688:おねだり
二十一層へ着いた。耳をよく澄ませてみるが、近くに人のいる気配はしない。索敵もかけてみるが、身動きを取っている人もいない。どうやら仮眠中らしいな。これは今の内がチャンスかもしれない。そう思うと階段を登って自分のテントへ。出しっぱなしの机を囲んで座ると、一人分空けておく。
その間に保管庫からいろんなお菓子とケーキ類、そしてたくさんのコーラとホールケーキを並べて出す。どう見ても男二人女一人で食べきれる量ではないし、そもそも食べきる目的で来たわけじゃない。
「ミルコ、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな」
「エレベーターの中の会話から察するに、スキルのおねだりかな? 」
いつも通り前触れ無く現れるミルコに驚く多村さんと結衣さん。そしてケーキを眺めてほぉ~っと息を漏らすミルコ。
「お願いごとのせいかな? 今日はいつもよりさらに豪華なお土産だね」
「ちょっと無理筋なのは解ってるつもりだが、その上で頼み事がある」
「うん、とりあえず食べていいかな? 」
ミルコの関心はまずケーキに向いているようだ。話は食べ終わった後だな。食べる間にお願いするという手段もあるが、お願いを聞いてくれたら食べていいというのもずるい手だから使いたくはない。
「この菓子は冷えてる内が食べ時だ。冷蔵できるなら冷蔵したまま置いとくのも手だぞ」
「なるほどね……とりあえず頂きます」
三人、ミルコがケーキを美味しそうに食べているのを見守りながら、それぞれお茶を飲む。俺は良いとして二人は昼食前だったかもしれない。悪い事をしたかな?
一つケーキを食べ終えた後、満足そうにしたミルコはよし、と一言漏らした後俺に告げて来た。
「最後の貸しを使う、そういう事で良いんだね? 」
「あぁ、構わない。これで貸し借りゼロって事で良い」
「解った。それで、望みのスキルオーブは【索敵】でいいんだね? 」
ちゃんとエレベーター内でも会話を聞いていたらしい。そして、これを聞いてる他のダンジョンマスターも居るということを再認識する。ちょっとミルコは甘やかしすぎじゃないか? とか言ってそうな気がする。
「それで頼む。彼に覚えさせたい」
「もし僕がダメだと言った場合はどうする気だったんだい? 」
「どうもしないさ。ダメならダメで、彼らには【索敵】のスキルオーブが出るまで十九層か二十層で張り切ってもらうだけだ。その間に何十日かかるか解らないが、奥へ行くという探索者の目標がなかなか達成されなくなる。奥へ行かない分より密度の濃い魔素を地上へ送り出す、という作業に遅延が生じる」
「ふむ、なるほどね。経験上、【索敵】がないとこれ以上先に進めさせるのは危険だということかい」
ミルコは何か考える仕草をしながら次のケーキを手に取った。多分次はどれを食べようか悩んだわけではないだろう。ミルコなりに考えを巡らせているはずだ。
「二十五層以降のモンスターは特にそうだろう? なんせ肉眼ではほぼ見えないから、視覚を頼りにする我々では力不足って事になる。それに他にも【索敵】のスキルオーブを狙ってるパーティーは居るはずなんだ、その競争に負けたら次のチャンスは二か月後……ぐらいかな。その間は二十層で延々狩り続けるか、どこにいるか解らないモンスターにおびえながらゆっくり二十二層以降を巡るか。効率を考えたら、ここでミルコにしっかり頭を下げてスキルオーブを預けてもらうのが一番最短で誰も損しない選択肢になる」
「安村から僕への貸しが一つ消えることに関しては損じゃないのかい? ダンジョンマスターへの貸しが一つ減るのは結構な損だとは思わないのかい」
ダンジョンマスターからだとそういう見方も出来るか。
「思わない。この貸しが減ることでみんなが得られる旨味のほうが大きいからな」
「なるほど……続けて」
ミルコが新しいケーキをぱくつきながら俺の意見を聞いてくれている。なんか全部一人で食べてしまいそうな雰囲気だな。
「これで彼女たちはより深く潜ることが出来る、そしてその分ドロップを多く持ち帰ることが出来る。これが彼女たちの得。ドロップ品を多く持ち帰ることで魔素の放出をいくらか促進することが出来る。これがダンジョンの得。そして俺が新しく彼女たちへ貸しを一つ作ることもできる。これが俺の得。そして、俺が損をして無理を聞いてもらう事で一つ得が減る。これで俺の得はプラマイゼロになる。と、そう考えているのか? 」
