671:結衣さん達と 1/4
二十層の階段まではしばらく歩くか、誰かが持ち込んだ自転車を使う事になる。どうやら二十一層に潜れるようになるぐらいの探索者になると自転車を自腹で買って放置しておくぐらいの懐の余裕はあるらしく、バラバラのメーカー、バラバラの車種の自転車がエレベーター前か二十層の階段前に路駐されている。少なくともその中の二台は俺と芽生さんが持ち込んだものになる。今回は一台だけ残っていた。
「みんな思い思いの使い方してるなあ。統一感はないけどいろんな人が出入りしてるって感じは出てていいね」
「安村さんが最初来た時はどうだったんです? 」
「どうだったも何も、エレベーターも無いし目印も無いし……というか二十一層の地図は俺が数日かけて綿密に調査した結果の地図だもの。調べるには結構手間がかかってるよ」
「道理で建物ごとの高さや半地下があるかどうかまで細かく描きこんであったわけだ」
「こんな細かい作業までようやりましたなあ。頭が下がりますわ」
「階段見つけるまで苦労しましたからね。その間ただ階段を探すだけでは勿体ないですし、いずれCランク探索者はここまではたどり着くでしょうから自分のキャンプ地を決める意味でもあったほうがいいかなと思って」
自転車をこぎながらなんでもない会話をしつつ、二十層への階段へ着いた。自転車が乱雑に停められている。さすがに自転車台まで用意する几帳面さはここにはなかったようだ。
自転車を出来るだけ綺麗に並べると、早速二十層へ上がる。久しぶりの二十層だ。前に通ったのは会談の打ち上げ用の肉を確保する為だったか。まだ肉はそれぞれ適度な量残っている。いずれこれも何かしらのタイミングで処理していこう。
いきなり他のパーティーと遭遇してモンスターと戦えないという状況も考えてはいたが、そうはならなかったらしい。早速ダンジョンハイエナとバトルゴートが戦い合っている場面に出くわす。
「どうします、漁夫の利取れるまで待ちます? 」
「待たなくていいと思うよ。終わるのすぐだし」
そう言ってダンジョンハイエナ全てにターゲットを合わせて一斉に雷撃。あっという間に黒い粒子に還っていくダンジョンハイエナ。残ったバトルゴートがこちらに突進してくる。
「じゃ、そっちは任せました」
「任されました」
各自一体ずつバトルゴートと向き合う。結衣さんは風魔法でバトルゴートの突進の威力を無理やりそぎ落としながら、側面を槍で突き崩す。風魔法もそこそこ鍛えているようで、バトルゴートの顔には傷もついていた。努力の跡はうかがえるな。ただどうしても芽生さんだったらどう動くかを考えてしまうのはあまりよくない癖だろう。実力は人それぞれだ、その人に合った動き方があるだろうし、それを阻害してしまっては逆に邪魔になるだろう。
皆が倒していく先からドロップを拾い、バッグにしまい込むふりをしながら保管庫へ。最近はエレベーター用の魔結晶は全部外に出して保管しているので混ざる心配はない。他のドロップに関しても、ポーションだけはあらかじめ数を数えてあるので後で取り出し時に面倒が無くていいだろう。
ダンジョンハイエナのドロップを拾っている間にバトルゴートも戦い終えていたので、それぞれからドロップを受け取る。
「せや、安村さんが全部荷物管理してくれるんならお腹が空くまでひたすら狩り続けることができるってことですわな」
「何だったらお腹が空いても問題なく行動できるよ」
カロリーバーを出して見せる。とりあえず平田さんは受け取ってかじり始めた。あんたらご飯食べた後じゃないのか。本当にこのパーティーは欠食児童が多いな。
そのまま真っ直ぐ階段方面まで進む。どうやら階段の行き来をするグループと、階段が見えつつも離れた位置で狩りをするグループに分かれており、二十層では基本的に階段の往復でもそれなりに稼げるように、という住み分けが出来ているらしい。俺の知らない所で色々相談とかがあったんだろう。
少し進むとレッドカウもダンジョンハイエナに襲われていた。どうやら今日は絶好の狩り日和らしい。またダンジョンハイエナだけ焼いて、ドロップを拾ってる間にレッドカウの相手を頼む形だ。レッドカウを倒すと肉が出た。
「やったー、夕飯のおかずだ」
「これは換金用として俺が預かっておきます」
「そんなー」
「後で馬肉あげるからそれで疲労を取って、また狩りに出ればよろしかろう」
