807:経費で食う飯はウマい
佐藤会計事務所を後にして、また三人車に戻る。今からお昼ご飯に行こうという雰囲気が車内を充満している。さて、どうするかな?
「お昼どうする? 食べに行くか、どこかで作るか。作る場合は安村さんの家になるだろうけど」
「結衣さんのおかげで一つ悩みが解決したし、ここは俺のおごりで何か食べに行こう。今日は他人が作った料理を食べたい気分だ」
「さんせー、食べ放題で無くても良いから何処か行きましょう」
スマホでお互い食べたそうなものを検索しつつ、それぞれで見せ合う。
結果として決まったのはいつもの系列のファミリーレストランとなった。収入がほぼ確定して数億は自由に使える金が出来たと解っているのに、ここで済ますというのもいかなるものかとも思う。たまにはもっと贅沢していいんだよなと自分に言い聞かせつつ、微妙な貧乏性が自分を恥じるほどではないが少し情けなく思う。
「食べたいものを食べるんだから無理に高いものを頼む必要はないわよ。むしろ、慣れない値段で慣れないものを食べてかえって体調崩したりすることもあるんだから、メンタルチェックという意味でも食べ慣れたもののほうがかえって安心するものよ」
そう結衣さんに諭されてここに来ることになった。安上がりな子たちでおじさんは嬉しいよ。
「三名様ご案内でーす」
通されたいつものチェーン店。場所が違うだけでメニューは同じ。と、すれば定番で頼むのは山盛りじゃない山盛りポテト。これもあと数年したら更に量が減って平野になるか、メニューの値上げが始まるだろう。前もそんなことを思っていた気がするな。メニューに載っているポテトを見る限り、まだ丘を維持するのは諦めていないらしい。
「さて、今日は何腹かな……と」
流石に二日続けてステーキと照り焼き、といくのは避けておきたいな。ステーキ、ハンバーグ類は無しだ。となると主食にアレンジを加えられたレシピのほうへと目が行く。
エスカルゴ……食べた事は無いがちょっと勇気がいる。ナポリタンは定番すぎるな。リゾット……うん、リゾット。米が食いたいと少し頭をよぎったのでそこで落ち着けることにした。
牛すじ肉のリゾットというラインナップ。肉が被ってしまうがメインは米だ。これなら俺の胃袋にもマッチする。後は甘いものが食いたいな。パフェかプリンアラモードでも頼むか。
俺のメニューが決まったところで二人を見ると、まだメニューとにらめっこしている。これは水でも飲んでしばらく待つか。
十分ほど悩んだ末、二人が選んだのは芽生さんはハンバーグ定食、結衣さんはパスタ系。どうやらパスタが好きらしい。一つ覚えておこう。
店員を呼んで指定された番号を記入して注文内容を渡す。この店ではつらつらと名前を並べていくよりも、番号で何が注文したのかが分かる方が効率が良いと判断するらしい。コストを抑えるための企業努力を感じるな。効率化するのは良い事だ。早く調理を開始して早く料理が届き、回転率を上げるためには必要な処置なのだろう。
しばらく待ってまずハンバーグから届きだした。芽生さんは先に頂きます、と断った後早速ハンバーグを半分に割って内部をしっかり加熱させる。半生ハンバーグ流行ってるんだろうな。自分で焼いて焼き加減を調節できるのが良いんだろう。気に入ったところで早速食べ始めた。
「やっぱり値段相応ですね。極まって美味しいという訳ではありませんが値段の割りに充分美味しいと感じることが出来ます」
「舌が肥えて高級店しか入れなくなるようにならないのは良い事だな。美味しいと感じる物は多いほうが良い」
「でもたまにはそういう高級店にも気軽には入れるようにはしたいですね。せっかくお金を使えるんだから今度は予約制の店でも選びたいところですね」
「でも予約して時間通りに店に向かうってのも負担よね。高級料理を食べに行く、という姿勢で行かないとせっかくの味が存分に楽しめないかもしれないわよ」
「私はまだ大学生なのでそうそう舌が肥えるようにはなりたくないですね。気軽にその辺の牛丼屋へ行ってそこで満足できるような体質を保持しつつ、たまにはお高いものも楽しむ、というスタンスで行きたいと思います」
