639:一泊二日三十二層ツアー 7/8
三十層の橋を渡る。魔力は最大限充填され、出来るだけドライフルーツのお世話にならないギリギリのラインを攻めていく。芽生さんの攻撃の調子を見るに、このぐらいで良いだろうというラインの雷撃をケルピーに当てていき、一発で落ちているのを確認。よし、もうちょっと省エネ出来る。
三十層の橋は短い。片道二十分もあれば終わってしまうのでその分ケルピーが出る速度も緩やかだ。やはりこれもエルダートレントが生息している都合なのだろうか。ボスキャラはコストが高いと相場が決まっているが、この階層も漏れずにそういう事なんだろう。
ボスキャラが出ている階層はモンスターが少なくて狭い。これは四十五層が有ったらだが、そこでも有効な話になるだろう。
あっという間に橋を抜け、その間に消費したドライフルーツ二枚。そこから目の前の森をトレントを焼きながらさっさと抜けて二十九層へ。
なんだか久しぶりの予感すらする二十九層である。三十一層が長く感じられた分より久しぶり感が増す。実際三十一層往復だけで四時間かかっているので久しぶりなのは間違いないのだが。
現在午後十一時半、まもなく日付が変わるという所。これは二十八層で仮眠を取った後、早めの朝食を取って空いた時間で二十七層を適当に歩いて追加ボーナスを見込む感じだろうか。
階段から橋まで歩いていく間に魔力は充填されたと思う。さすがに二十分もただ歩けば俺の魔力最大量から判断するに最大限回復していると考えている。これも日々成長しているからな。思ったよりも回復しているかもしれないし、もしかしたら最大量も増えているかもしれない。そう考えると、このトレントの実の魔力回復量は自分の魔力量に対して変動するわけではなく、重量に対して固定値だという一つの推測が出来る。
後はどうすればトレントの実をたくさん食べられるようになるか、をちょっと長めのスパンで検証するしかないだろう。とりあえず二十八層に戻ったら仮眠する前にスキルの打ちっぱなしをして、食べられるだけドライフルーツを食べて、魔力的胃袋の限界量を知る。忘れないようにメモっておこう。
さて、最後の橋に差し掛かる。ここでドライフルーツを使い切ってしまってもいいぐらいのつもりで挑もう。途中でエネルギー切れ起こしたらその時は芽生さんに声かけて物理的に突破しつつ、回復させながら常時眩暈と戦いながらギリギリのスキル使用で乗り切るしかなくなる。が、まだ予想から考えうる量として八枚使える。八枚もあったら充分ではないかな。
行きは四枚ぐらいで行けたはずだ、帰りも似たような量だろう。落ち着いていつも通りやればそれで済むはずだ。さぁ最後の橋だ。これさえ乗り切れば後は適当でもなんとかなる。集中しよう。
四十分ほどの時間をかけて無事に橋を渡り切った。消費枚数は四枚。残り四枚は食えるということだな。後はトレントと戦いながら一時間、階段に向かって進めば終わりだ。
◇◆◇◆◇◆◇
一時間が経った。橋から真っ直ぐ階段まで来れるようになった。どうやら方向感覚は研ぎ澄まされてきているようだ。それだけ二十九層にも慣れて来た、ということに違いない。自分をちょっとだけ褒めてやろう。
森の中ではドライフルーツを消費しなかった。つまり、予想される限界は後四枚分。これを今から口にして、何枚まで消費しきることができるか、何枚食べれば精神的な満腹感で一杯になるのか。それを今から確かめる。
二十八層に戻ると、テントまで向かって休憩する前にやる事をやってしまう事にする。
「今からドライフルーツの使用限界について実用試験を始める。俺が予想してる通り三十枚が回復最大値なら、三十枚使ったところで精神的な満腹感みたいなものを覚え始めるはずだ。プロレスラーが胃袋の限界まで飯を詰め込むようなイメージで居てくれ。その魔力的な胃袋の限界値を今から試す。もし限界が来るなら、眩暈が起きた後でドライフルーツを食べようとしても胃が受け付けない、みたいな現象が起こる可能性が高い。それが何枚目になるかは解らないが、とりあえず仮眠前後を含めてここまでで二十六枚消費した。後四枚だから……二分半ぐらいかな。その間は雷撃を撃ち続けられる計算になると思う」
「最悪倒れるからその時はよろしく、という通訳でよろしゅうございますか」
