802:ワイバーンステーキと照り焼き
家に着いてまず買ったものを整理。保管庫に入れる物は入れて、入れないものはそれぞれの場所へ。結衣さんが購入したものは俺が一時預かりする事になった。冷蔵ものと冷凍ものは今回購入していないらしいので、まとめて保管庫へぶちこんでおいて帰る際に返す、という事になった。
「袋ごとまとめて出し入れが出来るのも便利ね。個別に出せたりするの? 」
「個別に出すことはできるけど、個別に袋の中に放り込むことが出来ないのはまだ使いこなせていないと感じるな。袋に入れたかったら袋を出して放り込んでからまたしまうって手間になる。まあ、この辺は普通と言えば普通。どうせ保管庫として一緒くたにするんだからそこまで細かい調整が利いても同じかなって思ってる」
「なるほど。まだまだ要検証課題があるってことね」
保管庫の袋の中に直接戻す……か。確かにできたら便利ではあるだろうな。ちょっとした細かい動作としては出来れば便利だがそこまでの必要性を求めていなかったからか、俺の頭の中のリスト上ではバラバラに保管してもある程度なら見分けられるし、そこまで出来て便利かなあ? いや、便利かもしれないぞ。調味料セットとして袋に入れておけば取り出すときに……いや、取り出すときは順番に出せばいいだけだから問題はないのか。微妙な所だな。
「さて、早速作り始めるか。まずはヨーグルトを用意します。ヨーグルトをチャック袋にいれて、食べる大きさにカットしたワイバーン肉をそこに並べていきます。並べてひたひたに浸かった感じになったところで保管庫に入れて、経過時間を百倍にします。そのまま三分じっと待つ。待ってる間に野菜を切り刻みましょう。人参は一口サイズ、ジャガイモは細かくした後レンジで蒸かして時短料理に努める。ここは茹でても良い。ジャガイモが柔らかくなったらマッシャーでつぶします。ジャガイモをレンジで蒸かしてる間に三分が経ったのでワイバーン肉を取り出します」
「ワイバーン肉をつけこんだヨーグルトはどうするの? 」
「細菌的にも問題はないだろうから食べても良いんだろうけど、今日のところは捨てます。おそらく火を通せば再利用は可能なんだろうけど、今日は付け合わせでヨーグルトを活用するシーンが思い浮かばないので。カレー用で肉を使うならその時に混ぜ込んでしまって隠し味に使うのも有りじゃないかなと」
ワイバーン肉が柔らかくなったことを確認し、結衣さん用の肉と俺用の肉をそれぞれ出して、調理開始だ。と言ってもこっちは非常に簡単。ワイバーンの肉に塩コショウを振ってヨーグルトで多少吸い込んだであろう水分を抜いて、フライパンで焼くだけ。結衣さんのほうの料理に比べたら手間が無い。せっかくの一枚肉なので豪快に横に半分に割って、でかい肉! という感じをそのまま残す。
「ふむ……やはりチキンステーキというイメージが付いてしまうが、ワイバーン肉はワイバーン肉なんだよな」
「ワイバーンは現実には今まで居なかったからね。恐竜の暮らしていた時代には居たかもしれないけど」
「ということは、過去存在していた肉を再現している可能性もあるって事か。それはそれで面白い見解だが、それなら五万という豪快な値段も相応というものだな」
「恐竜が原価五万円……調理費用含めて十万円としても、それだけ払えば食べれるとすれば人気は出るでしょうね。これからどんどん査定してもらわないと」
結衣さんはワイバーン肉については査定にかける方向性で考えているらしい。
「結衣さん達なら肉は胃袋に収めるべきだというイメージだけど、この肉は良いんだ? 」
「美容に良いとは解っていても値段が値段だからね。それにダンジョン内では凝った食事は作りにくいからね、ヨーグルトを持ち歩くわけにもいかないし。それならまだケルピー倒して肉を集めに行く方がいくらか建設的よ。あれ安いし美味しいし」
収入的な面でも馬肉は中々に魅力的な商品らしい。安くてそこそこボリュームがあって疲れが取れて美味しい。流石労りのエリアのドロップ品。人間に対して優しく出来ている。
「必要だったら言ってね。三桁単位で保管庫に入れてあるから融通できるよ。後ドライフルーツも。こっちはこっそり品ということにしといて。しばらく出所不明にしておきたい理由が出てきたんだ」
