637:一泊二日三十二層ツアー 5/8 後半戦
アラームが鳴った。おはようございます。布団と枕を持ってきた効果があったのか、短い仮眠でもバッチリ眠気と疲れが取れた気がする。目の奥の脳みそが爽やかな感じだ。念のため目薬も点しておこう。濡らしたタオルで顔と首周りに着いた熱っぽさと汗を取ったところでテントの中身を全部しまい込む。
「おはようございます」
「おはよう。やっぱり布団を持ってきて正解だったな。四時間ぐらい寝た気分だ」
芽生さんは雑誌を適度に散らかして色々読んでいたようだ。ファッション誌を読んで飽きてマンガを読んで飽きて、ダンジョン雑誌を読んで……と雑食気味に読み散らかした形跡がある。
とりあえず寝起きにカロリーバーを胃に詰め込み、コーヒーを沸かす。コーヒーを沸かすこの一連の作業にも目を覚ます効果がある。仮眠が終わったということを作業によって意識的に終わらせ、夢の世界と現実を切り離す一連の流れと言っていい。
二人分コーヒーを沸かしている間に散らばった雑誌の片づけをして、忘れ物が無いかどうかチェックする。よし、ちゃんとあるな。布団と枕にも変な状態異常がついてたりはしてない。多少の残り香はあるかもしれないが家で使用するにも問題は無さそうだ。
「疲れは取れましたか? 」
「おう、バッチリよ。そっちは大丈夫? 戦闘の形跡はないけど雑誌の読み疲れとかしてない? 」
「大丈夫ですよ。ちょっと体は鈍ってるかもしれないのでコーヒーが出来る間に少し動かしますが、仮眠のほうは大丈夫です」
湯が沸くまでに軽く全身を動かし、体の動きに問題がない事を確認する。うん、まだガタが来ていない。さすがのダーククロウ効果だ。やはり数歳分若返っている気がする。ヒールポーションのランク4で遺伝子レベルで修復が行われるという話だったが、さらに上のポーションだと若返りの効果が見込めたりもするんだろうか。それとも全く別のポーションでそれが行われるのか。
三十二層まではおそらくヒールポーションまでしか出ないだろうから、キュアポーションがその後出てきて、更にその先、という算段をつけておく。芽生さんももうすぐ夏季休暇も終わることだし、結構後になりそうではあるな。まあその辺は焦らず行こうと思うし、若返りのポーションが出たとして……果たして使うだけの意味があるのだろうかとも思う。
順当に年齢を重ねる楽しみを持ちつつ、加齢が影響してダンジョンにだんだん潜れなくなっていくのだろうが、そうなった時に考えればいい事にしておこう。
湯が沸いたのでコーヒーを淹れて一息。これから三十二層に向かって、橋を見つける所までが今日の目標だ。ここで気持ちよく休憩した事でこの後の探索もスマートに進むだろうと思いたい。
「三十二層も広いのかな? ここより広いとさすがに億劫なんだけど」
「階段下りたらわかりますって。で、次は南へ行ってみますか? それで東西南北一通りそろう事になりますけど」
「そうだったら解りやすくていいんだけどなあ。とりあえずこの階段を下りて周辺のトレントを掃除して、ドローンを飛ばして……といつもの手順で確認していこう。ここまで来たら慎重に進んでもいいはずだ」
「今日のところは三十二層の川手前までの確認でしたね。渡る自信はないと」
「そのためにはちょっと実験が必要だ。その実験には二十八層まで戻らないとちょっと危ないので戻ってから行う事にする」
自分に効果がある代物の限界がどこにあるのかは知っておかないといけないからな。いざぶっつけ本番で失敗して怪我するなり頓挫するなり、ということは避けたい。
「何するんですか? ドライフルーツの使用限界でも試しますか? 」
「そのつもり。実際にどのくらいまで効果を持続させることができるか……どうやら現状だと、俺の魔力の二十五パーセントぐらいを回復してくれるらしい。それを何回使えるかで計画的な探索も立案できるし、体の限界も解る。三十三層、三十四層でも使うかどうかわからないから安全策として出来るだけ使わずに突破したいところではある。さっきトレントの実三つぐらいが限度じゃないか、と適当に仮説を立てたが、これが五個まで行けるなら三十二層を突破するのも難しくはない。最悪三十三層、三十四層は入ってそのまま抜けて、三十五層でエレベーターから帰る、という手段も取れるようになる。出てくるモンスターにもよるけど、できるだけ数は少ないほうがいいなあ」
