606:ボス戦 準備運動
新しくエレベーターが出来たダンジョン、ちゃんと測ったらもっと短い時間で到着できたので修正しときました。
この辺じゃないの? と思われた方、多分その辺です
決戦の朝が来た。今日も気持ちよく起きれた事をダーククロウに感謝。そして、昨日の夕食に引き続き、今日の朝飯は自分で作ることなく近所のコンビニでカツ丼を買ってきた。今日はいつもと違う、というのを胃袋でも感じるためだ。
カツ丼がまだたっぷり食えるほど活力があることを確認したうえで、着替えて保管庫の中身をしっかり確認する。必要なものは……揃っている。手持ちを充実させるためにもう一日かけて材料を煮詰めて集めることも考えたが、それは今日のトライが失敗してからでも遅くはない。
手持ちのゴブ剣とスケ剣を全て捨てるつもりでやる。元値がゼロ円なのだから無駄な持ち出しをしなくていいのは今のところ今回の挑戦のポイントだろうか。デメリットは今までゼロ円で使い倒してきたゴブ剣とスケ剣という手持ちの二大射出武器を今後捨てる事になるだろうという点。
また追加で欲しくなってきたら今度こそ買うか、スケルトンを狩り倒して集めるか、もしくは十四層あたりで買い取りの看板を掲げるのがいいだろうか。手持ちが足りなくなった時にまた考えよう。今日は今日の仕事に集中するのだ。頑張れ安村洋一。今回は失敗は出来るけど割と大事な所だぞ。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
インナースーツ、ヨシ!
防刃ツナギ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ナシ!
冷えた水、コーラ、その他飲料、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
枕、お泊まりセット、ヨシ!
ドローン、ヨシ!
バッテリー類、ヨシ!
保管庫の中身……ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
昼食の事を考えるのを忘れていた。どうしようかな……ちょうどお昼頃戦いが始まるのだから、空腹のまま戦うよりは腹を満たしてから挑むほうが力が入る。さて、何を作るべきか……
ここは基本に戻ってウルフ肉の生姜焼きと行くか。手早く作るために生姜焼きのたれをそのまま使って焼く。焼いた先から保管庫に放り込み、パックライスを温めて今日の昼食終わり。最近それなりにこだわって昼食を作っていたからな。初心に帰る意味でも日常を忘れないためにも、そして今から他のレシピを考える手間を考えるにしてもこれがやっぱりベターな選択だ。
◇◆◇◆◇◆◇
小西ダンジョンに着くとやる気満々な芽生さんがもうすでに待機していた。
「今日、やるんですよね」
「その予定だがその前に一つ謝っておきたいことがある。エルダートレントの事ばかり考えてて昼食の事をすっかり忘れていた。なので今日の昼食はウルフ肉の生姜焼きになる」
「久しぶりの生姜焼きですね、楽しみです」
どうやらへそを曲げたりはしないらしい。そういえば昔、作ってもらった料理には文句を言わないと言っていたのを思い出す。有り難い事だ。せめてよく冷えたコーラを飲んでもらおう。
入ダン手続きをしてリヤカーを引きながら二十八層までエレベーターで下りる。ついたらそのままリヤカーを置き去りにして二十九層へ。二十九層では焦らず、いつものペースでトレントを三十体ほど倒しながら真東へ進んで森を抜け、その後川を北上して川そばでこちらへ寄ってくるケルピーと戯れながら橋まで歩きとおす。
ケルピーは必勝法が出来たので気楽に戦える、カメレオン並みに美味しいモンスターになった。カメレオンほどのドロップは期待できないがこいつも良い資金源だ、ボス戦前の肩慣らしにはなるだろう。
「この調子なら橋も楽々抜けられそうですね」
「橋抜けたら休憩、何なら飯も食べてしまおう。短期決戦になるとはいえ、腹が減り始めて力が出ないでは仕方ないからな」
