638:一泊二日三十二層ツアー 6/8
橋を渡り始めると早速索敵範囲にモンスター反応が現れる。水中からトレントが出てくるわけは無いのでこれは全部ケルピーだ。行きと同じぐらいの数が生息している。仮眠を取って四時間も放置していたのだから、全部湧きなおしていても不思議はない。
イベントのアトラクションで最初の一歩を踏み出した瞬間、イベントが開幕を迎えたような熱烈な挨拶と共にケルピーが水中から橋の上に上がってくる。その橋の上に飛び降りる前に雷撃をし、ベチャッと地面にたたきつけられるのがこの戦闘の特徴だ。着地を成功させてしまってはいけない。着地するとその分地面にたたきつけられることによる落下ダメージが加算されない。実際そういうダメージがあるかどうかはともかく、そういう気分である。
なので橋上にくる奴を次々に空中で雷撃を炸裂させ、橋の上に叩き落とす。時々橋の欄干に体をぶつけてそのまま水面に落ちていくケルピーが居る。痛そう。そんな一幕を余所目にしつつ、いつもの二人一組の作業化された手順で順番にケルピーを倒してドロップを回収していく。多分範囲回収が無かったらもう二、三テンポ遅いスピードで進むことになっていただろう。
眩暈の予兆を感じたらその次の瞬間には口の中にドライフルーツを転送し噛む。そして魔力を回復させ、また同じ手順で進む。これで四枚。予想している限界点である三十枚にはまだ多少余裕があるが、仮眠を取った事でリセットされているかどうかは解らない。出来るだけ早く三十一層の橋を突破したいところだ。
自分で精神的に勝手に追い詰められつつ、かといって手を抜くわけにもいかないので慎重に真剣にかつ可能な限り最速のスピードでケルピーを料理していく。馬肉も結構溜まったな。馬肉だけで既にエコバッグ三袋分ぐらいありそうだ。
さらに追加でドライフルーツを二枚消費、ここまで合計二十二枚消費したところで三十一層の橋を抜ける事が出来た。これで一つ安心できたな。
橋を渡ったところで緊張を抜くために少し休憩、水分とカロリーの補給をしておく。カロリー過多が先に来るのか腹いっぱいが先に来るのか、それともトレントの実にはカロリーが無く魔素だけが詰まっているのか。家に帰って体脂肪計に乗ったら解るか。場合によってはここから先の歩みを遅くするか、全力で体を動かすかしてカロリーの消費に努めなければならなくなる。
「やっぱり長丁場は緊張しますね。さすがによそごと考える暇はないのでは? 」
「そうだな、でも後何枚ドライフルーツ回復が出来るか心配だったよ」
「ボーダーラインだと考えてるのまでは後何枚ですか? 」
「あと八枚かな。それ以上は自然回復を待たないと厳しい戦いになるかもしれない。保管庫の消費量がごく微量で良かったよ。これで保管庫収納まで消費が激しかったら三十層でもう一回休憩とって休まないといけない所だ」
あと六枚食べれば基準の三十枚、トレントの実三個分になる。トレントの実の回復量が誰を基準にして設定されているのかわからないが、今の俺なら四割程度を食べればフル回復するらしいことまでは解っている。
「食べ始めて二十四時間で消費、とかそんな感じなんですかね」
「二十八層に戻ったら詳しく調べてみる。どうせ寝るし、寝る前の実験としてドライフルーツ何枚まで食べても効果が有るか調査だ。眩暈起こして食べてを繰り返して、食べても眩暈が収まらなくなるまでの枚数をカウントする」
「セーフエリアだから心配する事は無いですが、途中で気を失ったら寝かせておけば良いんですかね」
「もうちょい先の話になるけどその時はよろしくね」
休憩を終えて森の中へ踏み入る。ここはトレントもそこそこの数が居るが、自然回復分で充分対応できるので存分にスキルを使っていける。
そして、行きに切り倒していった木がまだ散乱している。どうやらスライムのオブジェクト回収部隊はまだ到着してないようだ。もしかしたら、あのスライムの行軍がそれだったのかもしれない。しばらくここで待ち構えてたら出てきたりするのだろうか。スライムがトレントでは無い木……そういえばこれは何の木なんだろう? 少なくとも広葉樹であることは予想できる。
とにかく倒れてる、いや、行きに好き放題倒していった木のおかげで途中までは道に迷わずに済んでいる、誰だか知ってるが有り難い事だ。木が倒れている地点までは明らかに怪しい立ち方をしている木をトレントと判断して雷切していく。大体は当たる。経験上木は根元からリポップしない。削れたところがある日突然元に戻る。サバンナマップでもそうだった。そして根本は固定オブジェクトだから引き抜くことも断ち切ることもできない。これもサバンナマップで学んだ。このマップでもきっとそうだろう。
