661:「事後」報告
「と、いうわけでちゃんとデートして、儀式も済ませてきました」
「うむ、ご苦労である。これで洋一さんを寡占する下準備は整いましたね」
バスで芽生さんと合流し、ふんわりとしたデート報告をする。他の女性とちゃんとうまくいったという報告をするという奇妙な現象だが、そうなってしまった以上仕方はない。そして今後、いずれ来るであろうどちらかを選ぶという行為。それについても覚悟を決めたという報告になる。
「で、ワイバーンのお肉はどうでしたか」
「あれはダンジョンで気軽に食べる類の肉ではない、ということは解った。筋が結構入ってるし、水分が少ないので軽く水戻ししてから調理を始めないと美味しさが飛んでしまう。ステーキにするにしろ唐揚げにするにしろ、調理の手間が結構かかる一品なので手軽さはないな。そういう意味では馬肉やカウ肉のほうが確実に焼いてすぐ美味いと言える分軍配は上がると思う」
「なるほど……ということはお値段のほうはあまり期待できませんか」
芽生さんは残念そうである。すぐ美味しいすごく美味しいという訳でもないんじゃないか、という結論に達した事と、査定金額もそれに伴って低くなるのではないか、という懸念である。
「ところで、その肉なんだが……どう? 俺なんか若返ったりした? 」
「いつも通りに見えますが……そういえば頬のたるみが少しなくなった気がしますね。もしかして、それが肉の効果ですか」
「やっぱり一発で見分けられるほどではないって事だな。経過観察が必要だな。例えば毎日少しずつ食べていく様をデータとして残していくとか、重たい食べ物を食べても大丈夫なように胃が強くなるとか、トイレが遠くなるとか。でもそれを確かめるためにも三十四層へ通う必要があるな。効果を立証するのは中々難題だ」
「私はまだ若いから良いんですけど、急激に若返ったりするわけでは無さそうですね」
芽生さんがペタペタと俺の顔を触りながら色々確認している。
「あ、でも肌ツヤが良い気がします。これは肉効果でしょうか、それとも結衣さん効果でしょうか」
「そこも解らんが、少なくとも今朝の結衣さんはツヤツヤしてたぞ」
「それはそうでしょうよ。女性は好きな人とイチャコラするだけで美しくなっていくようにできているのです」
「そういうものなのか」
「そういうものなのです」
そういうものだと納得しておいたほうがいいものらしい。どうもわからん。バスはちゃんといつもの小西ダンジョン前に着き、下りる。
「さて、今日はとりあえず午前中は査定不能品をため込むのと、実力がどれだけ上がったかを確認する作業だ。それが終わったら、二十八層に行くなりしてもいいし、そのままもういっちょ三十四層を回ってもいい」
「未公開株をいくらで買うか、みたいな作業ですね。おおよその目算はついてるんですか? 」
「例えばこの魔結晶。ダンジョンウィーゼルのものだが一個で三十五層まで一気にたどり着ける。魔結晶の質としてはケルピーやトレントがくれる物より品質が良い事は間違いない」
「なるほど、それを基準にしますか。解りやすくていいですね」
「実際には研究するなりして価格を決めるんだろうけど、少なくとも過去の例を見るに真新しさも含めて二十八層付近でとれる魔結晶より安くなる可能性は低い。安くし過ぎると探索者がより深い所へ潜らなくなる弊害も出てくるから、それなりの金額で買い取ってくれるようになるだろうと思っている」
芽生さんが着替え終わるのをしばらく待つ。芽生さんが出てくると、二人そろって似たような恰好。装備こそ違うもののメインのツナギのデザインはほとんど同じである。まあ解りやすくていいな。
入ダン手続きに行くと、案の定そこを指摘される。
「おはようございます、今日はペアルックですか? 」
「先日二人そろって装備をボロボロにされたので、とりあえずの服装として仕入れてきました。これでも結構お値段するんですよ? 」
「確かに丈夫そうではありますね。ちなみにおいくらぐらいですか? 」
芽生さんが受付嬢に耳打ちする。受付嬢が一瞬固まる。下手すると彼女たちの収入一ヶ月分とかそういう金額だろう。
「大事にしてあげてください」
