803:調べもの・海外の情勢
食休みついでに洗い物をしてコーヒーを淹れる。そういえば保温ポットのコーヒーもそろそろ無くなるかな、と中身を確認すると丁度二杯分で切れた。
新しくコーヒーを沸かして保温ポットを洗浄し、新しく作ったコーヒーを入れておく。保管庫と保温ポットの二重保温のおかげで冷める事も酸化することも少なく、また後日美味しく飲める。
のんびりとした時間が過ぎる。やる事は、今のところ、ない。リビングのソファでくつろぎながらコーヒーを飲んでいる。
「さて、明日は何するかな。休みと決めた以上休みではあるんだが……何かやる事を見つけないと」
「本当にワーカーホリックね。何だったら私が一日中膝枕でもしててあげようかしら」
「それも良いかもしれんな。でも足痺れるでしょ」
「幸せな痺れだから別にいいのよ。寝顔見てるほうが癒されるし」
「そんな癒されるような寝顔してるかなあ……」
手鏡で確認するが、自分の顔の変化をそうそう感じるわけじゃない。人は自分の寝顔を見るためには撮影機材が必要だ。機材が必要……あ。
「しまった、ホームセンターで買い忘れがあった。四十九層にたどり着いた時用のテントとエアマットといつものノートセット。もっと早く気づいてたら二度手間にならずに済んだのに……どうしよう、今から買いに行くか明日買いに行くか。明日はゆっくりしたいから今からでも良い? 」
「この時間だとまだ開いてるわね。行く? 付き合うわ。何か新しい気付きや新商品にインスピレーションを刺激されるかもしれないし」
「腹ごなしの運転だから今度はこっちの車で行こう」
夕食を食べ終わり腹も落ち着いているし、乗せる荷物の都合で俺の車で再度ホームセンターへ買い出しへ行くことにした。必須品は買ったので後はいつものテント大小とエアマットが人数分あればそれで事足りる。ついでにウィンドウショッピングではないが、色々見て回ることにしよう。今度は夕飯の心配はしなくていいから気楽なもんだな。
家から十分、再び同じホームセンターへ。テントとエアマットは……あった、どうやら廃盤にはなっていないらしい。いつもの奴を買おうとしてふと手を止める。今更大小でテントを分ける必要があるのだろうか。お互い色んな部分の色んな所を知っている仲になったんだ。テント大だけでもういいんじゃないか。
これは芽生さんに要確認だな。レインに送っておこう。念のためテントは両方買っておく。片方は保管庫の中で死蔵しても問題はないし、もしかしたら何処かで小休止する時に使う可能性だってある。いつも通りテントは大小、そしてエアマット二つを買っていくことにする。折り畳みの机もセットだ。いつも絡んでくる店員が今日は居ない事を願ってうろついて……しまった、目が合った!
「これはこれは。毎回同じものをご購入いただきありがとうございます。本日も探索用品ですか? でしたら探索者用の最新テントがありますけれどよろしければご検分なさいますか? 」
新製品、そんなものもあるのか。ちょっと気にはな……いや、ここで誘惑に負けていいものだろうか。しかし、気になってしまった以上見るだけ、そう見るだけなら問題ない。
新製品は今使っている大のテントよりも更にもう少し大きい、五人向けぐらいの大きさがあった。二人で使う分には十分すぎる大きさだ。お客さんがあっても中で相談できる程度の広さはあるし、ジッパーを閉めれば気密性もそれなりに高いようだ。お値段は……やはりそれなりにするな。買えない値段じゃないのがまた迷いを加速させる。しかしなあ。環境がなあ。
悩んだ時は三分で結論を出す。そして結論は……これもご購入という事になった。あくまで試してみるだけだからねっ。決して圧の強さに負けた訳じゃないんだからねっ。
俺が悩んでいる間に結衣さんも何かしら新製品という訳では無さそうだが感じ取るものがあったようで、小脇に荷物を抱え込んでいた。何を買ったかは聞かないでおこう。
「テント二つじゃないの? 」
「あくまで新製品を俺が使うという事でその信頼性や強度、居住性を確かめるためなんだ、決して店員の押しに負けた訳じゃないんだ……」