「じゃあ帰りに数パック貰っていこうかな。ドライフルーツはまだ残っては居るけど、出所不明にしたいというのはどういう意味? 」
照り焼きの下味を作り終わってワイバーン肉を均等に薄くした結衣さんが疑問を呈してくる。
「どうやら普通に作ったら消滅しちゃうらしいんだよね。これは俺の想像だけど、魔力で満たされた空間でなら問題なく作れるけど、天日干しにしろ熱乾燥処理にしろ、熱で乾燥していく間に魔力が抜けていくみたいなんだ。なのでまともに作れる環境は今のところ……」
「なるほど、保管庫がバレる可能性があるって事ね。解ったわ、他人に渡したりしないようにしておく。バレたら大事だもんね」
「助かる。その代わりってわけじゃないけど、足りなくなりそうならそのタイミングで教えてくれたら供給をし続けられると思う。一人で二十九層回ってる間に相当数ため込んでおいたし、さっき受け取った分もドライフルーツに加工するから……多分半年分ぐらいは余裕であると思う」
今の在庫は……九千二百枚。受け取ったトレントの実を加工するからここから更に三百枚ほど増えることになる。全然余裕だな。最近は使う機会も減ったししばらく増減する可能性は低いと見ていいだろう。もしかしたらD部隊経由で製造と加工について詳細を聞きたいという打診が来るかもしれないが、今のところD部隊でこれの内容を知っているのは高橋さん達四人だけ。俺からこっそり袖の下を渡していくことでこっちに目が向かないように仕向けることはできるかな。
「その保管庫、どれぐらい中身詰められるの? まだ最大どのくらい入るか解ってないんでしょ? 」
「試す機会が無いからね。迂闊に試してそれを見られて一騒ぎになっても困るし。一応車一台は入るけど、それが重さ基準なのか体積基準なのかもまだ解ってないんだよね。今のところ探索を続けるには十分な余裕がある、それで充分じゃないかな」
肉を焼き始める。早速焼けた肉のいい香りが台所に充満し始める。結衣さんのほうも片栗粉をはたいて焼く準備に入った。ジャガイモはまだ蒸かしている最中だ。もうちょっと柔らかくなっていてもらおう。
「で、その保管庫の目隠しをするためにダンジョンの表にリヤカーを用意して、それだけでは飽き足らず自分たち専用のリヤカーを置かせてもらって。小西ダンジョンのギルドマスターって結構金の匂いに敏感よね」
「その分こっちにお任せでぶん投げて来れるからお互い良い関係を築けてると俺は信じたいところ。その分の利益は結果として出してるはずだから」
同時にフライパンからジューッという肉の焼ける音が始まる。こっちはまず一枚目。塩コショウで味付けしただけだが、後で味付けをそれぞれつけていく形で楽しもう。二枚目はタンドリーチキンのシーズニングをつけて焼こうと考えている。せっかく大きなステーキを使うのに味付けを決めてしまっていいのか? とも思うが、タンドリーチキンは美味しいので問題なくワイバーンもいけるはずだ。
一枚目を焼き終えて、一口サイズに切った後皿に移して保管庫に収納。アツアツを楽しめるのは大事だからな。その間に二枚目を作ってしまおう。
「便利ねー。二枚目を焼いてる間にも冷めなくて済むんだから」
「このぐらいはやらせてもらわないとな。おかげで昼食はいつも温かい出来立てが食べられる」
「私も欲しいなあ保管庫。保管庫じゃなくてもマジックバッグみたいなものはないのかな」
「マジックバッグか、定番だな。今度ミルコに聞いてみるか? そもそも保管庫にしてもマジックバッグにしてもそういうものは向こうにあったのかどうか。あるなら作る方法があるのか。どのくらいの性能をもたらすのか。色々聞きたいことを溜めておいてまとめて話を聞く機会を設ける、もちろん食事付きでな。そうすればぽろっと教えてくれるかもしれない」
「もしかして、食べ物さえ与えれば何でも言う事聞いてくれるミルコ君みたいな扱いしてない? 」
そこまでは思っていないが、割と近い所ではある。二枚目にシーズニングを均等に振りかけ、焼いていく。さっきの肉の焼き汁が残っているのでそれも一緒に焼きながら、肉から出てきた油で更にシーズニングを溶かしながらまんべんなく焼いていく。
