683:カボチャスープとトレント
三十五層に戻ってきた。とりあえずテントまで戻ると昼食の準備だ。パックライスはまだ温かいのでそのまま食べられるだろう。スープのほうは……こっちも大丈夫だな。温めなおす手間は必要なさそうだ。
「という訳で今日の昼食はカボチャのスープになりまーす」
「おー、ちゃんとカボチャ裏ごししました? 」
「実はしてないんだな。昨日の夜から仕事にかかってたらカボチャだけ先に煮て裏ごしして、後から入れるということも出来ただろうけど、朝仕込みで作ったからカボチャを単体で煮込んで裏ごしして投入……という手間を取るまでの時間は無かった。次回はぜひそうしてみるからその時はその時で評価してほしい」
「では、自信の味のほどを早速確かめさせてもらいましょう」
芽生さんが一人分盛られたカボチャのスープから人参を取り出し一口、口に入れる。さて……どういう評価をされるのか。
「うん、美味しい。ちゃんと箸が通るし人参の甘味も失われてないし、カボチャのまろやかさが何とも言えない味を出してます。しっかり煮込まれてますし、トロトロで美味しいです」
「それは良かった。早速俺も食べよう」
ニコニコしながら二人で食卓を囲む。高山帯マップ特有の風の強さもこのセーフエリアには存在しない。もし強風が酷いならここはテントを立てることも叶わない休憩場所というには厳しい環境になっただろう。ここで充分休んで次へ頑張りなよ、と言わんばかりのほほを軽く撫でるくらいのそよ風が偶に吹く程度だ。
そんな中鍋を囲んで休憩できるのはひとえにダンジョンの恩情という所だろう。もしかしたら異次元他文明に同じようなダンジョンが作られていたと仮定した場合、セーフエリアという存在すらなかったのかもしれない。ダンジョンについて積み上げて来たサブカルチャーの集合体がこのセーフエリアという概念なら、先人の物書きたちに感謝をしなければな。とりあえず拝んでおこう。
「食事中にお祈りするご趣味でもありましたっけ? 」
「いや、セーフエリアという概念を持たせてくれた先人に感謝している。そもそもこの世界のダンジョン物の設定にセーフエリアとか安全地帯って概念が生み出されてなければ、ここでゆっくり飯を食う事も出来ずに戦いながらカロリーバーを摂取するような難易度の高い設計になっていたかもしれないと思ってな」
「なるほど、それは有り難いですね。私も拝んでおきましょう」
二人手を合わせるが、食材に対してではないあたりが自分たちの信仰の浅さを露呈させている。そもそも神様という概念に一番近い存在のダンジョンマスターと顔を合わせているのだ。今更新しい信心に目覚めるとすれば、ダンジョン教徒みたいな感じの宗教になるだろうし、そうなればダンジョンを攻略する事についての宗教的価値観とか宗教的意味はどうなるのか。聖地巡礼なのか神の名のもとに足元を掃除させていただくなのか、色々と興味深い事になりそうではあるが、それはどっちかというとダンジョン庁長官の領分なのだろうな。
食事を進めながら、昼からの予定を詰める。一応午後からは二十九層に下りてトレントで実を集める作業、というのがいつもの流れだ。
「さて、いつもより一時間ほど遅くなってしまったが、午後からはいつも通りトレント討伐でいいのかな」
「いいですよー、日銭は必要ですからね。カモフラージュ的な意味でも、後でギルドをパンクさせないという意味でもトレントの素材を供給する事で新しい利用法が発見されれば、その分だけ素材の価値が高まりますからね。そうなればトレントも浮かばれようというものです」
午後からは予定通りトレントをバキバキに折り続けることに決まった。
「そういえばトレントはともかく、ケルピーは良いんですか。密度的にも金銭的にもあっちの橋を往復するほうが便利ですよ」
「確かにそれはそうなんだが、よいしょっと。今馬肉これだけあるんだよね。しばらく困らないんだ」
どさどさっと大量に馬肉を出して見せる。ざっくり言っても十キログラムはあるだろう。
「なら売りに出すのでも良いんじゃないですか? 安いとはいえ市場に流すのが一番値段の向上に一役買うと思うのですけど」
「もう一つ、問題というか今後を見据えて、トレントのドライフルーツの量産に着手したい。さっき三十七層を回って思ったが、三十六層までは徐々に敵が強くというか厄介になってきていたのは解るが、三十七層からはどうやらそれが一段階二段階上で登場してきたという感覚だ。乗り越えるためにはこっちもスキルアップをする必要がある」
食べているカボチャのスープの中身をかき混ぜながら芽生さんに雑感を説明する。
「つまり、スキル多重化しても本気で戦ってないとはいえあのレベルの戦闘が要求される。一回二回だけの戦闘ならまだなんとかなるが、そのまま四十層まで行くとして、密度も濃くなるだろうし数も増えるだろう。そうなった場合明らかにこっちの手数が足りない。俺達も更に強くなる必要があるということだ。その為にはドライフルーツをしゃぶって吐き気がするまでスキルのレベル上げをしていく必要があるということになる。ここまではいい? 」
「なるほど、スキルの威力アップをしていくための時短としてドライフルーツをきっちり使い倒していく必要があるので、競争相手が居ない内にトレントの実をたらふく集めてドライフルーツ化して、強さを盤石なものにしたいということですね」