続いて俺のリゾットが届いた。しっかりと味付けをされて良い感じに炒められた米が食欲を刺激する。一緒に載っている牛肉もしっかりと柔らかく煮込まれており、味の濃さもちょうどいい。今日のチョイスも中々悪くなかった。次回も食べたいと思うかどうかは解らないが、今日は満足できる。
そして運ばれてくる丘盛りポテト。ファミレスの定番商品だ。前よりは少しだけ値段が上がり、その代わりに量は据え置き。三人でつまんで胃袋を満たしつつ、あっという間になくなった。
「もう一皿行く? 」
「私のパスタが来てから考えましょ。もしかしたら満足してしまうかもしれないから」
丘盛りポテトが届いてから二分ぐらいして、結衣さんの海鮮パスタが届いた。魚介類がしっかりと盛り付けられていて、海を感じさせる。貝ごと盛り付けられているのはそれっぽさの演出効果は高いが、個人的には手を汚して食べる必要がある分一手間かかるのがいまいち好きになれない。本人が気に入ってそうなので余計なことは言わないが、食べるなら食べるだけに集中したいものだ。
「この後どうする。食べ終わったら駅で解散? それともどっかいく? 」
「私はパスですね。明日の講義の準備があるので。それに今日のことを記録しておきたいとも思いますので、もうしばらく洋一さんを預けます」
「私も明日の探索の準備かな。色々と昨日買ったけど足りないものもあるし、しばらくは三十四層で力をつけてからその下に挑もうかと考えてるし、そろそろスキルオーブの一つか二つ手に入れてパーティー強化に努めたい……そういえば安村さん、拾ったスキルどうするのあれ」
あ、すっかり忘れてた。スキルオーブ新しく拾ったんだった。
「そういえばそんな相談来てましたね。どうしましょう? 【隠蔽】でしたっけ」
「例にもれず急ぎで覚える必要が無いから調べようと思ってたが昨夜は忘れてたな。帰ったら情報が無いか調べてみるよ」
「なんですか、スキルの事を忘れるぐらい二人で盛り上がってたってことですか? ちょっと仲間外れ感があって寂しいですね」
芽生さんが拗ねている。珍しいのでスマホで撮影しておこう。
「確かに、盛り上がってはいたな。ちょっと前に海外のダンジョンで踏破されたダンジョンが出たんだよ。その時の映像が公開されてたんで二人で見てたんだ」
「おーついに出ましたか。私も後で調べてみます。今後自分たちが体験するかもしれない情報ですし、世界初の映像でしょうからさぞインプレッションを稼いだんでしょうね」
「確か三千万ぐらい回ってたかな。俺のあの潮干狩り動画は今頃何回回ってるんだろう。しかし、早送りとはいえ中々の見ごたえがあった。小西ダンジョンで同じ反応が見られるのがいつかは解らないけどもしかしたら自分たちがそれを反応させる機会があるかもしれないからその予習としては充分刺激的な動画だった……っと、これこれ、これだよ」
スマホからアドレスを探しだして芽生さんに見せる。電池持つかな。
「ダンジョンコアって丸いんですね。もっとゴツゴツした物とかこう、女神の像か何かの手元にあるのを想像してました」
実際にはその場にはチェスの駒のルークのような台座にふよふよとダンジョンコアが浮いている光景だ。コアが完全に密着していたらポーンの駒とも言えるだろう。まぁ細かい事は良い、少なくともこの攻略されたダンジョンでは丸かった。場所によっては違う形なのかもしれないが、それは更にダンジョンが踏破されてみないと解らないだろう。
コアが浮いているだけでも充分ファンタジー。これが各ダンジョンの最下層に設置されている。最下層がどこにあるかはまだ確定していないが、少なくとも現在まで確認されてこなかったところを見ると、少なくとも十五層より浅い位置に存在する、という事は無いんだろう。
スマホを返してもらえない間に思いを巡らせる。おそらくダンジョン庁では共有された情報としているはずだ。と、なれば赤字や交通の要所過ぎて邪魔になっているダンジョン、そのほかの色々な理由で各ダンジョンの攻略を率先して行いたい場所については他のダンジョン専属の探索者を借りてでも攻略したいところだろう。
小西ダンジョンのように後から黒字になるような出来事が存在する可能性はある。小西ダンジョンだって俺が居ない間は赤字を垂れ流していたただの田舎ダンジョンだった訳だし、他の赤字ダンジョンがそうならないという保証はない。