ワイバーン肉を鶏肉と位置付けるならこの組み合わせは絶対に美味しいはずだからな。ぱっと見鳥皮に当たる部分は存在せず、胸肉だけというイメージではある。鳥皮は同じ部分についている胸肉と同じだけのカロリーがあるらしい。まさにダイエットの敵と言えよう。
しかし、鳥皮の美味しさには抗えずに毎回捨てることなく余さず使ってはその油の美味しさについつい負けてしまうのだが。今回はその心配は無いので安心だな。二枚目も焼き終わるとこっちも一口大に切って皿に移して保管庫へ。
ジャガイモと人参をレンジから取り出し、人参は多めの砂糖を残った油と合わせて甘く煮る。ジャガイモは人参が焦げない間にグニグニと潰していく。人参が良い感じに焼けたところで潰したジャガイモを軽く熱しておく。ここで火を入れるとよりおいしくなる。ジャガイモは今回は塩胡椒だけだ。軽く焼いて熱した! という段階までたどり着けば熱は通っているのでちょっと早めにフライパンから取り出して人参、レタスと一緒に盛り付ける。少ないがこれでサラダだという事にしておく。
後は買ってきた白米をレンジでチン。若干ツヤがあるのできっと油を混ぜ込んで炊いているのであろう。味はともかくとして見た目は非常にいい。これで俺が作業する分の料理は完成だ。
結衣さんのほうも照り焼きの甘タレの香りがふんわりと香ってくる。どうやらあっちも準備出来たようだ。照り焼きの匂いで俺の腹がクウッ~っと鳴る。
「出来たわ。後は……どうする、かぶり付く? 」
「そうだな……是非そうしよう。そのほうがいい肉を食ってる! って感じがするかもしれない」
「じゃあ切らずにそのままお出しするわ」
調理したものを全てテーブルに並べ、いざ実食。
「「いただきます」」
ワイバーン肉はしっかり柔らかくなっており、塩胡椒だけのステーキ肉をまず一口。しっかりと噛んで中まで火が通っていることを確認する。うむ、シンプルに美味いな。ジューシーさこそそこまで無いもののパサパサはしていない。ヨーグルトで柔らかくした分水分が中まで浸透している証拠だ。
まず一口味わった後、小皿に使い切るつもりでおろし醤油のステーキソースを出して、そこに漬けて食べる。醤油の香りが肉に移り、そして大根おろしのほのかなピリッとした感触がアクセントになってまたこれもいい。
ステーキはたくさんある。結衣さんも結構食べる人だからこれだけの肉の暴力があれば満足する事は間違いないだろう。
サラダで口の中をリセットした後、照り焼きを頂く。結衣さんの味付けなので俺の好みかどうかは解らないが、漂っている香りは間違いなく美味いという事を保証してくれている。その保証受けて立つ。
大きいままの肉に思い切り齧りつく。パリッとした表面の食感が舌を喜ばせる。甘辛く味付けられたタレの具合で唾液がより多く分泌されていることを感じ取る。大きいままに照り焼きを食べる、という事はまず無いからな。この食事は楽しい。丁寧に切り分けられたものも美味しいが、せっかく大きい塊のままで居てくれるのだからそのまま齧り付くというのは生産者特典みたいなものだ。
「美味しい。そのままの肉に齧り付くというのも楽しい。今日は良い夕食だ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。やっぱり感想があると作りがいがあるってものよね」
「あーわかる。芽生さんも作ってもらった料理に文句は言わないと言いつつ、ちゃんと改善点は教えてくれるしそこを改善してまた出して、満足してもらえるとやり切った、という気持ちになる」
二人、美味しい美味しいといいながらステーキに夢中。ステーキソースを複数種類だしていろんな味を楽しみつつ、肉をメインに米を頂く。米が足りなくなったので今度こそパックライスを温めてお代わりを用意する。
結局二人でワイバーン肉二パックを食べつくし、満足した。サラダもちょうどいいタイミングで切れたので新しい野菜を用意する必要もなく、楽しい食卓の時間はあっという間に過ぎさっていった。
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