664:よーく考えよー、お金は大事だよー
ほどほど楽しんだところでいつもの打ちっぱなし練習。せっかく標的が一杯あるのだし、たまには壊れる相手に打ち込むのもしゃれたものだろうということで、眩暈が来るまで最大出力の極太雷撃をあたり一面にお見舞いしていく。視界内の木は全て燃やし尽くしたのではないか、というぐらいの焦土っぷりだ。ダンジョン直すの大変だろうなあ。
芽生さんも木を切り刻んでは枝を落とし、皮を剥ぐところまではいかないにしても丸太にしてどんどんと密林状態だった森を禿山にしていく。
眩暈が来る前にすべて打ち終わってしまったので、仕方なく二十八層に戻り続きを始める。やはり持久力も伸びているようで、出力の最大値が上がったにもかかわらず以前よりもさらに長い間打ちっぱなしを維持する事に成功した。
雷撃の太さが倍ぐらいになったが持久力も同じく倍ほどになっている。五分間ぐらいは打ち続けられる。つまり、エルダートレントと戦う間はドライフルーツの補給はもう要らなくなってしまった。回復力も上がっているなら、ケルピーの踊り食いだってドライフルーツなしでも突破できるようになっているかもしれない。今度三十一層まで歩いて行って試してみるか。
それより大事なことが一つ。これだけの出力があるなら、お互いソロで二十七層と二十九層に分かれて狩りをする、ということも可能になっているのではないかという点だ。物理的なアクションが必要なゴーレムはともかくとして、トレントやカメレオンダンジョンリザードにはまず負けることはない。
それについて芽生さんに聞くと「荷物持ちたくないでーす。そこは収入よりも楽がしたいでーす」という素直な一言が返ってきた。強くなったからと言ってより収入を増やすための行動をするかと思ったら、そこはそうでもないらしい。まあ、俺も一人で探索をしているよりも小話をしながらやっていけるペア狩りのほうが精神的には楽が出来る。そこはなあなあで済ませよう。
眩暈が来たところで今日の訓練は終わり。ちゃんとポーション以外のドロップ品も確保できたし、査定カウンターでぶつくさ言われることも無いだろう。今日はすべて一袋ずつ。量的には寂しいが金額的にはいつも通りという感じだ。むしろ三十四層、三十六層をそれぞれ往復してきた分のヒールポーションの価格がかなり美味しい感じだ。
リヤカーを……本来なら今日は必要ないが、俺専用とはいえ引っ張ってきた以上上に返却するのがマナー。ちゃんと中に居るか外に居るかを一発で見極めるためにも必要な処置と言える。
帰り道のエレベーターの中で今後について話し合う。
「キリも良い所まで来ましたし、私は最後の夏休みを学生らしく過ごそうかと思うのですが」
「明日は台風だったか? 金稼ぎに精を出さない芽生さんなんて爆弾低気圧みたいなものだろう? 」
げしっと足を踏まれるが、安全靴なので痛くない。
「キリが良いと言えば洋一さん気が付いてます? 私たち夏季休暇の間に軽く二億以上稼いでいるんですよ。私たちが出会ってからで計算すると三億になりますよ」
「そうか……なんか預金の桁が一つ上がったら後はどうでもよくなってきた。ここまで稼いだらもう後はオマケみたいなもんだな」
「このまま夏季休暇が続いてくれればサラリーマンの生涯年収を軽く超える収入を得られたかもしれないですね」
「それ平均値だろ? 中央値と税金を考えて、手取りで計算したらどうなるんだ」
「多分……後一週間もあればそれも超えるかと」
「じゃあもう来年から働かなくても良い感じになってきたな。これからは仕事ではなく趣味で探索するか。趣味で仕事をするんじゃない、趣味を楽しんでたら勝手にお金が増えるだけなんじゃ……いや、まてよ。そうだな……やはり金はあるに限るか」
芽生さんにしろ結衣さんにしろ、一緒になるにはそれなりに金がかかる。それぞれみんな自立していて収入もあってという立場とはいえ、だ。どっちかが専業で探索者を続けていくというよりも、お互いに探索者をやり続けることになるだろうし、そもそも芽生さんが本当にダンジョン庁に就職するかもまだ解らない。今それを決めるのは早計だな。もうしばらく、いやもうちょっとだけ悩んでもいい時間はあるだろう。
それに探索者を辞めるというのはここまでダンジョン庁に深入りしていたのをスパッと切ることになる。それはミルコに対しても真中長官に対しても坂野ギルマスに対しても、礼儀をわきまえない事になりはしないか。人の縁というものを今までは大事にして生きてこなかった。おかげで芽生さんや結衣さんがいなければ俺はまだ一人ぼっちでダンジョン探索を続けていただろう。
そうならなかったのは人の縁というものが作用しているはずだ。この先どうなるかまでは解らないが、この縁は大事にしていこうと思う。ミルコは多分人じゃないけどな。
「やっぱりお金は大事ですよ。口座のお金が減っていくのを日々見守る人生は辛いですよ。気分が滅入りますよ。私だってそうでした。このまま大学に通い続けて勉強するよりも今すぐ中退して働いた方が良いんじゃないかとか、夜のお仕事をしてでも……とか、考えたことはありますがやっぱりお金が有るということはメンタルを良い方向に持っていくために必要です。だからもっと稼ぎましょう。具体的にいくら儲ける、ということを考えなくてもいいですし、普通預金でもなんなら当座預金でもいいんです。どうせ洋一さんの事ですから銀行普通預金しかしないんでしょう? 下手に投資に手を出すと投資金額が今どうなっているか気になって探索どころじゃなくなるかもしれませんからそれはそれで良いんです。なんなら当座預金にして小切手でいつでもいくらでも引き出せるようにしてもいいぐらいです。私たちはそのぐらいの収入を得てるんですから、使えるものは使って行けばいいと思います。お金の問題がお金で解決するならそれが一番良いはずです」
