809:カニ、うま
常夏の景色にカニ。不釣り合いだがこのマップではそうなっている。カニよりはヤドカリのほうが似合う風景だろう。カニと言えば旬は冬、というイメージがあるが、カニの種類によっては夏場に旬が来る種類のものもあるらしい。が、少なくともモンスターである所のドウラクの旬はと聞かれると、年中旬であるという返し方が最も正解に近いだろう。
早速海岸沿いに早歩きで進み、こちらを標的にしてくるドウラクを順番に相手しながら、雷撃でカニを痺れさせつつ近寄って確実に止めを刺すというシンプルイズベストの戦い方で戦闘を続けていく。場合によっては二匹同時に相手する事になるが、その場合は雷撃で片方の足を完全に止めてからもう片方に挑む。三匹居れば二匹に全力雷撃だ。
一対一で戦いを常に挑めるように戦術を組むのが大事。ドウラクは最後の一撃と言わんばかりに【水魔法】であると推定される泡をショットガンのように飛ばしてくるが、今のところこれでダメージを負った事は無い。
威力がそこまで強くないのか、【魔法耐性】のおかげか、スーツの防御力が勝っているのか、ステータスブーストの恩恵か。要素が色々あるのでこれのおかげだろうと推論を立てることが出来ないが、ともかくドウラクの攻撃手段で危険視するべきは鋏による切断攻撃だけとなっている。流石に試しに切断される勇気は無い。
鋏にだけ挟まれなければ何をしても良い、というのはかなり自由な戦術をこちらに与えてくれている。全力雷撃を数発当てて遠距離から沈黙させてしまっても良いし、雷撃でスタンしたところを甲羅の隙間に雷切をねじ込んで割るように倒してもいいし、すべての手足を落として自然に体力がなくなっていく様を観察しても良い。
この中では時間的な理由で雷撃スタンからの甲羅剥きが一番短時間で確実に倒せるが、泡を喰らう可能性が最も高いのもこの攻撃方法だ。いずれもっと強くなれば全力雷撃だけで対処できるようになるだろうが、今のところそこまで火力は上がっていない模様だ。より一層の努力が必要だな。
周回は数がすべてだ。四十三層をぐるっと大回りに一周して、一時間当たり五十ほどのドウラクを処理して回る。その間に倒した数と同じだけの魔結晶と、キュアポーションのランク4が一個出るぐらいのペースなので、時給換算すると八百万ほど。今日の稼ぎは三千万ほどになるかな。運が良ければもう六百万プラスと言う所だろう。
さて今日もしっかり稼がせてもらわないとな、と気持ちを再度入れつつ、目の前のドウラクにかかる。こいつを倒せば一周が終わり四十二層の階段が見えてくる。階段をいったん上って昼休憩。美味しいカレーが俺を待っている。カニカレーも良いかもしれないな。魚介風カレーと言いつつ入っているのはカニの身だけ。それでも磯の香りが漂ってくるならば雰囲気はグッと出る。今度レシピ候補として夕食にでも試し食いしよう。
階段へ行く手前の最後のドウラクを倒すとそのまま階段へ。自覚するほどお腹が空いている。ここで確実にカロリーを取らなければ途中で息切れしてもおかしくはないかもしれん。探索は空腹との戦いでもある。ステータスブーストを使って探索している今は特にそうだ。使い始めた当初に比べてその空腹に出会う回数は減ってきてはいる。体がそれに慣れてきたのか、もしかしたらもっと本気でステータスブーストを使って探索が出来るのか、正直なところよく解っていない。
でも今は考えにカロリーを消費させることよりもカロリーを取ることを優先しよう。椅子と机をさっと出すと、机の上にあらかじめ完成品にしておいたカレーライスをパッと出してスプーンを装着。早速頂きます。
ウルフ肉がしっかりと柔らかく煮込まれていて、噛み切る作業が要らなくなっている。寝る前に時間をかけて煮込み、野菜を細かめに刻んだおかげで具はほとんどなく、肉だけが確かな形を見せてくれている。その肉もホロホロになっていて、ここ最近で会心の出来と言っていいだろう。ついつい腹いっぱいまで食いたくなるところだが、ダンジョンの中、午後の作業もある。ここはグッと我慢して夕食に続きを楽しむことにしよう。
