69:検証と昇級~昇級しても昇給はしない~
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朝だ。今日は朝食を作るときに昨日やらなかった実験をやる、生卵の黄身だけを取り出すことが出来るか、というものである。
結果から言うと無理だった。どうやら生卵は「生卵」という一つの物体として取り扱われるらしく、生卵(白身)という結果にはならなかった。
ふと思い立って、生卵をボウルに割り入れ、ボウルごと保管庫に入れる。
ボウル(生卵) x一
ボウルに入った生卵だけを取り出そうとしてみる。
ボウル(空) x一
成功した。基準は何なんだろう、俺の認識なんだろうか? そのわりには黄身と白身は分割できなかったな。その後取り出した空のボウルには、生卵要素が一切付着していない綺麗なボウルだった。一応洗ってはおいたが。
昨日の夕食の残りをトーストした食パンにはさんで食べる。昨日に引き続きちょっと豪華な朝食になった。
それとキャベツと目玉焼き。キャベツは使い切ってしまったので今日の帰りにでも調達しよう。
やはり鶏の唐揚げは正義だな。昨日食わずに残しておいて正解だった。朝から脂質とタンパク質を遠慮なく咀嚼していく。どうせダンジョンでエネルギーに変わるのだ、多少多めにとったとしても問題ないだろう。
さっきの検証の続きを考える。それぞれが「個」と認識しながら保管庫に入れればそれぞれは「個」として認識され格納される。混ざったものが一体となっている場合、それぞれを「個」と認識せずに入れられるという事か。
もし万物のすべてそれぞれが「個」として考えられているならば、昨日の夕食に食べたペペロンチーノはコンビニ弁当と認識されずに、別々の物体として格納されていたことになる。
出し入れした時は何も考えなかったが、パスタとソースと唐辛子とニンニクが別々に格納されてしまう事態が想定されたのか。自己認識、自己認識……試してみるか。
俺は庭に出て自転車のところへ行く。自転車を保管庫に格納した。
自転車 x一
自転車は自転車として認識されるらしい。ついているベルやライト含めて自転車らしい。どうやら俺が解っていても保管庫内ではメーカーとか機種名とかは考慮されないらしい。
これは自転車を二種類三種類入れた時に解らなくなってしまうかもしれないな。丁寧なのかおおざっぱなのかいまいちリストの不便利さが明るみに出てきた。
自転車を取り出す。入れた時の状態のまま自転車は取り出された。何処かがばらばらのパーツになっていたりはしないようだ。
自転車は上手くいった。これが自動車ならどうなるだろうか。やってみたい気持ちはあるが、想像通りに行かなかったときの経済的ダメージが非常にでかい。もし元に戻らなかったらディーラーにどう説明して修理に出せばいいのか。
タピオカドリンク入れて出しても、おそらくタピオカドリンクとして認識されるだろう。
だが、自動車はどうか。積んであるクッション・椅子・タイヤ・交換してあるシフトノブ。
細かく内訳られるものはいくらでもある。何処までそれを自動車の「個」として認識してくれるのか。
迂闊に他人の自動車で試してみるわけにもいかないからな。どっかに野生の自動車が落ちていたりしないものか。
今度放置車両を見かけたら確かめてみるか。そっと入れてそっと出せばきっとバレないだろう。
ん?そういえば小西最寄り駅の自転車置き場は無料だったな。
俺は自転車を保管庫に放り込んでおくことを決めた。誰も居ないタイミングで出して乗るのだ。
そうすればバス代が浮く。もし疲れてたらその時はバスで帰ればいい。これで行こう。なんでもっと早く気付かなかったのか。
◇◆◇◆◇◆◇
電車にのり、最寄り駅に着く。無料の自転車置き場には放置されているものを含め、いろんな自転車が乱雑に置かれている。その中の一つを手に取り自分の自転車のように見せかけるふりをして、保管庫から自転車を取り出す。……見られてないよな?
