662:昼食をミルコと
歩く速度をあまり上げないまま三時間ほどかけて三十四層を往復した。最大魔力も伸びているのか、途中でガス欠を起こすことなく順調に歩きとおし、最深層にもかかわらず何の問題も起こらず帰ってきてしまった。
「問題なかったな。ドライフルーツを咥えるという行為すらしなくなってしまった」
「大量に作ったドライフルーツどうします? 」
「そうだな……結衣さん達に渡してスキルブートキャンプを開く、というのも有りかもしれない。むしろ結衣さん達だけじゃなく、このダンジョンに居る人を巻き込んでスキルアップ講座を開いて小銭を稼ぐのも有りだな」
「ダーククロウを卒業してその後の稼ぎがそれですか。確かに七層ぐらいの広さがあればだれも巻き込まずにそれぞれのスキルを試したり出来そうですね」
「そういえばツナギどんな感じ? 違和感とか無い? 」
「そりゃあ着慣れた服と比べれば違和感はありますが、動きに問題があるほどのものはないですね。そこはクセがつくまでの辛抱だと思います」
問題ないらしい、良かった。というか変な違和感があれば途中で言うよな。言わなかったということはそういう事だろう。
三十五層に戻ってくると、早速テント前に机を出して昼食のボア肉のシチューを取り出すとちゃんとパックライスを三人分とシチュー皿、そしてスプーンも三つ出す。
「三人分ですか? ミルコ君の分も? 」
「前回中途半端な話し合いになってしまったからな。今日はゆっくりできるし、お菓子渡すついでにご飯をふるまっても問題ないでしょ」
パンパン、と手を二回鳴らすと、おそらく見ていたであろうミルコがログインをする。
「やあ、昼食にお呼ばれしに来たよ」
「今日はボア肉のシチューだ。いつものお供え物は後で渡すよ。まずは食べよう」
「いただきます。ちなみにこれどのくらい寝かせたんですか? 良い感じにとろみがついてますが」
「二分」
「二分……ということは保管庫経由で二分ですか。これ保管庫の中で雑菌とか繁殖しないんですかね? 」
「そこまではよく解らない。腹を下したら雑菌も寝かされてるんだろうなあ……という感じになるけど……どうなんだろうねその辺」
「うーん……僕の見た限りだとお腹を壊しそうなものは繁殖してないね。安心して食べても良いと思うよ」
ミルコのお墨付きをいただいた。ミルコの言うお腹を壊すのレベルが信頼できるものかどうかは解らないが、問題ないらしいので素直に食べる。うん、今日もいい味出せてるな。
「そういえば、スキルの二重取りについては隠しておくことにしたんだね」
「あぁ、そうなんだ。これを大々的に発表してしまうと、スキルの取り合いで一悶着、二悶着発生するだろうしな。スキルのドロップがダンジョン毎階層毎モンスター毎に設定されてるって話で世間を賑わせてそう日にちも経ってない。それに加えて重複してスキルを取得すればさらに強くなれる……なんてことが広く知れ渡ったら大変な騒ぎになる。スキルオーブの価格も上がって一獲千金のチャンスはさらに増えるだろうけど、同時に混乱にもなると思うし、それが元で探索者同士のいがみ合いに発展する事だってあるだろうし。出来るだけそういうのは好まないからな」
「ふむ……確かにそうかもしれないね。おかわり」
「あいよ。これでも色々考えてはいるんだよ。そんなんみんな知ってるよ、ぐらいの情報かもしれないしそれだったら声高に触れ回ってしまったら要らない恥をかくことになるしな」
「じゃあ一回家に帰ってから調べるのかい? 何か情報を確認できるものを持ち歩いてたりはしてなかったかい? 」
「……あぁ、そうか。パソコンに情報があるかどうかで調べればいいのか。持ち歩いてるわそういえば」
食事の最中なのでノートパソコンを取り出して起動する、ということはしないが、食後の休憩中にデータを浚ってみることにしよう。今は食事に集中だ。
「今は美味しいシチューに集中しよう。食事の後で調べても情報は逃げないが美味しい食事は逃げる」
「前回はバタバタしてたからゆっくり話も出来なかったからね。しかし、美味しいね。隠し味でも入れてるのかな」
「チーズとニンニクを少し。後は秘密かな」
「チーズは解る。牛の乳の加工品だろう? ニンニクはこの香りの元ということだけは解るけど現物を見たら似たようなものがあるかもね」
「ほれ、これがニンニクだ」
