806:経費ですか?実費ですか?
「ではまず、確実に収入が確定している書類から出します。その後でその中で収入の内、彼女……芽生さんに分け前として分配した分を別途で出していきますので、それが全額俺の収入になってしまうのか、それとも分配できているのか、そのあたりを聞きたかったんです。もし分け前として計上できないなら、最悪彼女への贈与という形になってしまうので」
ぽつぽつと、一つずつ確認しながら書類を出して説明していく。まず、ドン! という感じでギルドの証明書を渡す。渡された書類を見て佐藤さんが一枚ずつ見ながら確認し、最後のページの最終金額を見て手が止まる。
「新浜さん、探索者ってこんなに稼いでるものなの? 」
どうやら佐藤さんも初めて見る金額の高さなのか、結衣さんに思わず確認を取ったのだろう。
「この二人が例外だと考えたほうがいいわ。私もここまでじゃないけど今年はそれなりに多いわよ? だからその時はよろしくね」
「私も探索者になったらこのぐらい稼げますかね? なんだか仕事を辞めたくなってきましたよ」
苦笑いしながらも佐藤さんが金額をパソコンに打ち込んでいく。多分確定申告関連補助のアプリがインストールされているんだろう。ついでに失業保険について相談をしたが、こちらは非課税なので一切関わらなくていいそうだ。流石親方日の丸の非課税だぜ。
「それから、これが特定の商店……というか布団屋さんなんですが、そこに素材を納品した際に貰った書類になります。これだけ稼がせてもらったうちの三割は彼女、芽生さんに渡したことになってます」
「なるほど……三割、というのに根拠はあるんですか? 」
「荷物を持ち運ぶのが私のお仕事なのでその分多めに、と言う感じですね。今年からは分け前無しという形になりますので次の確定申告の時は全額私の収入という事になりますが。あ、あと最後の日付のその四百万だけは私の個人収入になります」
「そういえばスノーオウルの羽毛の分は私貰ってないんでしたね。まぁ、そのまま計上してもらってください。今になって要求はしませんので」
佐藤さんはなるほどね……と言いながら、四百万の領収書以外を全て、七掛けして記入していく。どうやらそのまま分け前として書類上は無いが現実として金の流れが存在していればそれでいいらしい。
「他に収入を証明できるような形のものはありますか? あるものは全部計上していた方がいいです。後から足りないと突かれるより、払いすぎてましたと取り返しの申請をする方が気分的に楽でしょう? そこを一円単位できっちり税金については納税してますと証明するのが我々税理士の仕事ですから確実に処理はしていきますが」
たしかに、そこを適切に管理してくれるのが仕事であるしその分の金を出すのだから一円でも節税できるところは節税したい。その為の相談、その為の契約だ。そこはお互い適当にやってくれればいい、という訳にはいかないだろう。
「そうですね……現物支給で代わりに飯を食わせてもらったってケースはありますが、その書類以外で収入だと認められるものは無いですね」
「解りました……三割なのは確実なんですね? 回によって変動したりはしていませんか? 大事な所なので念押ししておきますが」
「確実に三割ですね。そこは間違いないです」
「解りました。ではその四百万のもの以外は全て七割を収入として見込むとしておきます。それ以外には収入に当たるものは無い、と……しかし、とんでもなく稼いでますね。探索者でここ……いや、個人情報なので他の探索者のことは詳しくは言えませんが、私はここまで稼いでいる探索者を見るのは初めてですね」
それもそうだろう。日帰り往復で数千万稼いで帰ってくることが出来るなら、今頃もっと探索者の進捗は深くまで、より強い探索者が育っているはずだ。
「では、次に支出です。このメモ書きにある二千万という金額について聞かせてください」
「探索中に極稀にドロップすることが出来るスキルオーブというものがあるんですが、それの購入代金です。パーティーで使用するものとして購入したので、お互いに等分で出し合って購入したものです。覚えるタイミングの都合上、書類上は私が二千万円で購入したことになっていますが、出来れば分割したいのですよ。その辺をどうやって表現するというか……分割して購入したことにならないかな、と」
「他の探索者の例でいえば、ギルドで分割購入する際に記録が残るのでそちらを参照すれば収入や支出として……そう、ギルドからの証明書にあるこの項目ですね。二千万支出になってます。これが実際は一千万であるという事にしたいと」
