617:三十層狩り
三十層に下りたと言っても戦闘スタイルに変化があるわけではない。トレントが来たら雷撃と顔への攻撃で止めを刺す。ケルピーが来たら雷撃で焼き切って止めを芽生さんに渡す。その間にドロップを拾う。ただそれだけの作業で済むぐらいまでに型にはめる事ができた。
なのでこのまま三十二層までよほどの数で押してこない限り苦戦はしないと思われる。そこから先はマップが変わるのでどうと言えるところがあるわけではない。しかし現状二対四ぐらいまでは対処できているので、もう一体ぐらい増えてもどうってことはない、というところだ。
森を真っ直ぐ南西に二十分間歩き続けながら索敵内のトレントを殲滅していく。ボス戦を越えて俺の雷魔法もレベルアップしたのか、一発当てるだけでほぼ瀕死に出来るようになった。後は一発雷切で殴ってしまえば問題なく戦いを終えることができる。時間にして十秒ほどだ。戦闘時間の短さはその分時間当たりの収入につながる。場所当たりの密度が決まっている訳じゃないので効果のほどは今のところいまいちだが、その内これが実を結ぶ階層だって出てくるだろう。
森を抜けると目の前に川、そして橋。目の前に出て来てくれるのは非常に便利である。やはり三十層はコンパクトな階層らしい。十五層と比べると、面積は当然こちらのほうが広い。そしてモンスターの生息数もだ。より難易度が高く設定されていることに間違いはないだろう。
川を渡り始める。やはりここでも川の中からケルピーが躍り出ては、着地前に俺の雷撃を受けて着地に失敗し、その間に芽生さんがせこせことトドメをさし続ける。
「なんか農業でもやっている気分になってきました」
「テンポよく出て来てくれると仕事歌でも歌いたくなりそうだな。曲が思いつかないけど」
バシャーンと敵が現れ、バツッと雷撃し、ズバッと芽生さんが止めを刺し、シュッとドロップ品を回収する。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
このテンポが大事だ。スライム狩りと同じだな。いかにテンポを乱さず確実に葬っていくかが攻略速度にかかってくる。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
橋の真ん中へたどり着くほどモンスターの密度も上がってくる。そしてその密度に対してテンポも段々上がってくる。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
そろそろ雷撃のための魔素が枯渇するころだ。切れてからでは遅いので早めに補充しておこう。口の中にドライフルーツを含み、かみ砕く。熱い感覚が体を支配し始めるが、その気持ちよさに浸っている間にもモンスターは来るので、全身熱い中でテンポを維持していく。やがて体が涼しくなったらチャージ完了の合図だ。これで全力連射なら三十秒、一発ずつなら二十体分ぐらいの余裕が出来る。
この調子ならもう一枚食べれば無事に通過できるな。本来ならこの補充無しで通り抜けたいところだが、今の俺の手持ちのスキルではそれを許してもらえないらしい。何か抜本的な強化策が必要だな。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
意識を手放す余裕が出て来た。こうなればもうこっちのものだ。体と頭で全力で別の事をやってやろう。橋渡ってる途中にトレントが襲い掛かってくる可能性はまず無い。こんな所に木が一本立っていたら百パーセントモンスターだし、そもそもやつらは森から離れられない習性を持っているらしい。
雷魔法の二重取得三重取得……というものが出来るかどうかわからないが、雷魔法を二重に覚えたらどうなるのだろうか。そういえば調べたことも考えたことも無かったな。既に覚えているので使えないと言われるのか、それとも底上げはされるのか。もしお目にかかれる機会があれば二重取得を試してみよう。もしくは、調べて二重取得をしようとしたことがある奴を探してみよう。
もし二重に取得して効果があった場合、二重に取得する価値はあるし、二重はだめでも三重ならいける、という可能性もある。まだまだ知らない事が多いな。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。バシャーン、バツッ、ズバッ、シュッ。
ドライフルーツの二枚目を噛む。だんだん気持ちよくなってきたこの冬場のサウナの出入りのような感覚、癖になる。ドライフルーツで回復するのにも上限があるのかどうかを調べておく必要があるな、いわゆる許容限界という奴だ。腹が膨れるまで持つのか、それとも回復効果が出ずにそのまま眩暈で倒れるのか。倒れても問題ないときに試してみるのが良いだろう。
このドライフルーツ、地上でも同じだけの効果があるんだろうか。保管庫を使うのにドライフルーツは必要ないが、【雷魔法】なんかを使う際に効果が有るかもしれない。もっとも地上でスキルを使わなきゃいけない状況が思い浮かばないのでそっちを理由に使う事は無いだろう。
橋を渡り切り、川べりから少し離れてケルピーの寄ってこない場所まで来ると休憩する。今日はここで少し休んでそのまま折り返して帰る事にしよう。そもそも三十層に来た理由は金稼ぎだけではない。あのくそデカいエルダートレントがリポップしていないかどうかの調査もある。
ドローンを飛ばして森方向へカメラを向ける。ここ一週間ほど三十層をちょくちょく探してはいるが、まだリポップしていない。相当時間がかかるのか、それとも二度と湧かないのか。もしかしたら他の階層に湧く、という可能性も捨てきれてはいない。だが三十層がボス層なのだからボスはここに湧くはず……あ、居た。
一本だけやたら高い木が存在し、じっと見るとわずかずつだが動いている。生まれたてのエルダートレントがリポップしていたようである。どうやら川を挟んでどちらかの森に湧くということらしい。一つ習性が知れた事で理解が深まった。とりあえずしばらくの間……いや、よほどのことが無い限り再戦する事は無いだろう。さすがにまた腕をねじ切られそうになるのは勘弁願いたいし、たまたま一発で成功したラッキー勝利だと思っておいていいだろう。
芽生さんが顔の横からスマホの画面をのぞき込む。かなり顔が近い。数回肌を重ねたからか、ボディタッチやこの手のアプローチが増えたというか、遠慮が無くなったというか、距離感はかなり近くなった気がする。
「アレが生まれたてのエルダートレントちゃんですか。生まれたてでもエルダーなんでしょうかね」
生まれたてのエルダーというパワーワードも生まれた。
「三十層のボスはリポップに一週間ほどかかるということが分かった。この間に誰かが三十層に来てたら倒したのがバレる所なんだが、とりあえずその心配はなかったみたいだ。小西ダンジョンでここまで潜ってるのは俺たち二人のみ。保管庫から出さなければドロップ品の証拠はないままだし、エルダートレントを倒したからって何かが変わるわけでも無し。世は全てこともなしだな」
「あのボスドロップの種、どうしてるんです? まだ保管庫に入れっぱなしですか? 」
「植えても魔素が足りなくて育たないって話だし、保管庫に放り込んでおいて問題ないんじゃないか。地上で育ててトレントを地上に連れて来るにはそれこそ何代も世代を重ねていって、探索者がもっと魔素を地上に運んでいかないと無理だろうな。尤もその頃にはトレントの種も珍しさは無いかもしれない。そう思うと無駄な種になるかもしれないな」
「自分が末代じゃなかったんですか? 」
「そのつもりだったが予定変更も視野に入ってきたからな。誰かさんのおかげで」
隣の芽生さんの頭をなでる。気持ちよさそうに頭を差し出してくる。うん、大体君のせいなんだけどね。
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