815:あなたがわたしにくれたもの
おはようございます、安村です。時刻は午後十一時。予定通り五時間の仮眠を終えてアラームが鳴る。アラームで芽生さんも起きたのか、サッと起き上がった。やはりダーククロウ枕の効果はまだまだ続くらしい。
「おはようございます。ちょっと水分たりなさそうな芽生ちゃんです」
「コーヒーでよろしい? 」
そういいつつ二人分のコーヒーを保温ポットから出す。まだまだ熱さを保っているコーヒーをアチチ……と言いながら飲む。寝起きでいきなりコーヒーを取り出してもまだテントの中。そういえば大きいほうにしたんだったな。
飲み終わると立ち上がって水を出し、濡らしたタオルでスーツとシャツをはだけると首筋から背中の手が届くところまでと胸元を拭く。コーヒーを何とか飲み終わった芽生さんも今更隠すものでもない、と言った感じで同様に身支度を始めた。
「テントの中で狭いながらも身支度をするよりは、立ち上がって拭きたいところをまんべんなく拭けるのはこのテントの良い所かもしれません。次は五十六層ですか。その時もこれにしましょう。それにここの階層は涼しいおかげで汗らしい汗もかきませんでしたね。スーツの具合と相まってちょうどいい感じに眠れた気がします」
「さて、今から延長戦だが、明日明後日の予定はどうなってる? 朝一帰りよりも稼いで帰ることもできるけど」
「疲れてきたら戻る、で良いと思いますよ。まだ地図も出来上がってませんし、稼げる周回ポイントを見つけることは大事なはずです。明日……もうすぐ今日になりますが、講義の予定は入ってませんし、一日フリーと言えばフリーですね」
「じゃあ予定通り地図作りの続きと実力アップのための戦闘、ということで」
身支度を済ませると四十八層へ向かう。真っ直ぐ、と言っていいほどシンプルに来てしまったせいで、地図を埋める予定のところは一杯ある。その分だけ戦闘回数もこなすし多少迷うだろうが、その為に来たのだ。思う存分迷って戦っていこう。
◇◆◇◆◇◆◇
四十八層の戦いは熾烈と言うほどでは無いが、ここまでの体験から言うと十層の次ぐらいに余裕のない戦いであると言える。モンスター数六匹でそれが中距離から遠距離攻撃で襲ってくる。その点で言えば近接攻撃と中距離攻撃であったジャイアントアントのほうが若干厳しい戦いであった。実に戦いがいのある相手だと言えよう。
ホウセンカ二匹にマリモ四匹という最大数のグループと接敵した時は、真っ先にホウセンカを始末しながら、その足止めをしようと蔓を伸ばしてくるマリモを相手に同時に攻撃をしつつホウセンカを切りに行く、という選択を選ばざるを得ない分戦術的に自由度の無い戦い方だ。もうちょっとこう、やり様はあるんじゃないかなとは思っているが、それを実践するためにも二人のステータスの伸び具合によるところが大きい。
「ホウセンカダッシュの制限時間が長くなったのはいいですが、もう二段階ぐらい自分のグレードを高めてより余裕ある戦いを挑みたいところですね」
「そうだな。理想としてはマリモが絡みついてるうちにホウセンカを切り刻んで、振り返りながら蔓を引っ張ってしがみついているマリモを一刀ずつ倒していけるのが理想的だな。より贅沢を言えば遠距離から一発撃つだけでホウセンカを退治してしまいたい。そうすれば走る必要もなくなる」
「それは結構先になりそうですね。一つ一つ現実に立ち戻って解決していきましょう。今のタイミングなら自分達しかいないんですし、四十九層の中で安全にスキルを鍛える事も出来ます。とりあえず今日はもう一回仮眠取る前に久々にやりたいところですね」
今狩りしているその間に高橋さん達が追いついてくるというクリティカルなタイミングでなければ、四十九層は貸し切りだ。スキルも打ち放題出来るしその場で眩暈が起きてもドライフルーツで対応できる。
ホウセンカよりも今のところはハエトリグサのほうが注目度は高い。道にしか出ない上に数が少ないのでサンプル数がまだまだ少ない。戦い方にしてもそうだが何を落としてくれるのか。レアドロップで植物関係の物をドロップするのか、それともポーションをドロップしてくれるのか。そこをハッキリさせるためにも数多く出会いたいところなのだがそうはなかなか行かないもの。
小部屋もちゃんと確かめて記入してはいるし、ハエトリグサに出会うためにただ歩くだけの時間を設けるぐらいならちゃんと隅々まで狩り尽くしていきたいのが本音というところ。
マリモが六匹だけ転がっている光景が段々ほほえましくなってきた。流石に蹴り飛ばして倒すことはまだ無理だしドロップ拾いに行くのが面倒だが、いずれはそうなってほしいとも思っている。みんなでサッカーして遊ぼうぜ! マリモ、お前ボールな!
