621:文明落差
電車とバスで小西ダンジョン。涼しくなってきたからか、道中の暑さやバスの中の人の多さによる蒸し暑さも和らいできているような気がする。やはり、秋らしきものは少しずつ近づいているようだ。涼しくなると行き帰りも息が詰まるような思いをしなくていいから気楽になれるんだが。
芽生さんとは現地で合流した。先にバスで来ていたらしく、休憩室でのんびり冷えた水を補給していた。
「おはよう、早いね」
「今日は稼ぎまくるつもりでしたからね。昨日一昨日の稼ぎの悪さを取り戻さないと」
「じゃあいつもどおり二十七層を往復するか。現状それが一番稼げる場所だ」
「そうしましょうか。もうすぐ三億円が見えてきましたからね。夏季休暇中に一億という目標は軽々と達成してしまいましたし、どうせならもう一山稼いでおきたいところです」
二十七層には三本の道があり、そのどれもが階段へつながっているので、行きと同じ道を選ばない限りフルメンバーのモンスターと戦い続ける事が出来るラッキーエリアだ。
カメレオンは一撃、ゴーレムも物理攻撃が和らいで、こっちの攻撃で比較的簡単に倒せるようになった。となれば後は狩り放題稼ぎ放題の美味しい狩場だ。これ以上の効率を出そうと思ったら現状ではもっと深い階層、三十二層より下、三十三層まで潜らないと難しいだろう。
しかし、現状でのダンジョンの出入口とも呼べる二十八層から遠くなれば遠くなるほど移動時間との兼ね合いが出てくるので、深ければ極端に儲かる、という訳でもない。移動時間イコール戦闘時間というわけにはいかないので、どうしても稼ぎのタイミングにロスが生じる。
そういう点では二十七層は下りたらすぐモンスターという好条件がそろっている。きっと、後から来るBランク探索者も同じような事を考えるのだろう。他のパーティーが来るまでに精々稼いでおかなければな。
いつものリヤカーを引きながら入ダン手続きをして一層からエレベーターで二十八層へ。エレベーター前にリヤカーを放置するとそのまま二十七層へ行きさあ稼ぐぞ、とその前にお供えだ。お湯を沸かしてカップラーメンを作ると、パンパンと手を叩く。するとミルコが現れた。
「今日はなんだかいつもと違うものを持ってきてくれたみたいだね。これは他の探索者が食べているのを見たことがある。ラーメンとか言うんだっけ」
「調理済みの物を乾燥させておいて、お湯を入れてしばらく経つと元の食糧に戻る、という携帯食だ。俺達にはあまりなじみが無いが、ちょっとお高級な奴を選んでみた。それと、これは別口で」
ラーメンはラーメン、お菓子はお菓子、コーラはコーラ。それぞれ渡すと、コーラとお菓子は瞬時に消え去った。
「それとラーメンは時間が経つと麺が伸びて美味しさがいまいちになる。今食べるのがお薦めだ」
「そう言われると是非今食べたいね。いただくとするよ」
ミルコは蓋を開けて香りを楽しんだ後、少し麺を持ち上げて少しずつ啜り始めた。
「あちち……これはかなり濃い味付けだね。でもそれぞれ具の味がちゃんとしてる。スープも美味しい」
そういいつつ次々に口に入れていく。具材も一つ一つ確認し、ほほうなるほど……といった具合でラーメンを食べ続ける。あっという間に食べ終わり、汁まで飲み干した。
「美味しかった。こんなに美味しい物なのに君らの食事の中では粗末な食事に入るのかい? 」
「栄養の偏りがあるからな。ダンジョンの中では栄養バランスを考えながら食事というのはなかなか難しい。あくまでお湯が沸かせる前提の携帯食料だ。安い物ならさっき食べたそれの三分の一ぐらいの価格で手に入るものだよ」
「なるほどね。とにかく美味しかったよ。また気が向いたら持ってきておくれ」
口の周りについているスープの残りを舌でなめとっている。顔が良いのでそれだけでも絵になる。ちょっとずるいな。
「気に入ったなら何よりだ。また湯を入れてお渡しするほうが良いだろうな、作り方は読めないだろうし、メーカーによっては作り方が違うんだ」
「そのほうが良さそうだね。また気が向いたり薦めたいやつがあったら頼むよ」
「あいよ。あんまり食べると体にも悪いからな。ほどほどにしておくよ」
ミルコは満足したのか去っていった。さて、仕事するか。
◇◆◇◆◇◆◇
