659:寝食を共に
はぐはぐとパックライス片手に野菜炒めを少しずつ味わいながら食す。
「炊飯器あるのに使ってないのね」
「一人分だけだとまず使わないんだよね。パックライスのほうがお手軽だし、後片付けも手抜きできるし、米もそのまま残しておくとカビやら虫やらの温床になるので置いてないんだ」
「あー……そうよね、お金に困ってないならそれで充分よね」
「結局米を炊くかパックライスで済ますか、費用対効果で考えてしまうとわざわざ炊く手間を省いてでも探索業に勤しむほうが結局お金になるし、洗う手間を考えたらその分睡眠に回せるし、ますます使わなくなっちゃった。働いてた頃は弁当自分でこしらえてたからそれなりの量は食べるし、収入的な事も考えてちゃんと使ってたんだけどね」
炊き立てご飯は確かに美味しい。が、今それをゆっくり味わう暇が有るかというと、ないな。だからこうしてゆっくり二人で食事をする、という時間もしばらく無かった懐かしい感じがする。
「なんか、落ち着く。これで汁物が有ったらご機嫌な夕食って感じがする」
「今から何か作る? 」
「いや、今のところは……これでいいかな」
コーンポタージュのスティックを取り出して、お湯を沸かして淹れる。
「何でも入ってるね」
「入ってるものだけだよ。何でもは入ってない」
「そっか……ご飯食べたらどうする? 」
「そうだなあ……ダンジョンの話でもしようか」
楽しい食事を終えて、やる事が無くなったのでパソコンを立ち上げてダンジョンについて話す。さすがに結衣さんとは言え機密は機密なので、機密用のノートパソコンを開いて見せることはできない。代わりに普段チェックしていた情報サイトについて開いて見せる。
「多分、こんな感じでモンスターが出てくることになるので、【索敵】があったほうが便利という話なんですよ」
「なるほどね。確かに索敵のあるなしで進行速度が変わりそう。やっぱりしばらく二十層をグルグル回ってスキルを狙うのが良さそうね」
「交換ノートに書かれてるかどうかは解らないけど、もしドロップ報告が有ったらその時は十九層で集めることになるかな。両方出てると……厳しいね。常に注意を払いながら動くことになるから金にはなるけど神経使う事になるよ」
小西ダンジョンへ移住してきたら向かう事になるであろう二十二層以降。そこについての解説だ。実際通り抜けてきた分、情報を提供できる。
「うーん、清州ダンジョンでのドロップ報告があれば清州で頑張るという選択肢もあるけど、あっちはアットホームな雰囲気ではあるけどスキルに関する情報は聞いたことないからなー。お互い切り札は隠してる、みたいなところはあるのよ」
「その点古くから……ではないけど、混み始める前に雰囲気を出すことには成功したからな。苦労して持ち運んだふりをして設置しただけの価値はあったって事だな」
「やっぱり、あのノートも安村さんの企みなのね。スキルオーブの情報集める目的だったわけ? 」
「いやあ、単にあの時はまず目印が欲しかった、という所かな。それで階段の中央に目立つテントを立てて、その後テントだけあってもしょうがないから机を置いたらみんなが紙皿に意見書いて放置していくことになって、それから……」
七層がいかに栄えるまでになったかの話を始める。結衣さんは相槌を打ちながら、話をゆったりと聞いてくれていた。結衣さんも会ったことのある田中君。今ではCランクになり仲間を見つけてゴブリンキングを倒し、無事にエレベーター使用者になっているとか、小西ダンジョンの近況を話し、そして今自分たちがどの辺をさまよっているのか等々。
それから、まだ結依さん達も到達していないワイバーンにちょっと苦戦した話。
「じゃあ、さっきのお肉が食べられたのは査定環境が間に合ってなかったおかげって事ね」
「そうなる。本当は探索結果の証明として提出したかったんだけど、査定にかけられないんじゃ証明しようがないから。ちなみにこれが爪と鱗」
鱗を手にすると指先で弾き、キンキンという金属のような音を出す。
「これ、武器になるのか防具になるのか、それともそれ以外の素材になるのか悩ましい所ね」
「実際どう加工されるか気になるんだよな。いくらなんでもお土産品にするには数も元値も足りないと思うし。やっぱりあれかな、どうにかこうにか加工して切削工具になるとか」
