603:三十層は結構シンプルだった
森が開けているところまでトレントを倒しつつ進む。エルダートレントはトレントの減少に反応はするものの、トレントの倒し過ぎでこちらの動きに合わせてきたりはしない。多分自分の同類だとは認識している物の、あなたたちとは違うんです、といった具合なんだろう。
一体どれだけの魔素を集めればこれだけ大きく育つのか。長い年月をかけて魔素を取り込み続け、そして倒されずに生き残る……というイメージなんだろう。
後ろを振り返るたびに視界に入るので鬱陶しいと言えば鬱陶しいが、移動しては休み、移動しては休みを繰り返しているようだ。移動の遅さを見るとやはりお爺ちゃんなのか、非常にゆっくりにみえる。
三十分ほど戦い続けて開けたところまでたどり着いた。周辺のトレントを処理したところでドローンを飛ばして周囲を探索する。するとそう遠くない所に橋を見つけた。二十分ほど歩けばたどり着けそうではある。この階層は橋までは短いな。
「橋は見つかったが……渡る時間はさすがに無いな。今日のところは戦い方を考えながら戻るか。エルダートレントの確実な倒し方を見つけるために色々やってみよう。そうだな……たとえばこんな感じで」
手近に居たトレントに射出でゴブ剣を普通に発射、刺さったところでゴブ剣に対して雷撃をする。ゴブ剣の刺さったところから徐々にトレントは炭化を始め、徐々に全身に広がり、炭化したところからぽっきりと折れる。やがてそのまま黒い粒子に還っていった。
「トレントもちゃんと木を模してるって事だな。金属を打ち込んで雷撃を流し込んだところから水分が蒸発を始めて炭化する。炭化したところが全体まで広がると上下に分かれて……この路線で何か考えてみるか」
「でもあの太さですよ。堅さも違うでしょうしその辺はどうします?例の雷のフィールドを纏わせながら射出する方式で行けますか? 」
「打ち込んでみなきゃ解らないかな。試しに一本差し込んでみるか? ゴブ剣なら捨てても惜しくないし試し打ちするにはちょうどいい」
「じゃ、エルダートレントを追いかけますか。もし追いかけられたら全力で階段に逃げるという事で」
「刺さるかどうかを確認するのが第一だからな、道を戻ってエルダートレントを追いかけよう」
エルダートレントを追いかける間にトレントは少ない。どうやら進路を譲っているような気がしないでもないが、そこまで意思疎通ができるようなモンスターなのだろうか。人間の可聴域では聞こえない言葉で会話している……もしくは、あのギイエエエという言葉がそのまま会話になっているのか、モンスター分析をする人にとっては面白い事なのかもしれないな。
しばらくしてエルダートレントの足元まで追いついた。やはり近づくと迫力があるな。幹の太さから考えて、一本飛ばすだけでは足りないだろう。もっと数本を均等に並べていく必要がある。正面から当てられるのは……十二本ぐらいか。一方向からだけではとてもじゃないがこの太い幹に雷撃を纏わせ続けるのは不可能だ。やるなら全方向、四面それぞれに立ってリニアレールガンのように射出することで深くまで刺さってくれるかどうか……だな。
「どうですか、イメージは何か湧いてきましたか」
「テストしてみないと何とも。とりあえず、ここから階段は近い。一発ぶち込んで怒らせても逃げ切れるはずだ。運のいい事に素早い敵でもない。撃ったら逃げよう」
「らーじゃ」
雷フィールド展開。ゴブ剣を射出。速度はいつもの亜音速の奴。バチッとゴブ剣が急加速し、エルダートレントに向かって飛んでいき、瞬時に突き刺さる。エルダートレントはまだ無反応。一本突き刺さったぐらいでは怒り出すほどのダメージにはなりえないということは解った。
「刺さったけど無反応ですね」
「一発ぐらいならダメージにならないみたいだ。余裕綽々だな。なんか追加で殴りたくなってきたぞ」
「どーどー。で、攻略の糸口は見つかりましたか」
「何となくつかめて来た」
思いついた戦術をとりあえずメモ帳に単語程度にまとめて書き記していく。図解もする。後はどういう動きをしていくか、だな。
◇◆◇◆◇◆◇
三十層から二十九層に戻り、歩いて橋まで移動する。もう二十九層で迷う可能性はほぼなくなった。帰り道の橋でまたケルピーとの連戦が始まる。
連戦が始まる前にドライフルーツを口に含み、あらかじめ回復をさせておく。もうこの体の変化にも慣れて来た。だんだん快感になってきているあたり、そろそろ引き返せない所まで来ているんじゃなかろうか。
