686:静かな朝
両腕の重さを感じながら目が覚める。寝起きが悪いわけではない。むしろ寝心地はいつもよりいい。ちょっと息子もいつもより元気だ。昨日はドライフルーツを作った後、夜の運動もせずにただ三人くっついておしゃべりしている間に眠りについたような記憶がある。
服は……ちゃんと着ているな。寝ている間に襲われたり襲ったりはしていないらしい。確か腕枕がもとで腕がしびれて動かなくなる病気があったはずだが、腕に力を入れてみても問題ないのでその心配は無いようだ。何より、動かなくなったらキュアポーションがある。治す方面でも問題はない。つまり、いつも通りの朝だ。
そんな事を考えていると、結衣さんが先に起きたらしい。
「おはよう」
「おはよう。三人だとやっぱり狭いね」
「いっその事ダブルベッドにするか。悩ましい所だ」
贅沢な悩みを話していると芽生さんも起き出した。こっちはかなりダーククロウになれているのか、うんにょり、という表現になりそうなぬるりとした起き方である。
「おはようございます」
「おはよう芽生ちゃん、眠れた? 」
「そらもうバッチリですよ。早速お腹が空くぐらいには」
「ご飯作るか……いつもの奴だけどいいよね」
「「いいでーす」」
二人そろって構わないという返事をもらったので、いつものゴキゲンな朝食を……おっと、作る前に一祈り。ダーククロウ、今日もありがとう。三人仲良く眠れたよ。
さあ朝食だ。いつも通りキャベツを刻んで目玉焼きを人数分焼いて、食パンを一斤分用意してトーストにする。味付けは各自で行ってもらおう。テーブルに塩コショウ醤油ソースの定番調味料を並べておくと、トーストが焼け次第一人分ずつ並べていく。
各自の分が届き次第先に食べていてもらう。と言ってもほんの数分の差だが。後は……昨日の話し合いで少し気疲れしているかもしれない。馬肉の刺身を用意してそれも出した。芽生さんは早速馬肉サンドにして食べている。
「トーストに生肉のサンド……ローストビーフみたいなものだと思えば悪くないですねえ」
「朝からガッツリ焼肉とかでも私は行けるかな。ダンジョンの中だとそうなりがちだし」
「いつもの朝食、いつものメニュー。それを崩さないでおくことが体調管理の第一歩だからな」
自分の分も用意できたので俺も座って食べ始める。馬肉が美味しい。表面を焼いてやっても良かったかもとは思うが、朝から肉の刺身とはなかなか贅沢だ。査定金額に直しても、三人で五千円ほどの朝食になった。
食べ終わると机を片付け、昨夜作っておいたドライフルーツを取り出していく。保管庫から出てくるドライフルーツに結衣さんが感動している。
「おー、これが百倍速効果。常温常湿でもドライフルーツになるのね」
「そこがまだよく解ってない所でな。結局保管庫の中の気温湿度の管理はどうなっているのか」
「湿度が高いとドライフルーツにならないだろうし、湿度の面で言えば低そうね」
「室温も常温が何度になっているのか、それぞれの物品で同じ温度なのか、それとも指定した温度になってくれるのか。指定した温度になるならパラメーターを調節する機能がどこかにあるはずだが、それらしいものは無い。とりあえず、こうなれって願った方向になってくれるのは間違いないらしい」
ドライフルーツになれ と念じながら保管庫に収納しているのでドライフルーツになって出て来てくれている、というのが今のところの予想だ。ドライフルーツを全部取り出すと、順番に収納していく。
「これで千五百枚ほどになった。まだまだ足りないな。三千枚ぐらい欲しい。結衣さん達にも力を付けて欲しいし、他にトレントを狩りに来るパーティーが居ない間に独占して数をそろえたい。効能がはっきり知れ渡る前にアドバンテージとして差をつけておきたいしな」
「それ、一昨日使ったけど凄いね。試しに眩暈がするまで打ちっぱなしにしてその後食べたんだけど、汗もかかないのに全身が熱くなったり涼しくなったりした後、またスキル打てるようになったの。おかげで気持ちよく狩りが出来たわ。危ない成分とか入ってないよね?」