「短期決戦の予定なんですか。もっと長期戦になるかと思いましたが」
「普段の戦闘からすれば十分長期かな。ほら、普段は一匹倒すのに一分もかけないから」
「なるほど……じゃあ中期決戦ぐらいですね」
どうやらもっと一時間二時間かけて攻略するものだと思っていたらしい。さすがにそれは体力も胃袋も魔素も持たんな。
「とりあえず橋渡るか。いつも通り大量に出て来てくれると嬉しいが」
「稼ぎどころですからね。気を抜かず気楽に行きましょう」
川を渡る橋の上は絶えずケルピーの襲い来るデンジャーゾーンだ。最悪四体ほどが同時に現れる。が、基本的に雷撃最大出力一発でほぼ動けなくなるので、飛び上がってきた先から雷撃で地面にたたき落とし、芽生さんが止めを刺すというサイクルが確立してしまっている。しいて言うなら途中で俺が息切れをするので随時保険のドライフルーツを食べながらの戦闘になる、というぐらいだろうか。トレントの実があれば乗り切れる、という設計にしてあるのだったら、この橋の上はよくできたアトラクションになっているなと感心する。
ケルピー、雷撃、芽生さん、回収。ケルピー、雷撃、芽生さん、回収。
ケルピー、雷撃、芽生さん、回収。ケルピー、雷撃、芽生さん、回収。
このテンポでこの橋は攻略されていく。三十分ほどで橋を渡り切り、合計七十匹ほどのケルピーを倒した。前回より多かったな。
「ここまでの稼ぎと運動は悪くないな。さて橋を渡り終えた事だし川から少し離れて階段前で休憩と行こうか」
「また集団でスライム出てきますかねえ。確か動画にはあんな動きしてるシーンは無かったですよね」
「出て来るんだったら、あの集団スライムは何か意味のある集団スライムって事にならんかな。休憩ついでにチラッと探してみるか。また二十匹ぐらい出てくれるなら……ってそうだ、昨日布団屋に羽根の手持ち全部卸してきたから後で渡すよ」
「わーいお小遣いだー。何に使いましょうねえ」
階段前まで着いたところで索敵をして休憩。階段の向こうにはまた森が見えるが、あの森の中に何かがある可能性は非常に低い。もしもこのダンジョンが宝箱が頻繁に設置されているようなトレジャーハンティングなダンジョンなら探す事にためらいは無いが、そういうダンジョンではない事は身に染みているし今日はそもそもボス戦が目的だ。
久しぶりに食べるウルフ肉の生姜焼きをほおばりながら周囲索敵を欠かさない。と言ってもこの辺は出たとしてもスライムで視界も開けている。リポップする可能性はほぼ無いと考えていいだろうが、ふと気が付けばスライムが横でウルフ肉をねだりに近づいてくる、というシチュエーションを想像したくなる。
仮に欠片をやったとしても、倒して何かが確定ドロップする、ということはないだろう。同じスライムならバニラバーの儀式で同じようにドロップ確定するかどうかを確認する事はその内やるかもしれない。こういう思い出しが有る時に都合よく現れてくれればいいんだが……見回しても見当たらない。タイミングの悪いスライムだ。
「ふぅ……ごちそうさまでした。久しぶりに食べるとやっぱり良いですねえ生姜焼き」
「そう言ってくれると助かるよ。腹も膨れたし、少し休んだら行くか、ボス退治」
決戦前の大事な休憩だ。ここで可能な限り体調と精神的調子を整えてゆっくりする。ゆっくりしていってね、とでも言うかのように周りには何も湧かない。索敵を発動中ではあるが、ゆっくり目を閉じて荷物を枕にして横になる。
「目を閉じてまで休憩するとは……かなりの本気度と見えますね」
「まーねー。今回は出費があるのが確定してるから決めるなら一発で決めたい。その為の積み重ねはしてきた。考えもしてきた。後は実行する準備だけだ。だからちょっとの間眠らせてくれ」
「そうですね、ごゆっくり。何か来たら私が対応しましょう」
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