669:添削
今日も気持ちのいい朝だが、昨日までとは違い一転して冷え込んだ。そろそろダーククロウの布団も分厚くするかどうか悩みどころではある。もう冷房は必要ない、冬の間は暖房として活躍してもらおう。そして今日もありがとうダーククロウ。
ゴキゲンな朝食を食べると早速お弁当の準備に取り掛かる。今日の昼食はウルフ肉、昨日もウルフ肉だった。ちょっと趣向を変えて今日のウルフは竜田揚げだ。
片栗粉が作り出すザクッとした食感を味わいたかった。下地をしっかり揉みこんでニンニクも利かせ、保管庫で数分寝かせている間にサンドする他の材料の用意。後は肉を挟むだけ。良い感じに下味が着いたウルフ肉に片栗粉をつけて油でジュッと揚げて、油から揮発していくニンニクのいい香り。もうこれだけで腹が減ってくるな。念のためパックライスも温めておくか。
ウルフ肉が揚がったところでパンに挟みグッと押してザクッという手ごたえを受けつつ体重をかけ、ほどほどに厚みを無くしていく。ラップで包んだら保管庫に放り込んで今日の昼食完成だ。百倍速が個別にかかるようになったおかげで料理の手間がかなり省けて良い感じになっている。百倍の時間経過、つまり未来をつかみ取る能力を最大限自分のために利用した結果が美味しい肉を食べるため。俺らしくてとてもいいじゃないか。
それに、トレントの実を手に入れた時にはドライフルーツを手軽に作るためにも役立っている。やはり食に関する欲求はまだまだ強い。食事がちゃんととれるうちは耄碌することは無いだろう。さて……
ギルマスに見せる書類、ヨシ!
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。特に今日大事なのは書類だ。果断速攻は妙手の心得、早く終わらせられるものは早く終わらせる。そのほうが直前になって変更ということになっても混乱せずに済む。それがたとえ拙文であっても、まず出して意見を聞き、手直ししていくことが肝要だろう。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョン前のコンビニでおやつをほどほどに買い込み、一晩かけて考えた内容をまとめた書類を片手にダンジョンへ行く。ギルマスは……今日も居た。早速第一稿として渡して評価点をもらう。小学校の頃の作文提出の気分だ。
「では読ませてもらうよ。一体何を伝えたいのかということ、そして君が思い描いている探索者像というのを」
「どうぞお手柔らかにありのままご意見を賜れるといいのですが」
「ギルドの心証が悪くなるような事が書いて無ければ基本的にいいんじゃないかな。後は高校側が探索者希望の学生に対してどうしたいか、というあたりだろうけど」
ギルマスは真剣に文章を読んでくれている。時々眉をしかめながらだが、基本的には平然と、ざっくりぼんやりとした俺の文章に時々赤ペンでチェックしながら最後まで読み終えた。
「ふむ……講演としては内容は短めだね。質疑応答が盛り上がるかもしれないが、おおよその探索者がするべき行為という流れはつかめていると思う。後はダンジョン内で禁止されてる行為とかそういうものについてももう少し掘り下げてもいいかもしれないね」
「あぁ、トレイン禁止とかゴミは持ち帰るとかそういう部分ですか。確かに必要かもしれませんが、探索者になる時にある程度教え込まれはするので大丈夫だとは思いますが……」
「それでも事前知識という意味では知っておいて欲しい部分ではある。持ち物には自分の出したモノとか弁当とかも含まれるわけだしね」
「たしかにそうですね、ではそれも盛り込むことにしましょう」
「後はそうだね、地道な作業でみんなが想像するような派手な騒ぎにはならない、という点はとても大事だ。そんな派手な戦闘をするのは多分ボス戦ぐらいだろう? 」
「ボス戦……もしくはうっかり囲まれた時ぐらいですかね。最近の小西ではそうそうお目にかかれ……あぁ、十層を抜けるときはかなり派手な戦闘と言えるかもしれません。でもそこまで成長するパーティーがそうそういるとは思えませんが」
「私の目の前に解りやすい例が一人いるとは思うんだがねえ」
頭を掻きつつ、相違点や言い換え、言い直しなんかの点をいくつか修正してくれた。大筋としてこのルートを選ぶことは問題ないということだろうか。
「大まかには問題ないってところですかね? 」