「これは店員に負けた奴だわ。まぁ、家に帰って組み立ててから使用感をたしかめるってことでいいんじゃない。使ってみて初めて分かることもあるだろうし、もしやっぱり使いづらいとなったら私が引き取って使うという手もあるし」
「最悪保管庫に死蔵しておいてD部隊の人たちに押し付けるという選択肢も有りだな。彼らならこの大きさでも充分使いこなしてくれるだろうし」
重大インシデントこそあったものの家に帰り、外装を外してテントと机を空き部屋で組み立てる。結衣さんも手伝ってくれた。探索者向けの新商品を謳うだけあってペグを打たなくても使える自立力とそこそこの広さ、そして強度のある素材で作られた骨組み。どうやら骨組みにもモンスター素材が使われているらしい。カーボン繊維とどう違うのかは気になるが、確かに組み立てるときの手ごたえは中々の物だった。
そこそこの時間をかけて組み立て終わり、中に入ってみる。立ってテント内を移動できるだけの高さと広さ。雑魚寝するだけなら五人ぐらいは眠れるだろうか。中々悪くないし、テントの中で煮炊きができるだけの防火素材で出来ているらしい。
寝っ転がるが、床は普通に自宅の床なので感想は無い。エアマットを膨らませて保管庫に入れると、テントも立てたまま収納してしまう。すんなり入ったのでどうやらまだまだ保管庫に余裕はあるらしい。流石にこのテントは持ち上げて移動させられるものではないので出すときの場所に注意だな。
他のテントも立てたままで収納。体積換算で保管庫の容量が変わるわけでは無いらしい。体積換算だと、立てたまま放り込んであるテントの容積で車一台分の容積を超えてしまっている。もしくはもっと中に詰め込むことが出来るのか。思いついた事が有るのでちょっとガレージへ行って愛車に向かって収納。愛車は問題なく保管庫に入った。つまり車二台分ぐらいは入る、ということになった。取り出して元の位置に置いておく。
「保管庫まだまだ中に入りそうね」
横で俺の行動を見ていた結衣さんに解説される。車二台分の重量が入れば問題ないだろう。しばらくは容量を気にしなくても良さそうだ。
「しばらくは問題ないという事が解ったので実験としてはいいだろ。ゴミを片付けたらゆっくり調べものでもしようかな。しかし、入りきらない分はどうやって判別するんだろうな。前半分だけ保管庫に収納されたりしないのかな」
「それはさすがに無いんじゃないかしら。丸ごと入らないってほうがイメージ的に合ってるわね。それで、調べものって何かあるの? 」
「翻訳ソフトを噛ませながらだけど、マジックバッグについて調べようかと。もしかしたら何処かに存在するかもしれない、みたいな内容が落ちてるかもしれない」
早速パソコンを起動して二人画面をのぞき込みながら、機械翻訳で海外のサイトにアクセス、探索者関連のサイトを覗いては翻訳をかけては知りたい内容を調べる。
基本的には掲示板には有ったらほしい、三億出しても安い、五億だすし今なら俺の嫁もオマケでつける、等様々な意見にあふれていたが、肝心の物についての情報は見当たらなかった。ただ、明らかに潜ってる階層のドロップにしては持ち歩いてる品物に重さを感じない、という目撃情報が北アフリカ方面であったらしい。どうやらその辺に一人、保管庫持ちが居るんだろうな。
こういうところで仲間を探すのも悪くは無いが、残念ながらバベルの塔が崩壊したことにより言語の壁というそれより新しい建築物によって対話は遮られている。そもそも、レアスキル持ちを公言している探索者の絶対数が少ない。公言しているパーティーはいくつかあったが、そのほとんどは情報規制という言葉に縁が無いような国家や、国家単位で保護している、といったような国家が後ろ盾になっているパーティーのようだ。
「探せば居るのね、保管庫持ちや鑑定持ち。もっと秘匿性が高いものだと思っていたけど」
「日本の掲示板にも専用のスレッドが立ってるな。海外の探索者に関する掲示板の内容を翻訳して書き写してくれているらしい。国内探索者でハッキリ公言してるのは猛寅会の南城さんだけなのか」
「南城さん、って会ったことあるの? やけに親しげに話すけど」
