810:最奥で休憩したい
寝ている間に暖房が切れていたらしい。昨日寝る前に間違えてタイマーでもセットしてしまったか。布団から出ると寒い、寒い、さ、む、い。しかし、寒さを数秒で克服して跳ね起きることにする。こういう時、寒いからと布団でぬくぬくしていると余計に寝起きが悪くなる。リビングに入るとすぐに暖房を起動。上から一枚ジャージを羽織って寒さ対策をしつつ、いつもの朝食を作る……その前にお祈り。今日も気持ちいい目覚めをありがとう。
予定通り二日間一人で全く同じ行程でダーククロウの羽根とドウラクの身集め。三日で百八十個ほどカニを納品したのでそれなりの数を食卓に並べる事には成功しているはずだ。何日後に実際に食べられるところまで運送されていくかは解らないが、もしどこかで見かける事が有れば良い評価を期待しておこう。
朝食の後、そのまま片付けと並行して昼食づくり。今日は芽生さんと一泊予定なので夕食も込みで作る。せっかくの夕食だから温かいものを、と行きたいところだが残念ながら今日のローテーションは昼食に温かいもの、夕食はサンドイッチという予定になっている。
昼食は以前芽生さんからのリクエストがあったワイバーン肉の照り焼きだ。これだけはきっちり作らないといけないからな。いつも通りワイバーン肉を美味しくするためのヨーグルトに浸け込み保管庫で百倍数分。しっかりと肉が柔らかくなったところから調理スタート。ヨーグルトは今回も捨てる。
醤油、みりん、酒、砂糖を適度な分量で混ぜ込んで調味料とする。ワイバーン肉を均等になるように叩いた後片栗粉をまぶしまず一焼き。火が通ったところでチョイと強火にして焦げ目をつけて、そこから火を弱くして調味料を加えて煮立たせる。フライパンの上で煮立っていく調味料を肉に随時かけて、味がよく染み込むように祈りながら作業する。あらかじめカット肉にしていた場合はフライパンを振るだけで出来るのでそっちの方がお手軽だったか。次回役にたてよう。
照り焼き作りが終わったらボア肉の生姜焼きサンドイッチを作る。冷めてもあまり問題の無いボリュームにしておいて、もしダンジョンの奥で食事となった場合でも立ったまま食べれるように、という配慮から今日はサンドイッチにした。本当のローテーションはタンドリー何か肉だったが、それだとパックライスの温めなおしも必要になるから必然的に何処かのセーフエリアに退避しての食事ということになってしまう。この辺の気遣いを考えてのサンドイッチだ。
ボア肉を薄切りにして生姜焼きのたれと合わせて焼くだけ。朝の時間が短くても比較的作りやすい食事として生姜焼きは優秀。焼き終わったら千切りキャベツと一緒にトーストで挟んでグッと押し込み、それで終わり。念のため今日は千切りキャベツも一緒に焼いて、温かさもある程度保持したまま保管庫に放り込んでおけるようにしておく。
これで二食分、完成だ。時間は……まだあるな。まだあるが、今から更に一品という訳にはいかないし、どこに一品増やすかも課題だ。そうだな……野菜サンドイッチでも作るか。トマトとレタスとチーズを挟んで……と。これで野菜分は補充ということにしておこう。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日もいつも通り。体調におかしいところはない。風邪もひいてない。喉の調子も……あーあーあー、よし。さあ、今日こそ四十八層の突破だ。未達の可能性もある四十九層へ一足先へ出かけられたらいいな。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの時間にいつものところへ到着し、いつも通りギルド内で温まっておく。三連勤の後の宿泊コースだが肉体の調子に問題はないことは確認済みだ。芽生さんも学業の隙間でこっちへ来ているんだから多少の疲労はあるかもしれない。だが、多少それを押してでも余りある甘味を味わうことが出来るのもダンジョンの魅力の一つだ。精々今日も張り切って稼ぐとしよう。
芽生さんはギリギリの時間に到着した。どうやらバスが多少遅れていたらしいが、俺が早く来すぎていただけなので問題はない。
