657:帰り道~そして安村は覚悟を決める~
採寸が終わり採寸室から戻ると、芽生さんと橘さんは楽しそうに会話していた。話がはずんでいるなら何よりだ。緊張の糸を解すだけの会話能力を持っているあたり、やはりこの人はかなり優秀な営業マンといったところか。
「終わったよ」
「おかえり~」
「お疲れ様でした。では、採寸させていただいた寸法をもとにして型紙を作って裁断、縫い合わせを行います。ある程度縫い合わせが終わったところで仮合わせという形でご報告させていただきますので、またご来店いただくことになるでしょうがその時はよろしくお願いします」
「わかりました。電話に出られない可能性が高いのでその時は留守電のほうにご一報ください。なにせダンジョン内では電波が通じませんので」
「それは不便ですね。エレベーターが通じるなら電波も通じるようになるとようございますね」
電波か……セーフエリアだけでも通じるようになれば利便性は確かにグッと上がるな。でも具体的にどうやって伝えればいいんだろう? 魔力通信的な何か? それとも電波法の規格でも伝えれば……って、ミルコは文字読めないしな。伝える方法がないな。うん、諦めよう。
「では、後日仮縫いの時にお邪魔させていただこうと思います。本日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
「はい、次の来店を心待ちにしております。本日はありがとうございました」
丁寧な見送りと共に店を出る。
「は~、本当に私スーツなんてオーダーしちゃう身分になっちゃいましたねえ」
「あの店なら、型紙は保管してもらっているはずだから、今後は別にダンジョン素材じゃなくても普通の生地でスーツを作る時でも普通よりはちょっとお高くはなるだろうが作り放題になるぞ」
「もしかして、社会人になるならそういう決まったお店を一軒ぐらい確保しておけって言う忠告でもあったりします? 」
芽生さんがこちらを見ながらそう問いかける。
「それもあるな。これで一つ社会勉強になったろ? 」
「そうですね、こういう世界もあるということが解りました。にしてもあの人話し上手ですね。私が何話すか悩んでたらスッと話の切り口を用意してくれましたよ」
「あれが営業に求められるスキルだ。高級店ならなおさら、顧客を退屈させない事は必須だからな。俺ではあそこまでの事はできん。だが、そういう人がいるということを覚えておいて損はないぞ」
と、レインが入った。結衣さんからだ。「今日あたりお邪魔していいですか? 」ついに来たか、という覚悟が決まった。「解った。今出先だけど最寄り駅教えるからそこまで来たら教えて」と返信しておく。
「結衣さんですか? 」
「何で解った。顔に出てたか? 」
「一瞬凍り付いた後、覚悟を決めた顔になりました。そういう事かなって」
車に戻って芽生さんを最寄り駅まで送り届ける。
「こういう事を聞くのは変だとは思うが、俺もはっきりさせたい……いや違うな。俺が俺を納得させるために聞きたい。芽生さん的にはアリなのか? 」
「一番の贅沢を言えばナシですが……二番目の選択肢としてはアリです。嫌な相手だとか、知らない相手に尻尾振ってる洋一さんを見るよりはお互いに共有して三人で仲良くしていたい、というのは……いや、もしかしたらそれが一番贅沢かもしれませんね。だからこれは私のワガママの内です。優しくしてあげてくださいね」
「……解った」
それだけ伝えると、しばらく無言のまま車を走らせる。運転に集中していたのもあるが、お互いにこれ以上話をする事はない、ということだろう。やがて最寄り駅が近づいてくる。
「とりあえず明日は普通に潜る。高山帯マップのドロップがまだ一つも価格が決まってないが、それまでにしっかりため込んでおこうと思う。実際に札束を殴りつけ合う訳じゃないので、一回分ぐらいはため込んでおいても問題は無いと思う。誰もここまで潜ってこないからセーフエリアにため込んでおきましたって言えば言い訳もつくしな」
「なるほど。そういう事にしておきましょう。せっかく新しくしたツナギと強化されたスキルですから、一番キツイ層で試してみたいですしね」
「そうだな。三十六層へ行くという楽しみの前に今の実力を知っておく必要があるな。明日は三十四層を往復してみて、どのくらいの持続時間を保てるか、どのくらいの火力が出せるか、新しいツナギの着心地、その辺を試してみよう」