「上手くやる方法は無いですかね? 二千万円で購入したものを一千万円で売る、というかたちになるんじゃないかと思ったのですが」
「その点は問題ない……と思いますが、これ多分ギルドにとっても例外処理ですよね? こういうケースで共用経費を個人個人にしていくというのは探索者でもちょっと初体験ですね」
佐藤さんはギルド側の処理に何か不手際があったか、裏のやり方をしたんじゃないかと疑っている。
「実は、ギルドでのスキルオーブ取引は取引が終わった瞬間にスキルを覚えるというのを義務付けられているんですが、ちょっとお願いしてオーブの使用を後日という事にしてもらったんです。そのせいですかね」
「なるほど……ここはつつかないほうが良いってことですか。じゃあここは文月さんと案分した、という事にしておきましょう。収入に関してもそちらの収入として換算する分はあるようですし」
一番高い経費については何とかしてくれるらしい。ホッと一息だな。
「次はこの三百万円のスーツですが、残念ながら全額経費計上は出来ませんね」
スーツは完全に拒否された。やはり高すぎたか? 今着てるスーツをチョイ見せしてアピールする。
「これはダメでしたか」
「探索者の税金周りはちょっとだけ特殊な処理になってまして、一回の買い物で三十万円未満の装備については経費で落とすことが可能になっています。探索者優遇税制って奴ですね。多分国税庁からもそこで装備をケチって怪我する探索者が増えて収入が減るよりはそこを特別に許可させていい装備で探索をしてもらって無事に帰ってきて税金を納めてもらう、というほうでダンジョン庁とやり取りがあったという事らしいです。なので、スーツの価格も三百万円全額を処理する事は出来ません。ただ、三十万円までは経費として納入できるので、残りについては自腹という事になります」
「あ、三十万円までは適用されるんですね」
「そういうことになります。それ以外の出費については……うん、問題なさそうですね。食事に関する経費は混じってないようですし。これが個人事業主として探索者が参照されるなら、パーティーで取った食事は経費で来たりするんですが、今のところ探索者は個人事業主として認められない事になってます。来期から認められるようになるらしい、という情報は流れてますが、今のところは関わり無さそうですね」
なるほど、来期から探索者の身分が多少向上するという話はこの辺にも流れてきているのか。
「ちなみに個人事業主だった場合いくらぐらい余分に税金に取られる計算になりますか? 」
「ざっくりですが七千五百万円ぐらいでしょうかね。随分節税されるようですね」
法的には問題ないが金額が金額なのか、少しひきつった笑顔で対応してくれた。
「俺も探索者を始めた当初はこんなに稼ぐつもりはありませんでしたよ。世の中解らないものですね」
若干自分に呆れながらも、次々に書類と話し合い、金額の折り合いに対応していく。
「稼げないよりは稼げてるほうが良いのは確かですからね。私もおかげで儲かるってものですから。社会に金を回すのは大事でしょう」
「今のところは使う所が決まって居なくて色々とやってる間に余計に儲かってしまった、ってところですかね。あまりこれと言って金を贅沢に使って何かする、という事が思い浮かばないので」
「では、今後は探索に集中しつつ、この布団屋さんとの契約……というか収集物の納品は行っていくという形ですか」
「そうなりますね。社会的なつながりは何かしら持ってはおきたいですからね。社会の一員としてまだ生きているという実感は持っておきたいところです」
「それ以上に手広くやられる予定があったらまたご連絡くださいね。取引先が今のところギルドと布団屋さんの二つ、ということである程度纏めやすくはなっていますが、それ以上の場合また詳しく話をお聞きする必要があるかもしれません」
三十分ほどかけて俺のざっくりとした収入、支出の話し合いは終わった。全額が経費として認められる事は無かったが、一番大きな課題だった【魔法矢】の経費が認められたことでほっとするところである。
「ざっくりとですが把握させていただいた範囲ですと、金額にして八億六千万円ほどを確定申告の時期に税納付をお願いする事になります。もっと細かく言えば少なくはなりますが、その時期にこれだけの金額は必ず口座に残しておいてください。でないと大変なことになります。後、今年の分はまだはっきり動勢がきまっていない所が多々ありましてハッキリ言い切ることが出来ませんが、昨年度よりも納税額が大きくなる可能性が非常に高いですので、ニュースなどを適時観察していただいたりして注目しておいていただけると助かります」