木のどの辺からが固定オブジェクトとして判断されているのか、という境界線については後日気になった時に再調査を行う事にして、今のところは完全に忘れていい内容だと思う。
倒木が無くなったところで周囲警戒、トレントが居ない事を確認してからドローン。南方向に小さな空き地を発見。多分階段だな。行きしなに写真撮影しておいた場所的にもぴったりだ。進行方向を微調整しながら階段に向かう。
「結局何日ぐらい持つんでしょう? あの倒木」
「スライムに聞いてみてくれ。多分スライムが異物除去の形で木を黒い粒子に戻して、それからリポップという作業工程に入るんじゃないかな。ここで発見したスライムを永遠に狩り続ければいつまでも残り続けることになるんだろう」
「ふと思ったんですが、索敵範囲内はリポップする条件中の視界内、に入るんでしょうか」
「それも検証してみなければ解らんな。一層あたりでじっと止まってて、索敵内に突然マーカーが増えたら視界外ということになるんじゃない」
索敵が視界かどうかか。考えた事なかったな。こんどゆっくり……ゆっくりできるのはいつだろう? 休みの日にでも、いや、それは休みになってないな。芽生さんが忙しくて来れないお仕事の日にでも収入を気にせずスキルの機能確認としてダンジョンの一層でのんびり潮干狩りしてたら確認できるんじゃないか。確認できなかった場合、索敵の範囲内は視野として判別されている、という判定に使えるな。
なんだかんだお互いに疑問を解消しつつ、ついでにトレントを叩いていたら階段に着いたので階段を上がる。三十層に戻ると、ここはすぐ近くに橋と森が有って階段も近い。橋の上はまたビッグブリッジの死闘になるだろうが、その距離も短い。ドライフルーツの消耗はそれほど多くなくてもいけるだろう。
「さて、ちょっと休憩。十分ぐらいでいい、念のために魔力をフル回復させておきたい」
階段に座り込んでしばしの休息。
「ドライフルーツなんですけど、限界は本当に三十枚なんですか? 根拠のほどが知りたいんですけど」
「具体的な根拠があるわけじゃないんだ。ただ、食べ続けると少しずつだが胃袋じゃない何かが満腹になってきているような気がする」
そう、胃袋じゃない所に来る謎の満腹感があるのだ。これの限界値がさっき言ったトレントの実三つ分ぐらいという物の正確性のまるでない根拠だ。
「魔力を扱うようになって、魔力を咀嚼する臓器でもできてるとか」
「人間ドック行ったら見た事ない臓器が増えてると言われるか、腫瘍が出来てると言われるか……そんなものが有ったら色々と説明に困るだろうし、スキル持ちの誰かが既に行って問題化してると思うぞ? それにもしそんな臓器が増えてるなら芽生さんにもできてるはずだ、そこそこの奴が」
「じゃあなんでしょうね、魔力摂取限界みたいなものでしょうか? 私もそこまでパクパク食べたらなんか来るんですかね? 」
「まずはトレントの実のカロリーを調べる所からじゃないかな。とりあえずバーナーか何かで燃やしてみて、黒い粒子に変わるのか、炎を上げて燃えるのかを見分ける。前者ならカロリーはゼロです」
「後者だったら燃えている分のカロリーはあるって事になりますか。焙った先から黒い粒子に変わっていくのを見るのは不思議な気分になれるかもしれませんね」
「どれをやるにしても、まずは二十八層まで戻る、これが優先だ。さてそろそろ休憩終わるか。多分魔力も充填された」
立ち上がり、短い橋に向かって健康的なしぐさのウォーキングをしながら向かう。数分の休憩だが休みは休みだ。何処かが凝り固まってくれると、この後の運動の弊害になる。全身がボディブレードになったような動きをしながらまっすぐ歩く。これがなかなか難しい。そして芽生さんは何してんだこの人という目線で隣を歩いている。多分他の人が居たら知らない人のふりをしていただろうな。
橋の手前まで来るといつもの構えに変更。さぁ、後橋二本と森二回、森は良いとして橋は魔力が持ってくれるかどうかちょっと微妙なラインだ。最終的に肉弾戦になる可能性も考えておこう。
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