「馬肉っておいくらですのん? 」
「四千円。高いか安いかで言えば安いけど、市場に出回る機会が少ない肉だからこの値段なんだと思ってる。もっとBランク探索者が増えて二十九層まで潜れる人が増えたら、日の目を見て値段が上がっていく可能性はある。ただそうなれば、今度はレッドカウの肉の値段が下がるかもしれないなあ」
馬肉を取りに行ける人が増えるということは、レッドカウを取りに行ける探索者はさらに増えるということになる。それだけ供給が増えれば需要を上回って査定価格が下がる事もあるだろう。
「ダンジョンドロップ品は結構水物ですからね。今稼げるのか後で稼げるのか。安村さんなら現物を保持したまま相場を見て売りの機会を見るって事も出来るのでは? 」
「面倒くさいからパスかな。消費する分と念のために残してあるポーション以外はあまり手元に残してないよ。その気になれば自分で取りに行けるしね」
◇◆◇◆◇◆◇
そのまま一時間ほど真っ直ぐ進み、十九層へ上がる。ここからが勝負のところだ。是非結衣さん達には【索敵】を手に入れてもらいたい。そのほうが奥に進めて効率もグッとよくなるはずだからな。
「……二十五層まで降りて俺が索敵を拾いに行って売りつける、という手段もあるのか」
「それ、何日かかりますのん? 下手するとこっちで拾うほうがはようなりまっせ」
「ちなみに何日ぐらい十九層にかかりっきりで? 」
「大体十日ぐらいですかなあ。二十一層でもノートに書いて、索敵出たら売ってもらえるように交渉の場を設けてもらえるようにはしてあるんですが今のところ報告はナシってところで」
「まあ、特定のモンスターが出しやすいって解ってるだけでも充分に価値はあるってところで納得するしかないのかな」
「そういうことですやろなあ」
十九層では石兵八陣の中をひたすらにうろうろし続ける必要がある。あっち行ったりこっち行ったり割と大変ではあるが、とりあえず予定としては五時前にはここを撤収したい。後四時間ほどの余裕はあるって事になるな。この四時間で出るかどうか。
「ここでミルコに索敵頂戴って頼むのはズルというか、なんか違う気がするんだよな。一応お願いの貸しは芽生さんとそれぞれ一つずつ作ってはあるんだけど」
「それで出してくれるならそれに越したことはないんだけどね。でも貴重なダンジョンマスターとの交渉権だから、一探索者でしかない私たちのために使うってのは確かに違う気はするわね」
「大事な彼女のためでもかい? 」
多村さんが茶々入れをする。大事な彼女の事だからそれなりに悩むんだよ。
「そこは切り分けて考えてくれるほうが安村さんらしいと言えばらしいんだけど、実際の所どうなの? ……って私が聞くのは変か」
「うーん……先に進めない理由が【索敵】だけってならお願いするのも有りだとは思うし、他の探索者から見ても同じ意見が出る可能性はある。このまま貸しを使わず何処かで貸し借り無しの関係に戻したいって気持ちもある。結局俺も一探索者だからさ、なあなあで済ませたくないんだよな」
そういいながらダンジョンハイエナを焼く。多分ミルコも見てるだろうからこの話を聞いてる可能性は高い。だから俺の言葉一つで決まるんだろうな。
俺がどこかで楽をするために貸しを一つ持っておくか、それともその貸しを一つ無しにして、代わりに結衣さん達に貸しを作るか。
「だめだな、どっちにしても誰かに貸しは残る。やっぱり実力で出してこそ探索者だな」
「そう言われて少しほっとしたわ。ここで私たちのために貸しを使うってなったら私安村さんに頭上がらなくなっちゃうもん」
「そこは体で支払うとかでええんちゃぐふうううう」
全力でセクハラを始めた平田さんに結衣さんから拳が入る。結構体重が乗ってたな、今の。戦場のど真ん中で漫才やる程度には余裕があるらしい。これは本格的に索敵を持たせて下の階層に向かってもらうほうが良さそうだ。
「まあそれでもいいんだけどね」
「ちょっと! 」
セクハラを半分容認しておく。今更隠す関係でもないだろう。多村さんなんかは解っててやってるだろうし、みんな解ってて弄っているんだろう。あんまり弄ると本気で怒られるからほどほどにな。
「とりあえず次いこう。せっかく来たんだし戦闘回数重ねて可能性は出来るだけ上げておきたいしね」
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