「解りました。覚悟しておきます。本日はどうもありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
「えぇ、こちらも年額契約でスパッと決断していただいた分、その支払いの分の働きはさせていただこうと思っております」
俺の分が終わり、芽生さんの番が始まる。さっきからコーヒーばかりを飲んでいたおかげかトイレを催したので貸してもらう。その間に話が順調に進んでいれば言う事は無いんだが、芽生さんも俺と同じ理由でスーツは経費に入らないという話になるはずだ。細かい所は先にやった俺の分で多少理解できているはずだし、俺よりずっとシンプルな収入支出になっているだろう。俺ほど時間はかからないかもな。
トイレから帰ってくると、コーヒーのお代わりが用意されていた。今出したばっかりなのになんと用意の良いことか。佐藤さんと芽生さんの話は順調に進み、俺のほうから進呈された金額、そしてスーツが経費に入らない事、この二点のみが気がかりな件として処理されたが、それ以外の収入については特になかったため無事に確定申告向けの書類ができたようだ。金額は彼女のプライバシーに関わるため言わないが、俺ほどでは無いが大学生としては充分以上の収入であったことは間違いない。
結衣さんもついでにやってもらうのかと思ったが、彼女はギルドからの証明書がまだ届いてない段階なので今回は止めておくとのこと。契約と取引と相談とを一日で終わらせることが出来たのはひとえに結衣さんの尽力なので昼ご飯はこちらで奢ろう。次回は経費で落とせるかもしれない。
必要な口出しはしていきながら、しばらく自分がやった作業と打ち合わせを見守る。結衣さんは若干楽しそうに見守っているが、俺達の稼ぎの価格に若干引き気味ではある。二人合わせて……多分二十億ぐらいは稼いでしまっている。これは本格的に金の使い方というのを学ばなければいけないだろう。
金の使い道か……高級食材は間に合っているし、普段の買い物もお高いたまごや美味しい豆腐と使ったりするあたりから始めてみるか。いきなり去年これだけ稼いだからと言って、今年も同じだけ稼げるという保証はない。今のところ……それでも去年の一割強は既に稼いでいる。この調子で同じだけ稼いでいれば、今年の収入は二十億どころの騒ぎでは無さそうだ。たまにはダーククロウも狩ってお茶を濁すことにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
一通り話し合いが終わり、ほぼお昼と言う時間になった。
「それでは、本日はお世話になりました。これからも末永くよろしくお願いします」
昨日の今日で対応してくれた佐藤さんに礼を言う。
「安村さん達の書類はかなりいいレベルで洗練されていました。おそらく、文月さんの指摘がある程度明確だったからだと思います。この調子で今年も頑張っていきましょう。また何かあればこちらの方へご相談ください。税金周りの話は全部こちらに任せてくださって結構ですので、その都度対応させていただきます」
俺と芽生さんに名刺をくれる。「佐藤会計事務所 所長 佐藤勝」と書かれていた。まさるさんと読むのかな。
「新浜さんは書類が揃い次第早めの手続きに入ってもらうって事で良いかな? 」
佐藤さんが結衣さんに確認を取る。
「それでお願いします。早ければ来週、遅くても再来週には書類が揃うと思いますのでその時にまた連絡します。今日はお願いを聞いていただいてありがとうございました」
「安村さん達は確定申告の時期になったらまた来てください。一応参考として書類の書き方とかどこに何を書くのかとか全部説明させていただきます。お任せされたとはいえ、実際にどういう手続きでどういう記入をするのか等、覚えておいたほうが良い内容もあるでしょうから今年は書類を一緒に作っていきましょう」
それは助かるな。教えてもらえる機会と言うのはそうそうないはずだ。しかも実際の自分の収入を基準にしてくれるので、次回からどれがどういう項目で何をどうすればいいかを指摘してくれるのはとてもうれしい。
「私も勉強になりますので是非そうさせてください」
芽生さんも初年度は積極的に自分の知識やら技能やらを試してみたいらしい。本人がやる気になっているならそれが良いだろう。
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