660:話数は飛んでないよ
朝だ。と言ってもまた徹夜したという訳ではない。結衣さんと出来る限りの事をし、適度に疲れを感じたところでシーツを変えていつものダーククロウの布団で寄り添い合って眠った。結衣さんはまだ俺の隣でぐっすり眠っている。寝顔は可愛いというより綺麗というほうがニュアンスが近いだろう。若干つやつやしている。
そっと揺さぶると、結衣さんはパチッと目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう……凄い気持ちいいこの布団。夕べあれだけ動いたのに疲れが残ってない」
「自慢のダーククロウ布団だからな。効果のほどは凄いでしょ」
「私も欲し……いや、試したくなったらまた寝に来る事にする」
その発想はなかったわ。これは体を持たせるためにまたダーククロウの羽根を集めて……いやでも時々来てくれるのはうれしいか。お互いダンジョンで忙しい中を縫って会う事になるわけだし。
「なんかお肌の調子がいい気がする。これもダーククロウ効果? 」
「そんな効能までは無いんじゃないかな。もしかするとワイバーンの肉の効果かもしれないぞ」
「ワイバーンの肉にはコラーゲンがたっぷり……いやそんな感じじゃなかったね。でもなんか若返った気がするわ」
「若返りの効果か。どういう作用、いや、まぁいいか。俺もちょっと鏡見てこようかな」
「私が鏡代わりになる……ふむふむ……たしかにちょっと肌のたるみが消えてるかも。それに昨日よりもモチモチしてる気がする」
俺もワイバーン肉を食べたからか、若返りまではいかずとも多少の効果があるって事だろうか。毎日ワイバーンの肉を食べ続けたら段々俺も若くなる……かもしれない。自分を実験台に定点観測するのも悪くないかもしれんな。
「とりあえず、美味しく頂ける方法は見つけたからこれで芽生さんに文句を言われる事は無さそうだな」
「あ、そうだ。ちょっと待ってて……ヨシ」
スマホ片手に何するのかと思ったら、俺と二人映ってる写真を撮り芽生さんに送信し始めた。
「ちゃんと事後報告はしておかないと。これで平等! 」
「俺もちゃんと笑顔で映ったほうがいいんじゃないか? 」
「いつも通りでいいのよ、何してるの君、ぐらいの若干の焦りが見えるぐらいのほうが突然発表されました感が出て自然に見えるから」
芽生さんから返信が来たらしい。
「昨晩はお楽しみでしたね、だって」
「まあお楽しみではあったが……なんか複雑な気分だ。とりあえず顔洗って朝ごはんにしよう。こっちは今日も仕事だし」
「何層潜るの? 三十五層? 」
「その予定。ワイバーンの肉は多分どれだけあっても困らないだろうし、保管庫に放り込んでおけるから荷物にもならないし、その分稼ぎにはならないけど査定開始した時にまとめて数を納品できるようにはしておきたいんだよね」
顔を洗う時鏡を見たが、確かにちょっと昔に戻ったか? という感じになる。だが毎日見慣れた顔なので微妙な変化を自覚するのは難しいな。定期的に摂取して毎回写真に撮って、その変化を見比べて居れば解るようになるんだろうか。
キッチンに戻りいつものゴキゲンな朝食セットを作る。二人分手早く作ってしまうと、昨夜使ったカロリーを早速補充する。いつもより美味く感じるな。
「今日は私は一日オフで清州ダンジョンの撤収は終わったから、明日からはまた小西ダンジョンでよろしくね」
「よろしく。と言ってもこっちは明日からは二十八層前後メインにしていく予定だからしばらく会わないかも? もし索敵が出たら出来るだけ早くギルド経由で手配できるようにするよ」
「その前に自力で出せるように努力はしてみるつもりだけど、二十二層も体験してみたいし……いろいろやる事あるね」
「ゴキは毒持ちだからな。キュアポーションの予備が有れば持っていったほうがいい。ランクは1で充分」
「毒持ちかー。毎回受けるようなら戦い方を考える必要があるけど、ひとまずは戦ってみて自分たちで対応可能かどうか検証する必要がありそう」
「キュアポーション、手持ちが無いなら予備渡しておくけどいる? 」
「至れり尽くせりよね。二本お願いしようかな。こっちも手持ちはあるけど全員分までは確保してないから」
