651:スキル多重化
「じゃあ次回に期待していてくれ。ちょっとした余興も込みで楽しませられるように努力するよ」
「期待していいのかな? じゃ、急いで戻らないとね。僕は自分の居場所に戻るよ」
「あ、その前に一ついいか? スキルの話なんだが」
「スキルがどうしたいのかい? さっき【水魔法】を拾ったのは見ていたけど」
芽生さんのほうを見ながらミルコに相談する。
「同じスキルを二重に取得することにそれだけの利益があるのか? 」
「うーん……まぁいいかな。ハッキリ言ってしまえば、重複取得に問題はないよ。むしろさらに強化されると思っていい。言い方を変えれば【水魔法】レベル二という奴かな。魔力の最大量も増えるし、威力も上がる。自己強化にはうってつけの行為だと思うよ。強さを求めるなら是非覚えたほうが良いと思うね。お金に困っているのであれば誰かに売りつけるのも有りだけど、君らを見ている限りお金に困ってるわけでは無さそうだしね」
ミルコは少し考えた後、ハッキリした口調で返事をくれた。スキルは重複して覚える事が出来ていろんな面で強化されることができる。なら結論は一つだな。保管庫からスキルオーブを取り出すと、芽生さんに渡す。
「ということで人体実験だ。よろしく」
「ダンジョンマスターお墨付きということであれば心配はないって事で良さそうですね。じゃあ私が覚えますね」
芽生さんは「イエス!」と叫んだあと、もう一度「イエス!」と答えた。
「何故イエスを二回? 」
芽生さんが二回も了承をしたのが気になったので質問してみる。
「それがですね。一回目はいつもの習得しますか? だったんですけど、既にあなたはそのスキルを所有しています。それでも習得しますか? って注意が聞こえたんですよ。なので二回のイエスになりました」
なるほど。ちゃんと確認があったわけか。多重に覚えられるとなれば俺も雷魔法欲しいな。ギルドでスキル待ちのリストに名前を並べておくかな。タイミングが合えば買い取れるかもしれない。金はかかるが経費で落ちるよな、仕事で使うんだし。
「で、重複スキルの使い心地はどうなの? なんか変わった? 」
「ん~そうですね、なんか出来そうだ、って感じはします……それ」
ちょっと腑抜けた合図だったが、今までのウォーターカッターの倍以上の大きさの水の刃が十枚ぐらいは出てるだろうか。一斉に飛んでいく、ランダムに、だが荒々しく。さすがに固定オブジェクトを削り出すことはできないので壁に当たって消えるが、明らかなレベルアップの痕跡が見られる。
「ふむふむ……いつもの調子で出してこのぐらいですか。じゃあ次はこういうのを試してみましょう」
芽生さんが自分の槍に水魔法を付与。まるで薙刀のように槍に水魔法を纏わせる。元がスキルなので重さは多分感じないんだろう。ぶんぶん振り回すと、何か投げてみてくださいと言われたので、未加工のトレントの実を芽生さんに向けてポーンと放り投げる。芽生さんは三回ぐらい槍をふるうと、トレントの実は見事に分割された。
「切れ味のほうはどう? 」
「触感無し、良い感じですねえ。パワーアップが目に見えて解ります」
まだまだできるぞ、という風を見せてくれている。次に芽生さんは少し考えた後、ウォーターカッターを高速度で発射した。今まで見た事ない速度だ。威力・速度・正確さ・厚み・切れ味。順番に確かめた後、最後に非常に大きな、ワイバーンを一撃で狩りとりそうな大きい奴を出して見せた。それが高速で山々の間を抜けていく。結構な飛距離だ。そして高速で射出された巨大な水の刃は山々の間に消えていった。
「上手くいってるみたいで何よりだね。安村も【雷魔法】が取れたら自分で覚えるつもりかい? 」
「そうだな、今後を考えるとそのパワーアップは欲しい所だ。後防具も」
「そういえば珍しくボロボロだね。苦労の跡が見えるよ」
「まあ、たまにはな。今度お着換えしてくるからお披露目を待っててくれ」
ミルコと二人、カロリーバーとお菓子を食べながら芽生さんが楽しげにクルクルと舞いながら好き放題水魔法の成長っぷりを楽しんでいる様を観察する。やがてショーは終わり、芽生さんはその場にへたり込む。
