695:講演会 2/4
前回あまりに誤字指摘が多くて申し訳ありません。
トリプルチェックぐらいはしてるんだけどな……
無職です、という言葉を聞いた生徒からざわ……ざわ……とざわめきが聞こえる。そりゃそうだろう。探索者が来ると言われていざ会ってみればツナギ姿にリュックを背負ったオッサンが出てきて、発声一言目に「無職です」では、話が違うじゃないか、ということにもなるだろう。
「あの、安村さん、無職とは? 」
関谷さんもさすがに呆気に取られたのか、こちらに質問を返してくる。ざわめきが収まらない生徒にパンパンと手を叩き、みんなの耳目を集める。
「確かに私は探索者をしています。ですが、今の日本の社会制度において探索者という職業はまだ定義されていません。ですので、どこの会社にも属せずフリーで探索者をやっているのは皆無職とみなされているんです。ただ、会社に所属してその仕事内容としてダンジョン探索を行っている人たちは探索者ではなく会社員というのが正しいですね。私のダンジョン仲間にも居ます」
「つまり、職業区分としては無職だけれど探索者はやっていらっしゃるということで間違いないんですね? 」
関谷さんが状況をまとめるために質問をしてくる。
「そうですね。ですが人に聞かれたら無職だというように努めています。私は会社を辞めた都合で探索者になった身分ですし。それに無職である間は、失業保険をもらいながら探索までできるんですよ。探索者確保のためとはいえ、良い制度が出来たものです」
生徒が静まり返る。やはりいきなり金の話を始めるのはあまり宜しくなかったか。つかみはこれで行けると思ったんだけどな。
「さて、まずは探索者についてどういう印象を持っているかをみんなに聞きたい。手を挙げる形で構わないからまず、質問を受け付けたい。どんなことでもいい」
すると幾人かから手が上がった。何人がサクラで挙げているのかわからないがゼロでなくてよかった。もしゼロだった場合は探索者について一から説明しないといけない所だった。ちょうど目線の先に居た生徒を指さし、マイクを回してもらう。
「探索者って具体的にダンジョンの何を探索するんですか? 」
カンペ集にも答えがある。こういう質問を待ってたんだ。
「良い質問だ。つまる所探索者とはどのような作業をして生計を立てていくか、ということだな」
生徒のほうを見ると、軽く頷く。
「ざっくり言うと、モンスターを倒してそのモンスターのドロップ品を換金する事で生計を立てている。探索、と言っても実際にはダンジョン内部の鉱石だったり薬草だったり、そういうものを拾い集めるという仕事は今のところ存在しないんだ。だから純粋に求められるのは体力と戦闘力だと考えてもらって構わない」
ちょっと盛り上がる。微妙な反応をありがとう。
「たとえば、このパッケージの中には……あぁ、回してみてもらっていいのでそれぞれで見てもらおうかな。これはグレイウルフというモンスターがドロップする肉なんだが、なんとこのままの形でドロップされる。決して、自分で肉の切り取りをしてその切り身を腐るまでにダンジョン庁の事務所……私たちはギルドと便宜上呼んでますが、ギルドの買い取り窓口まで運ぶ必要が無いんだ」
シン……となる。え、まじで? って感じだ。探索者について話を聞いたことが無い人にとってはそういう反応だろうな。
「しかもこの肉、完全に殺菌された上で真空パック詰めされており、いくらほっといても腐らないという不思議な形になっている。何故そうなっているか、というのはダンジョンの不思議の一つでもある。これ以外にも、スライムが落とすスライムゼリー、こちらは美容品の成分の一つとして利用されているそうですが、これもパッケージに入った状態でドロップされる。これらをモンスターを倒して集めて、査定カウンター……つまり買い取りカウンターだな。そちらで重さや数を確定してもらって、そこからダンジョン利用税を引かれた分が収入、という訳ですね。こんなところで良いかな」
質問をしてくれた生徒を見るとやや満足そうにしていた。聞かれただけの答えは出せたらしい。
「次の質問はありますか」
ピシッと整えた手で手前のほうの男子生徒が手を挙げている。
「ではそこの君」
「モテますか」
俺はモテてます。などと言われようものなら指笛が飛んできそうなものだが、残念な事実を打ち明ける。
