691:久しぶりに潮干狩りを
色々スキルについて考えを巡らせてみたがやはり、トレントが持っているべきならこれ! というスキルは思い浮かばなかった。あえて思いついた中であげるならやはり擬態だろうか。周囲の風景に溶け込んで視認されにくい状態を作り上げる。もしくは似たような効能として隠密、これもおそらく同じようなスキルで気配を消すことが出来る。
トレントの場合どちらかを使っている可能性が高い。そういう結論になった。後は実際にスキルが出た時にそれをどうするか考えればいい。悩む時間は保管庫のおかげで三か月ほどにひきのばされているんだから、ゆっくり相談する時間を取れるな。
さてそろそろ午後のお仕事の時間にかかるか。今日はもう三時間ほど戦って、早めに上がろう。もう一回茂君する事も出来るしドロップも満載とはいかないまでも一人で稼ぐには十分な量を稼げるはずだ。
そんな事を考えながら片づけを済ませ、二十九層に再び下りると……そこには鬱蒼とした森が広がっていた。どうやら、昼食を取ってる間に一斉に伐り倒しておいた木がリポップしたらしい。結構時間がかかったが、無事に森としての機能を果たすようになってくれて一安心でもある。これでトレントの数が解らなくなったが、気にせずまた泉まで往復して帰ってきてその間のトレントで稼ごう。
しかし、木が無いなら無いで寂しいが有るなら有るで少し邪魔だな、と感じるのは贅沢なのだろうか。再び森を切り開いても一向にかまわないのだが、また広間を作ってその間のトレントを……というのは効率的に良くないので、ちゃんと索敵してトレントだけを倒していくことに決めた。たとえばトレント以外の木材に何か特別な効果があるとかなら別だが、保管庫に入れても「森の木」とだけしか表示されなかったのでこいつは本当にただの木らしい。特徴は無いのか、特徴は。
確かサバンナの木もサバンナの木としか表示されずにそれ以外の特徴は無かった。わざわざダンジョンで伐採して持ち帰っても保管庫の存在がバレるだけなので……と、そういえば積み上げておいた木材はどうなったのかな。ちょっと見に行くか。
森の中を軽く移動しつつトレントを倒しながら、木を積み上げてあった場所に赴くと、そこではスライムたちが一生懸命消化活動に勤しんでいた。やっぱり様々なダンジョン内の活動の素はスライムなんだろうか。スライムが木を魔素に分解して、その魔素を元にマップの再生成を行う。とりあえずスマホで動画を録り、スライムが木材の消化をしているまさにその瞬間を収めることが出来た。これは後でレイン経由で真中長官に送っておけばきっと喜ぶだろう。
他に何か変化はないかどうか注意しながら森をしばらく歩いてみるものの、変化らしき変化はなかった。おそらく初めて二十九層に踏み込んだにしても、不自然にみられる点は無いように見受けられる。完全にスライムが消化しきる前にリポップしたということは、スライムが通り抜けた後にリポップ作業が始まる、という可能性は小さいということだ。だとしたらリポップのトリガーは何だろう?
破壊可能オブジェクトにはそれ専用のリポップタイマーみたいなものが用意されていて、それが階層や物の大きさや位置でそれぞれ違うものが用意されているのか、ダンジョンがある一定時間に達する事で一気にフラグを回収していってリポップが始まるのか。確かめるには、複数の階層の木を切り落としてみて、その後何処かの階層でリポップしたタイミングで他の階層も確かめる、という行為が必要になるだろうな。
オブジェクトの事は良いか。ダンジョンではそうなっているということで、どれだけ範囲広く破壊活動をしてもちゃんと元に戻る事が確認できた。それで終わりにしておこう。それよりも今日はトレント退治だ。トレントの実をしっかり確保せねばな。
◇◆◇◆◇◆◇
四時間ほど森をさまよい、トレントをピンポイントで狙い撃ちして倒しながら二十九層での狩りを終える。トレントの実は六十個手に入れた。後の作業が大変そうだが、これで今日の戦果はドライフルーツ換算六百枚。これでブートキャンプの準備完了までの道のりがぐっと近くなった。あと二日ぐらいかけてドライフルーツを集められればいくらでも放出することが出来る。
二十八層に戻って荷物を整理してリヤカーに積み込む。一人だが中々の収穫量になった。昨日の二倍ぐらいの収入を稼ぐことが出来たかな。ポン立てテントも用意すると、立てずにリヤカーに積み込み七層へ。七層に到着したらテントを立て、テントの中にリヤカーをバックで駐車する。これで放置車両という訳ではないし、リヤカーには名前が書いてあるからこれは俺のもんだぞ、という主張をすることが出来るな。
六層へ上がり茂君に会って帰ってくると、ちゃんとそのままリヤカーは弄られた跡がなかった。ただ、興味深そうに眺めている人は居た。軽く手を上げてそれは私の物です、と断りを入れたうえで、リヤカーを動かしテントをリヤカーに積む。そのままエレベーターで一層へ戻り、出入口までカートを引きながら、自分はリヤカーを含めて自分の周りに雷を纏わせ、スライムが上から降ってきても気にせず蒸発させられるようにした。そのまま地上へ出ると雷纏を解き、退ダン手続きをする。
「今日は大漁ですね」
「まだ時間が有るのでもう一回潜ります。今はここまでの分を精算って事で」
「解りました、ではまた後で」
時刻は午後五時。帰るにはまだ早く、そしてお腹もまだ空いてはいない。だとすればやる事は一つしかないな。久しぶりで体が忘れているかもしれないが、一つ一つ丁寧にこなしていくつもりだ。
