75:飯とこれから
ギルドを出ると、十五分ほど歩いていつもの調子で中華屋に駆け込む。
「こんにちは~やってますか~? 」
「おう兄ちゃん久しぶり、今日もウルフ肉持ってきたのか? 」
店主の爺さんが顔を出す。元気そうで何よりだ。
「それもありますが……こっちはいかがです? 」
「おっ、ワイルドボアの肉か。それうめえんだよ。脂たっぷりで」
パックを上に揚げてチョチョッと動かす動作で飯を要求する。
「こいつらでちょいと作ってくれませんかね」
「よし、任された。これ、水適当に持って行って待ってて」
ウルフ肉とボア肉を奪い取ると行き勇んで厨房へ突撃していく爺さん。元気だな。
俺は仕方なく、二人分の水を自分で取りに行く。
ちなみに、俺の保管庫にはまだボア肉一つとウルフ肉二つがそっと忍ばせてある。
荷物持ちの代金としてそっと受け取っておこう。
冷えた水を飲んで一息つく。厨房からは良い匂いが漂ってきている。これは今日も期待できるな。
っと、そういえば今日の夕飯は自分でウルフ肉のカルビ焼き風を作ろうとしていたのを思い出した。
まぁいいや、こっちはいつでもできる。それよりプロに任せたボア肉料理を楽しもう。
「あと餃子も追加で~ご飯ものはお任せ~」
「あいよっ! 」
後はお任せしよう。水のお代わりをしつつ、今日の戦果について語ろうとしたが……
「……良いんですかね、本当に」
「なんだ、まだビビってるのか」
「え~でも~」
「別に今すぐ使い道を決めろって訳じゃないんだ。とりあえず税金のことだけ考えとけばいいよ」
「まだあそこから色々引かれるんですよね」
所得税・市町村民税・県民税・健康保険……色々引かれすぎるな。世知辛い。
「まぁそうなるな。それにダンジョン潜ってる分稼いでるから、その分含めるともっと引かれるぞ」
「なんで税金が必要なんでしょう」
「ダンジョンも税金で賄われているからです」
「ダンジョン税は? 」
ダンジョン税ってダンジョンの維持管理費じゃないの?
「ダンジョン税だけで小西ダンジョンがやっていけると思いますか」
「思いません……」
「大きくて人の多いダンジョンの黒字で小西のような零細赤字ダンジョンがかろうじて存続している」
「何の為に? 」
「モンスターがダンジョンから出てくるようなことが無いように、という建前だったと思う」
「実際、スライムが大増殖したあの時はあふれて出るどころか、入口で詰まってましたよね」
「あれ不思議だったよなぁ。まるで壁があるかのように、ダンジョンから出てこないんだもん」
スライムが小西ダンジョンからあふれ出て、あちこちにぽよんぽよん跳ねながら逃げてても不思議はないどころか、そう考えるのが自然だった。
だが実際の風景は違った。まるでダンジョンから出たくても出られないような、逆に、そう、ダンジョンに封印されているかのごとき姿だった。
「モンスターはダンジョンに封印されてる側、だとか」
「じゃぁ、全階層がモンスターでミチミチに詰まってしまっても問題ないとか」
「ぼ~んと破局噴火したらどうしよう? という不安のためにダンジョンギルドは存在するんじゃないの」
「じゃぁスキルは何のためにあるのでしょう」
「ダンジョンを攻略するためか? だったらダンジョン外で使えるこのスキルは……」
そういいながら俺の保管庫の中のペットボトルから冷えてない水を指先から出す。
「相当イレギュラーなスキルって事になってしまうな。しまった、それを検証するために【火魔法】を自分で覚えるという手段があったか」
「実際スキルってダンジョン外で使えるんですかね。私使ってる人見たことないですよ」
「俺も無いな。どうなってるんだろう。探索者の良心に任せてるのか、それとも海外ではバンバン使ってるのか」
「調べてみますか」
「そうしますか」
お互いのスマホで英文・中文・米文などを駆使して、海外でスキルを使ってる動画を検索する。
「ありました。ダンジョン外で使ってますねこれ」
「BBQか。【火魔法】であぶる分厚いビーフはさぞ食べ応えがあるだろうに」
そこには、自宅の庭で【火魔法】らしき手段を使って豪快にサンダルの底みたいなビフテキを焼いては招待客をもてなす探索者の姿が映っていた。
「つまり、ダンジョン外でもスキルは問題なく使えるがそれで犯罪が起きてる可能性は低い、という事でしょうか」
「実際起きてるかもしれんが伏せられてるだけかもわからんね」
「悪いことに使ったりしませんよね? 」