野菜の旨味と肉の柔らかさ、そして米にかかるとろみを充分に堪能した後、温かい中であえて熱いコーヒーを飲み一休み。充実した仕事時間だ。この後も頑張るぞ、という気持ちにさせてくれる良い時間を過ごし、そこそこ腹がこなれてきたところで休憩完了。今日はあとここで三時間、実質四十三層二周分は働くからな。しっかりと稼いで帰るぞ。ダーククロウに通う分だけ二時間分ほど収入が減るのは仕方がないことだが、それでも短時間高収入の仕事であることは確かだ。さぁいっちょもう二周いってくっか。
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カニの旨味をたくさん吸った美味しい保管庫をなで……ることはできないのでポンポンと何処かをそっとさすってやるような気持で三時間を熱心にカニ掃除に勤しんだ。
倒したカニの数は合計で百九十三。カニの身は六十六個増えた。カニミソは二十個。キュアポーションは予想よりもオーバーランして六本もくれた。今日はしっかり稼いだぞ。四十二層に戻って確実な収入をリヤカーに載せる。
やはり、三十八層に一日籠っていた方が収入の面では多い。だが、今日の成果は体積がある。魔結晶だけでなくドウラクの身が六十六個あるのでそれだけで七十キログラム近くの重さ。金額はそう高いものにはなっていないが、やりがいが目に見えて多いというのはそれだけでもうれしい事だと思う。茂君を回らなければもう三十ほど増えていただろう。リヤカーに載せきれない、というほどでもないが、これでちゃんと稼いでますよ、という指標にはなるだろう。査定待ちの列で見られても恥ずかしく思う事もない。
リヤカーと一緒にエレベーターに乗ってそのまま七層へ。七層でいつも通りテントでリヤカーを隠して茂君。今日は無事に二回とも茂君の回収に成功した。毎日こうであればいいんだが、他の探索者も茂君を採取しに来ている事は知っている。早歩きとはいえ茂君が居なかったら時間的ロス。その間の稼ぎは湧いていたらワイルドボア十匹ほどの収入にしかならない。これはこれで寂しい。
そろそろボア肉がまた溜まり始めてきた。適度に消費しないとな。今日の夕飯のカレーにはボア肉のサイコロステーキを混ぜて肉マシマシにしてやろうかな、等と考えつつ、エレベーターの中で夕飯を見繕う。チーズもまだあったはずだな。それも入れよう。今日もしっかり稼いだ。稼いだ自分にはご褒美をくれてやらないといけない。
一層に戻って出入口、そこから退ダン手続きへ。受付嬢は俺の後ろの荷物を一瞥する。
「今日もしっかりお稼ぎになったみたいですね。無事で何よりです」
「ただいまです。今日もしっかり稼ぎましたよ」
「ふふっ、稼ぎ頭ですからね。この調子で頑張ってくださいね」
査定カウンターにはマップの周回数を基準にしていたため早めに帰ってきた。おかげで査定の列には誰も並んでいなかった。それはそれで寂しさもあるが、騒がれるよりはいいか。
「今日も満載ですねー。いつも通り仕分け済みですかー? 」
今年もいつもの口調の査定嬢。やる気が無いように聞こえるかもしれないがそういう訳ではなく、査定の速さも仕事の熱心さも通い慣れた探索者はみんな理解している。この子は見た目や口調で判断するべきではないと。他のギルド嬢が担当することも何度かあるが、彼女が一番仕事が丁寧で速い。コンゴトモヨロシク。
中々の重さのあるドウラクの身をひょいっと持ち上げて数を数え始める。一応重すぎないようにいくつかに仕分けてきた。大きさも相まって中々に扱いに困る商品かもしれないが、丁寧に数を数えている。
五分かからず査定結果が出てくる。今日の成果、四千百二十万二千円。まずまずの金額だ。茂君してきて下の階層で稼ぐ、という行程ならこのぐらい稼げれば自分に百点をあげていいだろう。
結衣さん達はまだ上がってきてないらしい。宿泊とも日帰りとも聞いていないので、もしかしたら宿泊かもしれない。行きに会って帰りに会わなかったのは少し寂しい気もするが、お互いのパーティーの都合というものもある。合わせて帰ろうと相談したわけでもないんだし仕方ない事と言えるがほぼ二日一緒に居たせいかもしれんな。