保管庫に放り込んであった使い切れなかった分のニンニクを取り出す。ミルコは興味深そうにニンニクを眺めると、一欠片口に入れる。
「あ、生だと」
「うわ……これは強烈だね。生で食べるのはあんまりお薦めされないような気がする」
「刻んで油で炒めて香りを出すんだ。そうするとちょうどいい味わいと香りづけになる」
「なるほど、しかし、これはきつい。似たような食べ物は確かにあった気がするよ」
「ニンニクは異世界にも存在するのか。同じ食べ物で名前が違うものとかもあるんだろうな」
「かもしれないね。ただ、こちらの世界ほど嗜好品類があったかというとそれは無いね。明らかにこっちの文明のほうが優れている」
「これも異文化交流って奴なんでしょうか」
異文化交流というなら、ダンジョンマスターが居る時点で既に異文化交流は達成されてしまっているんだが。
「交流というよりは備忘録に近い気がするな。なにせほぼ滅びかかった文明の話だし」
「あ、ちなみに完全に滅んだわけではないよ。ちゃんとまだ生きてる人たちはいるよ。ただ崩壊前の文化レベルや社会システムを維持できてないだけだよ」
「残りの人たちはどういう生活をしているんだろうか……まあ気にしたところで出来ることはないから仕方がないんだが」
「そうだね……かなり原始的な生活レベルまで落ちてしまっているとしか言いようがないね」
原始的生活のレベルがどのくらいのレベルなのかも難しいな。そもそも崩壊前の文明の事について色々聞いたうえで反応を見なきゃいけないし、向こうの文化レベルがこちらの世界で言うどのレベルに当たるのか、から始めないといけない。
「ま、美味しいご飯を食べれるのは幸せって事で良いか。昼からどうしようね。ミルコのせいじゃないんだが、ここらの階層で持ち帰るドロップ品は今のところ探索速度的に想定外だったらしくて、ドロップ品の買い取りリストに入ってないから、ギルドが対応するまで金にならんのだ」
「ふむ……じゃあしばらくは深層に潜るのはお預けって事かな」
「そういう事になるな。あまり大量に一気に換金すると、保管庫スキルで保管してましたって大々的に発表するのと同じことになる。それは避けたい」
「じゃあ僕のほうに時間をもらえたって事でいいのかな。その間に下層のダンジョン製作に精を出すことにするよ」
今から作る……だと……
「ということはあれか、意外と奥まで来てるって事なのか。小西ダンジョンは結構浅いダンジョンということになってしまうが」
「現時点ではそうだね。詳しい階層まで言ってしまうと面白くないだろうから黙っておくけど、このペースで探索されると近いうちに最下層まで追いつかれてしまうね。一応もっと深くのほうまでダンジョン作成セットみたいなものは用意されてるんだけど、実装されてるかどうかはダンジョンマスターによるかな。君らのおかげで僕の仕事はかなり増えたよ」
「それはそれで楽しみが少なくなることは確かだが……とりあえず頑張って作ってみてくれ。それでもこっちが早かったら……そうだな、芽生さんの休暇ももうすぐ終わるし、ダンジョンの深くへ潜る頻度は下がることになる。その間に頑張ってくれ」
「そうさせてもらうよ。出来栄えのほうは実地で歩いて確かめてもらう事になるけど」
「ダメ出しは出来るだけしないように心がけておくことにする」
食事が終わったところでミルコにいつものおやつを渡す。コーラはダース単位で渡すことになった。これでも飲んで頑張ってほしいと思う。代わりに、前からバッグごと預けていた分のバッグだけが帰ってきた。またこれに入れておやつを持ってきて欲しいという意味だろう。
「ちなみに気に入ったおやつはここまであったか? 」
「そうだね、これかな」
差しだしてきた空き袋を見ると、サワークリームの文字。どうやらミルコはシュワシュワ系が好きらしい。今度口の中に清涼感あふれるミント系のタブレット菓子を紛れ込ませてみよう、気に入るかもしれない。
食事が終わりミルコにお菓子を渡したことで今日の仕事は半分が終わった。さて、これからは胃袋をしっかりと働かせたまま体を休め、そのついでで調べものだ。机の上にノートパソコンを取り出して早速調べ始める。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