芽生さんからまた無茶をして……という視線を感じる。
「これは必要な検証だ。今後ギリギリの戦いを強いられる場面が用意された時、撤退するかそれとも戦い続けるかの選択肢を確実に取れるようにするために大事な閾値確認でもある。それにもう一つ、常に眩暈を起こしたり戻ったりを繰り返すことで一秒でも長く、一発でも多く、スキルを発動させるために自分を鍛える。魔力を枯渇させるような状態を作って回復して……を繰り返すことで魔力の最大値を成長させることができるのは実地で感じていると思う」
「それはそうですが、まあセーフエリアですしいいや。少なくとも襲われたり他に迷惑をかける可能性はないでしょうし」
「俺は何枚まで行けるかどうかを追及するのでしばらくはうるさくしてるから、静かになったら倒れたとでも思っておいて」
「一人で仮眠を取るのもさみしいですし、倒れるまで眺めている事にします。最悪引きずってテントに放り込みますから」
芽生さんの了解が取れたところで、早速雷撃開始だ。いつも通り極太雷撃をイメージして、何もない壁に向かって打ち続ける。二分半が経過したところで最初の眩暈が出始めた。早速一枚噛む。しばらくして調子が元に戻って、また三十秒後に眩暈。追加、三十秒、眩暈。追加、三十秒、眩暈。追加、三十秒、眩暈。追加。ここで三十枚。さらに三十秒が経過し、もう一枚行けるかどうかという所で胃袋が拒絶反応を始めた。そこでダメ押しのもう一枚。やはり三十枚ぐらいが限界らしい。ここで雷撃を止める。
「……吐き気みたいなのしてきた。三十一枚が限界らしい。これで一つ自分の限界が分かった」
「私も三十枚なんですかね? 人によって差があるかどうかも気にはなりますが……さすがに今から三十枚も食べるのはちょっと」
「じゃあもう一つの検証課題だ。火にあぶったらどうなるのか。バーナーを出して早速実験してみよう」
スキレットにドライフルーツを一枚乗せ、それを上からバーナーで焙る。すると、火が出るわけでもなくドライフルーツは黒い粒子をまき散らしながら消えていった。やはり、黒い粒子で全体が出来ていたらしい。果物として再構成はされていないようだ。
「なるほど、カロリーはゼロか。これでいくら食べても太らないということは立証されそうだな? 」
「思う存分食べればいいと思いますよ。私は必要時以外食べない事にしておきます。そのほうが緊急時に何とかなりそうな気もするので」
「今日は色々と解ったことが多い。パソコンにも記録として記入しておこう。いつか誰かのためになるはずだ」
テントに戻ってノートパソコンを取り出すと、カタカタとトレントの実の効能について記録していく。生の実のままで同じ効果が得られる保証はないが、おそらくこうなるであろう、という推測を交えてキーボードに指を走らせる。他に思いついてないような検証課題があるだろうが、それは追々思いついたときに書き足していくことにする。
やる事が終わったところで仮眠だ。時刻は午前二時。仮眠を取ったおかげで多少時間感覚がずれているが、寝るにはいい時間だ。起きたら朝食を作って……それから開場までどうするかな。
「さて、仮眠取るか」
「はーい先生質問です。枕と布団はどっちが使うんですか? 」
「あー……どうしようね、一緒に寝る? 」
「私はそれでもいいですよ。多分今ならぐっすり眠れると思いますし、ダンジョンの中でそういう事をする気は無いんでしょう? なら問題ないです」
「じゃ、素直に寝るか。おいで」
「わーい同衾だ同衾」
芽生さんと同衾。初めてではないが、ダンジョン内で同衾するのは多分……かろうじて二回目か? Cランク試験の時に同じテントで寝たのをカウントすれば二回目だな。今思えばあれも見られていたことになるか。
少し考えたが、まぁいいか……イチャイチャするわけでもなく、純粋に寝るだけだ。一部のダンジョンマスターにとっては燃料やごちそうさまです状態だろうが、何よりも疲れた。細かいことは気にしないでおこう。布団に包まれると一気に疲れが噴き出してきた。もう見られてるとかどうでもよくなってきた。寝よう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。





