616:三十層行き
話は十五分ほどで片付いたので急ぎ入ダン手続きを取る。今日も日帰りだ、というかしばらくは日帰りになるだろう。三十一層以降へ行くのはもう少し先の話になるかな。少なくとも会談が終わるまではちょくちょく連絡が入るかもしれないし、日時がきっちり決まったらこっちも即時連絡を取って日付の確認をしなければならない。ここは芽生さんが夏季休暇中で良かった、というべきだろうか。
ここ最近はボス退治してひと呼吸おいていた事もあって、二十九層と三十層の地図を作ることをメインにしていた。焦って迷うよりも確実にここの地図を綺麗にしておくほうが、後続の探索者のためにはなるだろう。そういう理由だ。
ボスと戦うかはともかく、必要な分の通り道は綺麗にしておくほうがいいし、何より二十九層からは遭難する可能性だってある。それを防ぐためにもここの地図は必要だろう。なんなら三十二層まで全部埋めてもいいぐらいだが……まあその分は残しておいても良いかな。
エレベーターで下りていく間に二、三会話を挟む。
「二つ返事で了承したとはいえ、普段の行動にまで影響してくるのはちょっとアレだったかもしれませんね。宿泊コースで深く潜るという選択肢が失われたということですから、しばらくゆっくり潜れということなのでしょうか」
「そうかもしれん。もしかしたら他のダンジョンと歩調を合わせろという暗喩かもしれんな。まさか思いつきで会談と言い出す訳でもないだろうし、こっちが二十八層まで潜ったことを確認して、その二十八層の報酬を先送りにしているのがバレたのかもしれない。その分を使わせようという魂胆なのか、それとも……まあ考えても仕方がない、受けると言ってしまった以上従うしかないな」
「まあ深く潜らなくても収入にそれほど差は出ませんし、何なら橋をひたすら往復するだけでもそこそこの収入になるから良いんですが」
「本当に収入だけを考えたら二十七層をグルグル回るだけでいいしな。ただ実入りというか、ドロップ品の内容というか、欲しいものは手に入らない、みたいな感じだ。現金ベースだと優秀なんだけどなあ」
ヒールポーションのランク4や食べられるもので言うと馬肉とトレントの実、これらのほうが査定金額で言えば安いが色々楽しみというか、目新しさというか、いろいろ取り組んでみる余地がある。
トレントの実のドライフルーツも日々消費しながら時々作っているので、基本的に三桁を切らないように作り続けている。出し入れの面倒くささも慣れて来た。
「さあ、いっちょ頑張るか。久々にRTAでもするか」
「いいですね。どこでやります? 」
「橋をひたすら往復してやる……ってのも楽しそうだ。結衣さんには打ち上げ用の肉を確保しておくように言われてるし、今日は馬肉、明日はオーク肉を仕入れよう」
「今更十二層に現れて苦情が来たりしませんよね? 」
「その時はそれ、自分で食べる分を集めに来たって言えば文句は言われないさ」
二十八層に着いたのでいつも通りリヤカーをエレベーターの前において二十九層へ。階段周りのトレントをさっさと片付けて一直線に橋まで行くと、時計を確認する。
「さて、橋を全力で突破して得られた内容を一時間単位に直していくらになるか計算するか。いつもは三十分ぐらいで通過するから倍にすればいいのか。よし、行こう」
歩きなれた橋の上を駆け足気味に移動していく。いつも通り現れたケルピーを雷撃で叩き落として芽生さんがトドメ。そしてドロップを回収。このテンポをいかに速くしていくかだが、ステータスブースト……もう【身体強化】と言った方がいいのだろうが、表向きはステータスブーストと言われているのでステータスブーストのままで良いだろう。
ボスを倒してさらに強化され、加速されたスピードの中で的確にケルピーを焼いては止めを刺し、そのまま範囲収納でどんどんドロップを拾っていく。拾い忘れもちゃんと確認しながらでもまだ余裕がある、これなら三十二層まで苦戦する可能性は低いな。
ほぼ二十分で橋を抜け終わった。戦果のほうは……二百三十万ほど。このまま真っ直ぐ往復しても湧きなおしている可能性は低いだろうから一回目ほどの収入は得られないだろう。そう考えると……
