694:講演会 1/4
今日も涼しい朝だ。布団から出ると少し肌寒くすら感じる。家が古いせいかもしれないが、以前改築した時に断熱材は入れたはずだ。それでも涼しく感じるということは確実に秋であるということだろう。
寝起きに一礼。今日もありがとう。そして朝食からの、昼食を念のため作っておく。簡単にウルフ肉の表面を焼いて焼肉のたれをかけただけのズボラ飯だ。流石に一日昼を挟んで話し続けるという訳ではないが、講演で思った以上に疲れて昼食を作る気力がなくなるかもしれない。そうなった時のためのこれは予防措置だ。
さて、今日は講演会当日である。高校生に囲まれながらくんずほぐれつ探索者という職業について語らなければならない。今更だが、どうして俺という人選だったのかはいまだに謎だ。が、頼まれた以上は万全を期す必要がある。カンペは作った。おおよその流れも作った。後はぶっつけ本番である。出来るだけの用意はしたので実際にどういう質疑応答が行われるかは解らない、出たとこ勝負だ。
段々緊張してきた。ちょっとだけ行きたくないという気持ちが支配し始めているが、もう後戻りはできないし、探索者は時間も約束も守れないのか、という印象を付けてしまう事になるかもしれない。そう考えると一歩前へ出る準備は出来た。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、念のため入れておいてヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
カンペ、ヨシ!
今日の指さし確認はこれぐらいである。探索者なのだから私服で行くよりは、普段探索している格好で行く方がよりそれらしく見せることが出来るだろう。私服で行こうとも考えたが、探索者らしい格好で行った方が説得力を増すことが出来るだろう。
バッグにいろんなドロップ品を詰め込んでおく。Cランク探索者が取れる範囲でのドロップ品で手元にあるのを一通り入れておくと、いつものデカいバッグを持ち出して、水分と食料、それから緊急用のカロリーバーなんかも入れておく。流石に体育館全体に物を見せることはできないだろうが、少なくとも説得力は増すだろう。水分も二リットルではなく、五百ミリリットルのペットボトルを入れておく程度にとどめておく。
さぁ、出かけるか。
◇◆◇◆◇◆◇
車で二十分、そこそこ近く、小西ダンジョンからもそう遠くない場所に目的の高校はある。安全運転で無事にたどり着くと、予定時間の一時間ほど前になった。事前にダンジョン庁から連絡は行っているはずなので、不審者で拘束される事はないはずだ。
適当な来客用の駐車場に車を停めると、早速職員室のほうに向かう。途中すれ違う生徒に挨拶をしながら職員室の場所を尋ねる。自分は明らかに高校にはそぐわない恰好をしているが、引かれる事なく場所を教えてもらえた。スリッパが足に合わない事を除けば、良い高校だと思う。俺の高校時代はもっと荒れていた事を考えると、みんな行儀が良く出来ているなぁと感心する。
明らかに素行が悪い、と言った生徒には出会わない。じゃれ合って遊んでいる男子生徒は見かけるが、あくまでじゃれ合いだ。流石に来て数分で素行に問題がある生徒に出会ってもそれはそれで困りものだし、オッサンが高校になんの用だ? と話しかけてくる生徒も居ない。おそらく、講演会が開かれる事をみんな解っているのか、この人が探索者なのか、という視線をいくつか浴びる。これは洗礼みたいなものだろうな。
職員室まで案内してくれた女子生徒に礼を言い、職員室に入る。明らかに異質な格好をしている俺に対して、職員室全体から視線が集中する。
「初めまして、安村と言います。本日講演会を行うということで、小西ダンジョンから参りました」
その一言でみんな察してくれたらしく、この人が探索者か、という目線に変わり始めた。
「ようこそいらっしゃいました、本日の司会進行役も務めさせていただきます、関谷と言います。本日はよろしくお願いします」
「安村です。本日はよろしくお願いします。このような会に呼ばれるのは人生初めてですので、つたない所もあるでしょうが、探索者はこういう仕事なんですよ、というのを出来るだけ伝えられたらいいと思っています」
「まだ講演会まで時間がありますので、こちらでゆっくりなさってください。時間になったらお呼びに参りますので、とりあえず今体育館では椅子並べと生徒の集合をしている頃だと思います。後お茶どうぞ」
お茶を出される。ペットボトルだが、緊張でのどが渇いているのでちょうどいい。冷えてなく、ぬるいお茶を出してくれたのもありがたい所だ。講演中に腹を冷やして途中退場にもならなくて済みそうだ。
カンペを出して内容を再確認する。二十項目ほどカンペを用意してきたが、相手にするのは若い頭だ、予想外の質問もあるかもしれない。それに備えてこっちも頭を柔らかくしておこう。
「カンペですか? やはりそれなりに質問される内容を把握されてるということでしょうか? 」