査定カウンターに並んで順番を待つ。リヤカーだけ置いて休憩所で休んで居たいところだが、それはちょっとズルなのでちゃんと並んで待つ。待つ間に水分補給だ。バッグからぬるい茶の飲みかけを取り出してのどを潤す。査定が済んだら延長戦だ。それまでは軽い休憩時間としておこう。
査定の順番が来たのでいつも通り仕分けておいた袋を順番に渡していく。査定嬢も手慣れた作業として次々受け取っては数を数え、重さを量り、パソコンにデータを入力していく。スムーズな連携によって、量のわりに早く査定は終わり、今日の仕事の成果が出て来た。七百十五万五百円。一人で稼いだ金額としては充分すぎる……というか、そんなに稼いでるのかお前と言われるような金額だろう。
口にするのははばかられる金額だろうな。うっかり漏らしたり見せたりして探索者のやる気を向上させるのもいいかもしれないが、焦らせて怪我の素を生み出すよりは黙っている方がまだ全体にとっての利は大きいと思われる。
支払いカウンターで振り込みを済ませると、リヤカーを元の位置に戻して再度入ダン手続き。
「延長行ってきます。今日中には戻るので」
「解りました。お気をつけて」
お気をつけて、と言われたものの、行く先は一層。ひっっっっっっっっっっっさしぶりのスライム潮干狩りだ。落ち着いて考え事をすると言う事が最近は無かった。金稼ぎに夢中だったのもあるし、何も考えずにひたすら奥へ進めるかどうかを考えるだけの芽生さんの夏季休暇の間。
ほぼずっと芽生さんと一緒にいたから一人でゆっくりという暇はそんなに……いや、それなりにはあったな。ただ、今考えることは俺自身だけの悩みではない。高校生たちにどのような話をしていくか。それをもう一度確認する必要がある。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
いつものリズムが体に刻まれる。さぁ、考え事の時間だ。一時間は知的作業に没頭できる。体はスライムに向けて動かし、脳は別方向に動かす。
結局講演会の内容は今の流れの通りで本当に良いのだろうか。もっと伝えたいことはあるだろうか。俺は稼げてるけどお前らにはそれは無理だから……みたいな自分をひけらかすような事はしたくないからそういう質問にはできるだけ答えないという方向で行くほうがよさそうだな。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
まず一発最初にかますなら何が良いだろう。本当にポーション取り出してこれが二十万ってやるほうが掴みは良さそうだな。ダンジョンに夢も与えることが出来る。その上で探索者に必要な物は何か、というのを例えるのは……登山、いいな。
登山が趣味の生徒の一人二人は居るかもしれない。語りかけてみて反応が有ったらそこから話を広げていってみよう。居なかったら居なかったでそれはいい。登山道具なんかを調べてみて、何が必要で何が不要か、それらを語ってその時またつなげるようにしておこう。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
ちょっとずつだがまとまり始めて来たぞ。元の文章を見直して、更に改良を重ねていこう。できるだけ脳みそに残るような感じの話にはしたい。やはりスキルを実践して見せるのが一番良いだろう。柄から刀身をブォンと出して見せる。誰にも問題が無いように出来るのはこれぐらいだろうな。
それで納得してくれるかどうかは解らないが、見せないよりは見せたほうが印象には残るだろう。ただ、安全性を充分に留意してからだ。もっと派手にやっても怒られないなら雷玉を複数個グルグルと巡らせたりする方が盛り上がるんだが、うっかり触りに行って感電して大変なことになる生徒が居ないとは言い切れない。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
ちょっと手元にある文章を確認。ざっくりと今思いついたことを書き足しておく。これを家に帰ってからまとめてもう一度ギルマスの承認を受けよう。それ以外には……そもそも何分ぐらいあるんだろう。質疑応答も含めて五十分ぐらいを見込んでおけばいいかな。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
グッ、プツッ、コロン、パン。グッ、プツッ、コロン、パン。
質疑応答の内容も事前に考えておく必要があるな。たとえばダンジョン探索で辛い事とか一番苦戦した事とか……一番苦戦したのはやはりソードゴブリンに最初に出会ったことだろうか。あれは心が折れそうになった記憶がある。良かったことは……やはり査定を受けた後のレシートの金額をもらった時だな。表向きに語れる内容ではこの辺がセーフだろう。
よし、後は何とかなるような気がしてきた。時間的にもそろそろだし上がって文章をまとめ直すか。退ダン手続きをして査定カウンターでわずかながら稼いだ金額を申告して、支払いカウンターで現金でもらう。帰ったらパソコンで文章をまとめよう。
夕食を適当にコンビニで見繕うと意気揚々と家に帰り、早速文章をまとめ直すと、印刷して第三稿。これを明日ギルマスに見せて、承認貰って最終稿ということにしておこう。
いつも通りドライフルーツを作ってから風呂に入り、そこそこの疲れが残っていたのでドライフルーツを一枚齧ってから寝た。明日の昼飯は簡単なものにするか。漬け置きして味をなじませることが出来る……ウルフ肉の唐揚げとキャベツでいいかな。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