芽生さんがまくしたてる。要するに、体力が続く間は働けということだろう。
「わかった、わかった。どーどー。もうしばらく……体力がいつまで続くかは解らんが、可能な限り潜って行けるとは思うからそれにわずかに期待しておいてくれ」
「解れば良いんですよ。国内有数の探索者が辞めたいなんて言い出しながら日々潜ってたら他の探索者にも悪影響ですよ? 」
「む、そうだな。そういえば国内有数の上位パーティーだったな俺達は。せめて地上ではキリっとしておくか」
「その意気です」
一層に着いたのでキリっとする。芽生さんのほうを向くと親指を立てていた。この顔で良いらしい。いつもより相当軽いリヤカーを気軽に引きながら、パワーの上がった雷撃をかなり絞ってスライムに当てて爆散させていく。これ、全力で放出したら一層のうちどのくらいの範囲を一撃で消し飛ばせるんだろう。試しにやってみたいところではあるが、今やったらフレンドリファイアーになるだろうし他の探索者からの苦情も来るだろう。試すなら一泊して夜の間にやるべきだな。
外へ出て退ダン手続きを済ませギルドの中へ。今日は早上がりだったからその分査定カウンターも空いていた。
「今日は少ないですねー。あれですかー、査定不能の領域を回ってたとかですかー? 」
「まあそうだね。でも金額はバッチリ稼いできたから、ほらポーションがこんなに」
「なるほどー。確かにこれだけで相当な金額にはなりますねー」
横目でチラッと見ただけでポーションのランクと種類が一瞥できるこの査定嬢はかなり高レベルな査定嬢であることは疑いようがない。今まで俺が保管庫の中身とにらめっこしながら金額を数えていたころでも、おおよそミスというものを見たことがない。手早く重さと数を数えてパソコンに入力していく。二分ほどで測定が終わると今日の儲けが出て来た。
八百二十一万二千九百五十円。早上がりで査定不能品がそれなりにあって、それでもこの金額である。ポーションが出やすい階層で良かったとみるべきだろう。そして、高山帯エリアだけを回ってきた訳じゃなくてよかった。他のアイテムも同時に出すことでドロップ品の偏りによる不自然さをカバーできている。
芽生さんにレシートを渡すと早速振り込みに行き、そして着替えに行った。俺はいつも通り振り込みをすると休憩所で冷たい水を……水を……そこには故障していますの貼り紙。なんてこった、仕事上がりの楽しみが一つ減ってしまった。仕方がないので若干ぬるくなった保管庫の中のお茶を取り出し飲む。やっぱり仕事上がりの冷たい水の一杯は格別なんだな、ということを自覚させられる。いつ直るんだろう?
芽生さんが着替えて帰ってきた。芽生さんも俺と同様に冷えた水を飲もうとして、ウォータークーラーの前へ来て、固まる。二秒静止した後、こちらに向けて手を差し出してきた。
「ここより、表のコンビニで買った物のほうが冷えてると思うぞ」
「そうしましょうかねえ。まだバスの時間まであるし、お夕飯もついでに買っていきましょうかねえ」
「夕飯か……適当に思いついたものを買って帰るか」
バスの時間までの空き時間でコンビニに寄る。しかし、便利になったものだ。コンビニと言えば家の最寄りしかなかったが、バスの本数もちょっと増え、ギルドの目の前にコンビニ。数分歩けば銭湯。後はコインランドリーと二十四時間営業でもあればダンジョンへのアクセスは更に上がることになるだろう。
大体この辺の変化の原因が俺にあるのだとしたら、俺にはどれだけの経済効果が埋もれていたんだろう。なんだか勝手に一人で感動している。
「どうしたんですか? 急に上を向いて」
「いや、この変化も元をたどれば俺のせいかと思うとなんだかちょっと感動してた」
「そうですよー。洋一さんのせいですよー。だからもっと頑張ってこの地方を豊かにしてくださいね」
その片棒を担いでいた相棒から背中をポンと押されると、目線が元に戻る。ギルドのエレベーターから始まり、コンビニ、賃貸住宅、建売、バスの本数、これらがすべて俺のせい。だとするなら、これからさらに小西ダンジョンを売り込む策をギルマスは考えているはずだ。それが二十四時間営業なのか、それとも他の何かなのかは解らない。
思えば結衣さん達が小西ダンジョンに興味を持ち始めたのも俺が原因だ。俺はそれなりに人を動かす力を持ち合わせているらしい。それならそれなりに努力していこう。とりあえず明日からは久しぶりにダーククロウ狩りに精を出すこととしようか。後はそうだな……のんびりトレントの相手をしつつ、ドライフルーツの量産も試みていこう。
宿泊するなら一層でもゆっくりできる。最近考え事や悩み事は無い。どっちかというと他人がどのくらい動いてくれているのか、という用途での悩む時間はあるが、今の生活には満足している。収入には困ってない、しいて言うなら休みの日に何をするか、という点だろうか。もう一人で十層にも潜れるのは確実だろうし、同じく芽生さんもそれだけの実力は得ているだろうと考えられる。
「ま、しばらくはゆっくりするか」
「ゆっくりしたら何するんですか? 」
「大きな金にはならないけど、またダーククロウの羽根集めたり肉集めたり、色々するさ。それに、最近本当にご無沙汰だが、潮干狩りをまともにやってない。そろそろ禁断症状が出そうなのでやらないとな」
芽生さんの夏季休暇という名の掻き入れ時は終わった。今度は俺がゆっくりする番だな。思う存分スライムを相手にすることができる。久しぶりに初心に帰ってスライムを潮干狩りしていこう。
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