「そういう訳ではありませんが……個人的には高卒で即探索者、というのはあまりお勧めしないという方向性で話を進めようと思っています」
「ほう、それはちょっとこっちとしては予想外ですね。どんどん探索者を増やすために良い所ばかりを語ってくれるものと少し考えていたんですが、そういう訳ではないと? 」
関谷さんは意外そうな顔をしている。探索者はこんなに儲かるんだぜ、やらないと損だ! みたいな流れになると思っていたのだろう。
「そうですね、探索者には探索者なりの悩みとか色々ありますし、高校生なりの疑問なんかもあるでしょうからその辺を俺の視点なりに詰めていこうかと思っています。陰の面もちゃんと教えておかないと、自分の命を賭け金にする仕事ですから、怪我もしてほしくないですし、耳当たりのいい派手さだけを伝える、というのはかえって探索者の減少にもつながると思いますから」
「なるほど、あくまで探索者は安全第一だと? 」
「それが探索者で一番大事な所ですから。その上で無理しない範囲でモンスターを倒してドロップ品を持ち帰る。それをギルドで換金して収入を得る。収入の多さは人に拠りますが、最初はしょぼすぎてそこで投げ出しちゃう探索者も居ますしね。なんせ割と単純な肉体労働ですから」
関谷さんはかなり派手な探索業を想像していたらしい。単純肉体労働という所に違和感を感じたらしい。
「派手さはほとんどない、と? 私は探索者について詳しくは無いのですがイメージ的には凶暴なモンスターと戦って日々の糧を得る、というイメージですが」
「それで大まかには間違ってないと思いますよ。私なんかは結構奥深く潜ってますのでそれなりに凶悪なモンスターとは戦っていますが、地力を付けてから安全マージンを充分に取って探索してますから、ここまで続けて大きな怪我とかは……あるにはありましたが、なんとか続けて居られるって感じですね」
関谷さんと話し込んでいると、どうやらいい時間になったらしい。講演会は十時からだから後十五分という所だろう。
「もうこんな時間ですか。段々緊張してきたな」
俺も動揺を隠せない。後はもうなるようにしかならないのだが、緊張するものは緊張するのである。人に対して偉そうに講釈を垂れるような立場ではない。なにせ、いまだに表向きの職業は無職なのだ。真中長官が職業の立ち位置として何らかのアクションはしてくれているとは言っていたがさすがに一ヶ月二ヶ月でどうこう出来るものではないので、多分最後の失業認定日を終えてからしばらくは本気で無職ということになるだろう。
「安村さん、そろそろよろしいですか? 皆体育館に集まってます」
「はい、行きましょうか……あぁ、緊張してきたな」
体育館へ向かいながらカンペを出す。この中にすべての質問の答えが詰まっていると嬉しいんだが。
「私も出来る範囲ではサポートするので大丈夫ですよ。一回か二回ですが、ダンジョンにも潜った事はあります」
「そうだったんですか。友人づきあいか何かですか」
「です。試しに一回ぐらい記念探索しようぜって同窓生と盛り上がりまして。他の人たちはどうかは知りませんが私はあまり動き回るのが得意では無くて」
動き回るのが苦手な人にもダンジョンはちょっと向いてない。書き足しておこう。
「カンペが有るということは質問対策はしっかりしてきていただいたってことですかね」
「講演というよりダンジョン庁の探索者講習会みたいな感じになってしまうかもしれませんけど、その辺はご容赦ください。後これは個人的な質問なんですが、学校としては生徒が探索者になる、というのはどう思われてるんです? やっぱり学業のほうに向けて欲しい所なんですか? 」
気になっていた、というか伝達されてこなかった部分について問いただす。そもそも高卒探索者は学校の方針としてどう思われているのか。
「そうですね、アルバイトとしてやるって範囲なら問題ないと思ってますが、探索者って新しい上に今まで無かった職業ですから真新しさやあこがれが生まれてしまうのは仕方がない範囲だと思います。ですが、出来ることならそのまま学業を優先して過ごしていってほしい、というのが本音ですね」
なるほど。そうとなれば最初の一発目のネタは決まったな。
体育館に着き、緞帳の裏で待機していると、関谷さんがしゃべり始めた。真面目に探索者になろうとしている生徒にも、アルバイトとしてやっていこうと考えてる生徒にも、考えの一助となることを願う~みたいなことをしゃべっているが、半分ぐらいしか頭に入ってこない。
「それでは、お願いします」
拍手の中声がかかったので舞台袖から堂々と歩み出る。肩にリュックを背負ったまま、いつもの探索者の格好をしている。いつもの服装でいるのであまり緊張は……しない。うん、思ったよりもリラックスできていると思う。演台の前に立ち、リュックを下ろし、そしてマイクをトントンと叩き、音が入っていることを確認する。よし、行くか。
「ご紹介に与りました。私は安村と言います。無職です」
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