「はっきりいえば大学行ったり企業に入ったほうがモテる。探索者は基本的にパーティー単位で活動する。他のパーティーと連携して探索に励むということはあまり無い。同じぐらいのレベルの探索者が何人か集まって情報交換をする事はあるらしいがそのぐらいのもので、結構人づきあいが少ないんだ。だから他のパーティーの情報は自主的に集めて回らないといけないし、そもそも同じレベル帯の探索者が同じ時間に同じ場所で探索している、という状況を作り出す人望と手腕があるなら、それを大学や会社でやった方がよほどモテると思うよ」
手を挙げた生徒はちょっとシュンとなってしまった。夢を奪ったかな? 次の質問に移ろう。
「探索者は……儲かりますか」
「俺は会社を渡り歩いたことが無くて、過去のデータは自分の一件しかないが、少なくとも前の会社に比べたら相当儲かっている、と言って良いと思う。多分適性があったんだろうね」
「探索者の適性って何ですか」
続けざまに同じ生徒から質問が出る。適性、とても良い質問だ。
「そうだな……この中でアルバイト経験のある人。出来れば工場が良いな」
少ないが手は上がる。適当な子に質問をしてみる。
「同じ仕事を延々とやらされて退屈だと思わなかったかい? 」
「最初は楽しかったですが段々退屈になってきて、最後のほうは慣れました」
素直な子だ。
「それは探索者としての適性が一つあるね。探索者ってのは基本的に同じモンスターと戦い続ける仕事なんだ。多少地形や体の疲れに左右はされるものの、同じ動き同じ力の入れ具合で同じモンスターとずっと戦い続ける。お前の顔は見飽きたぜ! と思うぐらいにね。でも、一時間戦い続けていくら、という戦いじゃない。一時間に十匹倒すのと二十匹倒すのじゃ収入が二倍違う。もし三十匹倒せるなら三倍の給料……正確には雑収入になるんだが、頑張ったら頑張っただけの報酬が待っている。それを目指して頑張れるなら、探索者には向いていると思うよ」
壇上にバッグから取り出した小瓶を見せる。チャプチャプと音は響かないだろうが手元でグルグルと回転させてみんなの耳目をそちらに集める。
「この小瓶の中身はヒールポーションのランク3だ。探索者について調べた事が有るだろうし、ファンタジーやゲームが好きな子にも周知の物だろうとは思う。これ一本で二十万する」
おぉ、とどよめきが起きる。
「飲んだら複雑骨折ぐらいならすぐに治療してくれる優れものだ。俺もモンスターに腕を折られた時はこいつで完治させた。使用するデメリットはものすごくお腹が空く、というあたりかな。これは今突入が許されるダンジョンの最下層で手に入るものだ」
「そこまでエレベーターで行けますか! 」
興奮した生徒が大声でエレベーターと叫ぶ。
「よく勉強してるね。結論から先に言えば行ける。エレベーターを使って深くまで潜っても、この小瓶が一本出ればそれでその日の儲けは充分というぐらいだろう。でも、せっかくこれが取れるならもっと他にもドロップを拾えるだけの実力がついているだろうから、一日で稼げる金額はもっと大きくなる。そのエレベーターがあれば、移動する時間も短縮できるから一日ずっと探索し続けるという選択をする場合、更に儲けは大きい事になる」
会場は盛り上がる。一本二十万の薬が何本も手に入るようになる。毎日潜ればその分一杯稼げる。探索者になりたい。そういう脳内絵図が描かれているんだろう。
「さて、大まかに探索者は儲かるが出会いは無い、単純作業ということが解ってもらえただろうと思う。ここからはどっちかというと道徳のお時間だ。探索者になるについて大事なことを話していこうと思うので興味がある人は聞いておいてくれ。興味が無い人は……寝てても良いかな」
「ダメです」
関谷さんから苦情が飛んで笑いが起きる。やはり後でレポートの提出なんかが有るんだろうな。
「さて、ぼんやりとだがここで探索者について少し真面目なお話だ。探索者になるのは難しくない。講習を受けて、簡単なテストをして、テストで良い点を取れれば、前科が無い限りは探索者になれる。この中で前科がある人? 」
わざととぼけて質問をしておく。当然手は上がらない。
「なるほど、最近の高校生は優秀だね。俺が子供のころは前科とはいかなくとも補導歴ぐらいは何人かはいたもんだが。さて、探索者はFランクから始まって今のところBランクまで存在している。Aランクという最高等級もあるが、これになった人の話は聞かないから実質Bランクが今存在している探索者で最も高いランクということになる。これは、ダンジョン庁……つまり政府が定めた探索者としての実力と品行方正さを表したものだ。それぞれのランクで潜っていい階層が大まかに決められている」
