814:霧と鍾乳洞
階段を見つける間にここが階段か? と思わしき逆さつららが複数カ所あったのでそのうち一つをエレベーター候補地として決めた。ここが一番つららが大きい。
「ミルコ、いいかな。エレベーターの位置を決めたいんだけど」
ミルコを呼びだす。新しい階層に来たんだ、ミルコが見てないという可能性は低いだろう。
「どうだいこの階層、気に入ってくれたかい」
ミルコは待ってましたと言わんばかりに参上した。両手にはもちろん何も持っていない。そっと片手にコーラを渡すと、喜んで俺の手から奪うように持っていく。本当にこいつはコーラが好きだな。
「綺麗な階層であることは認める。視界が悪いのがダメな点だな。これで霧が晴れてたらさぞ撮影しがいのある光景だったろうよ」
「あはは、そこは全ダンジョン共通だからね。残念ながらここだけ霧を晴らすような特典はちょっと出せないかな。いつも通り今から作るから、しばらくゆっくりしててくれ」
「そうさせてもらうよ。ちょっと早いけど夕食の準備……と言っても夕食は簡単に食べられるようにしておいたんだ。コーヒーでも飲んで待ってることにするよ」
机と椅子を出し、エレベーター設置予定地のすぐ横にいつものテントとノートと机と椅子の小西ダンジョン自由帳を設置し、ここがエレベーターであるという事を明確にしておく。これを設置する事でここら辺にエレベーターがあるんだぞっという目印だ。
「さて……今回はテントが二種類あるんだが、どっちを設置しようか芽生さんに選んでもらおうと思う」
「お、なんですか、選択する余地があるんですか」
「実際は店員の押しに負けて買わされたというほうが正しいんだが。まぁともかく、今回はいつもより大きいテントを一個立てるか、それともいつものセットを立てるか。ここに見本として組み立て終わったものがあるのでお出しします」
保管庫からテントを取り出す。大中小とそれぞれテントが並んで好きなものを選べと言う形にした。
「大だけ、もしくは中小のいつものセット、と言う感じになるんでしょうか」
「大雑把に言うとそうだな。中サイズはともかく小サイズは使いどころがあるのでいいが、大サイズはどうするかなってとこだ」
「じゃあ大サイズで行きましょう。一緒に横になって眠れるのは良い事ですし」
芽生さんは隣で寝る気満々らしい。恥ずかしいとは思わないようだが、ちょっとサービスが過ぎるんではないか?
「仲良さを見せつけるつもりか? 他のダンジョンマスターに」
「それぐらいはあってもいいかもしれませんよ? 視聴者サービスは大事です」
「芽生さんがそういうならこれを使うのも有りだな。お客さんが来ても入る余裕はあるし、打ち合わせや相談もできるだけのスペースはある。生活感が漂っていて良いと言える部分はある。後、防火素材らしいので中で煮炊きも出来るらしいから便利さは今までより上だな」
「ならしばらくは四十九層でもより温かいご飯が食べられるって事ですね。ここにこれだけのテントが張れているなら生活物品をいくらか持ち込んでも問題ないという事になります。生活レベルの向上は必要ですよ」
そういえばここまでのテントには本当に寝るだけの最低限の設備しか置いてなかったな。そういう意味では生活感がある階層があっても良いだろう。
「解った、じゃあ今回はこっちを張ろう。後は場所だが、もうエレベーターの横にそのまま設置してしまおうかと思うんだがそれでいいかな」
「丁度上下階段の中間になるでしょうし良いんじゃないですか。最初にたどり着いたんだから場所取りの権利もあるはずです。今後B+ランクの探索者が増えてきて場所取りが問題になった場合にまたどうするかを考えるという事で良いんじゃないですかね」
「よし、決めるべきことは決めた。夕飯にしよう。本当はもっと迷う事を見越して簡単に移動中でも摘まめるものだと思って用意したんだが、今となっては杞憂だったな」
二人分のサンドイッチを用意し、夕食を食べ始めるが、視線を感じる。ミルコが相変わらず見えないパネルを操作しながらエレベーターを作ってるらしいが、目線がこちらを向いている。
「しょうがない奴だな。あーん」
「あーん」
両手が塞がっているミルコの口に直接サンドイッチを入れてやる。俺の夕食が少し減ってしまうが俺はバニラバーでも構わないのでその分手料理をふるまう事にした。