「大体あってる。この取引で安村の得られる得は何だい? 」
「自分の恋人の仕事が上手く行くようになってくれればそれが俺の得。だからこの取引で損をする人は誰も居ない。俺はそう考えた」
「恋人か。文月は安村の恋人ではないのかい? なかなかいい塩梅の雰囲気だったけれど」
「両方恋人にすることに俺は決めた。異論は受け付けるし非難も受け止める」
「贅沢だねえ……と言っても、滅んだ文明では恋人を何人作ってもいい法律だった国もあったからそこは問題なさそうだけど、このダンジョンがある国ではどうなってるんだい? 」
お、ミルコが国について口を出すのは珍しいな。と言ってもダンジョン外の事はほとんどわからないんだったな。ダンジョンマスターにもゴシップの類は通用するんだろうか。
「うちの国は一夫一妻。浮気はご法度。だから俺の考えは問題行動でしかないんだな」
「前に恋人を作る予定は無いとかいってなかったっけ? 」
「昔の事は、忘れたよ」
「まあいいや、期待以上の答えは貰った。これが【索敵】のスキルオーブだ。確認してくれていいよ」
ミルコが懐からスキルオーブを取り出す。そこに保管庫あるのか。とりあえず受け取って確認してみる。
「【索敵】を習得しますか? Y/N 残り二千八百八十」
「ノー」
間違いない。索敵のスキルオーブだ。早速多村さんに渡す。多村さんはスキルオーブを持った後、ごくりと喉を鳴らしてその後静かに「イエス」とつぶやく。何度目の光景かもう忘れたが、スキルオーブが体に沈み込み多村さんが発光する。しばらくして光は収まった。
「これで使えるようになったって事かな。使い方は……何となくイメージ出来た」
「まずON/OFFできるようになっておいてください。でないとダンジョンから出るときのスライムの多さで大変なことになると思うので」
多村さんは初めてのスキルに困惑しつつも、スキルを入切するという概念について色々試行錯誤しているようだ。
「解った、うん、解る、解るよ。これが索敵か。なるほど、他にもパーティーいるんだね」
「えっと、パーティー数わかる? 」
「自分たち含めて三パーティーかな」
「なるほど、ちなみに俺からは五パーティー見えます」
「僕からは十二パーティー居るように見えるかな」
ダンジョンマスターからの目線にはさすがに敵わなかった。このうち何パーティーかは仮眠の真っ最中なんだろう。
「ありがとうミルコ。俺の個人的なわがままに付き合ってくれて」
「まあ、日ごろのおねだりを快く引き受けてくれている分も込みってところかな。特別サービスだと思ってくれ。次は多分四十二層まで来てくれたら……かな。どうだい、三十七層は」
「正直言って遠いと感じる。急に難易度が跳ね上がった感覚を覚えるよ」
「まあ、時間が空けばそれだけダンジョンも深く作れるからね。ちなみに、ダンジョンによってモンスターの強弱が変わる事はないから他のダンジョンでも同じ強さだと思ってくれていいよ」
ということは世界中何処のパーティーも足並みをそろえて攻略って事になるのか。競争心が煽られるが、そこで無理して怪我しても仕方がない。自信がつくまではちょこちょこと様子を見つつ、行けそうなら行ってみるという感じで進んでいこう。少なくとも絶対勝てないという相手ではなく、苦戦するが勝利は出来るという状態だ。
「つまり安村さん達はもう三十七層まで行けるということなのね……あと十六階層も追いつかないといけないのか、大変ね」
自分達との階層の差に若干の危機感を感じながら結衣さんがそうつぶやく。
「まあ、無理はしないでね。怪我せずに大量にドロップを持ち帰るのが最優先だから」
「解ってる。せっかく安村さんが頭を下げてお願いしてくれた以上、私たちも同じくより深く階層に潜ってドロップ品を集めて帰ってくる義務が生じたのと同じね。ミルコさん、これからよろしく」
「安村の恋人ってならしっかり観察させてもらうよ。これで監視対象が一パーティー増えたってことになる。楽しみが増えたね」