結衣さんの反応から察するに、魔力切れ起こしてもすぐ立ち直れることに驚きがあったのだろうという感じだ。俺の時でも再び回復するまでに十五分ほどかかってたからな。それがほんの一分で回復するなら十分早いと感じられたんだろう
「三百枚ぐらい食べてはいるが特に中毒性は見られないかな。だから多分大丈夫だよ。何かしら問題が出た時にそれはやるって事で」
「これ、一枚でどのくらいカロリーあるのかな。食べ過ぎて太ったりしない? 大丈夫? 」
「その点は抜かりなく調べてあるけど、カロリーはゼロみたいよ」
試しに、ドライフルーツ一枚を火であぶってみる。ドライフルーツは燃え上がらずに、黒い粒子になって消えていった。
「これが肉みたいにカロリーのあるものとして出来ていたら燃焼するだろ? でも燃焼せずに黒い粒子になってそのまま無くなっていった。これは多分体内でも同じ現象が起きていると思われる。と、すると体内に補給されるのは黒い粒子って事になる。暑くなったり涼しくなったりするのは肉体が黒い粒子を受け入れるときのいわば消化行為に当たるものだと考えてる。だから、カロリーはゼロだと思うよ。俺も相当量食べてるけどお腹のお肉も増えて来てないし」
「それを聞いて安心したわ。これからはバリバリ食べていけるって事ね」
「そう、バリバリ食べてバリバリスキルを成長させて、一人でダンジョンハイエナでもなんでも倒せるぐらいになってほしい」
「そうなるとスキルの有無の差が広がりそうなのよね……パーティーリーダーとしては悩ましい所だわ」
結衣さんが腕組みをしながら考えている。パーティーの戦力バランスか。横田さんと結衣さんは既にスキル持ちだと解っているから戦力として数えられるとして、他のメンバー、多村さん横田さん平田さんがどうなっていくかを心配しているのかな。
「十九層で何か出ると良いんだけどね。俺も小西ダンジョン全体を把握できるわけじゃないからなあ。ダンジョンについて完全に把握できてるのはミルコぐらいだと思うよ。さすがに二十二層以降は解るけど、昨今の小西ダンジョン事情には疎いんだよね」
「今何層まで潜ってるんだっけ? 相当頑張ってるのは伝わってるけど」
「昨日三十七層をチラ見してきたけどあれは厳しそう。常に全力で戦わないといけないような感じかも」
「二人で全力じゃないと厳しいのかあ。私たちにはかなり遠い階層になりそう。何処で差がついたのか、環境の違いって奴? 」
小西ダンジョンの難易度が高い以上環境の違いはあるかもしれない。人が少なかったから狩り放題だったからその分の経験差もあるだろうし、後はその分スキルオーブ取り放題だったことも功を奏していたかもしれない。うん、環境の違いだな。
「まあ無理に同じ階層まで追いつこうとしなくてもいいとは思いますよ? 私たち、しばらくここで足踏みすると思うので」
「じゃあその間に頑張って、せめて二十九層まではたどり着けるように頑張らなくちゃね。その為にも索敵は必要スキルだって事が解ってきたし、もうちょっとだけ時間がかかるかも。でも十九層に飽きてきたら二十二層に顔見せしてどのくらい戦いにくいかは調べておかないとね。後、最悪を考えて【索敵】のスキルオーブの買い取り申請も出しておいて……やる事が結構あるね」
「【索敵】のスキルオーブ、結構お値段するけど大丈夫? たしか六千万ぐらいするよ」
「それぐらいなら何とか。税金払えって言われるまでにもう一回稼ぎなおせば何とかなる、と、思う」
うーん、やはりミルコに言って【索敵】のスキルオーブを貸しと交換でもらうほうが早いような気がしてきた。スキルオーブの有無でより密度の高い魔素の持ち出しが出来るとなれば、悪い交換条件ではないはずだ。
「うん、よし。決めた。結衣さんこの後暇だったらちょっとダンジョン付き合ってもらっていい? 」
「結衣さんだけ? ……ということは【索敵】のスキルオーブをミルコ君からもぎ取るって事でいいんですよね」
