71:ダンジョンとは
四層での狩りは続く。どうやら心のほうは最初のあの投擲で完全に立ち直れたらしく、余裕を持って戦うことが出来るようになっていた。
基本はゴブリンと同じなのだ。盾か剣で受けて弾いてスキをついて刺せばいい。ただ、相手が刃物なので下手なところに当たるとツナギが裂けたり、急所に当たると一発で致命打になりうる。
逆に考えればよかったのだ。致命打を確実に防いでおけば他は何とかなると。その為の防刃ツナギではなかったのか。多分、痛みは根性でなんとかなる。ゴブリンの攻撃と同じだ。鈍痛はステータスで補う。
余談だが、自分の限界を超えて速度や腕力、耐久力が上がる現象をステータスブーストと名付けた。以後ステータスをブーストしたら、あぁそういう事なんだなと思ってくれればいい。
ソードゴブリンと対峙する時はステータスブーストを常時かけながら動くようにすれば、脳の負荷のわりに楽に相手をすることが確認できた。よってこれ以降、四層も一方的な屠殺場になりうる。
やはり四層の不満点はドロップの少なさか。これでゴブリンが少なかったらここは五層へのただの通り道になっていただろう。
一層:潮干狩り:スライム
二層:肉:グレイウルフ、スライム
三層:ポーション:ゴブリン、グレイウルフ、スライム
四層:ポーションと剣:ゴブリン、ソードゴブリン、スライム
各層ごとに特色があると言えばある。一層ごとに新しいモンスターが現れることで飽きがこないように?調節されているのかな、と思う。まあダンジョンの考えることだ、こっちがあれこれ言ったところで改善されるようなものでもない。
各階層にスライムが微量ながら発生しているのは何故なのか。その場にとどまって狩りを続けることがダンジョンにとってマイナス要素なんだろうか。
五層に行けばまた違う肉と革を得られるらしいので楽しみである。一体どんな味わいなのか。
と、余計なことを考えているとついにソードゴブリンの剣がドロップした。
「やっと出ましたか」
「やっぱり三十匹ぐらいでドロップするのか。ドロップ率の低さに対して利益が無さすぎる。せめてポーション落としてくれるなら収入の足しにはなるんだが」
「うま味ないんですかねー」
「仮説だけど、モンスターの強さによってステータスの上がり具合が違うんじゃないか?というのがあるんだが」
あくまで仮説だ。実際そういう確証があるわけじゃない。
「えっと、ソードゴブリンは強さのわりにドロップが低いけど、経験値が多いみたいな?」
「実際確かめる方法は無いからなぁ。デジタルな数字で出てくれるなら仮説は立証できるんだが」
「そういえば安村さん、潜って二週間ぐらいなのに結構なステータスがありますよね」
「多分それはあれ、この間のスライム狩った分だけステータスが上がってるんじゃないかという仮説を立てている」
「仮説の二階建て構造ですか。株だったら危険度倍増ですね」
つまり信用度はまるでないという事か。
「そのために四層を回って、ステータスブーストの感覚を試してみるのも良さそうだが、それがさっきのデジタル化されてないステータスをどうやって立証するか」
「握力計でも持ち込みます?それで定期的に測って上がり具合を調査するとか」
「そういうやり方になるだろうね。そのために握力計を買って持ち込むのは面白そうだが、握力計っていくらぐらいするんだ? 」
「帰ったら調べて、安かったら買って試してみるのもありですね。少なくとも相対的な計測は可能になると思います」
握力計いくらするんだろう。
「あとは反復横跳びをその場でしてみて回数をカウントする」
「ジャンプして到達点を測るのは」
「もうやった。天井に頭ぶつけたのでもうやんない」
「確かに。握力計のほうが安く済みそうです」
自分の限界を知るチャレンジというのも大事な要素か。とりあえずメモっておいて、思い出したら注文してみよう。
「ところで、ダンジョンって何なんだろうね」
「哲学の話か? それとも現実逃避か? 」
「いえ、こうしてモンスターを倒すじゃないですか」
と、槍を一閃してゴブリンを屠る。いつものエフェクトとともに消え去っていく。
「普通、生物を刃物で傷付けたら刃物のほうに血が付いたり肉がついたりしますよね」
「そりゃそうだな。日本刀は数人斬ったら人の脂で切れ味が落ちてしまって使い物にならないらしいし」
「なのにほら」
俺に槍先を向けてくる。危ないからやめなさい。
「なにも付いてないじゃないですか。ってことは今斬った手ごたえは一体何だったのか?という事ですよ」
「スライムに攻撃されるとき、体当たりじゃなくて飛び付かれた時は表面を酸で溶かされるらしいな」
「どれもこれも変な話ですよね」
「まるでゲームやってるみたいだ、と? 」
「そうなんですよね。しかもスライムがドロップするゼリーはご丁寧に容器に入って、汚れないように配慮してくれてる」
確かに。明らかにこの後人が使ってくださいと言わんばかりの気の使いようだ。ラノベにでてくるようなハイファンタジーな世界では、そこから剥ぎ取りという血と脂にまみれた一苦労により、モンスターの魔石や食える場所の肉を得たり、ドラゴンの血を抜き出したりする。
「グレイウルフ肉を真空パックしてる奴なんてナイロンポリ袋で出来てるからな」
「石油由来の人工合成物ですよね? つまり」
「そう、ダンジョンは人類文明の技術をシステムに組み込んであるんだ」
「それとどんな関係が?」
「ダンジョンを作った何かは、現代文明の技術やサブカルチャーなんかをどこかから仕入れて来ている」
「ダンジョンが出来てからそうなった、ではなく? 」