試しに残り一匹になった状態で蹴り飛ばしてみるが、サッカーボールのように軽くはなく、ちょっと足が痛かった。マリモでサッカーをするにもまだまだ身体能力を上げる必要がありそうだ。
「よし、目標が出来た。マリモを蹴っても足が痛くならなくなるまでがんばる」
「動機はともかくとして目標が出来たのは良い事ですね。精々頑張ってください」
芽生さんは別の目標を何か立てたのか、戦闘時間を短くする方向で考えをまとめたのか、戦闘に集中している。マリモを両断するとかそういう方向性だろうか。マリモに対してウォーターカッターで何度か斬り込みを入れては少し悩んでまた打ち込んでを繰り返している。多分マリモを手早く倒せればその分楽になるという点では同じだろう。多分。
マリモはさておきホウセンカとハエトリグサ。ホウセンカは特性上、骨ネクロと同じでダッシュして出来れば実が成る前に、その次は実がはぜる前に倒すことで無傷で戦える事が解っているので、これはもう素早く行動を行う方向性でお互い一致していると思う。実が成ってそこに雷撃を加えたら誘爆して倒せる可能性もあるが、その場合誘爆ダメージで死んでしまうとドロップがどうなるかはまだ検証していなかったので、今から検証する。
ホウセンカが一匹のパターンを引くまで待ち、ホウセンカ一とマリモ四という理想的なパターンを探し当てることが出来たので、それを試そうという事になった。
ホウセンカの実が成り、爆ぜようとする瞬間雷撃を加える。雷撃の熱量でホウセンカの実は爆発。かなりの自爆ダメージを負ったらしいホウセンカはそのまま黒い粒子に還るが、ドロップ品は無し。やはり、自爆ダメージはモンスター同士の戦いという判定になるのでドロップ品は出ないようだ。ダッシュ能力に収入がかかっていることが確認できた。
「やっぱりダメでしたか。大人しく走って倒すとしましょう」
「ドロップくれたら楽だったんだけどな。上手く出来てるよ全く」
ホウセンカを見送った後で残りのマリモの掃除。ダンジョンも検証乙とばかりにキュアポーションをくれた。これが毎回の代価なら喜んでホウセンカを自爆させるんだが多分違うだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
ハエトリグサ。おそらく四十八層のみに存在するであろう希少モンスターである。出現数もすくないし、かなり凶悪な部類に入るであろうモンスターだ。今のところ解っていることは、蔓を伸ばして襲ってくる葉の中心には魔力を吸収する器官があり、魔法ダメージを無効化どころか吸収して自分の体力としてしまうことが解っている。そして、葉を切り落としてもいくらかの時間経過かもしくは魔力的ダメージの吸収によって再生することも解った。葉以外に関しては他のモンスターと同様に攻撃を受けるとちゃんとダメージになる。
つまり葉を精いっぱい伸ばしてきたところで葉以外の部分に攻撃を加えて葉を切り落とし、その間に空いた隙間にスキルか攻撃を打ち込んで倒せばいい。
倒し方が思いつかないモンスターと言うのは今のところ登場していないので、多分手持ちの戦術で一番シンプルに倒すこのやり方を続けていくことが今の自分達には大切だと思う。もう少し実力が上がればもっと楽な方法を見つけることが出来るんだろう。
そういえば雷切の場合、やっぱりスキルダメージだから吸収されるのかな? でもあの葉に肉薄して雷切を葉の中心に差し込むのはちょっと俺でも勇気がいる。うっかりそのまま食われたらスーツどころか身体ごと溶かされる可能性が高いし、体の中でスキルを発動して焼き切ろうとしてもきっと魔法吸収によって阻害されてしまうだろう。いくら自分の体で試すのが癖になっている俺とは言え、限度はある。