二十七層をいつもの流れで処理していく。体が慣れたので精神は何処かへ行く。二人とも。会話もよそ事が多めだ。
「カップラーメンが贅沢品に見えるのは意外な着目点でしたね」
「こっちの文明のほうが進歩しているのは間違いないらしいからな。機械というか機構というか、いわゆる産業革命が発生するほどの進歩はないみたいなそのぐらいなんだろうな」
「つまり大量生産大量消費の世界ではない可能性が高い、と」
「もし剣と魔法のファンタジーだったら一番わかりやすいんだけど、俺の中では文明の発達が化学や物理よりも魔法が先行してるイメージだな。ただ発電という言葉が通じた以上、電気に類する事はあったんだろう。もしかしたらその真っ最中だったかもしれない」
「機械の進歩に対して魔法の勢力が強くて、その主張の違いが元で戦争が始まった、とかそんな感じかもしれませんね」
そういうのも有りだな。機械の進歩に対して旧来から存在する魔法勢力の抵抗が強く、争った結果機械に関するものをすべて葬り去ろうとした結果魔力が暴走、文明は共倒れで崩壊……いいな。
「やっぱり荒廃したあっちの世界には溶けたパイプの破片とか中身のなくなったギヤボックスなんかが散乱してるんだろうか。いや、機械そのものに魔法陣みたいなものが描かれているのかもしれない」
「あーいいですねえ。もしかしたら、二十一層を探せばそういうのも出てくるかもしれません」
「そういう視点で二十一層というか廃墟マップを探索した事はないな。今度じっくりと観察してみるか。何か面白いものが見つかるかもしれない」
「歴史や戦乱の仮保存体として二十一層マップがあるなら、そういう痕跡があってもおかしくは無いですね。楽しみが少し増えましたか」
ミルコがこちらの文字を読めなかったことを考えると、こちらからも向こうの文字や言葉は理解できる可能性は今のところ低いだろう。ただ、文字の類が廃墟マップに残っていない事は以前確認したので、手掛かりは文字じゃなく落ちている物で判別するしかない。
魔法陣があったとしても、誤作動しないようにおそらく消えているだろう。ますますこっちの理解力が試されるな。
あっという間に片道行き終わり、二十六層の階段前。ここから別の道で折り返して二十八層側の階段へ向かい、そして昼食にする。今日の昼食は馬肉をふんだんに塊で放り込んだカレーだ。昼食が終わったらそこから休憩を挟みつつ三往復。今のペースなら五十分ほどで抜けられるので時間の余裕はちょっとだけある。これも二十九層三十層で頑張った成果だと思えばまた一段と腕前を上げたな、という自信がつく。いいことだ。
「覚えて数か月の私たちでさえここまで魔法が使えるのに、文明が滅んだ原因って何だったんでしょうね? 」
「ここまで使えるから、じゃないかな。魔力の暴走って話だから、相当大規模な戦争でも起こったんじゃないか? ミルコに詳しい話を聞くしかないだろうな。まぁ急いで知ってそれに備える必要があるかと言えば全然ないんだから、これからゆっくり向こうの事を知って行けばいいんじゃないだろうか。早ければいいってものでもないし、それより優先するものがあるならそっちを優先した方がいい」
「崩壊した文明の謎や仕組みよりもエレベーターのほうが有益ですからね。まずは全探索者のインフラ設備の設置が先で、インフラが整ったところで世間話のついでに情報を得る、という流れですか」
「もしかしたらココみたいに二十八層までエレベーターを設置してくれると決まったわけじゃない。十五層までは作るけどその後は頑張って、とそこまでで終わるダンジョンマスターが居ても不思議はないさ」
気さくなミルコに感謝だな。また美味しそうなものを差し入れする事にしよう。ただ、あまり甘やかしすぎるのもダメだから、次回の差し入れはもう少し先にしておこう。
一往復して戻ってきたので一旦二十八層に退避、湧き直しも含めて昼食休憩としよう。今日はカレーだカレー。前みたいにチーズ入れ過ぎてゴテゴテの奴じゃなく、ちゃんと野菜の形も残った馬肉ゴロゴロカレーだ。味見もちゃんとして、美味しい事を確認している。芽生さんの反応が楽しみだ。
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