駅へ着いた。芽生さんとはここでお別れだ。買ったツナギを渡すと素直に下りる。下りた後、運転席の窓越しに芽生さんはまだ二、三話す事が有るらしい。
「ありがとうございました。おかげで良い経験値を溜める事が出来ました」
「先達として出来る事をやっただけだ。じゃあ明日よろしくな」
「はい、あと結衣さんを宜しくお願いします」
「お、おう……」
正室に側室を進められる大名の気分ってこんな感じなんだろうかな。
「間違っても泣かせちゃだめですよ。あ、でも鳴かせるのはアリだと思います」
「さらっと下ネタを混ぜるな」
「あいたっ」
チョップをお見舞いしておく。その後二人笑顔になり、そして別れた。さて俺も家に向かわないとな。
家に着くと丁度結衣さんからレイン。到着したとの事。五分ぐらい待ってと声をかけて、駅まで歩く。なんか緊張してきたぞ。これから正々堂々と浮気……浮気? 本気? どっちも浮気? 複雑な事情を抱えながら結衣さんを出迎えに行く。
結衣さんは改札を抜けたところで待っていた。前のデートで俺が褒めた服を着ている。色々考えて来てくれたんだろうな、ということが伝わってくる。俺もあの時に選んだ服装で来るべきだったな。ちゃんとお泊りする気で来たのか、少し荷物もある。
「ごめん、待たせたかな」
「ううん、待ちたいところだったのでちょうどよかった」
「お夕飯何が食べたい? リクエストが有ったら応え……あぁ、出かけたのに買い物をしてくるのを忘れたな。しまったな」
「じゃあ一緒に行きましょう。私もついていく」
「それで良いならそうするが……行こうか、買い物」
そのまま家まで歩き、車で近くのホームセンター兼スーパーまで買い物に出る。
「さっきまで出先って、芽生ちゃんと一緒だったの? 」
「あぁ、スーツを一着見繕おうって話になってね。それで打ち合わせと採寸に行ってきた」
「いいなー、オーダーメイドかー。私も稼いだら一着欲しいな」
「探索用スーツが有るという触れ込みだったからさ。一応それまでの繋ぎのツナギも用意した。時間かかるからねオーダーって」
「時期的に言えば芽生ちゃんもそろそろ就活でしょ? そのためのスーツ? 」
「今回は戦闘用。就活用にさすがにウン百万円するようなスーツ用意させたら逆に浮くと思うよ」
「でも芽生ちゃん本当にちゃんと就活するのかな、そのまま探索者続けたりしない? 」
結衣さんはそのまま芽生さんが探索者を続けるものと思っているらしい。
「一旦ちゃんと就職はしてほしいなあとは思ってる。探索者の稼ぎがいつまで今のままで居られるかっていう保証はどこにもないし、一般企業なり公務員なりを経験して、いかに世間離れしてるかを体験しておいたほうが良いと思ってね」
「ちゃんと考えてるんだねえ、偉いねえ」
「こら、頭撫でるな」
助手席から手が伸びてくるが、払ったりはしない。が、汗ぐらいはかいてるからちょっと遠慮してほしいかな。
「悪いね、せっかく選んでくれた服が有るのに今日はたまたま違う服装だったんだ」
「ううん、いいよー。でも、そう言ってくるって事はちゃんと気づいてくれたんだ。そこは嬉しいかなって」
ホームセンターに着き、まずは探索用品の買い込み。水とパックライスを三箱買い込むと、撃墜されたものと同じ型のドローンを探してみつける。新しいドローンは上手くやってくれることでしょう。会計して車に戻る。そして積み込んだフリをして収納。
「便利でいいなー。それのおかげで一旦荷物置きに戻らなくてもそのまま探索続けられるんでしょ? 」
「そういう事になる……そうか、荷物が満載で一旦引き上げとか、ここらへんで戻るとか一切しなくていいんだ俺達」
「今更気づいたの? 」
「再認識、という所かな。やっぱり持っててよかったなあ保管庫。ダンジョン内では色々オープンになってしまうデメリットはあるけど好きなだけドロップを持ち帰れるのは利点だ」
「今保管庫の中に何が入ってるか見たくなってきたわ」
「後で書きだそうか? ろくでもない物も一杯入ってるよ」
隣のスーパーへ車を停めなおすと、カートを一台。今度は一台だ。おかげでデートというムードがぐっと上がる。場所はスーパーだけどな。
「さて、何を作ろうかな……」
「あんまり気負わなくていいよー? 食べたいものを作ればそれで」
「食べたいものか……スーパーには売ってないし希少すぎるけど食べたいものはあるな。ワイバーンの肉だ」
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