痛いかな、どうなのかな、いけるのかな、というギリギリのラインを攻める際、そのギリギリのラインを見定めるために自分で試しているだけで、明らかにアウトであろう事象については試すまでもなくアウトなのだ。そこを見間違えてはいけない。その一回の試しに何百万もかけるつもりはないし、そもそも出会ってまだそんなに経っていない関係なのだ。そんな相手にいきなりギリギリの試合を挑むつもりはない。安全第一、安全第一。
今朝……もう昨日か。昨日だって出かけ初めにご安全にと言われて送り出されてきたのだ。ご安全に行こう。
ハエトリグサを探しながら小部屋を周り、マリモとホウセンカを足蹴にしつつ地図は埋まっていく。今のところ、戦闘込みで一時間で一周できそうなマップが出来上がってきたところだ。次回はここをひたすらグルグル回って更に戦闘経験値を積み上げる作業になるだろう。
そういえば捕食系モンスターは他のモンスターを襲ってる場面を見た。少なくともダンジョンハイエナはそうだった。なら、ハエトリグサもマリモやホウセンカを捕食する事はあるのだろうか。ここまで見た感じその様子は無かったが、だとするとやはり肉食系モンスターなのだろうな。この四十八層では探索者以外に肉らしき肉は無い。ずっと食事を待ち焦がれていたんだろうと思うと哀愁を感じる。だからといって食われてやる気もさらさらないので全て有り難く頂いてしまう事にする。
仮眠から数えて五時間ほどかけて五十三匹目のハエトリグサを倒した時、コトリとポーションが落ちた。どうやら予想は外れなかったらしい。保管庫に入れると「ポーション」とだけ表示された。これが何のポーションかは現状不明だ。キュアポーションのランク4まではそれまでに報告されたり蓄積された集合知を保管庫が補ってくれることによって名称がある程度確定していたが、これが「ポーション」とだけ表示されているという事は、人類初めての種類のポーションである可能性は非常に高い。
ポーションの形でドロップする以上毒である可能性は無い。きっと飲めば体に何かしらの効能が出るはずだろう。さて困ったな、これをどうするか。一本だけ出たからと素直にギルドに提出するか、もう数本手に入れて自分たちの分を確保してから提出するか。
「手にして入れたり出したりして、どうするんですか? 体で試します? 」
「さすがにやらない。提出するか溜めてから渡すかを悩んでいるだけだ」
「なるほど。でも物事は早いほうが換金も進みますし、ちゃんと料金を後払いで請求する事を忘れないようにしないといけませんね」
「うーん……費用のほうはそれでいいとして、問題は本数だな。一本だけ渡して鑑定よろしく! となって果たしてそれでサンプル数が足りるかどうかだな。後日もっとどこまで効果があるのか確認したいから本数が欲しい、と言われた時にどのくらいかかるかでまた手間がかかりそうな、と」
「しばらくはこの階層に駐留する予定ですしいいんじゃないですかね。もっとくれって言われるまでに頑張って本数出してあげましょうよ」
うむ……そうだな、出たものは仕方がない。一本だけだがサンプルとして後でちゃんとそれに値する金額をもらうことを条件として提出するか。たかがポーション一本だがその一本でいつもの基準で言えば二千万円ぐらいの価値が出て来るんだ、そこはしっかりと勘定をさせてもらわないといけないな。
「じゃ、この一本はギルドにちゃんと提出するって事にしよう。しかし、このペースだと一日一本が限界ってところだな。それ以上を求めるならやはり五十層に潜れって話になるだろうな」
「しばらく自己鍛錬に努めるって話はしてあるはずですから、急かされることは無いと思います。気楽に行きましょう気楽に」
「とりあえずあと二時間ほど迷ってみて、それから仮眠して帰るか。時間に余裕はあるし体力的には……まだいける? 」
「そろそろお腹が空いてきましたね。ちょっと補給して休憩してそれから行きましょう」
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。