今後他所のダンジョンはこの情報を仕入れてどう行動を変化するのか。場所によっては安心するかもしれないな。三十八層と言う頑張れば到着できる階層にダンジョンコアがある可能性がある。早く消滅させたいダンジョンにとっては朗報かもしれない。これから垂れ流される赤字を考えれば、奮発して他所のダンジョンで活躍している探索者を呼び寄せて特定階層まで攻略するまでを要求し、その分探索者は金の心配をせずにダンジョンに取り組むことが出来る。
まだ十五層を攻略してないダンジョンなら、三十層まででくすぶっているよりも確実に収入が見込め、上から目線の言い分で悪いがゴブリンキングを最初に倒してこちらの世界へようこそ、と言えるようになるわけで更に探索者としての身分の上昇が見込める。具体的にはBランクからB+ランクへの特急券が配られる事になる。
大っぴらにそう言い放てる状況ではないのだがその辺を上手くどう折衝していくんだろうか……そう考えてる間にデザートのパフェが来た。チョコレートソースがたっぷり乗っていて、中のスポンジケーキもチョコ。一番底に入っているものもチョコフレーク。そしてチョコレートアイスが放り込まれた漆黒のチョコレートパフェ。ちょうどこういうものが食べたかったんだと胃袋が更にグググっと拡張されて期待に応えてくれる。
残りの二人もデザートのケーキとプリンが届いて三人で食後のデザートを楽しみつつ、俺のスマホはまだ帰ってこない。これはギガが無くなるか電池が切れるまで戻ってこない奴だろう。帰ったら充電だな。ダンジョンの話をしつつデザートを存分に楽しむ。
ウエハースを大事に使い、口の中がチョコレートに汚染されないようにバランスをうまく取っていく。中々高度な作業だ。しかし、コップに注がれた水も存分に使う事によって頭の中をカカオにしつつ口の中を調整しながらその大量のチョコを胃袋に収めていく。今日はチートデイだ。好きなものを好きなだけ食べよう。
「明日はどうする感じですか? 二人とも潜るんです? 」
「明日明後日はいつものダーククロウからの四十三層かな。三十八層は効率的な羽根の回収法を確立したからしばらく行かなくてもいい感じ。ダーククロウの羽根だけ集めるってのも悪くは無いが待機時間が無駄にかかるのがネックだ。効率的に回るならやっぱり朝と帰りの二回だけにしておいて、後は通常通り狩りをするのが効率的な策だと思う」
「私たちはしばらく三十四層で稼ぎながら自己強化に努めるわ。早くこっちまで来いと言われそうではあるけど、無理して怪我したらしょーもないからね。スキルオーブが何か出るまで粘って、それから下へ向かうのも有りだとは考えてる。これは私の勘だけれど、ワイバーンを倒している方が能力の向上が見込めるような気がするのよね」
「三十七層以降はタフネスの高い熊が出てくるからな。ワイバーンで苦労してたりダンジョンウィーゼルの速さについていけないならちょっと厳しいと思うよ。ここで一枚壁が出来てるような感じ」
できるアドバイスをしつつ、無事に帰ってきてくれるならそれが一番だと言い聞かせておく。
それぞれデザートを食べ終わり、俺のスマホのバッテリーが無くなったところでお開きになった。会計は俺が持つ。もし来年個人事業主として認められるようになるなら、これは他のパーティーとの打ち合わせに使った費用として経費に出来るはずだ。経費で食事、私の好きな言葉です。
きちんとレシートを確認して懐に入れたふりをして保管庫へ。後でクリアファイルに今年分として丁寧に残しておこう。来年の楽しみが一つ増えた。これからもちょくちょく経費で食事を利用していこう。芽生さんとの外食も経費に出来る可能性は高い。
その後、駅まで送ってもらうとそこで三者三様に解散。家に戻り、スマホの充電と調べものを忘れず行おう。【隠蔽】というスキルが他のダンジョンや海外で……海外訳だとなんという名前なのかも調べないといけないな。せめて英語で情報が残ってればいいのだが。
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