「おはようございます。ちょっと道が混んでて遅れました」
「問題ない時間通りだ。今日は頑張るぞ」
「気合入ってますね。そういえば、リクエストには応えてくれましたか? 」
昼食のことを確認しているらしい。
「リクエスト通りワイバーン肉の照り焼きを作ってきた。四十三層を越え終わったらそこで昼食としよう。あそこならモンスターも湧きにくい」
「楽しみですね。ようやく私もワイバーン肉にありつけます」
揃ったところでリヤカーを引っ張りながら入ダン受付。
「一泊でしっかり稼いできます」
「ご安全に」
「ご安全に~」
朝一は混んでいるから話し込むことはせずに、安全確認だけしてダンジョンへ向かう。帰りは朝一になるかどうかまでは解らないが、出来れば人が少ない時間帯に帰りたいなとは思っている。
一層からエレベーターで四十二層まで一気に下りる。その間に今日の打ち合わせ。
「今日は四十九層が目標です。達成できなくてもそれはそれでよしとする。後ミルコのお菓子は事前に用意してあるので四十二層に着いた段階で渡す」
「次回に回して、今回は四十八層をねっとり歩き回るという手もあるって事ですかね? 」
「あまりに階段が見つからなくて迷った場合はそうなるかな。前回たどった地図も残ってるし、小部屋が多かった分四十七層はそんなに時間かからず到達できると予想してる。少々甘く見過ぎじゃないかとも思ったりはするが、多分大丈夫だろう」
四十七層で戦うには問題は無かった。問題は四十八層だな。もしかしたらこちらの手数でさばききれないモンスター量になるかもしれない。十層ほどでは無いが、多少のダメージは覚悟で挑まなければいけないだろう。
四十二層に着き、リヤカーを放置。高橋さん達は……今は居ないな。下に居るのかどうかまではちょっと解らない。荷物らしきものは残っているが、これが普段持ち歩くものかどうかも微妙だ。俺なら持ち歩くだろうけど彼らなら持ち歩かないかもしれないし、そうなると可能性は高め、と言えなくもないか。
まあ向かえばわかることだろう。彼らにはセーフエリアの地図を作り上げるという仕事もあるはずだから下に居ればその作業に従事している可能性は高い。
確認作業が終わったところで机を出し、昨日買ってきておいたお菓子を並べてパンパン。ついでに声かけ。
「ちょっといいかミルコ」
「なんだい安村、今日は何か質問かい」
エレベーターで軽く相談している時点で今日はお菓子の配達がある、と考えていたのだろうミルコが出現する。もはや見慣れた光景だ。
「前回手に入れた【隠蔽】だけど、もう一つもらえるかな。これは二人で確保しておくほうが良いスキルだと考える」
「確かにそうだね。片方だけ覚えてももう片方がターゲットにされるならその意味は限りなく低くなるからね」
「あー、じゃあ私の貸しを使ってください。洋一さんの分は残しておく形で」
俺が出したのだから俺は俺の分として用意して、芽生さんの分を要求するということだろう。ここは口を出さずに本人のしたいようにさせたほうがいいな。
「解ったよ……ちょっとまっててね」
そういうとミルコはコーラを腰に手を当てて爽やかに飲み干す。そしてケプッとかわいいゲップをすると、どこかからスキルオーブを取り出した。どうやら作るのにも気合が要るらしい。
俺も保管庫から【隠蔽】を取り出し二人そろって「イエス! 」と唱えて、体の中に染み込んでいく。二人そろって発光現象を起こし、しばらくして光が元に戻る。早速【索敵】で確認するとなんだか芽生さんの反応が小さい。この反応が小さくなったのが【隠蔽】の効果らしい。なんかステルス機みたいだな。
「これで察知される範囲が狭くなった、つまりこちらから攻勢をかけやすくなった、てことでいいんですかねえ」
「まあね。【索敵】でも確認できてると思うけど、マーカーも小さくなってるのがその証拠だね。完全に隠蔽しようと思ったら多重がけが必要になってくると思うよ」
「さすがにそこまでかける必要は今のところ無いかな。ダーククロウが狩りやすくなったことは確実か。今度狩りに行った時に探知距離で判断しておこう」