「切削工具ってドリルとか? 」
「アレの先端ってかなり硬い物質を使うんだ。工具方面で需要があるなら結構高く買ってもらえそうな気がする」
「爪は……砕いて混ぜて新しい合金、ジャイアントアントの牙みたいな感じで使われるのかな」
「一体おいくらの武器になるんだろう。買えなくはないとは思うけどしばらくはご厄介になりそうにないな」
「安村さんも今の武器結構使いまわしてるんでしょ? そろそろ変え時なんじゃ? 」
保管庫から柄だけのアレを取り出し、何にも干渉しないだろう部分に向けて、雷魔法を使って刀身を伸ばす。
「実はこういう事も出来るようになったので、武器が要らなくなりそうなんだよね」
「何それ便利。私も風の刃みたいに同じこと出来るようになるのかな」
「努力次第じゃないかな」
◇◆◇◆◇◆◇
気が付けばいい時間になっていた。
「もうこんな時間か。お風呂入れないとな」
「あー、じゃあ先に入っててください。私は後で良いので」
結衣さんは後でゆっくり入るらしい。つまり、俺はじっくりと待つ側になるということだな。風呂で全身綺麗にして、湯につかる。早すぎてもがっついてると思われるだろうし、遅すぎても逆に緊張させるかもしれないな。
程よい、と思う時間だけ考え事をしながら風呂に入るが、大体こういう時に思い浮かぶのは結衣さんの体つきとか、どういう風にアプローチしていくとか、そっちの事ばかりだ。いかんな、もっと大人の余裕を持っているように見せたほうが結衣さんもリラックスできるだろう。俺が緊張してどうする。
体を結局二回洗い特に顔周りを念入りに、耳の後ろの匂いが残ってないかどうかとか、割と気になる所はある。後は大事な息子もだ。もう一度洗って、そして……いや、今はまだその時じゃないぞ、もう臨戦態勢じゃないか。もっと落ち着いて、ほら出番までは時間があるんだぞ。ったく、仕方ない奴だなぁ。
落ち着かない息子をそのままにして風呂を出る。汗を引かせて体を拭き、寝間着に着替えてリビングへ。結衣さんは自分でコーヒーを沸かして飲んでいた。インスタントの場所よく解ったな。
「お風呂あがったよ」
「はーい、じゃあ部屋で待っててください」
何気ない一言に心拍数が少し上がる。もうすでに俺の気分は高揚している。これではまるで俺が誘われているようじゃないか。いや、実際誘われているんだがこの待っている時間というのが更に興奮を誘う。明るいと恥ずかしがるかもしれないので、部屋の電気は豆電球にしてある。暗がりの中、ベッドの上に正座。何故正座? と自分でも思わなくはないが、そうしたかったからとしか言いようがない。
耳を澄ますと風呂場の音が微かに聞こえてくる。今シャワーを止めたな。湯船に……浸かる。しばらくして湯船から上がる音、風呂場のドアを開ける音が聞こえてくる。いよいよか。ゴムの準備は……してある。こっちの準備は色々とバッチリだ。
「失礼します」
結衣さんが静々と部屋に入ってくる。結衣さんは全裸……ではなく、薄い布切れとも言えるようなものを一枚身に纏っただけだった。ベビードールという奴だ。かなりスケスケであることが解る。暗いからはっきりと全身を見ることはできないが、結衣さんの控えめな胸の大きさも解る。今すぐ破いてでも脱がせたくなってきた。
「似合ってる」
「芽生ちゃんがね、安村さんはエロ下着に弱いって教えてくれたのよ、どう? 」
「すっごい興奮する。いい」
そのまま結衣さんを誘うように抱きしめ、肩ひもをそっと下ろしていく。滑るように足元に落ちていくベビードール。露わになる結衣さんの全身は暗い照明を仄かに反射し、その全身をさらけ出していた。
「せっかく着たのにもう脱がしちゃうの? 」
「ごめん、ちょっと辛抱できそうにない」
「思ってたより強引ね。でも、ここまでして手を出されない事に比べたら数億倍男らしくて好き」
そのままベッドに押し倒す。そして深く口づけをする。口の中に入り込むお互いの舌。まだ少しだけ残っている夕食の香り。
「あ……」
結衣さんが思い出したように唇を離し、声を上げる。
「どうしたの? 」
「緊張してて歯磨きするの忘れてた」
「大丈夫、俺もだ。だから恥ずかしくないぞ」
もう一度唇を重ねる。さあ、精一杯の事をしてあげよう。
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