「そうだね、無難な所はちゃんと押さえてるし、おそらく学校側としても卒業生が揃ってボコボコにされて帰ってきたなんて事にはなってほしくないというか、それなら今のうちに早めに! なんて言って貴重な受験への時間をダンジョンに費やしてほしくないだろうし。そのストッパーになるようなことを発言してくれれば……みたいなところはあるだろうけど、嘘はつけないからね。実際に探索者はかなりの割合で一般的な職業に就いているとされてる人たちよりも儲けてる。もちろん、社会保険や厚生年金、その他控除なんかが受けられないのでその辺の制約はあるにしろ、数年仕事を続けてある程度儲かったら早めにリタイヤして余生を過ごす、なんてことも出来るわけだ。あんまり若い人たちに広まって一気に人口が増えると、ダンジョンが混雑しすぎてモンスターのリポップ率が下がって一時期の清州ダンジョンみたいにダンジョンに来たのに稼いで帰れない、なんてことにもなりかねないからね」
「人口密度の増加によるリポップ問題か、そこまでは考えてませんでしたが確かにそうなりますね。今のところ小西ダンジョンはどうなんです? 」
「定点観測はしてるつもりだが、確かに一人当たりの一回の探索に対する量は少しばかり……といっても最大で十%ほどかな。減少していることは確かだ。人が増えたことによるリポップ現象の発生低下は起きていると思っていいよ。安村さんは相当奥まで潜ってるから一切影響を受けてない……というか、十五層でエレベーターを起動できるようになってから今まで、そういう目にあったことがほとんど無いんじゃないかな」
思い返してみる。人が多いせいでリポップが減ってその分報酬が減るという事態。考えられるのは茂君と十層か。
「確かにほとんど無いとは言えますが、六層でダーククロウの羽根を狩る時に、人通りが多すぎるとリポップに時間がかかるはずですからそういう方面では影響あると思います。後は今ネックになっているであろう九層ですかね。十層は元々湧きの数が異常なので判断材料にはできない所でしょうけど」
「十層をグルグル回って稼ぐパーティーもいるそうだよ。聞いてる話だとボス倒すよりもそっちの方が難易度高いって話じゃないか。そんなパーティーが小西ダンジョンに居てくれるとこっちも財布が潤って嬉しい所だ」
あの十層をグルグル回るか……一人ではできないでもないが余裕が無さすぎて現実的じゃないな。芽生さんとならかなり楽に行けるが今更そこで腕試しをするという風にはならないだろう。明らかに下層を回ったほうが楽に稼げる。あえて行くなら一日に何周回れるかを競うような自己満足の範疇だろうか。
「清州ダンジョンにエレベーターが出来たら彼らもそっちへ行ってしまうのでは? もうこちらに居を構えていてじっくり毎日探索してるなら別ですが」
「どうなんだろうね、みんな追跡して素行調査するわけじゃないからね。探索者登録には血とマイナンバーさえあればいいから現住所を確かめたりもしないしね」
たしかに、一ヶ月だけ逗留するなんて事だってあるのだ。別のダンジョンに籠るようになるためにいちいち住民票の移動なんてやってられないしな。いくら簡素化されたとはいえそういう手間を省けるように探索者証が有るんだからな。
「まあ、他の話は置いといて講演の話だ。この流れで良いと思うよ。後から追加してほしい内容が増えるかもしれないけど、そういうのが出来たらレインで送るよ。登録したのをすっかり忘れてそうだけど」
「そういえばそうでしたね。どうもスマホは電話ぐらいにしか思ってないので良く忘れるんですよ」
「安村さんはパソコン使える割りにその辺は弱いんだねえ。とりあえず、設営側から何か含みだったり丸め込みのための話が入ってきたら伝えることにするよ」
「よろしくお願いします。出来れば喋るほうも聞く方もお互い損が無いような話にしたいですからね……損と言えば、これいくらぐらい貰えるんです? 」
「高くはない。君の一日の稼ぎに比べればね。ただまあ社会とのつながりを保っておくための一つの手段として手持ちの札を確保しておくのは良いんじゃないかな。働けなくなった時に講演会を開いて参加料を取って、過去の話をする。なんかいけそうじゃない? 」
ふむ……それなら直接潜らなくても確かに金稼ぎは出来るな。そういう未来の布石としてはありだな。
「とりあえず、第一報は良い感じということで。何か追加する文面や細かい事が有ったら今度こそレインで写真にして送るようにします」
「そうしてちょうだい。そのほうがここに来なくていい分気楽でしょ」
「ここに来るのも随分気楽な気はしますけどね。なんだかんだで色々お世話になったりお世話したりしてますから」
「そういうのをギルド付きの探索者っていうのさ。そういう意味では小西ダンジョンの顔でもあるな。是非かっこいいところを見せてあげて欲しいね」
「気が向いたらそうしますよ」
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