「それ、癖とか依存症になってないでしょうね? 」
「まだ大丈夫、これはビタミン剤みたいなものだから不要な時は口にしてないはず。もし何の理由も無く食べてたらそれは依存症だが、今から連戦が始まる事が解っている事だし、事前に回復させておくのはゲームの常識だろ? 」
「ゲームじゃなくて現実の話をしているんですが……一個ください」
芽生さんも一つ食べて、もぞもぞした後元に戻る。
「これは、私はあまり食べないほうがいいかもしれません、癖になりそうです」
芽生さんはエナドリ否定派らしい。まあ何事もほどほどが良いからな。それにカロリーもそれなりに高そうだ。もしかしたら人工甘味料みたいにこの甘さでカロリーフリーだったりするかもしれないが、カロリーはあるものとして考えておくほうが太らずに済むだろう。
さて、ケルピー連戦バトル二回目だ。落ち着いて素早く橋を渡ろう。片道行っても問題は無かったのだ、帰りも問題は無いだろう。
橋を渡り始めると途端に増加するケルピーの反応。次々に橋の上へ水中からドルフィンジャンプしてくるケルピーたち。飛び出た先から雷撃で焼かれ、半生の状態で着地するケルピーを処理する芽生さん。コンビネーションはバッチリだ。倒した後は範囲回収でドロップ品を拾って前へ進む。
ケルピー、雷撃、芽生さん、回収。ケルピー、雷撃、芽生さん、回収。
踊り食いをしているみたいで楽しい。やはり十層突破を思い出す。親指、六、三とかやってたなあ。アレに比べれば手数も少なくて済んでいる。
ケルピーを倒している途中でステータスブーストが上がる反応を感じる。これでまた一つ強くなれたな。芽生さんのほうも無事に上がったらしい。一段階強くなった、という実感はそれほどないが、雷撃ついでにケルピーをぶん殴ると今までよりもスパッと切れているような感触があった。芽生さんのほうも処理速度が少しばかり上がったように見える。
どんどんケルピーが湧いて出てくるが、片っ端から雷撃で潰していくためケルピーが攻撃に出てくるという意味で出番はない。こっちの黄金パターンの確立だ。橋の上ではもう何の心配も無いと断言できるほど頼もしい。
三十分ほどかけて橋を渡り切り、また六十体ほどのケルピーを仕留めた。この階層はうま味が詰まっている、と言い切れるほどの階層ではないが、少なくともこの橋については密度の高い美味しい部分ではあるな。なんならひたすら橋を往復してケルピーだけを狩り続けても問題ないくらいだ。一時間丸ごとケルピーを狩り続けた場合の効率は、下手をすると二十七層より美味しいかもしれない。
「この橋の行き来で自分を鍛えるのも有りか。ここはここでなかなか面白い稼ぎ場所かもしれないな」
「緊張感がある意味でも、マニュアル的に対処できるのでも楽と言えば楽ですね。通り過ぎてケルピーが枯渇しそうですが」
「枯渇したら枯渇したで他を回って帰ってくればいいんじゃないかな。それまではたっぷり狩りを楽しめそうで中々の好ポイントだと思う」
橋を渡り終えたらそこから真西に進路を取る。真西に行けば小道に行き当たる。その後は小道沿いに帰る。西南西に進路を取るでもいいが、それだとうっかり階段の南側を通り抜けてさらに奥へ行ってしまう可能性がある。
「変な所で迷いたくないので真っ直ぐ西へ向かおう。最短距離は西南西だけど正確に西南西というわけでもない。行き過ぎて迷うぐらいなら確実に帰り道を選択する」
「それでいいですよ。今日もそこそこ帰り時間に余裕があるとはいえ、変に迷ってやる気をなくすのもアレですし」
正確に方位が解っていて何度何分単位で目標の場所まで目指せるわけでもないので、大人しく小道に当たるまで真西に抜けてそこから小道沿いに帰る方法を選択する。
帰り道のトレントを倒しながら、それでも考えるのはエルダートレントの事。どうすれば倒せるのか。火力は足りるのか。火力が足りたとして、その火力を維持できるのか。その為に必要なものは……
雷玉を飛ばしてトレントを焼きつつ、考えは自分の内側にある脳内会議に没入し続ける。俺の脳内では複数の考えを持つ俺によって議論が続けられていたが……おおよその方針は既に決まっていた。
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