まだ見ぬ三十三層に思いをはせながらコーヒーを飲み終わる。
「さて、後半戦開始だ。三十二層に行こう」
「体力的にも精神的にも補充できましたし、気負わず行きますか」
◇◆◇◆◇◆◇
早速三十二層の階段を下りる。森と川のマップの最終ステージだ。密度の濃い戦闘を強いられるかどうかはまだ解らない。トレントが異常増殖しているかもしれないし、ケルピーがさらに増えているかもしれない。もしかしたら実は三十一層が山場で三十二層は軽く攻略できるかもしれない。
ただ、今回は三十二層の川までたどり着くマップを埋める目標なので、それが出来たら大人しく帰ることにしようと思っている。無理に突破して帰ってこれないという可能性もあるのだ。無理はしないに限る。
階段を下りてたどり着いた三十二層は割と開けた土地に出た。階段周りには木はほとんどなく、索敵にも引っかかるトレントは居ない。索敵を確認して早速ドローンを飛ばす。すると、予想通りというか作り通りというか、南側の割と近い所に森の開けた場所があった。ただその間にはトレントがかなりの数居るのが解る。短いけど密度の高い戦闘を強いられることになるだろう。これは気合を入れて突破する必要がありそうだ。
「森を抜けるのは早そうだ。川を渡るのはわからないが……こっちも近いと嬉しいね」
「早速行きましょう、南へゴーです」
トレントの密度は高い。同時に五体ぐらいを相手にする場面もあった。雷撃で黒焦げにしてから芽生さんが折りに行くパターンで上手くやり過ごすことは出来たが、中々に戦闘ペースが速い。短時間高密度の戦闘がしばらく続いて、十五分ほどかかっただろうか。見た目どおり森を抜けるのは早かった。森を抜けた先は少し開けたスペースが続くので、その先に川があるかどうかドローンで確認しながら歩く。十五分ほど何もない所を歩くと川が見えた。
橋があるポイントまで更に歩き……ここは安全スペースが多いな。休憩場所の候補として加えておこう。とにかく橋は発見できた。この先は……また今度だな。念のためドローンで距離感を見ると、今回はそれほど長くないらしく、ドローンでも向こう岸が確認できた。
「よし、橋は長くない。これは次回に期待できそうだ。確認できたことで方向も時間的距離もモンスター密度もだいたい分かった。ここまでくれば後はもう一歩。もしかしたら最後の最後にもう一回森に突入して階段を探す可能性があるが、それはその時の楽しみに取っておこう」
「じゃあ、折り返しますか。予定分は歩きましたし、帰り道の体力と魔力を残しておく意味でも……」
「「無理な探索はしない」」
「よろしい、では凱旋と行こうじゃないの」
「流石に帰りは迷わないですよね? 」
「迷うとしたら一つ浅い階層だな。でもドローンも電池がまだあるし、余裕余裕。最悪もう一回仮眠して体力温存して帰ればいいし、まだドライフルーツの使用限界みたいなものは来てない……これは戻ったら仮眠する前に色々試すか。睡眠との関係も気になるし」
ここから真っ直ぐ二十八層まで戻る。トレントはともかくとして橋を渡る間だけは緊張の時間が続くことになる。帰りの第一関門、三十一層橋渡りだ。無事に乗り越えられればまずはヨシとしておかないとな。
ついさっき来たばかりの道を逆にたどり、まだ湧き切ってないトレントを細々と倒しながら階段まで戻った。階段を上るとすぐに川のほうへ向かい、橋の手前で一呼吸。
「さあ、難所越えだ。あと何回戦い抜かなきゃいけないかは解らないが、どんなに少なくともあと一回はここに来る。そしてここでかなりの利益を出す。あれだけの密度だ、ヒールポーションもちゃんと落ちたし、帰りも同じだけ落ちてくれる可能性は高い。儲けて帰るぞ」
「査定が楽しみになってきました。過去最高は行けそうですか」
「魔結晶だけで四百近くあるからな。それだけで八百万。ヒールポーションも三本ある、このお値段は素直にうれしい」
「じゃあ行きますよー、突撃ぃ! 」
芽生さんの合図とともに三十一層橋渡り一時間耐久レースが始まった。
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