家へ帰るバスに乗る。少しうつらうつらするのは暖房の温かさのせいだと思う。今日も一日よく働いたな……
「お客さん、駅に着きましたよ」
久しぶりにバスの中でうたたねをし、いつもの運転手さんに起こされる。寝てしまっていたようだ、いかんいかん。
「ありがとうございます。安全運転のおかげでよく眠れましたよ」
「それは何よりです、ご利用ありがとうございました」
いつも笑顔で応対してくれる、俺より年配の運転手さんにお礼を言いつつ今度は電車だ。もう寝ないように立って帰ろう。おかげで電車で寝過ごす事は無く、最寄り駅まで立ったまま、乗り過ごすことなく降りることが出来た。
家に着いたらまずスーツの手入れ。カレー臭くなってないよな? と確認をして匂いが移っていない事を確認。念のためまんべんなくファブっておこう。部屋着に着替えたところでまずは夕食用のボア肉を細切れにして軽くバターで焼く。火が通ったところで保管庫の中のカレーにぶちこみ、スライスチーズを二枚ほど放り込んで再度加熱。隠し味にココアを混ぜ込んで、昼食べた時よりさらにとろみとコクが増した。肉にカレー味が染み込むほど煮込むつもりはないが、カレーを食べた時の食感は残ると思う。
煮込んでいる間に風呂の準備をして食後にゆったり風呂に入る準備は出来た。ボア肉が煮込まれるまでにパックライスの準備と洗濯をしてしまおう。
一通り作業を終えたところで夕食タイムだ。今日は昼も夜もカレー。明日の朝まではさすがに残らないだろう。チーズと隠し味のおかげで更にコクが深くなったカレーとボア肉のまだ真新しい食感を楽しむ。一日二度カレーの楽しさと美味しさを存分に味わっている。昨日の夜から作り始めたから実質的には丸一日カレーだったと言い切ることもできるな。
とりあえず芽生さんと潜るのは三日後、一泊の予定だ。それまでの二日は今日と同じ行程を繰り返そう。今日を合わせて三日で一億にはちょっと手が届かないだろうがそれに近い収入は得られるはずだ。既にえっと……二億を軽く超えて稼いでいるので、今年も俺の羽振りは良さそうである。実際にそんなに使うのかと言われると自信がない。何かこう、とてつもない事情で急に大金が必要になったとか、そういうイベントが発生したらその時に考えることにしよう。それまでは口座で静かに眠らせておくほうが心が健康的だ。
流石に銀行が倒産して預けてある預金が全部無くなるという話も最近は聞かないので、安心している。流石にメガバンクが前触れもなく倒産する可能性は低い。そこに安全性を見出して高い金を預けているのだからしっかりその金を元手に銀行のほうも稼いでもらいたい。
次回宿泊でうまくいけば四十九層までの道が開ける可能性は高い。四十七層もある程度開拓は進んでいるので比較的短い時間で階段を見つけられる公算は高い。後は四十八層に下りた後無事階段を見つけられるか。それにかかっているな。
その三日の間にD部隊が四十九層までたどり着いているかが問題だが、後塵を拝すならそれは仕方がないところ。そういえば、四十二層の分のプレゼントとして彼らは何を得たのだろうか。それはちょっとだけ気になる所だな。ミルコに聞くのもなんか違うな。今度出会ったら確認するか。
食事を食べ終わり片づけをしたら入浴。いつもの体の汚れと疲れを落とし、ゆったりと揺蕩う。この時期に風呂に入ると気化熱で体が寒く感じるから風呂を出るタイミングをためらいがちなんだよな。さて、どのくらい温まったら出るか、そこが考えのしどころだ。湯が温く感じてくるちょっと手前ぐらいで出るのが個人的な良いポイントだ。そこを逃すと風呂の中にいるのに寒く感じてしまう。
……よし、ここだ! あらかじめ水気を拭き取っておいた髪はともかくとして、全身をくまなくタオルで拭いて浴場から出る。こうすれば比較的寒いと感じることなく風呂を出ることが出来る。風呂掃除は明日風呂に入る前にでもやろう。
サッパリしたところで今日は早めにご就寝だ。明日もダンジョンが俺を待ってくれている、今日と同じぐらい頑張るか。
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