「毒がどういう毒かまでは体感してないので解らないけど、噛まれたところから黒い血が巡ってくるから、患部に塗って残りを飲めばすぐに効果が出ると思うよ」
食事を片付けた後、早速昼食のレシピを考え始める。三十四層を一往復してからだから午後一時頃か。ゆっくり食事を楽しむことは出来そうだな。かといって今からシチューなんかを仕込むには時間が足りない……いや待てよ、保管庫をうまく利用すればいけるな。
材料をザクザク切り出すと、炒めて煮込んでルーを入れて、スプーン一杯舐めて味を確かめたら、百倍速度でしばらく寝かせる。二分放置して取り出すと、そこには三時間寝かせたボア肉のシチューが出来上がる。これは便利だな、料理の幅が広がった。何なら現地でゆっくり作ることも不可能じゃない。
俺が全力で料理をしているのを見て、保管庫の便利さと、横から味見した出来上がりのシチューの出来具合にちょっとびっくりしていた。
「なるほど、時間経過を早くすれば寝かせる時間も短くて済む、という所ね。やっぱり便利だなー保管庫」
「これが使えるようになったのはつい最近なんだが、色々とアレンジのし甲斐が有って絶賛研究中かな。しいて言うならパンを一から作るのも悪くないと考えている。ナンでもいい」
「たとえば百倍にするとして、発酵時間が一分かからないって言うのは魅力的ね」
「昨夜の内にレシピを考えてれば作って寝かせておくべきだったんだろうけど、とっさの思い付きで上手くいくならそれでなんとかなると思って」
実際何とかなった。ある程度の都合なんかはうまい事丸め込んでくれるらしい。何ともファジーな保管庫である。ただ、実際に発酵するかどうかは解らない所があるのも確か。やはり一度試す必要があるな。今日帰ったら早速パンでも焼いてみるか。
「時間が何倍速にでもなる……なんか色々応用が効きそうね。お酒作ったりとか漬物作ったりとか」
「漬物作るとなると出してひたすらかき混ぜて入れて……をひたすら繰り返す作業になりそうだ。時短は出来るけどかえって忙しそうだな。酒は飲めないから解らんが、三十年物のウィスキーなら樽ごと放り込んで熟成させてえーと……三か月半ぐらいで出来ちゃう計算になるな。ただ、一発で保管庫バレしてろくなことにならないのが目に見えてる」
「そうねー、日の当たる場所を堂々と歩ける人生じゃなくなっちゃうかもね」
「俺としては探索者稼業はまだこれから日が当たるべきだと思ってるし、若い人にも探索者という職業が広まればいいなと思ってる。その為には後ろ暗い事をしないように自分を律するのが先だな」
程よく寝かされたシチューをかき混ぜながらとろみを確認して、いい具合になったところでタッパー容器に一つ詰めて、残りは鍋ごと保管庫へ。
「はい、これどうぞ。お昼にでも良かったら食べて」
「わーい、ありがとー」
やはり四人分ぐらい作るのが分量的にも楽が出来ていいな。パックライスを温めて保管庫に詰めると今日の昼食作りはおしまい。早速新品のツナギに着替えて探索準備だ。
「家で探索ルックにするぐらいならダンジョンの更衣室使えばいいのに」
「保管庫があるとはいえ、荷物が多いのは好きじゃないんだ。それに人に見せられるスキルじゃないし、もう家から着替えていくことに体が慣れちゃったからね」
着替え終わると冷蔵庫から冷えたものを保管庫に放り込み、準備完了。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。結衣さんは俺がヨシしているのを横目で眺めつつ、帰る準備を始めた。準備がお互い整ったところで家を出る。駅までは一緒だ。駅から先は……どうなるかは解らないが、とりあえずお泊りデートは無事に? 済んだ。またお家デートする事になるだろう。
結衣さんとはこの調子で良い関係を続けていきたいと思う。今までは同じ探索者として、そしてこれからは同じダンジョンに通う仲間として。場合によってはライバルになるかもしれない。そうなっても負けないように自分も襟を正してダンジョンに挑まないとな。
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