「新方式魔結晶発電のお披露目会があったって話は知ってる? マスコミ呼ばずにパーティー開いたから後から苦情が来たって話」
「年末よりちょっと前よね。なんで呼んでくれなかったのか、って記事を見た記憶があるわ。もしかして、それに参加してた? 」
「そういう事。で、お互い希少スキル持ちって事で二人だけでこっそり教え合った内容があるんでそういう点ではあのパーティー参加者の中では一番親近感湧いたかな。あとレインも交換した」
「何か目新しいものや気になるものがあったら鑑定をお願い出来るってことね。それは良いつながりを持ったもんだわ」
他にも海外のダンジョン情勢を調べていく。欧州やアメリカではある程度探索者向けの情報が公開されており、日本で言う所のBランク探索者までの情報は何処の探索者ランクでも触れられるようになっているらしいが、その情報そのものを見るためには向こうでの探索者免許が必要らしい。俺は免許を持っていないので、漏れ伝わってきた情報について調べるしか手はない。
ダンジョン後進国であるところの国家の言語を翻訳して……というのも悪くは無いが、情報がかなり錯綜気味であることに間違いは無いだろう。で、海外のダンジョンが制覇されたというミルコからもたらされた国の情報は確かにあった。そこは交通の要所で、ハイウェイのど真ん中にあったおかげで早くからダンジョン探索が行われていたダンジョンであり、人の入りも売り上げも中々の物だったようだ。
ただ、ダンジョンに潜っている探索者とダンジョンを管理する団体との打ち合わせがうまく行っていなかったようで、ダンジョンを制覇した探索者はダンジョンを一つ制覇したのに怒られてしまった、というのが事の顛末らしい。
ダンジョンが消滅していく間の映像は探索者の手によって記録されており、その動画は探索者一般人の区別なくネット上で公開されている。
早速動画を見てみたが、まずダンジョンコアを破壊するところから始まり、ダンジョンコアを破壊した段階でダンジョン内の人間の頭の中には「ダンジョンが攻略されました。二十四時間以内にダンジョンから脱出してください」とのアナウンスが聞こえたらしい。映像装置にはそのガイダンスさんが記録されるということにはならなかったようだ。
下の階層、つまり最下層から一定時間ごとにダンジョンが閉鎖されていく。モンスターは消え去っていて、ひたすら走り抜ける必要があるらしい。下のほうに潜っている探索者と途中合流しながらエレベーターに乗り……ここのエレベーターも箱複数作りなのかな。そうじゃないとしたら結構な渋滞が予想されるが、ともかくダンジョンコアを破壊したメンバーは問題なく地上へ戻ったらしい。
移動してる最中もカウントダウンの音声が流れ続けているらしく、彼らの頭の中には声が聞こえ続けていたそうだ。
そして、ダンジョンの出入口で屯っている、どうやらさっきまで探索を続けていたであろう探索者達が出入口前でキャンプを張り、ダンジョンが消滅する瞬間を見ようと集まっていたり、それぞれのやりたいことをしたりしている。
さながら花火の見物客である。ダンジョンの管理団体が規制線を張り、これ以上ダンジョンに潜らないようにと探索者を制止している様子が映し出されている。やがてダンジョンコア破壊から二十四時間後、ダンジョンの入り口はスッと消え、消えた後にはダンジョンの中にいたであろう探索者がどやどやと追い出され始めた。おそらくダンジョンの壁に背中を押されるように移動してきたのであろう。
ダンジョンが完全に消えて何もなくなった跡地を見つめる探索者達。そして、ダンジョンを攻略した探索者チームが乾杯をし始めた。その場でおめでとうの宴会が始まり、探索者チームはみんなから料理や酒をふるまわれてご満悦の様子。この後怒られたんだよな、と結果を知ってる身としては彼らの騒ぎ様は祭りの終わりを予感させるようであった。こうして、ここのダンジョンは閉鎖され、今では建物は初めて攻略されたダンジョン跡地の記念館として残す予定で、内部の様子などを記録した写真や動画が公開されるようだ。
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