「うーん、モンスターの湧き具合を考えると四百万行けばいい方かな。ただ橋を往復するだけではちょっと面白みが無いしやっぱり橋を渡り終わったらそのまま戻って森に突っ込んで、トレントを倒しつつ入口まで戻って計算……というほうが自然だろうな。二時間で……六百万行けばいいほうか。動き方によっては二十七層より多い収入になりそうだ」
「査定に出さないトレントの実の事を考えれば多少少なくなりますが、トレントの実の査定価格ってそんなに高くなかったはずですよね? 」
「五千円。川に抜けるまでの個数を考えると、往復で二十個ぐらいか。そこまで多くは無いが、ドライフルーツにすれば二百個分ぐらいになる。もうトレントの実無しでは橋の往復をするのが馬鹿らしくなってくるかもな」
「お腹膨れて動けなくなったりしません? 」
「さすがにそこまで質量があるものじゃないからなあ。ただこれ結構甘いから途中でのどが渇きそうなのと、カロリーがどのくらい摂取されるかその辺が気になる。トレントの実の摂取カロリーってどのくらいなんだろう? 」
トレントの実の甘さから言って糖度は相当高い。糖度が高いということはそれだけカロリーがあるはずだ。俺リバウンドしてないよな?
「何に変換されてるかで変わるじゃないですかねえ。少なくとも食べても空腹とか満足しないということはなかったはずですから、ちゃんとカロリーはあるはずですよね」
「カロリーが無かったらどこかでハンガーノック起こして倒れる探索者が居るはずだからカロリーはあるはずだな。結衣さん達も肉ばっかり食べてたけどそれでガス欠を起こしたという話は聞いたことないし」
「ますます謎の粒子ですね。魔素についての解析が進めば、魔素から食糧を作って食糧問題を解決する……みたいなことも可能になるのでしょうか」
「肉が作れてる以上他の穀物も作れるだろうな。重さとエネルギー効率を考えて肉をドロップするようにしたとミルコも言っていた覚えが有るし、その気になれば米でもジャガイモでも小麦でもいけるんじゃないか? 」
「魔結晶から小麦を作って魔結晶から作った電力でパンを作る。魔素が世界を席巻する世の中がこの先にあるんでしょうね」
「その世界を見る前に寿命は尽きそうなのが現状だけどな。数千年かけて魔素を充填する計算なんだから、単純に探索者が増加したとしてもダンジョンそのものにモンスターやドロップ品を生産し続ける限界はあるだろうし、探索者の増加で時間が短くなったとして……頑張っても千年ぐらいはかかるんじゃないかな。その頃世界はどうなっているやら。もしかしたらダンジョンの所有権を巡った戦争なんかも起きるかもしれないし、平和で済むかもしれない。未来は解らんね」
◇◆◇◆◇◆◇
二十九層から三十層へ下りる。三十層は狭くてわかりやすいマップだ。南西方向の森の切れ目へ真っ直ぐ向かい、そこからすぐ先にある橋を渡ればもう目の前に階段があるという迷う可能性の非常に低いマップだ。
純粋に三十層から三十一層に向かうならそれだけでいい。ただ稼いで帰るとなると、森でトレントと戦い川でケルピーと戦い、階段を素通りして階段の奥にある反対側の森が割とお薦めの狩場として紹介できる。モンスター密度が広さのわりに割と濃く、トレントが同時に四体ぐらい襲ってくることもある中々にスリリングで美味しい場所になっている。
一泊して稼ぎ回るなら、階段周りの安全地帯をベースにして三十一層側の森と橋を行ったり来たりするのが中々の稼ぎゾーンになるだろう。他のパーティーではそうかは解らないが、少なくとも俺たち二人にとってはそう考えるのが妥当だろう。
周りには早速トレントの反応がある。まずはこれらを倒して綺麗にしてから前に進むべきだな。せっかくの美味しい狩場だ。余さず喰らって血と肉にしていこう。特にトレントの実は大事だ。今のうちにしっかりため込んでダンジョンに潜らない休日にでもゆっくりドライフルーツに加工していこう。
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