618:三十層帰り
「さて、当初の目的は達した。後は帰るだけだな」
「あのエルダートレントは放置で良いんですか? 」
「平然としてたように見えたかもしれないけど、腕をねじり折られるって相当痛いんだよ? 次戦うならもうちょっと違うアプローチを考えたい。それに同じやり方で倒すにしても投擲武器の在庫が無い。またゴブ剣を仕入れるなり、スケ剣を取りに行くなりしないとな。鬼ころしで手ごろな装備をかき集める、という案もあるが、購入履歴から保管庫の存在に足がつくかもしれんから慎重にやる必要がある」
エルダートレントを倒した翌日普通にまた三十層に来ては居たが、リポップしていないエルダートレントにちょっと驚き、もしかしたら二度と湧かないんじゃないか? その場合既に倒したことが明るみに出るんじゃないだろうか? そういう不安がよぎっていたこの一週間だったのである。
十五層のゴブリンキングが二時間でリポップする事を考えるとかなりゆっくりのペースであるという結果だったが、トレント自身が割とゆっくりしたモンスターであることを考えるとそのぐらいの空き時間があってもまぁいいか、と思えたのはついさっきの事。
「経験値効率としては美味しかったんですけどね、ボス狩り。あれで洋一さんも私も多少はスキルアップしたはずですから、もっと楽にこなすことができるんじゃないですか? 」
「以前も思ったが、スキルオーブの二重取得でその辺解決したりしないかな? ちょっと調べてみるか」
保管庫からノートパソコンを出して情報を検索、スキルについて調べる。どうやらスキルを二重取得した例においては以前調べた通り、その分だけ威力が強化されていると報告が上がっていたな。ただそれほど強く推して書いてないところを見ると、二重に取得する事自体試した人が少ないということなんだろう。そういえばCランクになったあなたへ、という読本にもスキルについては手元に回ってこないので使用感が解らないと記述されていたな。一人に集中してスキルを覚えさせる、という流れにはまだ至ってないんだろう。
「【水魔法】が二重になったら名前も変わったりするんでしょうか。たとえば水流魔法とか」
「どうだろうな。【雷魔法】ももしかしたら名前が変わるかもしれないな。もしくはそのスキルは既に覚えていますってキャンセルされるかもしれないし」
「最悪三千万円が無駄になるって事ですか……でも三千万ですよ。十日ぐらい探索すれば元が取れる金額ならチャレンジしてみるのも悪くないと思いませんか」
「うーん……十日分といえば安く聞こえるが……でも三千万か……」
十日分とはいえ三千万円である。前職の所得で言えば十年分ぐらいである。そんなに高いものを一時の思い付きのために消費してしまっていいのか。税金で半分収入が無くなるとはいえ、ここまで自力で掘り進んできたんだからスキルオーブがもしドロップした時、ぐらいの軽い気持ちで良いんじゃないか。
「うーん、うーん……」
「洋一さんって金銭感覚いい意味で狂ってますよね。稼いでもライフスタイルが変わらないというか。お金が溜まりやすい性格をしていると思います。普通なら車買ったり株に手を出したりして散財傾向に陥ると思いますが」
「車の趣味は無いし、株とかよく解んないからな。財テクとか自分がやり始めたら暴落するような気がしてならん。やはり男は円建て預金勝負で行こうと思う」
「あー……うん、何となく解りました。洋一さんは是非そのままでいてください。スキルオーブの話は出た時に考えるって事で先送りしましょう。そろそろ橋も湧きなおしたころ合いですし、エルダートレントも湧きなおしていました。そろそろ帰りましょう」
「そうだな、帰るか」
三十層の川にかかる橋は、二十九層ほど長くはない。微々たる差ではあるものの、向こう岸がはっきり見える範囲ではある。ただ、その割にモンスター密度は高いので渡り切るのにかかる時間はあまり変わらない。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
いつものテンポでケルピー焼きを続けていく。おかげで今日は馬肉がたくさん手に入っている。これはウルフ肉並みの在庫を抱えてしまっても気楽に消費出来て良い感じになりそうだ。
三十層まで往復するとおよそ百個。重さにして二十キロほど。折り返さず通り抜けるだけでも十キロの重さを抱えることになる。この重さをゼロに出来る保管庫はやはりありがたい。それ以外にも魔結晶やトレントのドロップ品があるので、実際にはもっと重さがあることになる。