念のため確認される。そんなことに使うならもっと有意義なことに使うぞ。今のところ思い付かないが。
「何に誓えばいい? 」
残念ながら無宗教派なので神にも仏にも誓えないぞ俺は。
「餃子半分」
「あんまりご利益がありそうにないな」
丁度餃子が来たのでそれで信じようという話らしい。
「チャーシュー煮込むと時間かかるからよ、今日は別のメニューにするから」
「チャーシューも良さそうですね。タイミングが合えばぜひ食いたかった」
「それはまたの機会に持ってきてくれた時に、だな。今日はシンプルに中華丼にしてみたぜ」
ヘルシーにはほど遠いが、今日も一生懸命働いたのでその分のカロリーは補充しなければいけない。ボコボコにした相手を美味しくいただくのも探索者としての務め。いただきます。
餃子が来て間もなく、ウルフ肉の刺身と中華丼らしきものがきた。
ウズラの卵、キクラゲ・人参・白菜・イカ・その他色々、そして多分これがボア肉なんだろう、豚バラ肉のようなものをたっぷりと乗せた中華丼だ。
餃子を先に取り分けると早速ウルフ刺しから行く。肉らしいうま味があり脂身はさっぱりとしている。
前も食ったがシンプルに美味い。少しにんにくをのせて食べると風味がのって更に美味い。
餃子も味わう。前より肉汁が増えている。俺は気づいた。
「爺さん、これ餃子もボア肉? 」
「おう、美味いだろ? 肉汁多くて」
「美味い。んで熱い」
汁が多すぎて熱い。小籠包か。いや餃子だ。薄皮ではなく厚皮なので破れたりもしない。口の中で噛んだ瞬間じゅわりと広がる、脂の甘味、そして肉の旨味。ネギの香りもいい。
ふと相棒を見ると自分の世界に入り込んでしまっている。そのまま静かに飯を食わせておこう。金の話で落ち着かないよりはそのほうが幸せだろうて。
そして中華丼に手を付けることにした。爺さんの中華丼はとろみが多めだ。俺好みでとてもいい。
白菜が多めなのも素敵だ。そしてなにより生姜の香りが食欲を誘う。さっそく一さじ掬って口の中に入れる。ほわっと暖かさが伝わる。生姜の香りが最初に鼻に抜け、後から追いかけるように肉の味が来る。
ガツンとした、豚肉って感じの肉だ。豚肉の味がかなり強い。だが、他の食材も肉に負けまいと必死にアピールをしているようだ。
餡が多めなので最後まで米と豚肉と餡のまじりあった風味で食べることが出来た。ごちそうさま。
次は是非チャーシューを味わってみたいな。その為には昼までに店に届けて夕飯に再来店するというアクロバティックな仕事をしなければならないのか。それはそれで手間だが……食いたい。
相棒はだいぶ幸せそうな顔をしている。もう少し放っておこう。
◇◆◇◆◇◆◇
その間に考え事をする。俺は俺で自分の世界に逃避することにした。
今年一年分ぐらいの収入は明日で得てしまう事になる。つまり、ここから今年いっぱいは延長戦みたいなものだ。そうなると、どういうプランに基づいてダンジョン探索を続けていくのか。
より深くを目指していくのか。浅い層でひたすら金策に打ち込むのか。それともこの相棒とダラダラと……ダラダラと続けていくのはもう確定路線だと思っている。
なら、何を目標にしていけばいいだろうか。まだ見ぬモンスターか。それともまだ見ぬ光景か。
それともダンジョンのできた理由、経緯、それらを解き明かしていくのか。
とりあえず、キャンプ用品は必要そうだな。最低二人分用意しておこう。時間的に見て、小西ダンジョンで八層以降に潜るなら一泊二泊の設備が無いと厳しいだろう。
必要なのは寝袋ではなく、床に敷くマットだな。寝袋に入っていてはいざという時戦闘態勢に入るまでに時間がかかってしまう。
気分的にテントはあったほうが良い。ダンジョン内なら今のところ急な気候変動などは無いだろうから、本当にプライベートスペースを主張するだけの簡素なもので良いだろう。
後は湯が沸かせると精神的に色々と都合がいい。一日動いて体も拭けないとなると俺も不満がたまる。できるだけ体は清潔にしておいたほうが精神的に心が落ち着き、戦闘にも身が入る。
まとめるとコンロと床敷きとテント。必要最低限度の装備がこれだ。アウトドアの趣味は無いのでどのくらいかかるかいまいち実感が湧かない。後で調べよう。
五百万弱の収入があるのは間違いないんだから、軽量持ち運び簡単で本当に最低限の物だけを選ぼう。
何にせよ、本番は明日だ。家に帰ったら通帳を用意しておかないと。
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