ミルコはしっかりマーキングしたみたいだ。スキル保持者じゃなくても自分のダンジョン内なら自由にブックマークを付けたり消したりできるらしい。
「ちなみに彼女たちはこの間の会談の内容から察せられると思うが、このダンジョン専属パーティーって事になってる。後はもう一パーティーその内訪れるかな。会談の時に周りを警備してた人たちになるんだけど」
「あぁ、彼らかい。これは更に一つ監視対象が増えたね。とりあえず安村はしばらくどうするんだい? 三十七層チャレンジはまたするのかい? 」
「今のところは保留かな。芽生さんがまたステータスブーストを一段階上げることが出来たら再チャレンジってところだ。彼女も夏休みが終わって本業の勉強に勤しんでもらいたいから、二人そろって潜る機会は週に一回か二回ってとこだろう。その間に俺はトレントの実でドライフルーツを作って溜める作業だな。高山帯マップのドロップ品の買い取り価格もまだ決まってないし、今焦って奥まで進む理由はあんまり無いんだ」
「それはちょっと残念かな。ちょっとした格上相手に右往左往するのは十層以来だろう? 見てる側としては割と楽しみなんだ」
ちょっと趣味が悪いが、そういうのを見たくてマーカーを付けているんだろうから、毎回確殺できる相手ばかりでは見せ場が無いって奴だろう。
「まあ、そのうち頑張ればダンジョンフクロウ(仮称)を投網漁で倒せるぐらいには成長して見せるさ」
「ダンジョンフクロウ(仮称)ね……なるほど、保管庫だとそういう事になるのか」
ミルコは少し顎を下げて何かを考えた後、自分で納得したようで顔を上げた。
「まあ、名前については君らの問題だ、君らでなんとかしてもらおう。是非モンスターたちに素敵な名前をつけてあげてくれ」
「ん、ミルコの中では、というかダンジョンマスターの中では決めてあった名前があるのか? 」
「有ると言えば有るが、ここで言ってしまっても混乱を招くだけだからね。ほら、僕の声が聞こえてるのは魔力で自動翻訳されているからだろう? 僕らの発音で名前を付けてしまったら、君らにはきっと呼びづらい発音になってしまう。それが世界基準として通ってしまうと、モンスターの特徴とか見た目と全く関わりない名称が付くことになってしまう可能性が高い。だから今の内は(仮称)のままで良いと思うよ。君ら以外で名前を付けたりすることはあるかもしれないが、是非ダンジョン利用者の側でそれらしい名前をつけてあげてくれ。これまでもそうしてきたはずだ」
なるほど、言語の壁のおかげで正しい発音正しい名前と言えなくなってしまうのか。そういえばゴブリンと名前を付けてはいるが、これもこちら側で統一した名前として使っているだけで、実際にはもっと別の真名があるということだな。つまり、誰かが名前を決めようと言い出すまではこいつらは(仮称)で通さなくてはいけないという訳か。
「とりあえず差し当たっての問題は……この大きなほうのケーキを食べるのはどのくらい時間をかけたほうが良いのか、ということかな? 」
ホールケーキを嬉しそうに見つめながらミルコはどうやってこいつを攻略しようか考えているらしい。
「ちなみに中にスポンジ……柔らかい生地が入っているが、そいつが乾燥するとパサパサになってしまうし、牛の乳を使っているから賞味期限が短い。適度に湿度がある室温の低い所に保管して早めに食べるほうがいいぞ」
「なるほど、一気に食べることも出来なくはないが、出来るだけ早めに食べろということか。中々に難易度の高い事を言うね」
「確かホールケーキの乾燥しない食べ方という理論もあったはずだが、お世辞にも綺麗に食べられるというものじゃなかった気がする」
「まあ、今日一日で食べきれない量でもないし、有り難くこれは食べさせてもらうよ。じゃあまた何か用事が有ったらお菓子と一緒においでよ。じゃあまたね」
ケーキを早く食べたいのか、若干急ぎ足でミルコは戻っていった。全てのケーキとコーラを抱えて。
「自分たちも食べようと思ってた分まで持っていったなあいつ」
「まあ、スキルオーブに比べたら安いものですし、また買いに行きましょ」
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