611:メンチカツと潮干狩り
買い物を済ませた後、家へ戻り、荷物を色々する。芽生さんにはミンチマシンをいったん洗ってもらい、その間にテントを組み立ててから保管庫に放り込んでおく。これで現場で時短が出来る。ダンジョン内できっちり稼ぐために必要な建設的な仕事だ。
「洗い終わりましたよー。ミンチにする準備はバッチリです」
「こっちもテント立て終わった。そのまま保管庫に回収しておいたからな」
「ありがとうございます。では早速始めますか」
「じゃあミンチマシンはこっちで適当に回していくから材料放り込むのはよろしく」
芽生さんが適度なサイズに肉を切りだし、ミンチマシンに乗せていく。中に入る大きさに切られた肉を投入し、ハンドルを回す。手動のほうが手作り感があるから良いとは言ったものの、これは結構大変な作業だな。そんなに量を作らないから救われた感がある。
芽生さんが肉類を切り終わり、玉ねぎのみじん切りに取り掛かり始めた。こっちも肉はほぼミンチにし終わった。細かさは……うん、悪くないな。レッドカウ肉とケルピー肉の合い挽きミンチだ。ダンジョン庁の偉い人か、ごく一部の金持ちぐらいしかお目にかかったことがないであろう。それをこれから豪勢にメンチカツにしていく。売るなら一個五百円とかになるんだろうか。
「この一握りの肉だけで千円ぐらいすると思うと贅沢なメンチカツだな」
「そうですね。自力で取ってきたので原価はゼロ円ですが」
みじん切りにされた玉葱に引き続き、みじん切りのキャベツを作る。その間にミンチマシンを掃除してしまう。部品単位で取り外しがきくので機能のわりに綺麗に清掃する事が出来る。手間なしの一品を買っておいてよかった。ミンチ肉を使う事なんて今後そうそう無……キーマカレーという選択肢が今の俺に現れた。今後も使うときは使っていこう。
洗い終わるとみじん切りの材料が出来上がったので、しばらく塩でもんで寝かせておく。これで水分が多少取れる。水分を絞ったら繋ぎに卵を使って塩コショウと肉と共に混ぜて捏ねていく。芽生さんはしばらく眺める側に回った。二人でやるほど大きい器が無いから仕方ない、その間に油の用意をしてもらっておこう。
捏ねて形が整ったところで衣をつけて揚げていく。結構な量になったが、明日の朝に回してしまってもいい。朝からメンチカツサンドというのも割と有りだろう。次々と揚がっていくメンチカツを椅子に座って食器を用意し、食べる気しか存在しないという雰囲気の中ひたすら待っている芽生さんに苦笑いしつつ、揚げたてを盛り付ける。野菜は……野菜はメンチカツに入ってるからヨシ! ソースを数種類とケチャップを出して好きに味付けしてもらおう。
全て揚げ終わったら俺も片づけを後回しにして実食だ。さてどんな味に仕上がったか、まずは芽生さんの顔を見て確認。よし、どうやらちゃんと出来上がってはいるようだ。そもそも生食すら可能な肉をメンチカツにしたのだ、今この時点では食あたりの心配は無いだろう。
まず一個目を何も付けずにほおばる。キャベツの甘味と牛肉の甘味、そして馬肉の脂気の少なさが過剰になり気味の脂を吸い取り良い感じに調和している。これは贅沢だな。
何よりも出来立てのメンチカツだ。アツアツの肉汁が内側からあふれ出てきて口の中に脂の膜が広がる。そのまま奥歯の奥、脂を美味しいと感じるところから幸せ物質があふれ出るのを感じる。頑張ってミンチをわざわざ作った甲斐はあったな……
「美味しいですねえ。メンチカツだけでも美味しいですね、ご飯があればよりモリモリいけますね」
パックライスを温めて出す。ついでに自分の分も。中濃ソースをかけたメンチカツを米でワンクッション。使いまわしじゃない新品の油で揚げたメンチカツはサクサク感を中々失わず、中に封じ込められた味わいは揚げたての良さを長持ちさせてくれている。
食べたいだけ食べたが、それでもやはり作った量が多すぎたか、半分ほどで満足してしまった。残りは冷凍して、食べるときにレンジで軽くチンしてからオーブントースターでブンすることでまたサクサク感を味わえるらしい。明日の朝に期待だな。
「一杯食べましたね。牛しゃぶの時ほどじゃないですが満足しました。また作りましょう」
「そうだな。次はキーマカレーを作る時にでも活躍してもらうか」
