597:ロンドン橋渡ろう?
食後の腹ごなしに水辺を歩く。ケルピーが襲ってきても良いようにというよりは食後の運動相手を探すイメージのほうが近い。ただ歩くだけよりも戦いながらのほうが儲かるし探索に来たという雰囲気を出せる。
ケルピーも徐々に戦闘実績の蓄積が行われてきて、こう来たらこう返す、というようなパターン化が始まってきた。俺の場合、最初に突進してきたときに頭を下げていたらそのまま頭に直刀をぶっさし、両足を上げて踏みつけに来たら片足ずつ斬り刻んで頭を下げたところを首を刎ねる、等だろうか。
芽生さんも自分なりに戦いやすい環境の構築が始まっているらしく、最初に比べれば短時間でケルピーの相手をする事が可能になってきている。その内これも作業化して、意識的にやらなくても良いように体が自動化を始めるだろう。そうなれば後は頭をフリーにできる自由な時間の始まりだ。
休憩を終えて再び探索を始めて三十分ほどたった頃、橋が見え始めた。どうやらかなり遠回りをして橋まで到着したらしいなという感想が漏れるが、その分戦闘実績は蓄えられたのでまぁいいだろう。そもそも当初目的は川にぶつかる事だったはずだ。橋が有るか無いかは加点対象ではあるがそもそも川を見つけた時点で百点なのでこれが二百点になろうが五万点になろうが大きな差ではない。
「ようやく見つかりましたね。良かったですねちゃんと橋があって」
立派な橋だ。コンクリートめいたもので出来ているが、突っ込んだら負けだろう。橋がある、通れそう、丈夫そう。この三点を満たしていれば橋としては立派なものだろうし、ダンジョンオブジェクトなので壊れる可能性も……パチンコ玉を射出してみたが壊れるようなそぶりは見せない。橋の広さは……車が二台余裕で通れるぐらいの幅はある。つまりこの橋の上で全力戦闘になったとしても問題ないという事だ。
「とりあえず渡っている間に戦闘になって戦闘の余波で壊れる……という物語でたまにありそうなシチュエーションは体験できないって事だな。ただ、川の真ん中はもちろんだが、水際からケルピーが飛び上がってきて戦闘になる可能性は高いな」
対岸までがかろうじて見えてるので、このダンジョン世界での基本的な広さと曲率を考えると対岸までは八百メートルぐらい、と換算していいだろうか。戦闘抜きで十五分から二十分ぐらいで渡り切れそうだ。その間に何回エンカウントするのかまではちょっと索敵してみないことには判断できないな。
手元に作っていた地図に滝からのおおよその歩いた距離と時間を記入すると、そこから歩いた距離と方角をおおよそ出して、帰り道の算段をつけ始める。
「さて、橋の位置も確認したし、今日は帰ろうか。ちょっと……いや、大分早いけどこれから迷う可能性も考えて長めに帰り時間を用意しておいたほうがいい」
「そうですねえ、また同じ距離だけ戻って同じ方向に帰ってくるでもいいですが、それはそれで味気ないですし、次回以降はもっと手早くここまで来たいですしねえ」
「ならまずは真っ直ぐ西だな。ちょっと周りも安全そうだし、ここならドローンでチラッと見る事も出来るだろう」
早速ドローンを飛ばし、西から先にしばらく森エリアが広がっていることを確認する。さすがにここから階段のある場所を見ることはできない。相変わらず見えない天井に遮られ、あまり高く飛べない事も理由として挙げられるが、おおよそ予測がついている地点に向けて飛ばすには距離的にもちょっと遠いだろう。
「森の中でドローン飛ばせればもう少し楽にできるんだろうけど、階段の周りって木が開けてたっけ? 」
「どうでしたっけ。そういえば上を見るのを忘れてましたねえ。開けているならドローンで方向確認も出来そうではありますけど……難しそうですか」
「あの小道にぶつかるまで戻ってみよう。戻れなかったらその時に考えるって事で。とりあえず歩いてきた時間と距離と方角から見るに、階段より南側に来ている可能性は薄い。あの小道にぶつかって、なおかつそれに気づけたら無事に帰れるな」
「足元にも注意って事ですか。確かに私の索敵範囲外のモンスターならまずこっちまで来ないでしょうし出来ない事はないとは思いますが」
一旦ケルピーの住処から離れ、十五分ほど真西に歩き森の始まるあたりまで近づくと、索敵にトレントらしき反応が見られる。ここはトレントとケルピーが同時に襲ってくる可能性は非常に低い事は確からしい。
「また森に入るからしばらくトレント連戦かな。ケルピーがもっと【水魔法】を連射してくるような戦い方を模索しておくとダメージをほぼゼロに出来てお得なんだが、それは次回以降に取っておこう」
しばらく歩き森の端っこに到達したところで索敵し、付近にトレントが居ない事を確認してから再びドローンを飛ばして様子を見る。森の中に開けたような場所は……見当たらない。木が避けて道が出来ているようなところもまだ見当たらない。三十分ぐらいの間はひたすら森を行く事になりそうだ。もし開けている筋みたいなものが発見できればそこがおそらく小道だろうから帰り道を見つけやすくはなっていたであろうが、現時点ではまだ見つかっていない。