ついでに、放置自転車と張り紙がしてある自転車に細工をすることを思いついた。自転車は当然カギがかけられているが、前のスポーク部分だけにロックをかけるポン付けタイプのカギだった。
俺は試しに、カギだけを収納するイメージで保管庫を起動する。カギは何処かへ行った。
自転車の前カギ x一
やれてしまった。しかもご丁寧に自転車に固定するねじまで一セットとして扱ってくれているらしい。
これができるなら自転車はいつカギをなくしてもいいな。
カギを元に戻すイメージで保管庫から取り出す。
カギは上手くかかったが、自転車に固定する部分まで再現することは出来なかったようだ。カギがかかったままぷらーんと垂れ下がっている。開錠はできるが閉錠は今のところ出来ないってことだな。
ますます保管庫スキルが危ないスキルになった。これを応用すれば盗んだバイクで走り出し放題だし窓も割り放題である。
早速盗んでない自転車で走りだす。バスに比べて走行速度は遅いが、田舎道なのでそれなりのスピードで走っても後ろから追い抜いてくる車はそうそう居ない。むしろバスの待ち時間が無い分だけ俺にとってはストレスが無くてよろしい。
ゆっくりと無理ない速度で自転車を漕ぐ。若干日差しが照り返し地面から暖かい風が立ち上ってくるが、その程度の事は大して問題じゃない。通勤時のストレスが若干無くなったことのほうが嬉しい。
何よりバス代が浮く。バス代往復だけでも一か月ダンジョンに通えばそれなりの金額になるのだ。
稼げるようになったからと言って、抑えられる出費は抑えたい。貧乏性はまだまだ健在だ。
◇◆◇◆◇◆◇
小西ダンジョンへ着いた。ダンジョンには駐輪場だけは用意されていた。職員用と書かれていたが、気にせずそこに止める。止めた後誰も居ないことを確認して保管庫に収納。これで通勤は完了だ。バス代が浮いたぜ。
尤も、道中のコンビニで昼食の弁当を買ったのでトータルではマイナスなのだが。
「あ、安村さんランクアップのお知らせが来てるんで更新手続きお願いします」
「もうですか。早くありません? 」
「ランクアップの規定については部外秘なんでお教えできないのでちょっと」
まぁいいや。くれるものは貰っておこう。
「じゃあ、また中へ聞きに行けばいいですか? 」
「いえ、ギルマスが暇そうにしてると思うので直接そっちへ行ってください」
「解りました」
ギルマス呼びが定着したようだ。朝の朝礼で「今日からは課長ではなくギルマスと呼ぶように」みたいなことがあったんだろうか。平和でいい事だ。
二階へ行こう。会議室へ着くとノックして返事が無いのを確認してから入る。
ギルマスの部屋はその奥だ。改めてギルマスの部屋をノックする。
「おや安村さん、もう来てましたか」
後ろから声がするので振り向くと、手を拭きながらギルマスが現れた。どうやらトイレにでも行っていたらしい。
「ランクアップの話を聞いてこっちへ来ましたが、タイミング悪かったですかね」
「いや、ちょうどよかったよ。探索者証は下で更新させるので、とりあえず口頭で。
安村洋一、右の者をダンジョン庁が認める探索者ランクにおいてDランクに相当すると認める。
小西ギルドマスター 坂野平治
いや今回は賞状が無くて悪いね」
「探索者証が賞状みたいなものでしょう」
「ちなみにCランク以上の更新はここじゃできないからね。更新する時は最寄りでも清州で行う事になるから、その辺よろしくね」
「あら、そうなんですか」
「ギルマスの権限で上げることができるのがDランクまでなんだよ。一応賞罰とか今までの納品額とか、攻略深度とか、細かい規定をいくつか達成することでギルドランクを認定するんだけどね」
「それ、俺に言っちゃっていいんです? 部外秘では」
「ああ、今のは独り言だから気にしなくていいよ」
公然の秘密という奴か。聞かなかったことにしよう。
「ちなみに君の相方ちゃん、文月君だっけ? 彼女ももうちょっとでDランクだから」
「それ個人情報では?」
「さて、最近独り言が多くてなぁ」
つまり、深層に潜って稼いで来いと暗に勧めているわけか。
「ちなみにDランクだと何層まで潜れるんですか? 」
「う~ん、一応十層までの許可は便宜上下りてると思ってくれていい。ただ、より高ランクの探索者とパーティーを組んでいく場合その限りじゃないね。その都度知らせてくれれば検討して到達許可を出す、みたいな感じだね」
「まあ、しばらくパーティーで深く潜る、という事はなさそうですが」
「ダンジョン内でする場合は受付で申請してくださいね。それで翌朝」
「翌朝? 」
「探索者証に異常が無ければ問題なし。異常があれば念仏を上げることになる」
探索者証は入ダン時に片方を渡し、もう片方を持ったままダンジョンに入る。探索者が死亡すると赤く光るというファンタジーギミックで出来ている。
「今のところ、幸運なことに小西ダンジョンでは死者は三年たっててもゼロだ。それだけが売りでね。よろしく頼むよ」
無理はするなという事だろう。お辞儀して会議室を出る。
Dランクか。自覚はないがそれだけのことはやったんだろうな、と思い直す。
一階に降りて支払いカウンターで探索者証を提出し、しばらくして新しい探索者証をもらった。
死ぬな、と念押しされたということはDランクでの負傷死亡者数が多いのかな。ちょっとスマホで調べてみる。
すると、一番怪我しやすいのは一気に階層深く潜れるDランクが一番多いという統計データが出てきた。やっぱりそうか。しかし、他のダンジョンでもわざわざギルマスが出てきて労をねぎらうのか?
人数多いところだと一日に十人ぐらいランクアップすることもあるだろうに、小西ダンジョンならではの事なのか。試しにそれも検索してみる。
どうやら、Dランク程度だともっとあっさりランクアップ手続きを済ませて終わりらしい。味気ないのか、小西ダンジョンがアットホームな職場なのか。とにかくダンジョンとしての売り上げを上げるために色々やろうとしているんだろうというのは伝わった。
さて、今日は何層へ行こうかな。三層で一日のんびり働くのもいいし、四層で自分の限界にチャレンジしてみるのもいい。
階段から離れなければ途中で迷うこともないだろうし、怪我しても予備のポーションはある。それにゴブリンソードがどれだけうまく活用できるかも試してみたい。やりたいことはそれなりにある。
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