「ちゃんとした装備が出来上がるまでは大事にしますよ。その内お披露目するんで期待しておいてください」
ダンジョンに入る前にリヤカーを装着し、いつも通りエレベーターまで行くと、若干混雑している。そうか、今日は世間的には休日か。休日出勤ご苦労様です。リヤカーを引いている都合上同時に乗れる人数が少ないので、エレベーター待ちをしている人たちには先に行ってもらった。適度に空き始めたころに乗る。同乗者が居たが、費用をこちら持ちとすることで狭苦しさについては我慢してもらう事に。
「安村さん今日も頑張ってね」
途中で下りていった探索者にすら名前が普通に知られている。こっちの覚えている顔ではない。というか覚えている顔のほうが圧倒的に少ない。多分特注リヤカー引いてるおじさんの名前なんていうの? とか、実際にリヤカーを置いてある現場を見て名前を知ったのか、徐々にダンジョン専属探索者みたいな感じで広まっているのだろうか。
「複雑な心境でしょうが、私の名前が出てこないのは安心していいのかそれともオプションだと思われているのか私はもっと複雑です」
「あまり顔を売らないほうが良いんじゃない? 完全に探索者やってる俺と違って芽生さんはまだ人生選択のチャンスがいくつもあるんだから探索者は表の顔じゃなくて裏の顔って事にしておけばいいよ」
「そういう事にしときます。実害が無さそうなので」
三十五層に着くと、そういえば三十六層の階段をまだ見つけてない事を思い出す。
「三十四層を一往復したらお昼にして、そのあとは三十六層の階段先に見つけておかないか? そうすればいつでもより多いだろうモンスターとも戯れられるし」
「そういえば忘れてましたね。前回は時間がギリギリだったのでミルコ君にもちゃんと話してないし」
「お昼食べるときに一緒にご飯食べるか。その時に色々渡そう。どうせ聞いてるだろうからそういう事で頼む」
返事は聞かないが、多分通じただろう。さて、早速三十四層で腕試しと行こう。
◇◆◇◆◇◆◇
三十四層へ下りると早速ワイバーンの出迎えを受けた。いつも通り、ブレスを吐いての下降、そして着地。雷魔法の威力を試そうと、試しに全力雷撃を試みると、いままでの四倍ぐらいの密度の雷撃がワイバーンを襲う。その一撃でワイバーンはほぼ全身が黒焦げになり、身動きも取れないであろう状態になった。かわいそうなのでさっさと……よし、今日は一日柄を使い続けてみよう。一秒ほどで雷切を発動させるとそのまま首を落とす。ワイバーンは黒い粒子に還り、魔結晶と肉をくれた。
「過剰火力ですね。雷撃でそれだといつもの極太だと消し炭になりそうですね」
「次へ行こう。時間はあるが、限界を試してみたくもある」
少し進むとダンジョンウィーゼルと出会った。三匹いたので一匹を全力雷撃でスタンさせようとしたが、過剰火力だったらしく、そのまま黒い粒子に変わってしまった。これでは耐久試験にならんではないか。気合が足りんな。
芽生さんもウォーターカッターを射出するが以前よりも速く、そして鋭く、でかいのを繰り出してダンジョンウィーゼルを一撃で始末する。
残った一匹は雷切で対処した。全力雷撃だと確実に倒せる。ウォーターカッターでもなんとかなる。それが確認できただけマシ、という感じだろう。
「やっぱり過剰火力ですね。二重に覚えるとここまで強くなるんですか」
「これだけ火力が変わるなら誰かが既にやってみて成果を発表しててもおかしくないと思うんだが、これは俺の検索能力不足か。二重に覚えますけどいいですか? みたいな声を押し切って覚えるというぐらいは誰かがやってそうなものだが」
「帰ったら調べることが増えましたね。調べて出てこなかったらこれは口伝ということになるんでしょうか? 」
「気軽に発表してしまうとギルド取引のスキルの価格が跳ね上がるだろうな。一つ覚えてるだけでもそこそこ珍しいのに更に二重に覚えるってなると既に持ってる人からのオファーも来るだろうし、既に持ってる人はそれなりに資産を築いているだろうから天井がどこになるかは判断がつかん」
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