698:午後の作業
昼飯のウルフ肉の焼肉を綺麗に食べ終わり、いつもの探索者ルックに再度着替えなおす。今回は真っ直ぐダンジョンへ行くので装備はキッチリしてなければならない。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
嗜好品、おせんべい、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。午後だけの仕事でものの半日かからず帰ってくるとは言え、見逃しは許されない。全てヨシであることを確認次第、ダンジョンへ向かった。
ダンジョンに着く。午前中潜って昼で一旦退出、外で飯を食べて改めて突入、というとてもゆっくりした探索者にとっては、この時間がちょうど再入ダン時間になるらしい。おそらくそんなことをしてるのは一層から四層までの探索者ぐらいだとは思う。出入口とエレベーターの往復時間とコストを考えたら、コンビニやそこらで調達してきて飯は拠点に置き、拠点へ帰ってきてから飯を食ってまた狩り場に戻るか、狩り場で直接周りを警戒しながら食べる、という形になっているのだろう。実際自分たちも食事の時はちゃんとセーフエリアまで戻って食べている。
今日は茂君二回と、二十九層で二時間ってところかな。収入としてはあまり見込めないだろう。……っと、その前にギルマスに報告だけはしておかないとな。
建物に入り、二階の会議室を経由してギルマスの部屋へ。ちょうど弁当を食べていたらしい。遅めの昼食という奴だな。何か仕事があって時間がずれたんだろうと思う。
「ただいまー」
「おかえりー……ってここは私の部屋なんだけどな」
ちゃんとノッて返してくれるあたり、今は休憩時間という認識なんだろう。
「講演会終わりました。無事にとは言い切れませんが、ダンジョンについて語れるものは語ってきたつもりです」
「お疲れ様。これで探索者が増えるのか、逆に減るのかは解らないが、理解者が増えてくれたことを祈るね」
「とりあえず、いきなり探索者になるより一旦社会に入ってそれからでも遅くはない、みたいなことを話してきましたよ」
「おや、今のうちにライバル牽制ってことかい? 若いと覚えも進みも早そうだからね。今のうちに自分が稼いでおこうという訳かい? 」
ライバルつぶしとは結構な事だねえとギルマスは軽くうそぶく。勿論そのつもりが無いということは両方が解っている。
「探索者になったら社会と隔絶されたような人付き合いになるんで、いくら遅くてもダンジョンは逃げないし、一回社会へ出るなり進学するなりして、もっと広い世界を見てからでも遅くないよ、という話をざっくりとしてきました」
「なるほどね。確かに言われてみるとそうかもしれないね。安村さんとしては、探索者が増えるのはどう思ってるんだい? 」
頭を掻きながらギルマスはそう質問をしてきた。そうだな……
「正直なところを言えば、同じ階層に潜ってるライバルが増えない限りは多すぎても問題ないとは思いますよ。その辺は自然に増減していくものだと思いますし、混んだ都会のダンジョンよりももっと人が少なくてガッツリ探索できる田舎の小ダンジョンのほうが良いと考えるパーティーがいたら自然とそっちに流れていくと思います。探索者とは言え流浪の集団ばかりという訳ではありませんが、仕事の都合で転居、なんてのは会社勤めでもそう珍しい話でもないですからね」
「なるほど。探索者の流動性はそこそこあると見ている訳か」
コーヒーだけを飲みながらギルマスが俯いて何かを考えるようなそぶりを見せる。別に食べながら雑談でも良かったんだが、律義に飲み物だけにしているあたり、真面目な話になりそうだという予感を見せる。
「そうですね。この間エレベーターが出来たらしい有壁ダンジョンのギルドマスターと、一度ゆっくり話してみると良いかもしれません。これからこういう事が起こるかもしれないから注意するとか、人員配置を増やす予定があるかどうかとか、小西ダンジョンで起こったことが同様に向こうでも発生する可能性はあるわけですから」
「それなら一度相談を持ち掛けられたよ。向こうはギルマスとパートタイムの職員が一人いるだけで実質二人で回しているような状態らしい。こっちよりも人がさらに少ない分これからどうすればいいか、という形でだったが、とりあえず二人ぐらいは職員の増員をお願いするのが良いとは伝えておいたが」
「あちらも開場時間に制限はあるんですかね? 無い場合はかなり負担が増加する事になりますが」
「そうだねえ。向こうはうちよりアットホームな雰囲気らしい。ギルドマスターがカウンター業務も兼ねてる時間があるぐらいらしい。これから人が増えるなら三交代でパート職員を確保するぐらいはしないといけないかもね」