「うん、安村は料理が上手いね。今日のも美味しいよ」
「俺より上手な奴はごまんと居るはずだ。探索者の中で美味そうな料理を作ってる奴は居ないのか? 」
「新浜だっけ? あの女の子。彼女はいつも美味しそうなものをふるまってるよ。みんなよく食べるよね。よく食べてよく動いてよく稼いで。ダンジョンの目的も果たしてくれているし、言う事なしだね」
ミルコが手放しで褒めている。多分結衣さんもそれを伝えてあげれば喜ぶだろう。
「直接褒めに行ってみたらどうだ? もしかしたらついでに食わせてくれるかもしれんぞ」
「それも有りかなーとは思うんだけどね。過干渉にならないか心配でね」
「俺にこれだけ干渉してるんだから充分干渉してるとは思うんだけどな」
「安村とは約束をしたからね。彼女たちについてはそこまでの約束があるわけでもないから。どっちかと言うと顔見知り程度じゃないかな。そう考えたらちょっと気が引ける所ではある」
多分結衣さんなら気にせず食事に招待してくれると思う。俺もだが、美味しく食べてくれるのが一番うれしいからな。そもそも五人分作るなら六人分作ってもそう差は無いだろうし、俺がしてるみたいに餌付けをしてダンジョンマスターの気を引いておくという行為をするのが俺一人だけではなくなるということはダンジョンとダンジョンマスターを繋ぐ糸が一本増えて嬉しい所ではあるだろう。
「今度気にせず近寄ってみたら良いんじゃない。そこまでケチでもなければ悪い人ではないよ彼女は。俺とミルコが親しい事は知っている訳だし、邪険にはしないんじゃないかな」
「そうかな。じゃあ今度お世話になってみることにするよ。こっそりだけどね」
俺の分が少し減ってしまったが、サンドイッチを食べ……やっぱり物足りないので肉を焼くことにした。生姜焼き定食に更に追い生姜焼きを作るのもアレなので、ちょっと風情を変えてウルフ肉の香草焼き風味を作ることにした。
「食べられちゃいましたね」
「これもまあ費用の内かな。エレベーターの設置料金と思えば安いもんだ」
「確かにそうかもしれませんね。でも私は追加でお肉を食べられるので嬉しいことに違いはありません」
食べるほうは誰もがのんきなものだ。肉を細かめに切るとシーズニングと一緒にチャック袋に入れてフリフリ。フリフリし終わったお肉を焼いて、良い香りが漂ってきた。
「これはローテーションに無い食べ物ですよね? 」
芽生さんから確認。
「シーズニングもいろいろ買い込んだから徐々に消費していかないとな。賞味期限を心配するわけではないが、こういう一品摘まみたい時には役に立つ。評判がよかったらローテーションを見直すときの参考にする。なので心して食べてくれ」
「なるほど、私の舌が基準になる訳ですね。それは重大な試練を与えられましたね」
肉を焼き終えて皿に盛ってそれぞれ味見。
「これは中々。主食にするには少し物足りないですがこういう二品目にはぴったりですね」
「焦げ目をつけたのが正解だったな。それも良いアクセントになっていると思う」
「どれどれ、僕にも一つおくれよ……うん、これは美味しいね。とても香り高い。かなり手軽に作っていたけど、あらかじめ安村が用意していたものなのかい? 」
ミルコがエレベーター作業をサボってツマミに来ている。叱らないが感想はちゃんと頂いておく。
「あらかじめスパイスをブレンドしたものを袋詰めにして売っているんだ。作るほうは混ぜて焼いて終わりという手軽に食事を楽しむための調味料ってところかな」
「なるほどね。やはりそういう面でもこっちの世界は進んでいるね。前の世界はそういうのも職人が一から作って貴族が食べるようなものだったよ」
過去の向こうの世界にはお貴族様がいてこの手の料理も高級の部類に入るらしい。やはり生活レベルに差があるな。
「手軽にとは言ったが、実際にシェフが作って味見して、これで万人が美味しく頂けるというお墨付きをもらって開発してるはずだからな。見えないところで無数の努力がされているものだよ」
「なるほどね。適材適所ってところかな。味を追求して美味しいものをたくさんの人に食べてもらうために邁進する。そういう職業があるって事かな」