「よし、細かい事を詮索するのをやめて森に入ろう。これ以上ドローンをこねくり回しても見えないものは見えない」
「色々と諦めましたね。じゃあ森に進みますか」
◇◆◇◆◇◆◇
コンパスを頼って西から西北西へ向かって歩き始める。途中で開けた部分があることを願ってだが、予想通りの進路で歩いてきたならちょうど階段がある周辺まで真っ直ぐ帰れるのではないか。そんな淡い期待を抱いての森突入だ。
足場はそんなに良くはないが思ったほど悪くないのが救いだ。トレントを時々見つけては戦っているが、踏ん張れるだけの余地を残してくれている。力を込めて攻撃を繰り出す分には十分な硬さを維持してくれている。これが苔むした地面や岩肌だったら二、三回は滑って攻撃を外すなり、逆に攻撃を受けていた可能性が高い。
トレントは二体か三体がワンセットででてくるが、索敵のおかげでその辺のただの木を間違って殴る可能性はまずない。トレントとの戦闘にもずいぶん慣れて来た、と思う。
トレントはとにかく顔を殴って倒す。かわいそうだがそれが一番簡単そうなのでそうしている。実際に顔が弱点の一つであろうし、目と鼻と口がついてる分一番木の割合が薄そうなところも顔。あのギィエエエエという叫び声はここから出ているんだろう。とてもいい声で泣いてくれるので俺は結構好みである。
全力で雷撃すると、声も出せないのかギギ……ギギギギ……と瀕死の悲鳴が聞こえる。瀕死のトレントを作る理由はもう一体奥にトレントが居るためだ。奥のトレントにも雷撃をぶつけ、表面が焦げたところで顔を執拗に狙う。両目を潰して視覚を奪った後は鼻、口と順番に傷つけていく。しかし、心臓に当たる部分が無いモンスターは倒すのに時間がかかるのでなかなか難しいな。ゴーレムみたいに明らかな弱点も無い。耐久力勝負というか我慢勝負というか、なんとも面倒くさい。
雷撃を更に加えて全身に焦げ目をつけたところで顔があった部分に雷切で一気に切り込みを入れ、幹の半分ぐらいまで傷が達すると、トレントは黒い粒子に還った。
そういえばここのところ階層を進むたびに雷撃を試してそこそこの成果を得続けられている。階層を進む間に【雷魔法】の腕前が上がっているという事だろう。今ゴブリン肩ポン爆破をしてもこれ以上の成果を出すことは難しいかもしれないな。平気で一時間半ぐらいは持ちそうなイメージがある。これは十層でも十分戦う事が出来るのではないか。今度試してみるか。
トレントが叫び声を上げなくなった。どうやら力尽きたらしい。まだ黒い粒子には還ってないのでトドメを顔に決めて確実に粒子に還るのを見届ける。ちゃんとドロップは回収。今回は実と魔結晶。枝と樹液は実よりもドロップ率は低い。
トレントの素材はそれほど高く売れるわけではない。今のところカメレオンの革みたいに需要が発達してないのか、それともそもそも不人気なのか。人がほとんど来ていないから不人気という訳ではないだろうから、今後の研究に期待という所だな。
ケルピーのお肉のほうはそれなりに高い値段であってほしい。そうしないとここの収入源が魔結晶だけと言い切ってもいいぐらいになってしまう。ただ、馬肉とはいえ高級牛肉とタメを張れるかと言えばそれは難しい。オーク肉ぐらいの価値はあってほしいなあと思う所だ。
それでも高級肉には違いない。美味しくいただいてしまう算段はもう付けてある。何パックかは中華屋に卸してしまう予定だ。実際に声をかけてくれているのでリクエストには応えておかないとな。
トレントをある程度の間隔を空けながら倒し、行きに通った小道に合流できるように突入角度を西北西と見込んで歩いてきている。ここまでの探索の勘と方向感覚を信じて……というのは嘘ではないが、通り過ぎてたり見落としたりしてないよな? と戦闘と移動のたびにあちこち見まわして、それらしい形跡がないかどうかを探しているのも確かだ。
今はもう少し戦闘に集中していても大丈夫かな。時間的に迷ったと感じるのはまだ早い。そう考えながら進むと、少し開けたところに出る事が出来た。周りのトレントを全て片付けるとドローンを飛ばして方向確認。進む先にわずかだが、開けている道みたいなものが確認できた。どうやら勘は当たっていたようだ。これで次回二十九層に来る時もおおよその当たりをつけることができそうだ。
次回は階段から真東に森を抜けてどうなるか確かめる。それが確実にできるようになっただけでも儲けもの。そしてそこから橋が北側か南側どっち側に有るか、それを探っていこう。
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