破した。
「良いですねー、新年から飛ばしてますねー。多分他のダンジョンでもこの記録は出てないと思いますよー」
査定嬢にも褒められた。自分の懐に入る金でもないのに喜んでもらえて何よりだ。早速振り込みを頼んでこれで今年は既に三億五千万円ほど稼いだ計算になる。この間税理士さんに計算してもらった結果をそのまま参照すると、このうち四割ほど、一億四千万円ほどは自由に使っても問題ない計算になる。どうしよう、コンビニ行って懸賞に応募するための商品を全部買うとかできそうだ。
「これからは毎回宝くじを共同購入して前後賞が当選するようなものですかね」
解りにくい例えをしてくる芽生さんはさておき、四十九層に到着したことをギルマスに報告するついでに……そうだ、【隠蔽】の効果がどのくらい現実でも通用するか試してみよう。
「ギルマスに会いに行くけど、隠蔽をONにして会いに行ってみよう。もしかしたら気づかれずに侵入できるかもしれない」
「相変わらずそういういたずら好きですね。付き合います」
二人ノリノリで隠蔽を使ったままギルマスの部屋に入る。ギルマスは朝の一仕事が済んだ後なのか、落ち着いて茶などを啜っていた。しばらくするとトイレに向かう。その間にソファーに座っていることにした。
しばらくしてギルマスは帰ってきたが気づいていない。部屋に入った瞬間目は合ったと思うのだが、どうやら意識の外にいる感じだ。自分が隠しカメラになったようでなんだかおもしろい。しばらくするとギルマスはこっちを二度見三度見して……そしてようやく口を開いた。
「あれ、安村さん何時からそこに? 」
「ギルマスがトイレに行く前からですね。ノックはし忘れたので普通に忙しくて後回しにされているだけかと思いましたよ」
「それは悪いね。で、何かしらの報告かい? それとも驚かせにきただけかい? 」
「両方ですね。大きくは二点、細かいものを入れれば数点報告があります。まずは大きいほうから。D部隊より先に四十九層に到着しました。証拠の画像撮影なんかはこの辺に」
スマホで撮った動画を見せておく。しばらく眺めた後ほーへーふーんと言いながら環境を観察する。
「中々綺麗な所だね。霧が無ければさぞ気持ちいい空間だったろうに」
「同感ですね。ミルコにも苦情を入れておいたんですが、全世界共通だろうから諦めてくれと言われましたよ」
「ちなみに次の階層への階段ももう見つけたのかな? 」
四十九層へ来たのだから次は五十層か? という話らしい。
「階段は見つけました。ただしばらく先に進むのは後回しになるかと思います。前も言ったと思いますがかなり探索が厳しくなってきているのでしばらくは自己鍛錬に勤しむことになるかと思います。四十八層で楽に探索が出来ると感じられるようになるまで先には進まないでおこうかなと」
「なるほどね。私は現場の人間じゃないから細かいところまでは気が回らないが、安村さんがそういうならきっとそうなんだろう。その辺は前も聞いたし、好きに進捗を考えていくと良いよ。ただでさえ小西ダンジョンは最先端を走ってるんだ。多少遅れようとも問題は無いだろうさ」
ちゃんと伝えられたことだし、これでゆっくり金稼ぎが出来る。まず一つ目の報告終わり。
「次に二つ目です。四十八層でも生息数が少ないモンスターから新規のポーションが出ました。現物がこちらになります」
保管庫から取り出し、ポーションを見せる。
「新規……そういえば保管庫には既によく知られているドロップ品や物なんかは入れた時点で解るんだったね。これはその範疇にはないという認識で合ってるかな? 」
「現状一番高いポーションであるキュアポーションのランク4よりは上の質である可能性は非常に高いです。で、実際の効能なんかをダンジョン庁側で調べてもらうのと、このポーションがいくらするのか、それについてちゃんと後で支払いを受けられるようにしたいのですが」
金、そう金の話は大事。古事記にもそう書いてあるらしい。知らんけど。
「キュアポーションのランク4が六百四十八万円だったかな。つまりそれ以上の価値がある可能性が見込まれている。それを踏まえたうえでサンプルとして提出するので、効能と価格が解り次第安村さん達に支払いを行う、という事だね。解ったよ。例の種すらまだ判断出来てないのにもう次が来るとは思わなかったが、そっちのほうも重ねて提出するようにしよう」
本当のところを言えば散々飲み食いに使われたあげく帰ってこないドウラクの身の代金もあるんだが……正確に何個納品したか覚えてないしそっちは適当にごまかしておくか。下手に藪をつついて蛇が出てダンジョン庁不祥事、なんてことになったらあのお気楽真中長官も座り心地の悪い椅子になってしまうだろうからな。だが、今回からは別だ。ちゃんと評価点として残しておいてもらわなくてはならない。
「特段に高いドロップ品になりそうなのでその辺はしっかりと頼みます。それで二つ目ですね」
「うん、ちゃんと申し送りしておくことにするよ。後細かいこと、というのはなんだろうか」
「実はさっきまでギルマスが気づかなかった事にも関連する事なんですが、これスキルの使用だったんですよ」
ギルマスにここでネタバラシ。【隠蔽】スキルを使って忍び込んだことを明かす。
「なるほど。そういう風に使えるのか、私でチェックしたということだね? 」
「実地一発テスト、と言う感じでしたが、このスキルには人の認識をある程度阻害する機能が付いていると思われます。今後探索者犯罪の対策として、そういう形での情報漏洩や覗き、痴漢行為なんかが行われる可能性があると考えてもらっていいですね」
「さっきの安村さん達の行動……あれ、文月君も一緒に居たって事は二人とも覚えたのかい? 」
ギルマスはそういえば……という感じで芽生さんも一緒に居たことに気づく。芽生さんは会話に入らないで済むように【隠蔽】をつけっぱなしにしているのだろう。今ギルマスが居るこの空間でもまるでいなかったかのように気配を消している。
「一つは拾いもので一つは貰いものです。貰った先はダンジョンマスターですが」
「で、戦闘に応用した結果どのような効果が見込まれるのかね? 」
「ざっくりとですが、モンスターがこっちを見つけるまでの距離が半分ぐらいになりましたね。おかげで近接戦闘がしやすくなりましたよ」
「数をそろえればパーティー単位で効果があるものか。あまり高いスキルにはならないかもしれないね。全員分揃えるとなると一苦労になるだろうし、どこで取れるかもはっきり解らないからなかなか値段が定まらないスキルになりそうだ。ちなみに何層でドロップしたの? 」
「三十八層ですね。モンスターはスノーオウルでした。これが三十七層からじゃないとドロップしないのかまでは不明ですが、探索者雑誌を見ても出てこない事から、深層のドロップじゃないかとは推測できるんですがね。一応これもお伝えしておいたほうが良いと思いまして」
なるほどね、とギルマスがメモ書きをさらさらと書き込んでいく。後で清書していつもの会議か何かで発表するんだろう。今年は新春から出来事が多いな。
「そういえばダンジョン話ついでに、こんな記事が出てるんだけど安村さんは知ってるかな? 」
ギルマスが手にしていたのは週刊誌。どうやらダンジョン専門誌らしい。俺がチェックしてない奴だな。見出しはこうだ。
「大梅田ダンジョン、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンにエレベーター設置か」
見出しの文章はダンジョン名の長さのせいでかなり圧迫された文字になっていた。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