「ひき肉レシピも色々増えそうで楽しみです。マシンを毎回洗うのは手間かもしれませんが頑張ってください」
「食べ専は気楽でええのう。まあ、期待される分だけ悪い気はしないな。風呂入れてくるわ」
食べきれなかったメンチカツを一つ一つラップして冷凍庫へ。これで明日の朝温めなおせば朝食は楽に食べられる。風呂を沸かして何時でも入れるようにはしておく。風呂が沸くまでの時間が暇になったので、機密情報入りのパソコンを立ち上げて、今日のボス戦に関する記録を残しておく。
芽生さんが背中にへばりつきながら画面を覗いてくる。背中が暑い。後柔らかい。
「何入力してるんです? それ機密のほうのパソコンですよね」
「ボス戦の記録。いつか提出する事もあるかもしれないから、備忘録として書き残しておく。出来るだけスキルに触れない範囲で今の自分たちの実力も文章として記録しておけば、後日何かと役に立つことが有るかもしれないし」
さて、文面をどう書き起こしていくべきか。スキルの威力を数値化する事はできないので、スキル一発でどのくらいのダメージを誰に対して与えることができる現状なのか。それを文字にしなくてはいけない。全力の雷撃でケルピーをほぼ行動不能にして止めを刺すだけの状態までもっていくことができる……こんな所か。
芽生さんのほうは単体物理攻撃でトレントを撃破する事が出来、二十七層のカメレオンなら一発で倒すだけの【水魔法】に精通している。トレントやケルピー相手には相性が悪くうまく攻撃を通すことができないが、同レベルの技量があると判断できる。
その状態でエルダートレントに金属を打ち込み、出来るだけ中心に至るまで差し込む。全周囲を金属で囲う事により、雷撃による通電でエルダートレントを内部から炭化させ、最終的に根と上部を切り離すことで退治に成功した。ドロップ品はエルダートレントの種、魔結晶、そしてヒールポーションが四つ出た。
考えながら打ち込んでいる間に風呂が沸く。芽生さんを先に風呂へ沈んで綺麗になってもらっている間にパソコンに続きを打ち込み始め、文章がまとまったところで再び保管庫へ放り込む。
しばし暇なので明日の昼食のメニューを考える。生姜焼き、カツ、カツと肉が続くことになる。ここらで野菜を補充する必要があるだろう。肉は何か入れるとして、手軽に野菜炒めといくか。
芽生さんが上がったので交代で風呂に入る。お客さんが居る以上風呂で考え事をする暇はない。というか、この後何するかが解っている以上考え事も一つの方向に決まってしまうようなもんだ。男だししょうがないよね。今はまだその時じゃない、落ち着け息子。元気な状態で風呂を上がって見せつけても引かれるだけだと思うぞ。
元気さを主張する息子をなだめつつ、あくまでいつもの調子を装いながら風呂を上がる……が、風呂の中にも脱衣所にも芽生さんの残り香が漂う。これは……うん、無理だな。余計に元気になってしまった。これは逆に元気さをアピールしてまだまだ現役であることを確認するほうがいいだろう。
風呂から上がると、芽生さんは冷蔵庫からコーラを拝借していた。いやコーラだけではなかった。洗って干してあった俺のシャツを勝手に着ていた。
「着なおすものが無かったのでお借りします。彼シャツですよ彼シャツ。ワイシャツのほうがポイント高かったですかね」
「うーん……それだとただのダボダボシャツだな。ワイシャツを出すからそれを着てみるか?」
「是非。一度やりたかったんですよ彼シャツ」
クローゼットからワイシャツを出すと、そのまま目の前でバッと脱ぎ、全裸になる芽生さん。
「下着はどうしたんだ」
「この後どうせ脱がされるんですからもう無くても良いかなって。それに、裸ワイシャツのほうがぐっと来ません? 」
……来ます。
「よいしょ……あらためてどうですか、裸ワイシャツの破壊力は」
「うん、いいな、いい。透けて微妙に見えてるのもポイント高いな」
「じゃあ、早速します? 心の準備も体の準備も出来てますよ」
「よーしおじさん頑張っちゃうぞー」
「きゃー」
今夜も芽生さんのダンジョンで潮干狩りするのだ。
なんて最低な区切り方なんだ……
というわけで第八章、ここまでです。
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