「さすがにちょっとやり過ぎました。ドライフルーツください」
「あいよ。到着を歓迎する踊りにしては楽しめたよ」
「それは何よりです。これで洋一さんより一歩先んじることが出来ましたかね」
ドライフルーツの感触に体を震わせながら、使い勝手に満足したらしい芽生さんが魔力を回復し、そして満足げにしている。どうやらスキルの二重使用はかなり楽しいらしい。
「俺も買い足すかな、【雷魔法】」
「前回の貸しの一つを使って僕からプレゼントということも出来るけど? 」
ミルコから珍しく提案をしてくる。手間を考えたらそれもありだな、何よりもの時短になるし。その待ってる時間の間潜って稼げる。うーん……悪くない。金額的に考えたら安い話だが、狙ったスキルを確実に手に入れられると考えればかなりのアドバンテージだ。
「よし、その提案を飲むぞ。俺も【雷魔法】で暴れたい」
「解った。……はい、スキル」
ミルコが目をつぶり念じると、目の前にスキルオーブが現れた。受け取って確認する。
「【雷魔法】を習得しますか? Y/N 残り二千八百七十九」
いつもの音声さんだ。
「イエスだ」
「あなたは既に【雷魔法】を習得しています。それでも習得しますか? Y/N」
音声さんが再確認してくる。これが二重イエスの正体だな。懲りずにもう一度宣言しよう。
「イエスだ! 」
スキルオーブが体に沈み込んでいく。ぺかーっと体が光りだし、スキルオーブが入り込んだ内側から力がみなぎってくる。これが多重化習得か。悪くない、悪くないぞ。試しにイメージできるだけの極太ビームをイメージして雷撃をしてみる。
俺の身長ほどの太さの雷撃が前へ発射される。反動は無いが、アニメやコミックなら反動が来そうなイメージだ。後ずさることも無く、しばらく打ちっぱなすと眩暈が始まった。どうやら魔力の最大量も増えているようだ。これは雷撃だよりになってしまう可能性もあるな。しかし、面白い。スキルを重ねれば重ねるほど強くなれるのなら、一度覚えてしまったからとスキルオーブを手放していくという理由も薄くなる。
「これ、みんな知ってるのかな。多重化習得のメリットについて」
「スキルは高価って事になってるようだし、迂闊に複数拾ってわざわざ使用確認まで出るのにそれでも覚えるって考える探索者がどれだけいることやら」
「これは戦闘の楽しみが一つ増えましたね。今ならトレントでも真っ二つに出来そうです」
キャッキャしている芽生さんをよそに、俺もエルダートレント普通に焼き切れるかもしれない、という予想を立てている。試しにゴブリンキングかワイバーン辺りで感触を確かめたいところだ。
「さて、無事に三十五層について宴もたけなわではございますが、そろそろ皆様お時間でございます。というかギリギリでございます」
「そうでした。私たち急いで帰らないと一泊しちゃうことになってしまいます」
「おっと、もうそんな時間かい。これは少し話し込んで時間を浪費させてしまったようだ。今日のところは手早く帰ると良いよ。またすぐ会おうと思えば会えるんだし」
ミルコはお菓子を既に開けてその場で食べ始めている。行儀悪いぞ。
「さぁ、二十八層でリヤカーを回収しつつ帰り道を急ごう。せっかくたどり着いて一休憩したいのは山々だが日帰り申請しちゃった以上怒られるのは避けたい」
エレベーターに手早く乗ると、新しく緑色になった魔結晶を試しに入れてみる。すると、一層まですべてのランプがついた。どうやら、これ一つで二万五千円分以上の価値はありそうだ。
まず二十八層まで乗っていき、二十八層で途中下車、リヤカーを回収して再度一層へ。今日は三十二層までの分でまず袋をまとめ、その後で三十三層以降の分をまとめる。魔結晶八袋、樹液と枝で一袋、馬肉二袋、ポーションで一袋、緑の魔結晶で一袋、爪、肉、鱗で一袋。日帰りでは十分な報酬であるとみられる。それ以上に【雷魔法】と【水魔法】があるので実質的な儲けは更に七千万増えることになる。緑の魔結晶とワイバーンのドロップ品がどう評価されるかで変わってくるな。
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