「まあ、間違ってない。以前食べてもらったシチューも同じだ。シチューのルーと言う固形のブロックを開発していて、それを煮込んだ野菜に入れれば出来上がりというこれもお手軽料理だな。手の込んだ料理はダンジョンに持ち込んではいないし、そのためには手間暇もかかるし、保管庫でもないと持ち込めないようなものは多い。流石に料理をするためにダンジョンへ来る、という酔狂な人は……まぁ、たまにしかいない」
途中まで発言しておいて、清州ダンジョンのステーキ屋を思い出す。あれは酔狂の枠に入れていいものかどうか。店の宣伝にはなってるようだからギリギリ入らないような気もする。
ミルコは二、三個肉をつまみ食いするとエレベーターの作業に戻った。こっちはこっちで、パックライスが欲しいなあという思いと戦っている。
「どうします、水出してご飯作りますか? 」
「そうするか。この後仮眠するんだし多少お腹が膨れていても問題ないだろうし、今日の目標はもう達したしな」
諦めてパックライスを温めることにした。これならおにぎり適当に買ってきて持ち歩くのでも良かったな。食べなかったら俺の飯にするんだし。
食事が終わりコーヒーを飲み、椅子で一息ついている間にミルコはエレベーター作業を終わらせたらしい。こっちへフラフラと来たのでミルコ用の椅子も出してあげた。
「終わったよ。これで四十二層へリヤカーを取りに行けるね」
「そういえばそんな作業も必要だな。眠る前にいっちょ取りに行くか」
「私はもう少し休憩してますね。がんばってくださ~い」
早速出来たらしいエレベーターに乗り、手ごろなサイズの石が無かったので今まで細々と溜めていたダーククロウの魔結晶をバラバラと入れ込み四十二層へのボタンをポチ。四十二層へ到着した後リヤカーをそのまま保管庫へ収納して再び四十九層のボタンをポチ。往復十分だがこの十分に一万円かかっている。が、一万円でここまでの数時間の作業がパスされる事を考えると改めてエレベーターの気楽さに安心する。
無事にエレベーターは四十九層へたどり着いた。リヤカーをエレベーター前に放置すると、ミルコは芽生さんとおしゃべりに夢中だった。邪魔するといけないのでそのままテントの位置を変えて立て直すと中にエアマットを出す。やはり広いな。二人で寝るにしても空いたスペースが多い。もうちょっと生活感を出すために何かしらの設備を置いていても良いかもしれない。
今度ホームセンターへ行った時に何か見繕うか。ここに据え置きのコンロや水を置いて、家主が居なかったら自由に使ってくださいとでもしておけば、高橋さん達も煮炊きに使うかもしれない。とりあえず寝るスペースさえあれば問題ないのだ。少し肌寒さを覚えることはあるかもしれないが、テントはある程度の機密性を有しているしテントの上には穴がある。空気が完全密閉されるわけでもないのでここで窒息や中毒になる可能性は低いだろう。
「そろそろ仮眠するぞー? 」
「はーい。じゃあミルコ君またねー」
「二人ともまた何かあったら気軽に呼んでくれていいからね。借りも増えたことだし」
「これで俺が貸し二、芽生さんが貸し一か。何かダンジョン関連で便利そうな話が有ったら持ってくることにするよ」
「期待して待つことにするよ、じゃあね」
ミルコは転移していった。今日はちょっとサービスしすぎたかもしれないな。だが悪い気はしないのでまたお菓子を持ってくることにしよう。
「それじゃーおやすみなさい。えっと今が午後六時ですから……十一時ぐらいまで寝る事にしますか」
「そのぐらいだな。それが終わったら四十八層に戻ってあのハエトリグサみたいなやつを探して倒そう。倒したサンプル数がまだまだ少なすぎて本当に何も落とさないのか、それとも予想通りポーションを落とすのか、もしくはレアドロップで何かくれるのかがはっきりしてないからな。それにここで結構厳しい戦闘が行われるという事は、この先はもっと厳しくてもおかしくないんだ、その為に自分の実力を高めておこう」
「解りました。改めておやすみなさい。時間が来たら起こしてくださいね」
そう言うとダーククロウの枕を要求し、エアマットを横付けして寝出した。絡まってくるかと思ったがそういう訳でもないようだ。せっかく近づけられたエアマットを離すのも悪いのでそのまま隣で眠りに入る。しばしおやすみ。
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