一息入れてお茶を飲む。意外と講演ってのは喉が渇くものなんだな。写真や動画でみる講演風景に水が用意されているのはそういう事だったんだな。
「たとえば探索者になり立てだった場合、Fランク、つまり第三層までの探索が許可されている事になる。それよりも深く潜った場合、自動的にギルド側で判別できるシステムになっているからごまかしはきかない。だから、俺なら今すぐ二十層まで潜りこんで毎日ガバガバ儲けて港区にマンションを買うぜ、みたいなことはできない。残念だけどね」
そのままじっと聞いている。
「真面目にコツコツやってれば必ず報われる仕事、という風に言うと地味でいまいちな仕事だと思われるかもしれないが、そこは間違った印象ではないと思う。たとえばダンジョンの一層ではスライムしか出ないんだが、そのスライムは俺の体感で言うと、三十%の確率でスライムゼリーを、六%の確率で魔結晶を落とす。重さ換算で査定にかけるとこれがそれぞれ二十五円、七十五円の収入になる。スライム一匹当たりの金額に直すと、スライムを一匹倒すと十二円の収入になる事になる。一分に一匹ずつスライムを倒すとしたら、君らの時給は七百二十円ということになる。収入としてはかなり寂しいものになるな」
じっと話を聞いていてくれる。
「ここから更にダンジョン税が十%引かれる事になるから、約十円ということになる。一匹倒して十円。一時間に百匹倒してようやく千円だ。八時間従事しても八千円。最初はこのぐらいを目指していくのが第一目標だが……君らの表情を見る限り、そんなに儲からないじゃん、という顔をしているのが解る」
全員嫌そうな顔をしている。一部喜んでいる者もいるだろうが、全体的には暗い雰囲気だ。
「一応スライム狩りにはみんなが知ってる裏技があって、三勢食品ってメーカーから出されてるカロリーバーのバニラ味を半分齧らせてる間にスライムを倒すと、必ずドロップを二つとも落とす、という技がある。これを使えば確実に利益は出せるが、そのカロリーバーをダンジョンに持ち込む分だけ荷物が増えるということにもなる。出来るだけ身軽な探索を行いたいと思うか、それとも行きも帰りも重たくていいが確実に利益を出したいか。そこは人の選択による」
一応ここには触れておかないとな。ダンジョン探索業的には大事件だ。
「Fランクで装備が充実している……そうだな、ショートソードと大別される短い剣と各部急所をカバーする防具があれば、三層に突入しても良いだろう。ゴブリンという人型の……十歳ぐらいの子供のようなモンスターが出てくる。こいつなら、一匹当たりの期待値は五百円と一気に値上がることになる。これは低確率でヒールポーションのランク1を落としてくれるからだ。これが一万円で査定される」
おぉ? とオーディエンスのバイブスが徐々に上昇していくのが解る。
「一時間でスライムと同じ数だけゴブリンを狩り続ける集中力と実力があれば、時給三万円だ。大きいだろう? 実際には生息数やモンスターの密度、他のパーティーが同じ階層に居るかどうかで大きく違ってくるんだが、基本的にダンジョンは奥に行けば奥に行くほどモンスターも凶暴に、そしてドロップ品も高く買い取ってもらえるようになる。三層で丸一日過ごせるぐらいの実力になれば、ギルドのほうからランク昇級のお達しが来るはずだ」
そこで、ひょいと手が上がる。
「三層まででスキルは覚えられますか? 」
彼は探索者になりたいと思っている側の人間らしい。つまりこっち側に来やすいということだな。ならば適当に突き放して様子を見なければならない所だ。
「俺の知る限り、一層から三層でスキルを覚えるためのスキルオーブがドロップしたという話は残念ながら聞いた事はない。が、探索者仲間が四層でスキルオーブを拾った確実な証拠があるので、四層から先ならドロップすると思う。ただ、ドロップ率は相当に低いし、一度同じ階層でドロップすると一定期間か、それとも一定量モンスターを倒すまで次のスキルオーブが出ない、ということになっているな」
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