「安村にはまだ借りがあるけどどうする? まだ保留かい? 」
少し考える。考えた後で正直なところを述べることにした。
「もしかしたらだけど【木魔法】を要求するかもしれない。マリモみたいなモンスターが落とす種、一応他の探索者に回して何が育つのかを試してもらって見ている途中だけど、【木魔法】を所持している探索者とつながりがもてなかった場合、誰が種を発芽させて育てるのかって話になるだろう。その場合、種を持ってきた俺に試してみてほしい、と差し戻される可能性があるんだよね。そうなったら必要になってくるだろうからさ」
「なるほど、そういう事情があるんだね。覚えておくよ。じゃあ、今回はこのぐらいで僕はゆっくりお菓子を楽しんで君の活躍を眺めることにするよ」
「ちゃんと食べたら歯を磨くんだぞ。虫歯は怖いからな」
「ダンジョンマスターは虫歯にならないんだ。いつも強めのうがいで綺麗になるんだ。羨ましいかい? 」
ダンジョンマスターはそういう点でも便利らしい。俺も最近は歯医者には通っていないし、歯を磨く時でもフロスを忘れずかけているので心配はある程度しなくていいが、ダンジョンの奥地でデンタルケアをするというのも……いや、水魔法あるし不可能ではないのか。でもその辺にペッてするのは気が引けるのは確か。注意しておこう。
ミルコはお菓子を両手に抱えると転移していった。これで今日の課題は一つ解決だな。
「さて、四十三層まで潜るか……昼食を楽しみにしておくと良い。多分美味しい」
「そこは自信なさげなんですね」
「まあ、人には好みの味付けと言うのがあるからな。鶏肉で作るレシピに応用を利かせただけだからもしかしたら芽生さんの口には合わないかもしれない。その時はまた違う調味でチャレンジするさ。最悪結衣さん達からちょっとおすそ分けしてもらって作るという手もある」
「あ、じゃあ結衣さん達無事に三十五層に到達したんですね。良かったです」
芽生さんも結衣さんの進捗が気になっていたんだろうな。Cランク内よりもBランク内、Bランク内よりもB+ランク内のほうが全体的な能力の差は大きいと言っていい。B+ランクは三十一層から潜れるところまでが探索許可範囲である。最深層である程度問題なく活躍で来ている俺達と、おそらく今頃はあちこちで増えているであろうB+ランク昇級待ち探索者。
今日明日で増える事は無いだろうが、そういった層が追いついて来てくれるのが一番うれしい事ではある。俺でもできたんだ、他のみんなでもなんとかなるさ。
「さて、【隠蔽】を覚えたところでモンスターにどのくらい接近しても見つからないか試しながら行くか。距離が短くなったなら動きやすくなるかどうか、そこも含めて調べないと。もしかしたら近寄らないほうが相手によっては近寄ってくるまでの時間がある分対応する余地が増えるかもしれない」
距離があるからこそできる処置、というのもあるからな。雷撃でスタンさせる場合なんかはそれにあたる。雷撃できる距離のほうが相手の索敵距離より長いなら完全に機先を取れるし短いなら今までのままだ。
試しに四十三層のドウラクにゆっくり寄ってみる。今までに比べて確かに近くまで移動できている。いつもならもう戦闘態勢になっているであろうドウラクはまだこちらを見つけられずにのんきに泡を吹いている。
今までの半分ぐらいの距離に来たところで、ドウラクが突然こちらに気づいたかのようにビクッと動き、そして近づいてくる。どうやら隠蔽の効果はここまでのようだな。ドウラク基準でざっくり半分。二十五メートルほどの距離まで近づけた。
思ったより近くまで近寄られてドウラクもあたふたしているのか、いつもよりも動きがぎこちない。これも【隠蔽】の効果なのかな。ともかく効果のほどは確認できた。範囲ギリギリからダッシュしてあっという間に近づいて一撃、という戦法も使えるようになる。何はともあれ覚えた分の原価はゼロだし、出来るだけ有用に使っていこう。
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