「有り難い申し出だけど、そんな楽させてもらっていいのかな? 探索者なら欲しいものは自分で出す、スキルは出来るだけ自分で出すってのがルールだと思うんだけど」
「そこは、あれ、結納金の前払いみたいなものだと思ってくれると嬉しい。俗物的であることを否定はしないし、それで結衣さんが出来るだけ長い間一緒に居てくれるといいな、という気持ちも否定しない。ただそれで結衣さん達がより深く潜れるようになってくれるならうれしいなと思ってる」
「そんな個人的な事情でスキルオーブ貰ったり貰わなかったり出来るものなの? それに、手に入れるって事はあのダンジョンマスターに頼むって事だよね。そうそうくれるものなのかな」
個人的事情で【索敵】を要求した芽生さんという例があるが、貸しを使って【雷魔法】をもらったりしているし、不可能ではないとは思っている。ただ、今回は完全に俺のワガママだ。それに付き合ってくれるかはこちらの言い様にかかってくると思う。
「ダンジョンマスター視点から考えて、もっと深く潜れるパーティーをスキル一つの有無で縛り付けておく事の勿体なさをミルコに説くつもりでいる。多分だけど、了承は出るんじゃないかな、と考えてる。考えが甘いかもしれないけど何とか口説き落としてみようと努力はしてみるさ。ダメだったらダメでその時考えよう」
「私の結納金がスキルオーブかあ。【索敵】って今いくらするの? 」
最新号の探索・オブ・ザ・イヤーを取り出して価格を確認する。どうやら相場は変わってないらしく、六千万円らしい。価格を見る限り必要なオーブではあるが、まだ二十二層以降の情報がそれほど公開されていない所から考えるに、Bランクパーティー以外ではそこまで必要とされていないと思われている可能性が高いということか。だとしたら今後さらに値上がりの可能性は非常に高いな。
「六千万円。が、いくらするかはミルコには関係ないだろうと思ってる。金額はあくまでダンジョンの外の事情だからな。説得するだけならタダだ、ダメなら次を考えるって事で」
「そうね……ただ、誰が覚えるかまだ決まってないのよね。ちょっと待ってて」
結衣さんがスマホを操作し始めた。どうやら他のメンバーに確認を取っているらしい。内容は……おそらく索敵手に入ったら誰が覚える? という感じだろうか。しばらくやり取りを続けた後、どうやら結論が出たようで、多村さんが覚えることになったらしい。
「とりあえず、どうすっかな。鼻薬を充分嗅がせてからのお話にしたいから、スナック菓子じゃなくてちゃんとしたスイーツを見繕うとするか。良い店ないかな……」
「心当たりはあるわね。二十一層でケーキ食べながら雑談しつつ話を切り出す、という流れでいいのかしら」
「多村さんにも来てもらうか。四人分見繕ってそれからだな。コーラもケースで持っていこう。ちょっと買い出しに行きつつ、その店を回って目的のケーキを入手して、お菓子も充填したいし……昼集合でいいかな」
「じゃあそれまではデート兼買い出しということでゆっくりしましょう」
「いいなー二人は。私は今日講義がありますのでそろそろ失礼します」
芽生さんは本業があるらしい。話し合いも一応はうまくいったというか、俺の意思は伝わったようだしこれで良いと思う事にした。
「それじゃ、潜れる日にまた連絡しますのでそれまで洋一さんはお好きにどうぞ」
「ありがとう、しっかり浮気されないように引き留めておくことにするわ」
何故か浮気前提の話にされている。俺は浮気しないぞ。浮気するならとっくにこんな状態になっていると思う。
「浮気なんてするわけないだろって考えてるでしょ」
「まあね。さて、店が開くのを待って色々と買い出しだ。朝食の人数が多かったおかげで食パンも心許ない。ついでの買い物も込みで色々と買い出しに行こう」
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