「もしかしたらダンジョンが初めてできた時は何もなかったかもしれないな。そこまで細かい歴史の授業は俺にはできない。でも、真空パックして細菌が入り込んでなくて、開けるまで鮮度を維持し続けてまで人類に提供して、さぁお食べくださいと接待するぐらいの知能はあるんだ。ダンジョンには意思があって何らかの意図を持ってダンジョンを生成して人類文明に広めてるんだろうな」
ゴブリンのお代わりを頂戴しつつ、会話を続ける。会話のついでにゴブリンが倒されて行く。お通しみたいなゴブリンがちょっと可哀想である。
「何らかの意図ってなんでしょうね」
「それはダンジョンを攻略していく先に見えていくんじゃないかな。何かを我々に提供したい、でもタダではあげません。ただし、頑張りに応じて褒美を与えましょう、みたいな」
「脳の報酬系を理解してるのは間違いないって事ね」
「だから我々はある種接待されているんだよ。ただ、接待する側にも当然利益があると考えるわけだこっちは」
ダンジョンが探索者を呼び込んで手に入れる報酬。一体どんなだ? 命を吸い上げられているでもあるまいに。
「ダンジョンから持ち出されるモノにダンジョンの思惑がある?」
「たとえば、スライムゼリーからものすっごい体に合った化粧品一式が出来上がったとして、スライムが居なくなったらそれが二度と手に入らなくなると考えると」
「スライムが根絶しないように狩り続けますね」
「実際のところ、スライムが根絶されるような事態に陥ったダンジョンの話は聞いたことが無い。逆に過密すぎて経営難になりそうになったダンジョンは身近にあるが」
何故ダンジョン内にだけモンスターが湧くのか? これも不思議と言えば不思議だ。スライム騒ぎの時もあれだけみっちり詰まっているならダンジョンから這い出て来ても何ら不思議はなかった。
「ダンジョンが無限にモンスターを湧かせ続けることの意味、ですか」
「ダンジョンに最下層があるなら答えの一つはそこにあるんだろうと思う。ほら、今までにダンジョンが攻略された例、無いだろ?」
「そういえば無いですね。三年も経てばどっかの国がこっそり攻略しててもおかしくない気はしますが」
確かにそう。ダンジョンがすべて同じ深さだと考えるほうが不自然なんだから、より階層の浅いダンジョンは攻略されていてもおかしくない。
「逆に、ダンジョンはこっそり攻略されてるが最下層にあった物の秘密は共有しないほうが利益になる」
「国家機密レベルで秘密にしたいもの、ですか」
「もしこれが異世界への入り口とかだったら、我々は侵略を受けてる事になるな」
「侵略の最先兵にしてはスライムやグレイウルフじゃ味気なさすぎません? もっとこう、強そうなのをでーんと」
弱い兵からぶつけていく理由は何処にも無い。いきなり強い兵士を弱いところへぶつけるのが兵法の基本じゃないだろうか。
「だから、ダンジョンは徐々に攻略させたがっている。って最初の話に戻るわけさ」
「なんかご都合主義って感じが否めないんですけど」
「とりあえず不都合なければそれでいいんじゃないかなぁ。儲かるし」
「今はお金になれば何でもいい、と」
「そうそう。どうせ最先端を行く探索者にはなれそうもないんだ。精々我々はそのおこぼれに与りましょうや」
道中、スライムが異様に湧いている区間があった。俺は久しぶりの潮干狩りタイムかと、熊手を取り出しスライムを威嚇する。
「スライム以外が来たら対応よろしく。俺はスライムに集中するので」
「ソードゴブリンが来たときは?」
「そのときは声かけて。あと敵が明らかに多い時も」
「りょーかい」
数は三百匹ほどだ。ステータスブーストをして一気に抑えにかかる。グプコロパン、グプコロパンと高速でスライムを掴み、掻き出し、転がった瞬間を踏む。
響く音が心地よい効果音のように周囲に流れる。もう核を踏むのも一つずつじゃなくてまとめて踏みつぶしてもいいんじゃないか。グプコログプコロパンパン。どんどんペースが速くなっていく。
今消滅していっているスライムはもはや何をされたかもわからないうちに消滅しているのかもしれない。ただ、俺が目の前にいるだけで仲間が減っていく。そんな光景だろう。目があればだが。
五分ほどでスライムの半分が損耗していく。アイテムを拾う時間が惜しい、そう思うほどに心地よい時間が流れる。スライムが減っていくと同時に俺の周囲がアイテムで埋まっていく。ちょっと一旦ドロップ品を回収するか。
文月さんのほうはゴブリン三匹と絶賛戦闘中だ。どうやら余裕はあるらしい。
おおざっぱにドロップ品を回収すると、再びスライムに向き直り、熊手を構える。さぁ、みんな仲良く天国へ行こうな。
さすがに数が減ってくると移動時間が増えるな。ペースが遅くなっていく。二秒一匹ペースだったものが四秒で一匹ぐらいになっている。それでも増える数より減る数のほうが多いのは明らかで、そこから十分もかからずスライムはきれいさっぱり無くなっていた。
「お待たせ! さぁ五層の階段に行こうか」
「好きですねぇスライム」
「日課みたいなもんだから」
疲れるどころか逆に体調が良くなったようにすら感じる。毎日スライム潮干狩りは健康にもいい。
◇◆◇◆◇◆◇
五層の階段まで来た。降りるかどうか、悩みどころである。
「試しに入って、それから考えません?」
「そうするか」
五層へ行くことになった。他の階層に比べて長い階段を降りる。やがて下方から光が溢れてくる。多分、五層の光が漏れてきているんだろう。やがて、真っ白に輝く階段の終わりが近づいてきた。
階段を抜けるとそこはサバンナだった。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