芽生さんが大体理解したようだ。
「それに、結衣さん達が二十八層まで来れるようになった時、実力不足を痛感してどうしようと相談された時に、みんなで揃ってブートキャンプが出来るぐらいには在庫を確保して置いても良いと考えている。その場合、今の手持ちだけではとてもじゃないけど足りなくなるよね」
「ちなみに今何枚ぐらいあるんです? そもそもの在庫が解らないと判断のしようがないですが」
保管庫を覗く。手持ちは……
「千八十枚だな。一人一日三十枚使うとして、三十六人日の消費量だ。仮に六人で消費するとして、六日分しかない。出来れば一週間ぐらい続けたいし自分の予備も持たせたいし、二十九層以降結衣さん達が進んでくることを考えると、予備魔力タンクとして持たせたいから……三千枚が目標かな」
「つまりトレントの実二百個ですか。トレントの実のドロップ率を考えると体感三割ぐらいでしたっけ。単純計算でトレント六百体、意外と楽に感じる? そうでもない? 」
「その頃にはもう一回ぐらいはステータスブーストも上がってそうだからより楽に戦えそうだな」
スライム六千、ジャイアントアント六千、そしてここでトレント六百か。それだけ戦えばスキルオーブも落ちるだろうな。トレントはどんなスキルオーブをくれるんだろう。今から楽しみだ。
「そういえばついでなんだが、講演会を開くことになったらしい」
「講演会って講義のほうですよね。洋一さんが? 誰相手に? 」
「高校生相手にやることになってしまった。なんかこう、探索者らしく見せる場面とか無いかな? 」
「それこそスキルを使って見せてみては? ……と、それはちょっと危ないですね。ふざけて手を出して感電でもされたら大事件ですから」
「ボクシング部のエースにひたすらぶん殴らせてみるとかそういうのはどうだろう? 」
「それはボコボコにされても大丈夫なタフネスを見せつけるのか、全部避けて反射神経を見せるのか判断に迷う所です」
うーん……どっちもなんか違う気がするな。そもそも探索者としての強さを見せたいわけじゃない。探索者の心得みたいなものを伝えたいんだ。だから強さ比べみたいなものはしたところであんまり意味が無いし、ステータスブーストが地上でもある程度までなら使えるようになったとはいえ、高校生ぐらいの体格があればステータスブーストがあっても押し負ける可能性がある。それは恥ずかしいので避けたい。
「そもそも、探索者で成功してる……うん、成功してると言い切ってしまっていいな。成功してる俺達からこれから探索者になろうと考えの端にひっかけている学生に言えることって、探索者って意外と単調で同じような仕事をひたすらこなすものだから、多分想像してるような派手な仕事じゃないよ? 後自己責任という言葉の意味についてちゃんと理解する必要があるよ? という話ぐらいしかないような気がするんだよな」
「そうですね。確かにすごく単調ですからね。時給の良い全身をくまなく動かすライン工、というイメージがぴったりだと思います。後はライン工と違って弁当も水も自分で運ばないといけないから負担は結構大きいよ、と。その点私たちはものすごい楽をしてますけど」
やはり清州に……いや、今更清州に行っても意味はないか。ただ一度我に返って荷物を背負ったまま体を動かして、ドロップ品の管理の大変さを味わう事は必要だろう。講演前にやっておくか。
「やっぱりこの路線で行くのが問題が無くていいかもしれないな。ただ、同じ作業を心を無にしたり遊びに行かせたり、強靭な腰を持っていて、社会人となることに違和感が発生してから探索者を始めても遅くはないということをアピールしていきたい」
「何を伝えたいか、をまず大事にしたほうがいいですね。そこがブレると何をしゃべってるんだこの人は、本当に探索者として信用できる人なのか、と見透かされてしまいますからね。安全安心な探索で一儲けしようというならこれだけは押さえておきたいポイントというのをしっかり固定したうえで、喋ることをお勧めしますよ」
「本当は芽生さんについてきて欲しい所だけど、目立つの嫌だろうしまだ日程も決まってないらしいし、何よりこの年齢差だと何言われるか解らないからなあ」
ほぼ親子で親子じゃないのに一緒に探索をしている。邪推のし甲斐があるってもんだ。
「私はあんまり気にしませんよ。うちはうち、よそはよそです」
「そう言われると少しだけ気持ちが楽になるよ。さて、そろそろお腹もこなれたところだし、午後のトレント狩りに行きますか」
「今日の目標は何個ぐらいですか」
「五十個取れればいいなあ。ただあんまりギリギリまで狩りしてると結衣さんを待たせることになるからほどほどで終わらせたい」
そう、今日は大事な話し合いもあるのだ。狩りに夢中になっていて大事な用事を忘れることは許されない。今からだと……ざっと三時間。五十個はさすがに難しいかな。
おっと、忘れる所だった。ミルコに向けておせんべいのお徳用袋を二袋といつものコーラとペットボトルのお茶をお供えしてパンパンと手拍子。お菓子は虚空へ消えていった。
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