三十五層へ向かうためには単純計算で二十キロの馬肉と魔結晶、トレントのドロップを背負って三十三層に入りそこから更に二階層分のドロップを背負う必要が出てくる。金に目がくらんで……というより金稼ぎが目的で通り抜けるには結構厳しい階層になりそうだ。保管庫万歳。
リポップが追いついてない分さっきより幾分モンスター数が少ない橋を抜け終わり、そこから北東へ向かって階段のほうへ。モンスターは一転変わってトレント相手。水魔法も多少は効く。と言っても相手の攻撃手段である蔓を切断するのが精いっぱいで、後は表面に傷をつけるぐらいの事しかできない。一方雷魔法はキッチリ効いて黒焦げにし、おそらく全力投射すればそのまま焼き切ってしまう事も出来るだろう。
エルダートレント退治の前後のおかげで実質二段階【身体強化】が上がった自分たちにとってトレントにてこずる事はまずなくなった。今のところは手数が必要なので少々面倒くさい、というあたりだろうか。直刀を雷切モードで固定したままドライフルーツを噛み、雷切状態持続をさせていく。
いちいち付けて消してを繰り返すのが面倒くさくなった、というのが本当のところだが、こうやって持続させていくことで自分のスキルの持続回復時間を長くしていくことも目的だ。理想はつけっぱなしにしても問題ないぐらいに成長したいところだが、まだそこまでの域には到達していない。
四層ランニングの課題に雷切状態を保持したまま爆破していく、という荷重をかけたトレーニングでもしてみるのもありか。でも最近の混み様を考えると四層も人で埋まっている可能性が高い。もっと他の階層でトレーニングを進める必要があるな、どこがいいのだろうか。やはり二十七層を一人で回れるようになるのが先か。
雷切でスパスパとトレントを切り、ドロップのトレントの実と馬肉の全部を今日は確保しておこう。馬肉をメインにした料理をいくつか開発するのも含めて考えたら、やる予定の打ち上げで消費しきることはないはずだ。しばらくは肉料理を充分に楽しめる。
明日は日帰りでオーク肉とボア肉集めだな。少々退屈になるかもしれないが、森に一番近い所に陣取ればモンスターの数が見込めるから暇ということも無いだろうし、密度の濃い分だけドロップの可能性は高まる。
「明日は日帰りオーク旅行かな。十五層から順番に上がっていく感じで。ついでに十四層の様子も確認したいし」
「そういえば打ち上げするって言ってましたね。その為の食材集めですか」
「ホストを引き受けると言ってしまった以上、どの肉もそれなりの在庫を確保しておく必要がある。でもって二日後は二十層へ行ってカウ肉集めだ。目標はどの肉も二十個ぐらいってとこかな。ボア肉の在庫はそれなりにあるけどオーク肉はあんまりないんだ。……そうだな、せっかくオーク肉を楽しむんだから爺さんが作るには及ばないだろうけど自作の角煮なんかを作って持っていくと喜ばれるかもしれないな。料理のリストに入れておくか」
「それは私も楽しみですねえ。明日一杯持って帰りましょう」
そんな話をしつつ三十層から二十九層へ抜け、再び橋に差し掛かる。橋の上ではさすがに無言だ。十層のジャイアントアントとワイルドボアの群れを体験した時のような、短時間高負荷のスリリングな時間になる。考え事は頭の中でだけでしておこう。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
いつものタイミングでいつも通りにケルピーをひたすら処理し続ける。四匹同時に来る事もあるが四発ぐらいなら同時に着弾できるのでこっちの動きに問題はない。芽生さんも近い所から順番に止めをさしていく。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
個人的には数が一杯くるより一匹二匹の強いモンスターが出てくる方が圧があって楽しみがいがある。気分的には破れることが無いポイを使って金魚すくいをしている気分だ。ラクだがなんかいまいちスリルみたいなものは無いな。
橋の上で戦う時間は二十分から三十分ほどだが、トレント相手にしているよりも密度が高い金魚すくいを楽しんでいる。これでスキルレベルや【身体強化】が上がるならやすいものだ。
途中でドライフルーツで魔素を回復しつつさっさと橋を渡り切ると、森に向かって一直線。地上に出るまで……後二時間ぐらいかな。
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