小西ダンジョンも充分小さいとは思っているが、それ以上に小さいダンジョンもあるんだな。そんなところで偶然ゴブリンキングを倒せるほどのパーティーが成長していた。いや、偶然ではなく、ほぼ使い放題だからこそ達成できたのかもしれん。俺と同じでほぼ独占状態でボス戦までの階層で自己鍛錬に努めることが出来た訳だな。
そう考えると、清州ダンジョンはまだ幸運な方に入るのだろう。高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンのほうはどうなっていくのか。あっちは距離もあるし、物は試しにと気軽に見に行くことはちょいと難しい。ダンジョンまで往復するだけで四時間以上かかるし、泊まりにしても一泊二日やそこらで巡り切れる場所でもないだろう。清州ダンジョンよりさらに広いらしいし、二十一層まで行くのに何時間かかるやら。
「ところで、今更になりますが今回の報酬はいかほど、というか、高校からいくらふんだくったんです? 」
「む、今回はちゃんと覚えていてはくれたのか。さていくら渡そうかな」
「まぁ、このぐらいならこっちも勉強させてもらいましたし納得する数字ではあるかなと」
指を二本立てる。
「ちなみに高校側から渡された謝礼はこのぐらいだ」
ギルマスは指を五本立てる。そのぐらいが相場なのか。
「じゃあ、それで。本来なら講演するって言う話の時点で終わらせておく話だったのですが」
「待ってね、今ちゃちゃっと依頼書とか領収書とか作るから」
そう言ってギルマスはパソコンに向けて数字を打ち込み始める。数分で出来上がったところを見ると、どうやら俺が昼から来ることを見越してあらかじめ内容をある程度作ってはあったらしい。
書類を見せてもらって、俺から渡す形になる領収書と、ギルド側から受け取ることになる依頼書等、書類の説明を受けて印鑑を押して、講演料を実弾で受け取る。俺が予想していた指二つは二十万円。逆に講演料としてギルドが受け取っていたのは五十万円だったということになる。探索者による講演ってそこそこ儲かるんだな。でもこれはどのレベルの探索者を呼ぶかって事だろう。今回は数少ないBランクの探索者を呼んだということでそれなりに金がかかっている。そんなところだろうか。
時間かけて書類作って打ち合わせして喋って五十万。今の俺にはちょっと厳しいかもな。Cランクあたりの探索者が副業でセミナーひらいたり探索者レベルアップの講座を開いたりするにはちょうどいい金額かもしれない。ちょうどそこら辺の探索者が増えつつあるようだし、今後も探索者を呼んで講演、というのは増えてくるかもしれないな。
「どうかね、今後もやってみようとは思うかね? 」
考えてることを見透かされたようにギルマスに尋ねられる。
「いい経験になったのは間違いないですが、進んでやろうとは思いませんね。同じ時間かけて潜ってるほうが金になりますから」
「そうだろうね。ただ、探索者外の世界の事も学んでもらおうとしたらそのぐらいの相場だよ、ということを知っておいて欲しかったし、探索者引退したらしばらくは講演で稼げると思わないかい? 」
なるほど、そういう手もあるのか。その頃には俺も良い歳だ。ボケてなければ充分講演に耐えれるだろうから日銭を稼ぐにはちょうどいいかもしれないな。
そんなわけで五十万の臨時収入と数日間かけた書類や若い子たちの思考との格闘戦は終わった。また毎日ダンジョンと戦う日々が始まるのだ。
「じゃ、今からでもサッと潜って帰ってきますよ。次の目標があるんで」
「深く潜るのかい? それなら二人で行った方が良さそうだが」
「そっちじゃなくてダーククロウの羽根集めのほうですね。世の中に快眠を広めるという使命がありますから」
「普通に下のほうに潜ればいいのに……まあ、君のやる事だ。世間様を騒がしたりはしないだろうからとやかく言う必要はないだろう。頑張ってね」
なんだかんだで予定よりも少し長く話し込んだが、気を改めて入ダン手続きだ。時間は……下層で狩れるのは一時間ぐらいか。いつもよりかなり短いが、茂君二回のほうが俺にとっては大事な仕事なので張り切っていこうと思う。
ギルマスと話し込んでいたおかげで、昼の入ダン混雑に巻き込まれる事なくすんなり入ダン。
「今日は午後からですか、お気をつけて」
「成果にはあんまり期待しないでくださいね、時間が時間ですから」
「安全が第一ですよ、ご安全に」
いつものやり取りを繰り返し、ちょっと小走りにエレベーターへ向かうと七層、そして茂君。今日は実入りが少ない事がよく解っているのでリヤカーも持ち込まなかった。一時間分ぐらいなら背中のバッグで充分入りきるだろう。いつもの目のごまかしは要らない。茂君から七層に戻っての二十八層。さぁ、今日も短い時間だがしっかりドライフルーツの原料を集めていこう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





